↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/34

第二十九話 瞳に映る幻は

****


「うぅ、何(なん)だか怖(こわ)くなってきた…」


 ポスリコモスにある中央(ちゅうおう)広場(ひろば)から少(すこ)し進(すす)んだ先(さき)。


 大(おお)きくて物々(ものもの)しい雰囲気(ふんいき)のゲートの前(まえ)に、タカヤとショースケとスイとティナの四(よ)人(にん)は立(た)っていました。


 ゲートの奥(おく)からうなるような鳴(な)き声(ごえ)が聞(き)こえる度(たび)、ショースケはビクビクと怯(おび)えています。


「ここから先(さき)には大(おお)きくて強(つよ)いモンスターがうじゃうじゃいるんでしょ? 僕(ぼく)たちだけで本当(ほんとう)に大丈夫(だいじょうぶ)なの…?」


 弱気(よわき)な言葉(ことば)を口(くち)から漏(も)らし続(つづ)けるショースケに、隣(となり)に立(た)つスイはため息(いき)を吐(つ)きました。


「まだ言(い)ってるの? 大丈夫(だいじょうぶ)よ、私(わたし)とティナはよく出入(でい)りしてるし…それに今回(こんかい)は特級(とっきゅう)のタカヤが一緒(いっしょ)なんだから。ほら、いつまでも縮(ちぢ)こまってないの!」


 ショースケの背中(せなか)を強(つよ)めにパンッと叩(たた)いて、スイは続(つづ)けます。


「新(あたら)しいコスモピースの材料(ざいりょう)に必要(ひつよう)なものなんでしょ? そのために私(わたし)たちの仕事(しごと)にわざわざ付(つ)いて来(き)たんじゃない」


「そ、そうなんだけど…わかったよ。大(おお)きなイントルベシアントを採(と)らなきゃだもんね…」


 イントルベシアント。キラキラ輝(かがや)く、非常(ひじょう)に高価(こうか)な緑色(みどりいろ)の石(いし)です。


 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)では最近(さいきん)、このゲートの先(さき)でとっても大(おお)きなイントルベシアントが採(と)れたことが話題(わだい)になっていました。


 どうしても同(おな)じようなものを手(て)に入(い)れたいショースケは、スイとティナに頼(たの)み込(こ)んで、タカヤと一緒(いっしょ)に二人(ふたり)の仕事(しごと)であるゲート内(ない)ルートの点検(てんけん)に同行(どうこう)させてもらったというわけです。


「それにしても、イントルベシアントは惑星(わくせい)プローマで採(と)れるものだと思(おも)っていましたが…ここ、ポスリコモスでも採(と)れるんですね?」


 タカヤの言葉(ことば)に、ティナは後(うし)ろからニカリと笑(わら)って答(こた)えます。


「惑星(わくせい)プローマとポスリコモスの一部(いちぶ)は環境(かんきょう)がよく似(に)てて、同(おな)じものが採(と)れることも多(おお)いの! それに惑星(わくせい)プローマのイントルベシアントは採掘(さいくつ)され過(す)ぎて枯渇(こかつ)してしまっているけれど…ここのは最近(さいきん)発見(はっけん)されたばかりだから、きっとまだ大(おお)きいのが残(のこ)ってるはずだよ!」


 そう言(い)うと、ティナはゲートの脇(わき)の大(おお)きな柱(はしら)に、右手(みぎて)の人差(ひとさ)し指(ゆび)に付(つ)けている指輪(ゆびわ)型(がた)のポスエッグをかざしました。


 どこかからピピッと音(おと)がして、ガランガランと重(おも)いゲートが開(ひら)きます。


「さ、行(い)こう? 早(はや)くしないと他(ほか)の人(ひと)に採(と)られちゃうかも!」



****



 カラフルな植物(しょくぶつ)が鬱蒼(うっそう)と生(は)えてまるでジャングルのような獣(けもの)道(みち)を、四(よ)人(にん)は草(くさ)を掻(か)き分(わ)けながら進(すす)んで行(い)きます。


「うひゃぁ⁉ 何(なん)かニュグニュグした変(へん)な虫(むし)いる!」


「虫(むし)くらい居(い)るわよ、ショースケ。それよりあんまり大(おお)きい声(こえ)出(だ)さないで…モンスターに見(み)つかったら面倒(めんどう)でしょ」


 スイは出来(でき)るだけ小(ちい)さな声(こえ)で、後(うし)ろにいるショースケをピシャリと注意(ちゅうい)しました。


「うぅ、わかってるけどさぁ…」


 ぽそぽそ呟(つぶや)いて、ショースケは生(お)い茂(しげ)る木々(きぎ)の隙間(すきま)から空(そら)を見上(みあ)げます。


 大(おお)きな鳥(とり)のようなモンスターが何(なん)匹(びき)も、ギャアギャアと鳴(な)き声(ごえ)を上(あ)げながら飛(と)び去(さ)って…次第(しだい)に空(そら)は血(ち)のような深(ふか)い赤(あか)に染(そ)まっていって。


 …震(ふる)える体(からだ)を両手(りょうて)で抱(だ)きしめるように押(お)さえながら、ショースケは今(いま)すぐ引(ひ)き返(かえ)したい足(あし)を何(なん)とか前(まえ)へと進(すす)めます。


「ねぇお姉(ねえ)ちゃん? タカヤくんとショースケくんの目的地(もくてきち)まで、ここからどれくらいかかるかな?」


 ティナは先頭(せんとう)を歩(ある)くスイに、怒(おこ)られないよう小声(こごえ)で話(はな)しかけました。


「そうね、ここはAルートだから…大体(だいたい)ニ十分(にじゅっぷん)くらいかしら。ほら、見(み)える?」


 スイは真(ま)っ直(す)ぐ前(まえ)を指(ゆび)さします。


 ワサワサとした木々(きぎ)の間(あいだ)から、霞(かすみ)がかって見(み)えるのは…天(てん)高(たか)くそびえ立(た)つ細(ほそ)い岩山(いわやま)のようです。


「あそこよ、ファリヴァ山(やま)。話題(わだい)になってた大(おお)きなイントルベシアントは、あの山(やま)の洞窟(どうくつ)の最深部(さいしんぶ)で採(と)れたらしいわ」


「あ、あの山(やま)…かぁ。やっぱりそう、だよねぇ…」


 ショースケも何(なん)となくそんな気(き)はしていました…ただちょっと、別(べつ)の場所(ばしょ)だったらいいなぁと思(おも)っていただけで。


 ファリヴァ山(やま)の天辺(てっぺん)は分厚(ぶあつ)い真(ま)っ黒(くろ)な雲(くも)に突(つ)き刺(さ)さっていて見(み)えず、山肌(やまはだ)は触(ふ)れたら怪我(けが)をしそうなほどにトゲトゲしていて…何(なん)ともまあ、見(み)るからに危険(きけん)そうです。


 しかしこれ以上(いじょう)行(い)くのを渋(しぶ)るのも、あんまりにもカッコ悪(わる)過(す)ぎますから…ショースケは気(き)を逸(そ)らすために、別(べつ)の話題(わだい)を出(だ)しました。


「そ、そういえばさぁ…スイとティナは実際(じっさい)にそのイントルベシアント見(み)た? 僕(ぼく)らも見(み)せてもらおうと思(おも)って資料室(しりょうしつ)に行(い)ったんだけど、もうそこには無(な)くて見(み)られなかったんだよね。どのくらい大(おお)きかった?」


 ガサガサと草(くさ)の間(あいだ)から顔(かお)を出(だ)し、頭(あたま)に葉(は)っぱをのせたまま尋(たず)ねると…スイは途端(とたん)に顔(かお)をひどく歪(ゆが)めます。


「…ああ、あの石(いし)はアイツが『作(つく)りたいものがありますー』とか言(い)って勝手(かって)に使(つか)っちゃったからもう無(な)いわよ」


「アイツ?」


「アイツよアイツ! イルクマ!」


 スイは苛立(いらだ)ちに任(まか)せて、目(め)の前(まえ)の草(くさ)を乱暴(らんぼう)に搔(か)き分(わ)けました。


「全(まった)く何(なん)なのアイツ⁉ 急(きゅう)に現(あらわ)れたかと思(おも)ったら変(へん)な雑用(ざつよう)ばっかり押(お)し付(つ)けて来(き)て! 私(わたし)たち使用(しよう)人(にん)じゃ無(な)いのよ⁉」


「お、お姉(ねえ)ちゃん落(お)ち着(つ)いて…大(おお)きな声(こえ)出(だ)したらモンスターに気付(きづ)かれちゃうよ」


 肩(かた)を上下(じょうげ)に揺(ゆ)らすスイの背中(せなか)を、ティナは優(やさ)しく撫(な)でながら代(か)わりに答(こた)えます。


「えーっと、わたしたちもチラッとしか見(み)てないんだけど…確(たし)か地球(ちきゅう)の重(おも)さで言(い)うと、一(いち)キロくらいあったって聞(き)いてるよ」


「そ、そうなんだ。新(あたら)しいコスモピースを作(つく)るのに必要(ひつよう)な重(おも)さと同(おな)じだね…って! それなら何(なん)であの人(ひと)別(べつ)のことに使(つか)っちゃったの⁉」


 ショースケはショックで開(あ)いた口(くち)が塞(ふさ)がりません。


「何(なん)で何(なん)で⁉ 僕(ぼく)たちに対(たい)する嫌(いや)がらせ⁉」


「ま、まぁまぁショースケ。ほら…その」


 タカヤはほんの少(すこ)し目(め)を伏(ふ)せてから、いつものように笑(わら)います。


「…俺(おれ)たちがもう一(ひと)つ採(と)ってくれば済(す)む話(はなし)だろ?」


 ショースケのやわらかい金髪(きんぱつ)に絡(から)んだ葉(は)っぱを、タカヤは優(やさ)しい手(て)つきでポンポンと払(はら)ってあげました。


「…タカヤは優(やさ)しすぎるよね…まぁ、でもしょうがないか。よーし、もっともっと大(おお)きいイントルベシアントを持(も)って帰(かえ)ってびっくりさせちゃおう!」


 何(なん)とか元気(げんき)を取(と)り戻(もど)して拳(こぶし)を突(つ)き上(あ)げるショースケの姿(すがた)を、ティナは微笑(ほほえ)ましく見(み)つめます。


「ふふ、頑張(がんば)ってね! 大(おお)きなイントルベシアントを採(と)るのはすごーく大変(たいへん)だよ? 洞窟(どうくつ)には毒(どく)ガスも充満(じゅうまん)してるし、なんてったってアレがあるもんね」


「え、アレって?」


 きょとんとした目(め)を向(む)けるショースケに、ティナは驚(おどろ)いたようにぱちくりと何度(なんど)も瞬(まばた)きをしました。


「まさか…ショースケくん知(し)らないの? イントルベシアントの幻(まぼろし)」


「幻(まぼろし)…? 何(なに)それ」


 ショースケが首(くび)を傾(かし)げると、前(まえ)を歩(ある)いていたスイは心底(しんそこ)呆(あき)れて振(ふ)り返(かえ)ります。


「全(まった)く…そんなことも調(しら)べずに採取(さいしゅ)しに来(き)たの? 命知(いのちし)らずにも程(ほど)があるわね」


「ちゃ、ちゃんと図鑑(ずかん)で調(しら)べて来(き)たよ、失礼(しつれい)だな! イントルベシアントって緑(みどり)の綺麗(きれい)な石(いし)でしょ? 多種多様(たしゅたよう)なことに使(つか)えて便利(べんり)だって書(か)いてあったよ」


「それは一般(いっぱん)的(てき)な…小(ちい)さなイントルベシアントの話(はなし)よ。大(おお)きなものには特別(とくべつ)な力(ちから)があるの。それが…幻(まぼろし)を見(み)せる力(ちから)」


 前(まえ)へ進(すす)みながらスイは続(つづ)けます。


「イントルベシアントが大(おお)きければ大(おお)きいほど、その力(ちから)は強(つよ)くなるの。生物(せいぶつ)は近(ちか)づくだけでその幻(まぼろし)に取(と)りつかれて、夢(ゆめ)を見(み)て…現実(げんじつ)との区別(くべつ)が付(つ)かなくなる。大(おお)きなイントルベシアントを採(と)りに行(い)って、幻(まぼろし)の世界(せかい)から帰(かえ)って来(こ)られずにそのまま…って言(い)うのもよくある話(はなし)みたいよ」


「え、え…え?」


 ショースケは顔(かお)を真(ま)っ青(さお)にしたまま固(かた)まったかと思(おも)うと…次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)大(おお)きな声(こえ)を上(あ)げました。


「えぇええええ⁉ 聞(き)いてない聞(き)いてない! 僕(ぼく)そういう準備(じゅんび)は何(なん)にもして来(き)て無(な)いよ⁉」


「ちょっと! 静(しず)かにしてって言(い)ってるでしょ!」


 スイは咄嗟(とっさ)に、右手(みぎて)を伸(の)ばしてショースケの口(くち)を塞(ふさ)ぎます。


「大(おお)きいイントルベシアントが採(と)れることはめったに無(な)いから、普通(ふつう)の図鑑(ずかん)にはそういう説明(せつめい)は載(の)ってないのよ…ま、安心(あんしん)しなさい。そういうこともあるかもと思(おも)って、こっちで準備(じゅんび)して来(き)てあげたから」


 右手(みぎて)人差(ひとさ)し指(ゆび)につけたポスエッグから、スイは透明(とうめい)の塊(かたまり)がいくつも入(はい)った小瓶(こびん)を取(と)り出(だ)しました。


「このトルマの飴(あめ)を舐(な)めれば、その手(て)の幻(まぼろし)に取(と)りつかれにくくなるわ。渡(わた)しておくわね…ああ、そうそうこれも」


 スイはくるくる巻(ま)かれた大(おお)きな地図(ちず)も引(ひ)っ張(ぱ)り出(だ)して、ショースケに渡(わた)そうとします。


「はい、ファリヴァ山(やま)の地図(ちず)。頑張(がんば)りなさいよ、一筋縄(ひとすじなわ)じゃいかないだろうから」


「…え?」


 小瓶(こびん)と地図(ちず)を受(う)け取(と)らないまま、ショースケは目(め)をしぱしぱさせました。


「もしかしてスイとティナ、一緒(いっしょ)に来(き)てくれないの…?」


「当(あ)たり前(まえ)でしょ? 私(わたし)たちはゲート内(ない)ルートの点検(てんけん)をしなくちゃなんだから。ここAルートの点検(てんけん)が終(お)わったら、次(つぎ)はBルートの点検(てんけん)をしなくちゃいけないの」


「えぇ⁉ やだやだやだ一緒(いっしょ)に来(き)て!」


 ショースケはスイの背中(せなか)に飛(と)びついて必死(ひっし)に縋(すが)ります。


「静(しず)かにしなさいったら! 何(なに)よ、特級(とっきゅう)のタカヤがいるんだから大丈夫(だいじょうぶ)でしょ? ねぇタカヤ?」


「はい。大丈夫(だいじょうぶ)だよショースケ、俺(おれ)が守(まも)るから」


 爽(さわ)やかにそう言(い)うタカヤを…ショースケはジトリと見(み)た後(あと)、今度(こんど)はティナの背中(せなか)に縋(すが)りました。


「確(たし)かにタカヤは特級(とっきゅう)だけど…危(あぶ)ないからコスモピースの力(ちから)を使(つか)っちゃダメなの! ねぇお願(ねが)い二人(ふたり)も一緒(いっしょ)に来(き)てよー!」


「うーん…ねぇお姉(ねえ)ちゃん? わたしたちも一緒(いっしょ)に行(い)ってあげない?」


「私(わたし)たちが行(い)ってどうするの、ティナ。最深部(さいしんぶ)には行(い)った経験(けいけん)が無(な)いし、ショースケと同(おな)じ九(きゅう)級(きゅう)なのよ? 足(あし)を引(ひ)っ張(ぱ)るだけよ」


 スイは振(ふ)り返(かえ)らず歩(ある)きます。


「そうかも知(し)れないけど…」


 ティナは背中(せなか)にべったり貼(は)り付(つ)いたショースケに目(め)をやりました。


 今(いま)にも泣(な)き出(だ)しそうにぎゅっと目元(めもと)を歪(ゆが)めていて…握(にぎ)った手(て)はプルプル震(ふる)えていて。


「…やっぱり力(ちから)になってあげようよ、お姉(ねえ)ちゃん。わたしたちの方(ほう)が多少(たしょう)はこの辺(あた)りに慣(な)れているんだし、何(なに)か出来(でき)ることがあるかもしれない」


「ティナ、あんまり思(おも)い上(あ)がらないの」


「でも…!」


「あ、あのー…」


 申(もう)し訳(わけ)なさそうに、後(うし)ろを歩(ある)くタカヤが話(はなし)を遮(さえぎ)りました。


「俺(おれ)、コスモピースの力(ちから)使(つか)えますよ?」


 タカヤはさも何(なん)でも無(な)いように笑(わら)って、恥(は)ずかしそうに頬(ほお)を掻(か)きます。


「特級(とっきゅう)の仕事(しごと)ではいつも使(つか)ってるんですから大丈夫(だいじょうぶ)です。スイさんとティナさんは俺(おれ)たちのことは気(き)にせず、お二人(ふたり)の仕事(しごと)へ向(む)かってください」


「またタカヤそんなこと言(い)う…ねぇスイとティナ聞(き)いてよ、タカヤにコスモピースの力(ちから)使(つか)わないでってお願(ねが)いしてるのに全然(ぜんぜん)止(や)めてくれないの」


「止(や)める必要(ひつよう)ないだろ? 本当(ほんとう)、ショースケは心配性(しんぱいしょう)だな」


 …先頭(せんとう)のスイはようやく振(ふ)り返(かえ)ると、いつもの通(とお)りに振舞(ふるま)うタカヤと…しょんぼり俯(うつむ)くショースケに目(め)をやって、ふぅっと息(いき)を吐(つ)いて立(た)ち止(ど)まりました。


「仕方(しかた)ないわね…ティナ、やっぱり私(わたし)たちも一緒(いっしょ)にファリヴァ山(やま)へ行(い)きましょう」


「え⁉ スイたち一緒(いっしょ)に来(き)てくれるの⁉ やったー!」


 ショースケはパァッと表情(ひょうじょう)を輝(かがや)かせて、スイの横腹(よこばら)にぎゅっと抱(だ)きつきます!


「ちょっと、あんまりベタベタしないの。それと…タカヤ?」


「はい?」


「私(わたし)たちも付(つ)いてるんだから、この先(さき)はどうしてものとき以外(いがい)コスモピースの力(ちから)は使(つか)わないこと。わかったわね?」


「…構(かま)いませんけれど。あはは、本当(ほんとう)に大丈夫(だいじょうぶ)なんですけどね」


 タカヤは瞬(まばた)きをする刹那(せつな)、真(ま)っ暗(くら)な目(め)をした後(あと)…すぐにその顔(かお)に笑(え)みを貼(は)り付(つ)けました。


「わーい、良(よ)かった! 僕(ぼく)たち二人(ふたり)じゃどうなるかと思(おも)ったよ!」


 ショースケはスイにくっついたまま、ぴょんぴょんと嬉(うれ)しそうに飛(と)び跳(は)ねます。


「もう、早(はや)く離(はな)れなさい! あとさっきから、大(おお)きな声(こえ)出(だ)すなって言(い)って…る、じゃなぃ…」


 …進行(しんこう)方向(ほうこう)、正面(しょうめん)の茂(しげ)みがガサリと揺(ゆ)れて。


 四(よん)メートルはあるでしょうか。大(おお)きくて長(なが)ーい、深(ふか)い青色(あおいろ)のミミズのようなモンスターが体(からだ)を伸(の)ばして…真上(まうえ)から四(よ)人(にん)の頭(あたま)を見下(みお)ろします。


「ひっ…ぎゃぁああああっ! 出(で)たぁああっ!」


 何時(いつ)の日(ひ)か見覚(みおぼ)えのあるモンスターにパニックになったショースケは、誰(だれ)よりも先(さき)にどこかへ向(む)かって走(はし)り始(はじ)めました!


「あっ、ショースケくん⁉ 一人(ひとり)で行(い)ったら危(あぶ)ないよ!」


 ティナが慌(あわ)ててそれを追(お)いかけて行(い)きます。


「ちょっと! ティナまで何処(どこ)行(い)くの⁉ …全(まった)く、仕方(しかた)ないわね!」


 モンスターへと向(む)き直(なお)ったスイは、急(いそ)いで指輪(ゆびわ)型(がた)ポスエッグを水色(みずいろ)の弓(ゆみ)へ変形(へんけい)させて構(かま)えると、光(ひかり)のような矢(や)を放(はな)ちました。


 矢(や)は真(ま)っ直(す)ぐにモンスターの長(なが)ーい腹部(ふくぶ)へと命中(めいちゅう)して、ぐにゃりとその体(からだ)に溶(と)け込(こ)みます。


「鎮静剤(ちんせいざい)が含(ふく)まれた矢(や)よ。これで大人(おとな)しくなるはず…!」


 モンスターは高(たか)くもたげた頭(あたま)をゆらゆらと揺(ゆ)らし始(はじ)めたかと思(おも)うと…突然(とつぜん)フラリと、スイの立(た)つ地面(じめん)に向(む)かって大(おお)きな体(からだ)を倒(たお)して来(き)ました!


「危(あぶ)ないスイさん!」


 タカヤは瞬時(しゅんじ)にコスモピースの力(ちから)を解放(かいほう)すると、目(め)にも止(と)まらぬ速(はや)さでスイを胸(むね)の前(まえ)で抱(だ)き上(あ)げます。


 そしてそのまま地面(じめん)を滑(すべ)るように前(まえ)へ進(すす)んで…タカヤの後(うし)ろではモンスターが木(き)や草(くさ)をなぎ倒(たお)しながら、ズシンと音(おと)を立(た)てて倒(たお)れ込(こ)みました。


「…先(さき)ほど力(ちから)を使(つか)うなと言(い)われたばかりですが、緊急(きんきゅう)事態(じたい)でしたので。お怪我(けが)はありませんか?」


 タカヤはスイを優(やさ)しく地面(じめん)へ下(お)ろします。


「さすがにこの状況(じょうきょう)で使(つか)ったことを怒(おこ)ったりしないわよ…ありがとねタカヤ、助(たす)かったわ。でも使(つか)って良(よ)かったの? コスモピースの力(ちから)、危(あぶ)ないんでしょう?」


「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。ショースケたちが過剰(かじょう)に心配(しんぱい)してるだけで、何(なん)ともありませんから」


「ふーん…?」


 スイは辺(あた)りを見回(みまわ)します。


 どうやらショースケとティナはかなり遠(とお)くへ走(はし)って行(い)ってしまったみたいで姿(すがた)が見(み)えません。


 弓(ゆみ)の形(かたち)になっていたポスエッグを元(もと)の指輪(ゆびわ)型(がた)に戻(もど)して、スイはティナへテレパシーを送(おく)ります。


(ティナ? そっちは無事(ぶじ)?)


(あ、お姉(ねえ)ちゃん! うん、大丈夫(だいじょうぶ)だよ。あのね、わたしたちちょうどBルートの入(い)り口(ぐち)にいるの)


(Bルートの入(い)り口(ぐち)って…それはまた遠(とお)くまで行(い)ったわね)


(でしょ? なかなかショースケくんが止(と)まってくれなくて…それでね、もうここの点検(てんけん)済(す)ませちゃおうと思(おも)って。お姉(ねえ)ちゃんはそのまま、Aルートの点検(てんけん)をしてくれる?)


(わかったわ。それじゃあ進(すす)んだ先(さき)のファリヴァ山(やま)で合流(ごうりゅう)しましょう)


(はーい! 気(き)をつけてねー!)


 …テレパシーを終(お)えたスイは、タカヤへと視線(しせん)を向(む)けます。


「二人(ふたり)は別(べつ)のルートからファリヴァ山(やま)へ向(む)かうそうよ。ちょうどいいわ…私(わたし)、タカヤに話(はな)したいことがあるの」


「話(はな)したいこと…?」


「そう、二人(ふたり)だけで。とりあえず向(む)かいながらにしましょうか」



****



「ほら、ショースケくんもう泣(な)かないの。そんなにあのモンスター怖(こわ)かった?」


 ティナはショースケと手(て)を繋(つな)いで、引(ひ)っ張(ぱ)りながらBルートを進(すす)みます。


「…ちょっと昔(むかし)、あれと同(おな)じモンスターに襲(おそ)われたことがあって…」


 すんすんと鼻(はな)を啜(すす)りながら、ショースケは袖(そで)で目元(めもと)を拭(ぬぐ)いました。


「なるほどねー…それは怖(こわ)かったね」


「うぅ…ねぇティナ?」


「なーに?」


 ティナは優(やさ)しく振(ふ)り向(む)きます。


「…僕(ぼく)が泣(な)いてたって、タカヤとスイには言(い)わないでね」


「ふふ、心配(しんぱい)しなくても言(い)わないよー?」


 BルートもAルートと同様(どうよう)に、モサモサと草(くさ)が生(お)い茂(しげ)っていて…ティナはそれを片手(かたて)で掻(か)き分(わ)けながら進(すす)んで行(い)きます。


「ここにはいろんな星(ほし)の植物(しょくぶつ)が植(う)えられているんだけど…うーん、ちょっと元気(げんき)に育(そだ)ちすぎてるね。本部(ほんぶ)に草刈(くさか)りを頼(たの)んでおかないと。あとは、あそこのププの木(き)が実(みの)りそうだから報告(ほうこく)しておかなくちゃ」


 手際(てぎわ)よく点検(てんけん)を済(す)ませて行(い)くティナを、涙(なみだ)が止(と)まったショースケは興味深(きょうみぶか)そうに見(み)つめます。


「すごいね…スイとティナはいつもこういう仕事(しごと)をしてるの?」


「ん? この仕事(しごと)は三回目(さんかいめ)だよ! 基本的(きほんてき)にはショースケくんのおじいちゃん…博士(はかせ)の研究(けんきゅう)の手伝(てつだ)いとかをしてることが多(おお)いかな。あ、最近(さいきん)はイルクマさんの手伝(てつだ)いもしてるんだよ! …と言(い)っても、一階(いっかい)のカフェのフードメニューを片(かた)っ端(ぱし)から注文(ちゅうもん)して届(とど)けたりしてるだけなんだけどね」


「え、イルクマさんご飯(はん)食(た)べるんだ…」


「食(た)べなくても問題(もんだい)は無(な)いらしいんだけど…食(た)べてみたらどうにもハマっちゃったみたい。でも自分(じぶん)では買(か)いに行(い)ってくれないから、お姉(ねえ)ちゃんはそれが不満(ふまん)で最近(さいきん)いつも怒(おこ)ってるの」


「そ、そうなんだ…なかなか大変(たいへん)だね」


 ショースケは軽(かる)く苦笑(にがわら)いをしながら、見慣(みな)れないこの辺(あた)りをキョロリと見渡(みわた)してみます。


 すると、ここから少(すこ)し先(さき)の道(みち)が淡(あわ)く光(ひか)っているのが見(み)えました。


「わ…ねぇティナ、あそこは何(なに)?」


「ああ、あれはエクアの木(き)だよ。綺麗(きれい)でしょ? せっかくだし行(い)ってみようか」



 二人(ふたり)はちょっとだけルートを逸(そ)れて、エクアの木(き)がたくさん植(う)えられている開(ひら)けた場所(ばしょ)へとやって来(き)ました。


 木々(きぎ)の幹(みき)からは、水色(みずいろ)の光(ひかり)がふわりと幾度(いくど)となく生(う)み出(だ)されて…まるで蛍(ほたる)のように周囲(しゅうい)を舞(ま)って。


 数(かぞ)え切(き)れない光(ひかり)の玉(たま)が、ショースケとティナを包(つつ)みます。


「わぁ、綺麗(きれい)…! そうだ、タカヤにも見(み)せてあげよう!」


 ショースケはわたわたとエッグロケットから小(ちい)さなケースを取(と)り出(だ)して蓋(ふた)を開(あ)けると、一(ひと)つの光(ひかり)をその中(なか)に入(い)れて閉(と)じてみました。


 ですが…いざケースを動(うご)かしてみると、光(ひかり)はするりとケースをすり抜(ぬ)けて元(もと)の場所(ばしょ)に浮(う)いたままで。


「あ、あれ⁉ 入(はい)ってない…何(なん)で?」


「うふふ。あのねショースケくん、エクアの木(き)の光(ひかり)は実際(じっさい)にそこにあるわけじゃなんだよ!」


 ティナはくすくす笑(わら)って続(つづ)けます。


「エクアの木(き)の幹(みき)から発生(はっせい)してる成分(せいぶん)が生物(せいぶつ)の体(からだ)に作用(さよう)して、光(ひか)ってるような幻(まぼろし)を見(み)せるんだって。あ、この効果(こうか)は大(おお)きなイントルベシアントが幻(まぼろし)を見(み)せる仕組(しく)みにちょっと似(に)てるらしいよ!」


「そうなんだー…ちょっと残念(ざんねん)。タカヤに見(み)せたかったのに」


 ショースケがため息(いき)を吐(つ)いて、ケースをエッグロケットの中(なか)に戻(もど)していると…ティナは何(なに)かいいことを思(おも)いついたようで、両手(りょうて)を合(あ)わせてポンっと打(う)ち鳴(な)らしました。


「そうだ! 帰(かえ)りにもう一度(いちど)ここへ寄(よ)って見(み)せてあげたらいいんじゃないかな? 実(じつ)はね、エクアの木(き)って空(そら)がエメラルドグリーンに染(そ)まってるときはもっともーっと綺麗(きれい)に光(ひか)るんだよ! それでね、今日の出発前(しゅっぱつまえ)に見(み)てきたポスリコモスの天気予報(てんきよほう)によると、どうやらこの後(あと)エメラルドグリーンの空(そら)が見える時間帯(じかんたい)があるみたいなの!」


「これより綺麗(きれい)に光(ひか)るの⁉」


「うん! ずーっと綺麗(きれい)に光(ひか)るよ!」


「じゃあ、その時間(じかん)にタカヤを連(つ)れて来(き)て見(み)せてあげようっと! あ、もちろんスイもね! えへへ…タカヤ喜(よろこ)ぶかな、びっくりして腰(こし)抜(ぬ)かしちゃうかも!」


 嬉(うれ)しそうにはしゃいで光(ひかり)の玉(たま)を目(め)で追(お)うショースケを、ティナは優(やさ)しく…そして申(もう)し訳(わけ)なさそうに見(み)つめていました。


「ふふ、ショースケくんは本当(ほんとう)にタカヤくんが好(す)きだねぇ」


「すっ…⁉ ま、まぁ? 嫌(きら)いじゃないけど!」


「…ねぇ、本当(ほんとう)にごめんね」


 …ティナが突然(とつぜん)悲(かな)しそうに目(め)を伏(ふ)せるのはこれでもう数(すう)回(かい)目(め)なので、ショースケには理由(りゆう)がすぐにわかります。


「もう、何回(なんかい)も謝(あやま)らなくていいってば。あれでしょ? タカヤが特級(とっきゅう)のこととか、調子(ちょうし)が悪(わる)かったこととか知(し)ってて黙(だま)ってたことでしょ?」


「うん…でもやっぱり、ショースケくんを悲(かな)しませちゃったから…」


「そもそもタカヤが黙(だま)っててって頼(たの)んだんだし、ティナが悪(わる)いんじゃないじゃん。ほら! 顔(かお)上(あ)げてよ!」


 ショースケはティナの背中(せなか)をトンッと叩(たた)いて、ほんの少(すこ)しも気(き)にしてないように笑(わら)って見(み)せます。


「…ショースケくんはすごく優(やさ)しいね」


 ティナは目元(めもと)を拭(ぬぐ)って顔(かお)を上(あ)げて、やっとまた笑(わら)ってくれました。


「ねぇ。わたし、二人(ふたり)のためならどんなことでも協力(きょうりょく)するから。何(なん)でも言(い)ってね!」


「あはは、ありがとう! また頼(たよ)らせてもらうね」


 また一(ひと)つ、二(ふた)つ、水色(みずいろ)の光(ひかり)が生(う)まれて浮(う)かび上(あ)がって…そして気(き)が付(つ)かないうちに、ふわりと消(き)えていきました。




 …ほんの少(すこ)し痛(いた)む胸(むね)に…悲(かな)しくて悔(くや)しくて、やるせない気持(きも)ちにショースケはぎゅっと蓋(ふた)をします。


 何度(なんど)も喉(のど)から飛(と)び出(だ)してしまいそうな「どうして教(おし)えてくれなかったの」という言葉(ことば)を…本当(ほんとう)に伝(つた)えたい相手(あいて)は、目(め)の前(まえ)のティナではありませんから。



 ショースケがどれだけ頼(たの)んでも、タカヤはコスモピースの力(ちから)を使(つか)うのを止(や)めてくれなくて。


 その理由(りゆう)はきっと…自分(じぶん)が頼(たよ)りないからで。


(…大(おお)きなイントルベシアントを絶対(ぜったい)採(と)って帰(かえ)るんだ。そうしたらきっと、タカヤはもっと僕(ぼく)を信用(しんよう)してくれるよね)


 ファリヴァ山(やま)はもうすぐそこです。



****



「私(わたし)の妹(いもうと)を泣(な)かせないで」


 草(くさ)を掻(か)き分(わ)けて進(すす)みながら、スイはタカヤに言葉(ことば)をぶつけました。


「泣(な)かせる…? ティナさんをですか?」


 タカヤは思(おも)い当(あ)たる節(ふし)が無(な)いのか、キョトンとしていて…それが尚更(なおさら)、スイは腹(はら)が立(た)って語気(ごき)を強(つよ)めます。


「タカヤが倒(たお)れたとき、ティナが泣(な)いてたの! …すごく責任(せきにん)を感(かん)じてた。タカヤがティナに、調子(ちょうし)が悪(わる)いこと黙(だま)っててって頼(たの)んだんでしょ?」


「…そのことでしたか。はい、確(たし)かに俺(おれ)がそう頼(たの)みました…スイさんにもティナさんにも迷惑(めいわく)をかけてしまってごめんなさい。次(つぎ)はちゃんとしますから」


 歩(あゆ)みを進(すす)めながら、タカヤは謝(あやま)ります。


 …いつも通(どお)りの袖(そで)なし短(たん)パンから出(で)ている手足(てあし)は、鋭(するど)い葉(は)がどれだけ擦(こす)れても、傷(きず)一(ひと)つ付(つ)くことはありません。


「…ねぇ、タカヤはどうしたいの?」


 スイは前(まえ)を見据(みす)えたまま口(くち)を動(うご)かします。


「あれだけの目(め)にあったのにコスモピースの力(ちから)を使(つか)うのを止(や)める様子(ようす)は無(な)いし…さっき言(い)った『次(つぎ)はちゃんとする』っていうのは、『次(つぎ)はちゃんとバレないようにする』ってことでしょ」


 …タカヤからの返事(へんじ)はありません。


 目(め)を細(ほそ)めて、スイは大(おお)きく息(いき)を吐(つ)きます。


「あんたねぇ…黙(だま)ってるのが迷惑(めいわく)をかけないんじゃないのよ? みんな、あんたを助(たす)けたくて動(うご)いてるんだから」


「…わかってます」


「わかってないから言(い)ってるんでしょ。周(まわ)りが大事(だいじ)なら、周(まわ)りのために自分(じぶん)を大事(だいじ)にしなさい」


「わかってますから!」


 食(く)い気味(ぎみ)に言葉(ことば)を絞(しぼ)り出(だ)したタカヤは…ひどく思(おも)い詰(つ)めた目(め)をしていました。


「全部(ぜんぶ)、わかってますから…ごめんなさい」


「…そう。ならいいわ」


 自分(じぶん)の言葉(ことば)が何一(なにひと)つ届(とど)いていないことくらい、スイにだってわかります。


 そして、今(いま)どれだけ綺麗(きれい)な言葉(ことば)を重(かさ)ねても…タカヤの固(かた)い固(かた)い薄(うす)殻(から)一(いち)枚(まい)すら、剥(は)がしてあげられないことも。


 …赤(あか)から水色(みずいろ)に染(そ)まり始(はじ)めた空(そら)を見上(みあ)げて、スイはまた一(ひと)つ息(いき)を吐(つ)きます。


「ねぇ見(み)て? 空(そら)の色(いろ)が変(か)わって来(き)たわよ」


「…本当(ほんとう)ですね」


「この水色(みずいろ)の空(そら)は地球(ちきゅう)の青空(あおぞら)に似(に)てるわよね。私(わたし)、この空(そら)の色(いろ)が一番(いちばん)好(す)きなの」


 スイは空(そら)を見上(みあ)げたまま歩(ある)きます…隣(となり)のタカヤが今(いま)、どんな顔(かお)をしているのかはわかりません。


 泣(な)いているかもしれないし、いつも通(どお)り笑(わら)っているかもしれません。


 でもそんなことはどっちだって良(よ)くて…ただ、この一瞬(いっしゅん)だけでもタカヤに取(と)り繕(つくろ)わせたく無(な)くて。


スイはしばらく、わざと空(そら)に見蕩(みと)れているフリを続(つづ)けました。



****



「お姉(ねえ)ちゃん、タカヤくん! ごめんね、お待(ま)たせ!」


 ティナとショースケはパタパタと走(はし)って、ファリヴァ山(やま)の洞窟(どうくつ)の入(い)り口(ぐち)で待(ま)っていたタカヤとスイと合流(ごうりゅう)しました。


「遅(おそ)かったわね。Bルートで何(なに)かあったの?」


「違(ちが)うの、ちょっと寄(よ)り道(みち)しちゃって…ねぇショースケくん?」


「うん、エクアの木(き)を見(み)に行(い)ってたんだ! 光(ひか)ってすごく綺麗(きれい)なんだよ? ねぇねぇタカヤ、見(み)たことある?」


「えっと…見(み)たことない、かな」


「そ、そうなんだ! じゃあ後(あと)で見(み)に行(い)こうよ! 案内(あんない)してあげる!」


 ショースケはそれはそれは嬉(うれ)しそうに瞳(ひとみ)をキラキラ輝(かがや)かせました。


 …見(み)たことない。半分(はんぶん)本当(ほんとう)で、半分(はんぶん)嘘(うそ)です。


「…ああ、そうしようか。さて…時間(じかん)も時間(じかん)ですし、とりあえず中(なか)に入(はい)りましょう」


 いつものように笑(わら)って、タカヤは一番(いちばん)に洞窟(どうくつ)に入(はい)って行(い)きました。


 その後(うし)ろからスイが、その次(つぎ)にティナが、洞窟(どうくつ)の中(なか)の暗闇(くらやみ)へと歩(ある)いていきます。


 ショースケは一番(いちばん)後(うし)ろから、ウキウキする気持(きも)ちを抑(おさ)えて三(さん)人(にん)の背中(せなか)を追(お)いかけました。




「これで見(み)えるようになったわね。それにしても、なかなかグロテスクな場所(ばしょ)だわ…」


 ポスエッグから周囲(しゅうい)を照(て)らす明(あ)かりを取(と)り出(だ)して空中(くうちゅう)に浮(う)かべたスイは、辺(あた)りを見回(みまわ)して眉(まゆ)をひそめました。


 明(あ)かりによってぼんやり照(て)らされた地面(じめん)には、何(なに)かしらの生(い)き物(もの)の骨(ほね)であろうものがそこら中(じゅう)に散乱(さんらん)しています。


 形(かたち)がそのまま残(のこ)っていたり、はたまた別(べつ)の生(い)き物(もの)に潰(つぶ)されたのか粉々(こなごな)に砕(くだ)けていたり。


 その中(なか)でもとびきり大(おお)きな頭蓋骨(ずがいこつ)を前(まえ)に、さっきまで元気(げんき)だったショースケはブルブル足(あし)が震(ふる)えて言葉(ことば)が出(で)ません。


「ショースケ大丈夫(だいじょうぶ)か? やっぱり今(いま)からでも引(ひ)き返(かえ)そうか」


 心配(しんぱい)そうに声(こえ)をかけたタカヤの背中(せなか)を、スイはペチンと叩(たた)きました。


「甘(あま)やかさないの。ショースケ、行(い)くって決(き)めたんでしょう? 覚悟(かくご)決(き)めなさい」


「うぅ、行(い)くよ、行(い)くけどぉ…もうちょっとだけ待(ま)って…」


「待(ま)たない。ところで、タカヤは宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の制服(せいふく)着(き)てないけど大丈夫(だいじょうぶ)なの? この先(さき)は毒(どく)ガスも充満(じゅうまん)してるわよ」


「ああ…大丈夫(だいじょうぶ)です、問題(もんだい)ありません」


 制服(せいふく)には諸々(もろもろ)を防(ふせ)ぐ効果(こうか)がありますが、コスモピースの力(ちから)に満(み)たされたタカヤの体(からだ)に毒(どく)ガスなんて効(き)きません。


「ふーん、そうなの。本当(ほんとう)コスモピースの力(ちから)って凄(すご)いわよね。あ…危(あぶ)ない、忘(わす)れてたわ。これを舐(な)めておかないと」


 スイはポスエッグからトルマの飴(あめ)が入(はい)った小瓶(こびん)を取(と)り出(だ)して、その中身(なかみ)をみんなに均等(きんとう)に配(くば)りました。


「一粒(ひとつぶ)で一(いち)時間(じかん)くらい効果(こうか)があるらしいわ。切(き)れそうになったらまた舐(な)めるのよ?」


 四(よ)人(にん)は一斉(いっせい)に、透明(とうめい)の飴(あめ)を一(ひと)つ口(くち)に入(い)れます。


「あ、意外(いがい)と美味(おい)しい! パイン味(あじ)に近(ちか)いかな…これでイントルベシアントの幻(まぼろし)にも取(と)りつかれにくくなるなんてラッキーだね」


「ショースケ、美味(おい)しいからって関係(かんけい)ないときに食(た)べちゃダメよ?」


「わ、わかってるよスイ。僕(ぼく)そんなに食(く)いしん坊(ぼう)じゃ無(な)いったら」


「どうだか。博士(はかせ)の研究室(けんきゅうしつ)に来(く)るたびに、博士(はかせ)が棚(たな)に隠(かく)してるお菓子(かし)をこっそり食(た)べてるの知(し)ってるわよ?」


 スイは少(すこ)し意地悪(いじわる)に笑(わら)います。


「げ、バレてたんだ…じーちゃんには言(い)わないでよ?」


「ふふ、どうしようかしらねー…さ、進(すす)みましょうか。まだまだ先(さき)は長(なが)いわよ?」




 明(あ)かりによってぼんやり照(て)らされた視界(しかい)は、たちまちショッキングピンクの濃(こ)い霧(きり)に覆(おお)われていきます。


「毒(どく)ガスが濃(こ)くなって来(き)たね。この制服(せいふく)が無(な)かったらわたしたちもう倒(たお)れてるよ…あれ?」


 ティナはその場(ば)に蹲(うずくま)り、落(お)ちていた小(ちい)さな小(ちい)さな欠片(かけら)を拾(ひろ)い上(あ)げました。


「見(み)て! これ、イントルベシアントだ! この辺(あた)りには誰(だれ)かが採掘(さいくつ)した形跡(けいせき)があるもんね、そのときに落(お)ちたのかな?」


 周囲(しゅうい)の岩壁(いわかべ)には何(なに)やら道具(どうぐ)によって削(けず)られた跡(あと)が無数(むすう)に残(のこ)っています。


「じゃあ、この辺(あた)りを掘(ほ)ればイントルベシアントが採(と)れるってこと⁉」


 エッグロケットからいそいそと採掘(さいくつ)道具(どうぐ)を取(と)り出(だ)そうとするショースケの腕(うで)に、ティナはぽんぽんと優(やさ)しく触(ふ)れました。


「ふふ、確(たし)かにここでも採(と)れるには採(と)れるだろうけど…めぼしいものはもう採掘(さいくつ)されちゃってるよ。大(おお)きいのが欲(ほ)しいなら、もっともっと奥(おく)に行(い)かなくちゃ」



****



 どんどんどんどん、目(め)の前(まえ)はより濃厚(のうこう)なショッキングピンクに染(そ)まっていって。


 ショースケはスイとティナと一緒(いっしょ)に、さらに洞窟(どうくつ)の奥(おく)へと進(すす)んでいきます。


 疲(つか)れ切(き)って重(おも)いはずの足取(あしど)りは、不思議(ふしぎ)と軽(かる)くなっていて…ショースケは鼻歌(はなうた)なんて口(くち)ずさみ始(はじ)めてしまいました。


 これは何(なん)の歌(うた)でしたっけ。流行(はや)りの曲(きょく)じゃなくて、学校(がっこう)で習(なら)った曲(きょく)じゃなくて…まあ、細(こま)かいことはどうでもいいでしょう!


「何(なん)だか楽(たの)しくなってきちゃった! ねぇタカヤ…タカヤ?」


 振(ふ)り向(む)いてみましたがタカヤは居(い)ません。


 不思議(ふしぎ)です、一緒(いっしょ)に来(き)たはずなのですが…あれ? 一緒(いっしょ)に来(き)たのでしたっけ?


 なんだか居(い)ないのが当然(とうぜん)のような気(き)がしてきました、とりあえず前(まえ)へ進(すす)みましょう。


「ねぇスイ、ティナ。まだ最深部(さいしんぶ)には着(つ)かないの?」


 二人(ふたり)に聞(き)いてみても返事(へんじ)はありません。


 スイとティナは別(べつ)のお喋(しゃべ)りに夢中(むちゅう)で、まるでお散歩(さんぽ)のようにゆっくり歩(ある)いています。


「お姉(ねえ)ちゃん、カフェの新(しん)メニュー食(た)べた? ほら、オレンジ色(いろ)の!」


「まだ食(た)べて無(な)いわ。あ、でも白色(しろいろ)のサンドイッチの方(ほう)は食(た)べたわよ? 甘(あま)くてジューシーでなかなか美味(おい)しかったわ」


 …二人(ふたり)のお喋(しゃべ)りは止(と)まりません。


「ねぇってば!」


 どれだけ呼(よ)びかけても言葉(ことば)は返(かえ)って来(き)ません。


「もう、僕(ぼく)先(さき)に行(い)っちゃうからね?」


 埒(らち)が明(あ)かないので、ショースケは二人(ふたり)を駆(か)け足(あし)で追(お)い抜(ぬ)きます。


 どんどん走(はし)って、走(はし)って。すごいです、まるで風(かぜ)のように早(はや)くて、足(あし)がエンジンを積(つ)んだように回転(かいてん)して…。


 あっという間(ま)にショースケは、最深部(さいしんぶ)と思(おも)われる場所(ばしょ)に到着(とうちゃく)しました。


 岩壁(いわかべ)も天井(てんじょう)も地面(じめん)も、どこもかしこもが緑色(みどりいろ)にキラキラして…! どうもその全部(ぜんぶ)が大(おお)きなイントルベシアントのようです。


「わぁ、すごい! どれにしようかな…あ! あれが良(よ)さそう!」


 ショースケの目(め)の前(まえ)には、お誂(あつら)えたようにとびきり大(おお)きなイントルベシアントが落(お)ちていました。


 それにパタパタと駆(か)け寄(よ)って、ぎゅっと両手(りょうて)で掴(つか)んで持(も)ち上(あ)げて。


 こんなに大(おお)きい石(いし)なのに、まるで羽(はね)のように軽(かる)いのです!


「一(いち)キロあるかなぁ? まあいいか! こんなに大(おお)きいし!」


 さて帰(かえ)らなければ…でも、何(なん)だか急(きゅう)に眠(ねむ)たくなって来(き)ました。


 周囲(しゅうい)はキラキラ輝(かがや)いて、腕(うで)の中(なか)には探(さが)し求(もと)めていたイントルベシアントがあって。


 …少(すこ)しくらい休(やす)んだっていいでしょう。


「えへへ…僕(ぼく)、タカヤの役(やく)に立(た)てた…」


 イントルベシアントが敷(し)き詰(つ)められた地面(じめん)に、ショースケは丸(まる)まって寝転(ねころ)びました。


 なのに全然(ぜんぜん)冷(つめ)たくありません。むしろとっても温(あった)かくて…。


「タカヤ…喜(よろこ)んで、くれる、かな…」



****



「ショースケ! ショースケ…やっぱりダメか」


 タカヤはショースケの肩(かた)を掴(つか)んで何度(なんど)も揺(ゆ)すりますが、ショースケは岩(いわ)壁(かべ)にもたれて座(すわ)ったまま目(め)を覚(さ)ましません。


「スイさんもティナさんも…目(め)を覚(さ)ましそうにはないな」


 スイとティナも同様(どうよう)に、二人(ふたり)仲良(なかよ)く手(て)を繋(つな)いだまま、すやすやと寝息(ねいき)を立(た)てています。


 ここは洞窟(どうくつ)の最深部(さいしんぶ)の少(すこ)し手前(てまえ)。


 タカヤは眠(ねむ)った三人(さんにん)を前(まえ)にして一人(ひとり)、ぼんやりとした明(あ)かりの中(なか)に佇(たたず)んでいます。


「イントルベシアントの力(ちから)だろうな。トルマの飴(あめ)を舐(な)めて対策(たいさく)をしていたはずなのに、それを打(う)ち破(やぶ)って来(く)るなんて…この先(さき)に相当(そうとう)大(おお)きなものがある証拠(しょうこ)だ」


 大(おお)きなイントルベシアントの持(も)つ、生物(せいぶつ)に幻(まぼろし)を見(み)せる力(ちから)に三人(さんにん)は取(と)りつかれてしまったのでしょう。


 …もちろん、タカヤにはほんの少(すこ)しの幻(まぼろし)も見(み)えません。


 食事(しょくじ)も睡眠(すいみん)も、本来(ほんらい)であれば呼吸(こきゅう)すら必要(ひつよう)ない…そんな存在(そんざい)である自分(じぶん)が、もう生物(せいぶつ)であるはずが無(な)いのです。


 虚(うつ)ろな目(め)で、タカヤは洞窟(どうくつ)のさらに奥(おく)を見(み)つめました。


「…行(い)きたくないな…」



 大(おお)きなイントルベシアントなんて…新(あたら)しいコスモピースの材料(ざいりょう)なんて、ちっとも欲(ほ)しくありません。


 そうです…このまま三人(さんにん)を連(つ)れて帰(かえ)ってしまいましょうか。


 奥(おく)まで行(い)ったけど、イントルベシアントなんて無(な)かったと言(い)うのはどうでしょう。


 ああそれとも、自分(じぶん)もイントルベシアントの力(ちから)にやられてしまったと言(い)い訳(わけ)してみるとか?


 三(さん)人(にん)はコスモピースの力(ちから)について、そう詳(くわ)しく無(な)いでしょうし…優(やさ)しいですからすぐに信用(しんよう)してくれるでしょう!


 そうだそうだ、三(さん)人(にん)のことが心配(しんぱい)ですぐに引(ひ)き返(かえ)したことにすれば…!



「タカヤ…」


 眠(ねむ)っているショースケが、ちいさな寝言(ねごと)を呟(つぶや)きました。


「イントルベシアント…見(み)つかったよ…」


 へにゃりと笑(わら)って、幸(しあわ)せそうに両腕(りょううで)で空気(くうき)を大事(だいじ)に抱(だ)きしめて。


「えへへ…ほんとによかった…これで、タカヤは…」



 …タカヤは俯(うつむ)いたまま、コスモピースの力(ちから)を発動(はつどう)させると…三人(さんにん)の体(からだ)を覆(おお)うようにシールドを張(は)りました。


「…ちょっとだけ待(ま)ってて。行(い)ってくるから」


 そう言(い)って悲(かな)しそうに笑(わら)うと…明(あ)かりも置(お)いたまま、タカヤは真(ま)っ暗(くら)な先(さき)へと一人(ひとり)で歩(ある)き始(はじ)めました。


 もう、逃(に)げることは許(ゆる)されません。



****



「ん…んん…?」


 ファリヴァ山(やま)の洞窟(どうくつ)の入(い)り口(ぐち)で、ショースケは目(め)を覚(さ)ましてゆっくりと起(お)き上(あ)がりました。


「起(お)きたかショースケ。体調(たいちょう)は大丈夫(だいじょうぶ)か?」


 タカヤが屈(かが)んで、心配(しんぱい)そうに尋(たず)ねます。


「大丈夫(だいじょうぶ)だけど…。あれ? いつの間(ま)に外(そと)に出(で)たんだろう…って、あ!」


 目(め)の前(まえ)ではそれはそれは大(おお)きなイントルベシアントが、深(ふか)い緑色(みどりいろ)にキラキラと輝(かがや)いています。


「僕(ぼく)が採(と)ってきたイントルベシアント! タカヤ見(み)た⁉ すっごく大(おお)きいでしょ!」


 ショースケが興奮(こうふん)しながら、嬉(うれ)しそうにイントルベシアントを指(ゆび)さすと…


「驚(おどろ)いた、ショースケまで同(おな)じ反応(はんのう)するのね」


 少(すこ)し離(はな)れていたところで伸(の)びをしていたスイが、ティナを連(つ)れて近(ちか)づいてきました。


「私(わたし)たちもそれのこと、自分(じぶん)が採(と)って来(き)た石(いし)だと思(おも)っていたのよ。ねぇティナ?」


「そうそう。お姉(ねえ)ちゃんと二人(ふたり)で、こんなに大(おお)きいの採(と)れちゃったーって喜(よろこ)んで…。いやー、わたしたち見事(みごと)にイントルベシアントの幻(まぼろし)にやられちゃったね。危(あぶ)ないところだったよ、タカヤくんのおかげで助(たす)かったね!」


「え、え…?」


 ショースケはしばらく首(くび)を捻(ひね)って考(かんが)えて…ようやく大(おお)きなため息(いき)を吐(つ)きました。


「あれ幻(まぼろし)だったの…?」


「やっとわかったのね。そうよ、このイントルベシアントはタカヤが採(と)ってきてくれたの。タカヤはコスモピースの影響(えいきょう)で、トルマの飴(あめ)がよく効(き)いて幻(まぼろし)をあまり見(み)なかったらしいわ」


 スイはよいしょとイントルベシアントを持(も)ち上(あ)げると、まだ座(すわ)り込(こ)んだままのショースケの隣(となり)に置(お)きました。


 ズシリと音(おと)がして…恐(おそ)らく二(に)キロはあるのではないでしょうか。


 少(すく)なくとも幻(まぼろし)で見(み)たように、羽(はね)のように軽(かる)そうではありません。


「そっか…僕(ぼく)が採(と)って来(き)たんじゃないのか。あーあ…」


 ショースケはもう一度(いちど)、ゴロンと地面(じめん)に仰向(あおむ)けで寝(ね)そべります。


(今回(こんかい)こそ、タカヤの役(やく)に立(た)てたと思(おも)ったのになぁ…)


 鈍色(にびいろ)の雲(くも)が流(なが)れて、空(そら)の色(いろ)は水色(みずいろ)から、南国(なんごく)の浅瀬(あさせ)のようなエメラルドグリーンに変(か)わろうとしていて…それをぼんやりと見(み)ていたショースケは、急(きゅう)に目(め)を見開(みひら)いて体(からだ)を起(お)こしました!


「ねぇティナ! エメラルドグリーンの空(そら)の時間(じかん)は、エクアの木(き)がすごく綺麗(きれい)に光(ひか)るんだったよね⁉」


「そうだよ? あ、もうすぐ空(そら)の色(いろ)が変(か)わりそうだね! トルマの飴(あめ)の効果(こうか)も切(き)れたし…見(み)に行(い)ってみようか!」


「行(い)く! ねぇタカヤ行(い)こう⁉」




 四(よ)人(にん)は先(さき)ほどティナとショースケが訪(おとず)れた、エクアの木々(きぎ)が生(は)えたエリアにやって来(き)ました。


 水色(みずいろ)一色(いっしょく)だった蛍(ほたる)のように浮(う)かぶ光(ひかり)は、同(おな)じ色(いろ)など一(ひと)つも無(な)いほどカラフルに光(ひか)り輝(かがや)いて!


 まるで空(そら)の色(いろ)に呼応(こおう)するように、木々(きぎ)は虹色(にじいろ)に淡(あわ)く点滅(てんめつ)して、葉(は)の一(いち)枚(まい)一(いち)枚(まい)が音(おと)を立(た)ててサワサワと揺(ゆ)れて!


 さっきも十分(じゅうぶん)綺麗(きれい)だった景色(けしき)は、より鮮(あざ)やかに姿(すがた)を変(か)えていました。


 ショースケはタカヤの腕(うで)をぐいぐい引(ひ)っ張(ぱ)って、幻想(げんそう)的(てき)に輝(かがや)く光(ひかり)たちを指(ゆび)さします。


「見(み)てみてタカヤ、すごいでしょ⁉」


「…ああ、すごいな」


 隣(となり)のタカヤの黒(くろ)い瞳(ひとみ)には目(め)の前(まえ)の情景(じょうけい)がキラキラと映(うつ)って…ショースケはそれを見(み)て満足(まんぞく)そうに笑(わら)いました。


「タカヤ見(み)たこと無(な)いんだもんね! どうどう?綺麗(きれい)でしょ?」


「うん、綺麗(きれい)だな。見(み)せてくれてありがとう、ショースケ」


「ふふふ、どういたしまして! あ、この光(ひかり)は僕(ぼく)らの目(め)に見(み)えてるだけの幻(まぼろし)だから持(も)って帰(かえ)れないからね? ケースに入(い)れても無駄(むだ)なんだよ!」


「そうなんだ、ショースケ物知(ものし)りだな」


 タカヤはへにょりと表情(ひょうじょう)を変(か)えて、嬉(うれ)しそうに見(み)えました。


 …本当(ほんとう)はイントルベシアントを採(と)ってきてあげたかったけれど…ほんの少(すこ)しだけでも、タカヤの役(やく)に立(た)てた気(き)がして。


「…ねぇ! スイとティナももっと近(ちか)くに見(み)においでよ!」


 心(こころ)の中(なか)に湧(わ)き上(あ)がる、ふわふわとした浮(う)き足立(あしだ)つような気持(きも)ちを噛(か)み締(し)めながら…でも、それをタカヤに気付(きづ)かれるのはどうしようもなく恥(は)ずかしい気(き)がして。


 ショースケはわざと振(ふ)り返(かえ)って、後(うし)ろに居(い)る二人(ふたり)に大(おお)きな声(こえ)で呼(よ)びかけるのでした。




 エクアの木(き)はフラモ星(せい)原産(げんさん)の植物(しょくぶつ)です。


 フラモ星(せい)は『植物(しょくぶつ)の楽園(らくえん)』とも呼(よ)ばれている星(ほし)で、その中(なか)でもエクアの木(き)は一番(いちばん)多(おお)いと言(い)っていいほど至(いた)る所(ところ)に生(は)えており、星(ほし)中(じゅう)が常(つね)に淡(あわ)く光(ひか)って見(み)えるそうです。


 それに加(くわ)えてフラモ星(せい)の空(そら)は高(こう)確率(かくりつ)でエメラルドグリーンで…エクアの木(き)が今(いま)のようにカラフルに光(ひか)って見(み)えるのも、フラモ星(せい)では決(けっ)して珍(めずら)しいことではありません。


 特級(とっきゅう)の仕事(しごと)で訪(おとず)れたことが何度(なんど)もありますから知(し)っています。もちろん、その光(ひかり)が生物(せいぶつ)だけに見(み)える幻(まぼろし)で、ケースに入(い)れて持(も)って帰(かえ)れないことも。


 そして…もはや自分(じぶん)の目(め)には、その幻(まぼろし)が映(うつ)らないことだって。



 タカヤから見(み)えるこの景色(けしき)はいつも通(どお)り、ただただ黒(くろ)いエクアの木(こ)の葉(は)が風(かぜ)に揺(ゆ)れているだけです。


 …もし幻(まぼろし)が見(み)えていたなら、隣(となり)のショースケの青(あお)い瞳(ひとみ)にはきっと、周囲(しゅうい)に浮(う)かんだ数多(あまた)の光(ひかり)が映(うつ)り込(こ)んで…いつもと違(ちが)う色(いろ)に輝(かがや)いて。


 それをきっと、世(よ)の中(なか)ではとても綺麗(きれい)だと言(い)うのでしょう。



 …ふと目(め)が合(あ)って。ショースケが得意(とくい)げに、でも少(すこ)し照(て)れくさそうに笑(わら)います。


「あ、見(み)てタカヤ! あの青(あお)い光(ひかり)すごく大(おお)きいよ」


 ショースケが指(さ)した先(さき)にタカヤは目(め)を向(む)けました。


「本当(ほんとう)だ。綺麗(きれい)だな」


 もちろん…何(なに)が見(み)えるわけでもありませんが、タカヤはゆっくり手(て)を伸(の)ばしてみました。


「あはは、すり抜(ぬ)けちゃったね。幻(まぼろし)だから触(さわ)れないよ?」


「…ああ、そうなんだけど…」


 タカヤは恐(おそ)らく光(ひかり)が浮(う)かぶ空中(くうちゅう)で、手(て)のひらを優(やさ)しくきゅっと握(にぎ)ります。


 自分では触(さわ)れない…きっとこの先(さき)、いつまでもこの手(て)が届(とど)くことは無(な)い。


 そんな、ショースケや他(ほか)のみんなには当(あ)たり前(まえ)に見(み)つけられるのに、自分(じぶん)には見(み)えない『幸(しあわ)せ』を。


「触(さわ)ってみれたら良(よ)かったのにって、思(おも)ったんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。