第二十七話 銀色の鱗粉①
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「さあさア、到着しましたヨー! ここが私の故郷、プニプヨ星でス!」
メイド服姿のメグは元気にUFOを飛び出して、緑色の土の上に降り立ちました。
「わぁ……何て言うか、すごく派手だね……?」
少し着慣れてきた宇宙警察の制服に身を包んだショースケは、後に続いて地面を踏みしめます。
見上げた空はショッキングピンク、そこに浮かぶ太陽のようなものはミラーボールのようにギラッギラで……その眩しさにショースケは思わず目を細めました。
「うう……目が悪くなりそう。ねぇ、タカヤはコスモピースの力でそんなに眩しくないの?」
「俺もちょっとは眩しいけど……我慢できるのはこの力のおかげかもな」
いつも通りの袖なしの服を揺らしながら、タカヤが興味深そうにそのド派手な景色を眺めていると、UFOの中から荷物を両手一杯に持ったライトが声を出します。
「すみませーんメグさん! この地球土産は持って出たらいいんですか?」
「まぁライトさん。荷物なら私が持ちますよ? アンドロイドなのですから力仕事は得意です」
ルルはライトが持っている荷物に手を伸ばしますが、ライトはそのまま歩みを進めてUFOを降りて来ました。
……重いのかその足取りはフラフラです。
「いえ……僕が持ちます。ルルさんにばかり甘えられませんよ」
「ですが、先日またお腰を痛められたばかりですよね?」
「う、それはそうですけど……。とにかく大丈夫……っ」
そこまで言ったところで、ライトの持っていた荷物は全て、ルルの手によって軽々持ち上げられてしまいました。
「やっぱり私が持ちますね?」
首を軽く傾げて、ルルはふわりと笑います。
「さぁメグ? 私たちはどこへ向かえばいいんですか?」
「とりあえず情報収集のためニ、まずはワタシの住んでいた村へ向かいましょウ。長老なら『銀色の鱗粉』の詳しい採取方法を知っているかもしれませン!」
五人が今回プニプヨ星にやって来たのは、新しいコスモピースを作る材料の一つである『銀色の鱗粉』を手に入れるためです。
一行は近くにあるらしい村に向かって歩き始めました。
「あ! 見てみて、モジェリの花畑があるよ!」
ショースケが指をさした先では、天高くそびえるまで大きく育ったモジェリの花が広大な敷地一面に咲いています。
「本当だ……こんなに大きくなるんだね。うちで研究してるモジェリより倍以上大きいよ」
ライトは首が疲れてしまいそうなほど見上げて……あまりに派手な空が目に染みたのか瞼を擦りました。
その様子に、メグはふふんと鼻を鳴らします。
「すごいでショー。これが本場のモジェリ畑でス! 私もライトさんのところに行く前はここで働いていたんですヨ! ……ア、見えて来ましたネ!」
遠くにはメグが言っていたであろう村が見えました。
村……おそらく村です。
まるでクリスマスのイルミネーションの如くビカビカ光り、大規模な祭りでもやっているのかというほど賑やかな音が聞こえ、離れていてもわかるほどの怪しい異臭が立ちこめていますが……。
「えーっとメグさん? あそこは入っても大丈夫な場所ですか?」
「何を言ってるんでス? ライトさん。いつも通りの村ですヨ」
メグがぴょんぴょんスキップしながら進むので、四人は不安に思いながらもその後を付いていきました。
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「おお、メグじゃないか! 久しぶりじゃなー」
村に入ると、小さなクラゲのような青いプニプヨ星人が、体をぼよんぼよん弾ませながら近づいてきました。
「長老、お久しぶりでス! お土産持って来ましたヨ!」
メグはピンクのプニプヨ星人の姿に戻ると、同じようにぽよぽよ跳ねて挨拶をします。
「元気そうで良かったぞ……ん? 後ろに居るのは……地球人⁉」
「はイ! 私の仲間を連れて来ましたタ!」
「それは大変じゃ! おい! 皆の者ー!」
長老が声を張り上げると、村のあちこちからたくさんのプニプヨ星人がワイワイと集まってきました。
「地球人が来たぞ! 今すぐ祭りじゃ、祭りを開催するぞー!」
……気がついたときには、五人はカラフルでゴージャスな席に座らされていて。
目の前には何やらぐちゃぐちゃとして怪しい匂いがする大量の料理。
そしてその周りを大はしゃぎで踊りまくるプニプヨ星人たち。
どこかからは、にゃろにゃろと言う聞き覚えのある歌が流れます。
けたたましいほど村中がビカビカに光る中、ショースケは三つ隣に座るメグに小さな声で話しかけました。
「ねぇメグさん、これ僕たちどうしたらいいの?」
「どうしたらいいと言われてモ……楽しんだらいいんじゃないですカ? これ美味しいですヨ?」
メグはクラゲのような小さな体で、目の前の料理を吸い込んでいます。
「美味しい、ねぇ……」
料理の匂いは地球で言うと、納豆とキムチと沢庵とブルーチーズを混ぜたみたいです。
「ねぇライトさん、これ食べてみて美味しいか教えてくれない?」
「嫌だよ……僕を実験台にしようとしないでくれ」
ライトはこの匂いが苦手なのか、着ている宇宙警察の制服の袖で鼻を覆いました。
「と、とにかく! 早く『銀色の鱗粉』の情報を聞き出さないと! ねぇタカヤ君……タカヤ君⁉」
ライトの視線の先のタカヤは……目の前の料理を口いっぱいに入れていました。
……何だか肩をガタガタ震わせて、顔が真っ青です。
「タカヤ⁉ それ食べちゃったの⁉」
隣のショースケもびっくりです!
「……だって、俺たちのために用意してくれたのに……食べなきゃ悪いし……お、おおいしい、ですよ?」
肩だけじゃ無く頭もガタガタ震わせながら、今にも倒れそうな目をしてタカヤは笑いました。
「タカヤ君! いいから早くぺーしなさい!」
ライトが席から立ち上がって、タカヤの背中をパンパン叩くと……タカヤはやっと皿の上に、口から料理を吐き出します。
「うぅ……せっかく作ってくれたのにごめんなさい……」
「タカヤ、出されたもの何でも食べようとするの止めた方がいいよ⁉ この間本部で出されたじーちゃんのお茶も飲んだしさー、もう少し自分を大事に」
ショースケがつらつらと説教を始めたところへ……青い体の長老が、嬉しそうに五人に近寄って来ました。
「どうじゃ、地球人の皆さん! 楽しんでくれてますかな? 料理はお口に合いましたかのう?」
「は! はい、それはもう!」
ライトはそう答えながら、急いで体の後ろにタカヤの吐き出したものが入った皿を隠します。
「ん? 今何か隠しましたかな?」
「いえいえいえ! 何にも!」
必死で首を振っているライトを、長老が怪しそうに覗き込むので……ルルは助け舟を出そうと急いで口を開きました。
「長老様? 私、お伺いしたいことがございますの!」
「ほう? 何ですかな、地球人のお嬢さん」
「私たち『銀色の鱗粉』というものを探しているのですが……何かご存じありませんか?」
「銀色の鱗粉⁉」
長老はやわらかい体をぷくーっと膨らませました。
「お嬢さん、何て恐ろしいものの名前を口に出すんじゃ!」
「お、恐ろしいものなのですか?」
戸惑うルルの隣で、メグはやっと料理を食べるのを止めて長老に問います。
「長老、『銀色の鱗粉』って結局何なんでス?」
「……銀色の鱗粉は、このプニプヨ星に生息する猛獣ニュムニュムの成体の翅から採取できるものじゃ。それも、大好物を食べた後の翅から、のう」
「大好物……それってまさカ! プ、プニプヨ星人⁉」
メグは体をぐにょぐにょ揺らしながら悲鳴をあげました。
「そうじゃ……じゃから、銀色の鱗粉については儂を含めごく少数の者しか知らないのです。あんまりにも恐ろしいものじゃからのう……」
長老は周りのプニプヨ星人に聞こえないように気を付けて、小さな声で言います。
「あ、あの! 何か他に採取する方法は無いのでしょうか?」
話を聞いていたライトが尋ねると……長老は少し考え込んでから喋り始めました。
「無いわけでは無いです。ニュムニュムはプニプヨ星人を食べると、その興奮によって筋肉が躍動し、体の奥にある器官『オプト』が刺激されて、銀色の鱗粉を放つようになる。つまり、別の方法でそのオプトを刺激することが出来れば……手に入れることは出来なくは無いじゃろう。しかし……ニュムニュムは強い、危険なモンスターじゃ。おすすめはせんよ」
長老はため息を吐くと、一度建物の中へ戻って……一冊の本を手に戻って来て、それをライトに渡しました。
「ここにニュムニュムに関する詳しいことが書いてある、お貸ししましょう……でも、今日はもう遅いから泊まって行きなさい。部屋を用意しておきますな」
「え、遅いって……こんなに眩しいじゃない。まだお昼でしょ?」
ショースケはギラギラ輝く空を見上げました。
空はショッキングピンクなのでわかりませんが……とにかく暗くないので、地球では特別な場合を除き夜とは言えないでしょう。
と、その時……。
ポタリポタリと、薄緑色の液体が雨のように降ってきました。
幸い五人の上には屋根があるので濡れませんが……周りの村人たちは大慌てで家の中へと帰っていきます。
「へー、この星も雨が降るんだね」
ショースケが眺めていると、その雨が数滴、屋根の外にあった料理の上に落ちました。
すると!
雨が当たった部分の料理が、ジュワジュワと音を立てて恐ろしい勢いで溶けていくではありませんか!
「え、え⁉」
「ショースケさん、これはこの星の夜の始まりの合図なんですヨ。さぁ、部屋へ行きましょうカ」
メグはひどく慣れた様子で、ふよふよ浮きながら部屋へ向かって飛び始めました。
「ね、ねぇタカヤ? もしかしてプニプヨ星って……もの凄く過酷な星?」
「そうみたいだな……俺も初めて来たから知らなかったよ」
「うーん……僕メグさんの図太さの理由がわかった気がしたよ」
ショースケとタカヤが小声で話していると、先を歩いていたライトが振り返ります。
「タカヤ君、ショースケ君? 行くよ?」
「あ、はい! 今行きます!」
タカヤがそう返事をして、二人は恐ろしい雨の音を聞きながら後を付いていきました。
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「えーっと……ベッドとか無いの?」
部屋に入って早々、ショースケは辺りを見回します。
こぢんまりとした、五人で寝るには少し狭い部屋の中には……謎の置物しかありません。
「プニプヨ星人は体がやわらかいですからネ。ベッドなんて必要無いんでス……すみませんガ今日は床で寝てくださイ」
メグはぷよぷよ跳ねて部屋の隅っこに行くと、触手を丸めるようにして眠る準備を始めました。
「うーん……何かベッドの代わりになるようなもの入ってないかな?」
ショースケはエッグロケットの中を探りますが……残念ながらその様なものは入っていないみたいです。
隣で同じく探っていたライトとタカヤも同様のようで……。
「仕方ない、今日は床で寝よう」
ライトは小さくため息を付いて、壁の方に顔を向けて寝転がりました。
「う、思ったより固いな……また腰を痛めそうだ……」
「大丈夫ですか? ライトさん。私が膝枕しましょうか?」
ルルはすかさずライトの隣に寝転んで、その背中にぎゅーっと抱き付きます。
「いえ、平気です……あの、ルルさん近くないですか? そんなに狭いですっけ?」
「はい! とってもとっても狭いんです!」
幸せそうに頬ずりをするルルを見下ろしながら……ショースケは何とも言えない、複雑そうな目をしています。
「……ねぇタカヤこの間入ってよ。僕この隣で寝たくないよ……」
「い、いいけど……」
タカヤが若干の気まずさを感じながらルルの隣に寝転ぶと、ショースケはその横にやっと寝転びました。
「うう……本当に固いよ……ベッドが恋しいよ……」
始めはぐずぐず文句を言っていたものの……疲れていたのでしょう、ショースケはすぐに眠ってしまいました。
ライトもメグも寝息を立てていますし、ルルもスリープモードに入っているようです。
……部屋の中で一人、タカヤは寝そべったまま天井をただ見上げていました。
夜はまだ長いのでしょう、雨が止む気配はありません。
(……銀色の鱗粉か。そんなもの、見つからなければいいのに)
こっそり、コスモピースの力を少しだけ解放してみます。
瞳が禍々しく黒に染まって、その中に赤と青の星々が浮かんで……よかった、まだちゃんと使えます。
小さくほっと息を吐いてその力を解くと、瞳はまたいつもの様子に戻って……タカヤはきゅっと、少しだけ強く目を瞑りました。
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さて、雨がすっかり止んだ翌朝。
村を出発した五人は、ニュムニュムが多く生息するらしい湖へ向かって歩いていました。
「うう、お腹が痛いでス……わざわざあの恐ろしいニュムニュムに会いに行くなんテ」
また地球人の姿に戻ったメグは、いつものメイド服のフリルを揺らしながら心底嫌そうにため息を吐きます。
「大丈夫ですよ、メグ。食べられそうになったら私が助けてあげますから」
「本当ですかルル! 約束ですヨ⁉ 嘘吐いたらダメですからネ⁉」
ぎゅうっと抱きついてきたメグの頭を、ルルは微笑ましそうによしよしと撫でました。
「ねぇところでライトさん、結局どうやって銀色の鱗粉を採取するの? プニプヨ星人を食べさせるわけにはいかないし」
ショースケが問いかけると、ライトは自分の首から下げた紺色のポスエッグに触れて、空中に大きく画像を表示しました。
……どうやらニュムニュムの体内の図のようです。
「長老さんから借りた本をよく読んでみたんだけど、どうも銀色の鱗粉を採取するために刺激しなければならない器官の『オプト』は、分厚い皮膚や筋肉に覆われてて外からでは刺激出来そうにないんだ。だから……」
「だ、だから?」
「うん。僕が小さくなって、ニュムニュムの体内に侵入して直接そのオプトを刺激しようと思って」
……ライトの話を聞いていたショースケたち四人はパチパチと数回まばたきをした後……目も口も大きく開きました!
「えぇ⁉ ライトさん食べられるってこと⁉」
「うん、まぁそうなるかな。でも刺激したらワープ装置ですぐに戻ってくるから。心配いらないよショースケ君」
「いけませんライトさん! 危険すぎます!」
「大丈夫ですよルルさん、それなりに対策していきますから」
「正気ですカ⁉ 頭でも打ったんじゃないですカ⁉」
「打ってないですよメグさん……だってこれしか浮かばないんです」
「俺も一緒に行きます、ライトさん」
……今度は全員がタカヤの方へ視線を向けます。
「一人で行くのはあまりにも危険過ぎます。俺が傍にいればコスモピースの力でいざという時に対応出来ますから」
「いやいや! ダメだよタカヤ君、危ないよ⁉」
あんなに大丈夫だと言ったライトですが、タカヤのこととなると話は別のようで……首をぶんぶん横に振りました。
それでもタカヤは頑として譲りません。
「ライトさん一人の方がよっぽど危ないじゃないですか。とにかく、俺も一緒に行きますから。俺とライトさんがニュムニュムの体内に入ってオプトを刺激する、外で待機しているショースケとルルさんとメグさんが銀色の鱗粉を採取する……というのでどうでしょうか」
「えー……やだなぁニュムニュム怖いもん。でも、食べられるよりは百倍マシかなぁ」
ショースケはため息を吐きながら、眉をハの字に下げました。
「……ワ、ワタシはどこかに隠れて見ていたのでいいですカ……?」
「いけませんよ、メグ。協力してくださいね?」
ルルはガシリと、食い込むほど強くメグの腕を掴みます。
「ひっ、嫌でス怖いでス! ……あア! その目はやめてくださイっ、ルルのその目も怖いでス!」
「ふふ……あら、湖が見えてきましたよ」
前を向くと、遠くにはまるで水銀のように銀色に輝く、広い水面が見えました。
空から降り注ぐ光が眩しいほどに反射して、思わず目を閉じてしまいたくなるほどです。
「遅くなるとまたあの雨が降ってきてしまいますから。急ぎましょうか」
メグの腕を引っ張るルルを先頭に、一行は少し駆け足で先を目指しました。
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「ひぃいいいイ……うじゃうじゃいまスゥ……!」
「本当だ……前に僕ん家で見たやつより随分大きいよ……!」
近くの岩場に隠れたメグとショースケは、顔を少し出して湖の岸辺を覗きます。
岸辺では大小様々なニュムニュムが、お昼寝の時間なのか口を大きく開いてあくびを繰り返していました。
成体のニュムニュムが背中に生えた翅を動かすたびに、ギラギラしたカラフルな鱗粉が辺りに散って輝きます。
「なるほど……あのように翅から放出されるであろう『銀色の鱗粉』を集めれば良いのですね、ライトさん」
「そうです、ルルさん。よろしくお願いします……ねぇタカヤ君も本当に行くのかい?」
ライトはまだ不安そうですが……タカヤはさも当然と言わんばかりに強く頷きました。
「もちろんです。さて……油断している今がチャンスですね」
タカヤはズボンのポケットからエッグロケットを取り出して、その中から一つの小瓶を引っ張り出します。
「まずはこのクリームを体に塗って、小さくなったのでいいんですよね?」
「あ、ああ……その通りだよ。さすがタカヤ君だな……」
躊躇無くクリームを体に塗り始めたタカヤに、ライトは目を伏せながらも何も言えず……仕方なく自分にもクリームを塗り始めました。
二人の体はみるみるうちに小さくなり、ショースケの片手に乗りそうなほどになってしまいます。
「うわぁ……なんかお人形みたい」
蹲ったショースケは指先で、小さなタカヤのほっぺをツンツンとつつきました。
「きゃーライトさん可愛いです! このままポケットに入れて持って帰りたいです!」
ルルは両手で優しくライトを掬い上げて、目を輝かせながら頬ずりします。
「や、やめてくださいルルさん、降ろして……!」
「あら、ごめんなさい。あんまり可愛らしいからつい……」
ライトの頬に一つキスを落としてから、ルルはライトを地面に戻しました。
「……さ、さて! 最後にこれをやっておかないとね!」
顔を茹で蛸のように赤らめながら、ライトは首に下げたポスエッグから霧吹きのようなものを取り出します。
「それなんですカ? ライトさん」
「体をコーティングする薬品ですよ、メグさん。これをやっておかないとニュムニュムの消化液で溶かされてしまいますから」
「しょ、消化液……うゥ」
……メグは想像しただけで失神しそうです。
「さ、タカヤ君にも薬品をかけるから目を瞑って?」
ライト自身にスプレーをして、隣のタカヤにも同様に吹きかけて……さぁ、これで準備は完了です。
岸辺に向かおうとする二人に、ショースケは後ろから声をかけました。
「本当に気を付けてよ? ニュムニュムの体から出て来なかったなんて嫌だからね⁉」
その声にタカヤは振り返って……いつも通りに、笑ったフリをします。
「わかってるよ。ショースケも……その、よろしく頼むな?」
「ああ、銀色の鱗粉でしょ? わかってるよ。新しいコスモピースのためだもん、ちゃんと採ってみせるから安心してよね!」
「……うん。それじゃあ、いってくる」
緑色の土を踏みながら、タカヤとライトは走って行きました。
岸辺へと近づいて、これまた派手な色の草の茂みから二人はニュムニュムの様子を窺います。
「どのニュムニュムにしますか? ライトさん」
「そうだな、出来るだけ体が大きいニュムニュムの方が入りやすいだろうから……あの奥にいるのとかどうかな?」
ライトが指をさした先では一際大きなニュムニュムが、銀色の湖の水を長い首を曲げてグビグビと飲んでいました。
「わかりました、あのニュムニュムにしましょう……ところで、どうやって体内に入ります? 牙で噛まれるわけにはいきませんし……」
「うん、その為には丸呑みされないとね。その方法も考えたんだ、えーっと……あ、あったね」
パタパタと茂みの奥へ走って行ったライトは、近くから今の体よりも大きい、丸い木の実を大玉のように転がして来ました。
「この木の実はハララの実。皮がすごく固いからニュムニュムはこの実を噛み切れないんだけど、どうも栄養があるからか好んで丸呑みすることがわかってるんだ」
固い皮をコツコツと指で叩きながらライトは続けます。
「だからこの実に穴を空けて中に入って近付けば、ニュムニュムに噛まれること無く丸呑みしてもらえると思うんだ。まぁ問題は……そんな固い実にどうやって穴を空けるかなんだけどね」
「ああ、穴なら俺が空けますよ」
そう言ったタカヤはすぐにコスモピースの力を解放すると、背中から出した無数の触手をまるでドリルのように回転させて、あっという間に固いハララの実に大きめの穴を空けてしまいました。
「これでいいですか?」
……へにゃりと笑ったタカヤに、ライトは厳しい……そして悲しそうな目を向けます。
「……タカヤ君、この間危ないことがあったばかりだろ。その力はそんな簡単に使ったらダメだよ」
「平気ですよ。特級の仕事ではよく使ってますし、何ともありません」
「君に何ともなくても僕は嫌なんだよ」
ライトの声は震えていました。
……不安なときに声が震えるのは、ライトの昔からの癖です。
「とにかく、出来るだけその力は使わないで欲しい。もうすぐやっと君の体からコスモピースを取り除けるんだから、それまでに何かあったら大変だろ?」
……その言葉を聞いたとき、タカヤは体の奥が、ヒュッと冷たくなったのを感じました。
何か大事に仕舞っていたものが、プツリと切れてしまったような感覚がしました。
「……タカヤ君、聞いてるかい? わかった?」
ただ頷くつもりだったのです。
いつもみたいに、嘘でも、わかったと言うつもりだったのです……なのに。
「……じゃあ」
タカヤは何故か口を開いていました。
「俺の力を使わずに、どうやって穴を空けるつもりだったんですか?」
……タカヤは口から出た言葉に、その冷たい声色に……誰よりも自分で驚いていました。
目の前のライトは唇を震わせて、瞳を揺らして……ひどくショックを受けている様子です。
何故こんなことを言ってしまったのかは自分でもわからなくて。
でも……ああもう、言わなかったことには出来ません。
ライトは動揺しながらも声を絞り出します。
「そ、それは……今から考えるつもりで」
「考えたら出てきたんですか? 時間も無いでしょう?」
「……それは……」
タカヤの妙な圧に、真っ暗な瞳に……ライトは何も言い返せず、俯いてしまいました。
「……俺は、俺の使いたいときにこの力を使います。ですので、使わない約束は出来ません。ごめんなさい」
湖の水がパシャリと、跳ねる音が聞こえます。
近くで昼寝をするニュムニュムの、うなるような寝言が聞こえます。
「行きましょう。あまりショースケたちを待たせるわけにはいきません」
タカヤは茂みの中を、穴の空いた実を転がしながら歩き始めました。
……ライトはその後ろを、少し離れて付いていきます。
二人が狙いを定めたニュムニュムは、のんきに大きなあくびをしながら近くの草を美味しそうに食んでいました。
お腹が空いているようです。先ほど穴を空けたハララの実に入って、その近くに転がれば……きっとあのニュムニュムはそれを丸呑みするでしょう。
タカヤは立ち止まって、実に空けた穴の中に入ります。
「ライトさんも入ってください」
「……あぁ、うん」
体を少しぎゅっと丸めて、ライトも実の中に入りました。
「それじゃあ転がしますね」
タカヤが背中から伸ばした触手を空けた穴から出して、実を外から転がそうとすると……
「タカヤ君」
……ライトは小さく呟きました。
「僕は……君が心配なんだよ……」
辺りには、ハララの実の気だるくなるほど甘い匂いが立ちこめて。
……ライトがほんの少しだけ、鼻を啜る音が聞こえて。
「……わかってます」
一言だけ答えて……タカヤはそのまま、自分たちが入った実を転がします。
実はコロコロと転がって、草を食んでいたニュムニュムの鼻先にコツンと当たると……ニュムニュムは大きな口を開いてそれを飲み込んでしまいました。