表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/34

第二十一話 ライトお兄ちゃん②

****


「……タカヤは……まだ()てるのか?」


「そうみたい。この()いつも勉強(べんきょう)とか頑張(がんば)ってるから、ちょっと(つか)れてたのかしら」


「しかし……今日(きょう)本部(ほんぶ)()てからずっと()ているだろう……? いくら(なん)でも、(すこ)()()ぎじゃないか……?」


「……そうよね、そろそろ地球(ちきゅう)(かえ)時間(じかん)だし()こさなきゃ」


 春子(はるこ)(やさ)しい()つきで、タカヤの(からだ)をトントンと(たた)きます。


「タカヤ? ()きて、タカヤ……タカヤ?」


 ……異変(いへん)()がついた(じゅん)(いち)春子(はるこ)(となり)()て、タカヤの(かた)(つか)んで乱暴(らんぼう)()すりました。


「タカヤ! おい、()きろ! タカヤ!」


 どれだけ()すっても、()びかけても、タカヤの(まぶた)(うご)きません。


 (はじ)めて()いた(じゅん)(いち)大声(おおごえ)(おどろ)いて、ちょうど部屋(へや)(まえ)(とお)りかかったヒカルが(あわ)てて(とびら)()けて(はい)って()ました。


(とう)さん⁉ どうしたの、そんなに(おお)きな(こえ)()して……」


「……タカヤが、()()まさない! ヒカル、(いま)すぐ医務室(いむしつ)から(ひと)()んできてくれないか!」



****



(しん)じがたいですが……この()宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)にかかっています」


 医務室(いむしつ)から()(くろ)ET(いーてぃー)は、タカヤを診察(しんさつ)して……(おも)(くち)(ひら)きました。


 宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)はこの宇宙(うちゅう)(むかし)からある病気(びょうき)です。


 発症(はっしょう)すると(ねむ)ったまま()()ますこと()く、そのまま(からだ)内側(うちがわ)から(むしば)まれていく……以前(いぜん)までは不治(ふじ)(やまい)として(おそ)れられていました。


宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)って……地球(ちきゅう)(じん)はかからないんじゃなかったんですか⁉」


 ヒカルが(くろ)ET(いーてぃー)()()ります。


「……()くところによると、この()地球(ちきゅう)(そと)()まれたそうですね。その()もここ、ポスリコモスで()ごす時間(じかん)(なが)かったなら……本来(ほんらい)地球人(ちきゅうじん)()っているはずの、地球(ちきゅう)(つちか)うことの出来(でき)抗体(こうたい)(すく)なかったのかもしれません……本当(ほんとう)にお()(どく)です、まだお(わか)いのに」


 (くろ)ET(いーてぃー)は、心底(しんそこ)可哀想(かわいそう)なものを()()をタカヤに()けました。


「お()(どく)……? 一体(いったい)、どういう意味(いみ)ですか……?」


 春子(はるこ)(こえ)(ふる)わせます。


「……(たし)か、宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)には特効薬(とっこうやく)出来(でき)て、以前(いぜん)のような(なお)らない(やまい)では()くなったのでは……?」


 (じゅん)(いち)()うと……(くろ)ET(いーてぃー)視線(しせん)()らして(すこ)(かんが)えてから、覚悟(かくご)()めたように三人(さんにん)(ほう)()きました。


宇宙風邪(うちゅうかぜ)唯一(ゆいいつ)特効薬(とっこうやく)は、プニプヨ(せい)生育(せいいく)するモジェリという(はな)です。しかしこの(はな)は……地球人(ちきゅうじん)にとっては(おそ)ろしいほどの猛毒(もうどく)です、(はな)びら一枚(いちまい)()ませることは出来(でき)ない。そして……(かな)しいことですが、モジェリの(はな)()むこと()く……この病気(びょうき)(なお)った事例(じれい)(いま)まで()いたことがありません」


 ……(しず)かな部屋(へや)には、(くろ)ET(いーてぃー)()るような足音(あしおと)だけが()こえます。


「……つまりこの()には、(わたし)たちが出来(でき)ることはありません。()って一ヶ月(いっかげつ)……はっきり()います、()()()()ますことはないでしょう」


 (くろ)ET(いーてぃー)は、(とびら)(まえ)一度(いちど)だけ()(かえ)って()(ほそ)めると


本当(ほんとう)に……お()(どく)です」


 そう一言(ひとこと)(のこ)して、部屋(へや)(そと)へと()()きました。



****



「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」


 ……ライトは()()れて()(にじ)むほど、(ひたい)(ゆか)(こす)りつけて土下座(どげざ)()(かえ)します。


「ライトくん! もうやめて……」


 春子(はるこ)(すが)って()めても、ライトはもう一度(いちど)()()三度(さんど)……(なみだ)()れた(ゆか)(あたま)()()けました。


「ごめんなさいっ……(ぼく)が! (ぼく)遊園地(ゆうえんち)になんて()れて()ったから! (ぼく)所為(せい)で、ごめんなさい、ごめんさい……っ」


「……(かお)()げてくれ、ライト(くん)


 (じゅん)(いち)(ひざまず)いて、ライトに言葉(ことば)をかけます。


 その(こえ)(みょう)()()いていて、でも……その()は、どこを()ているかわからないほど……とても(うつ)ろで。


「……もう、(あやま)らないで()しい。ライト(くん)所為(せい)じゃない……(おれ)たちだって、まさか地球(ちきゅう)(じん)宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)にかかるなんて(おも)っていなかった」


 ()()がった(じゅん)(いち)は、ベッドの(ほう)(ある)いて()くと……そこで(ねむ)るタカヤの前髪(まえがみ)(やさ)しく()()げて、そのまま(いと)おしそうに(あたま)()でました。


 それでも……タカヤの(まぶた)がほんの(すこ)しでも、(うご)くことはありません。


「……ねえ、(とう)さん。タカヤは()きるよね……?」


 ベッド(わき)椅子(いす)(すわ)ったヒカルは、タカヤの()(にぎ)ったまま、ぼんやりと(つぶや)きます。


「だって、こんなに(あたた)かいのに……いつも()てるときと、(なん)にも()わらないのに……もう()()()きないなんて、そんなの……(しん)じられるわけないじゃないか……」


 ……これ以上(いじょう)()いほど()()らしたヒカルの()から、また(なみだ)(こぼ)れます。


「ねぇ、タカヤ……()きて? お(ねが)い、お(ねが)い……ねぇ、お(ねが)いだから……!」


 春子(はるこ)(やさ)しくタカヤの(ほお)()れて……その()(はな)さないまま(ひざ)()り、()(くず)れました。




 ……()(しろ)(ゆか)()したまま、ライトはそのむせび()(こえ)()くことしか出来(でき)ませんでした。



****



「タカヤー、()いてくれよ。また仕事(しごと)でやらかしちゃってさぁ」


 部屋(へや)(とびら)(ひら)いたヒカルは()()ぐ、(おく)にある……あの()からタカヤが(ねむ)ったままのベッドへ()かいます。


「いろんな(ひと)迷惑(めいわく)かけちゃうし、相変(あいか)わらずコンビは()まらないし……はは、タカヤだったらそういうの上手(うま)出来(でき)そうだな」


 ……(くだ)がいくつも(つな)がった、(すこ)(かる)くなった(からだ)()()げて、ヒカルは(たな)()いてあるウェットティッシュを使(つか)ってタカヤの(からだ)()(はじ)めました。


「くすぐったくは……ないか。タカヤって(むかし)からくすぐっても全然(ぜんぜん)(わら)わないもんなー、(おれ)はすぐ(わら)っちゃうのに」


 全身(ぜんしん)(やさ)しく()いてあげて、(ふく)(ととの)えて……最後(さいご)(あたら)しいウェットティッシュを使(つか)って(かお)()でます。


「そうだ! 一階(いっかい)のカフェにさ、(しん)メニューが()たんだよ。タカヤがいっつも()べてる(あか)いグミみたいなやつの(あたら)しい(あじ)だって!」


 おでこを()でて、(ほお)()でて。


「……()きたらさ、一緒(いっしょ)()べに()こうな」




 ……(うし)ろから(とびら)をノックする(おと)()こえたので、ヒカルは(そで)乱暴(らんぼう)自分(じぶん)目元(めもと)何度(なんど)(ぬぐ)いました。


「あら……ヒカル、()てくれてたのね」


(かあ)さんいらっしゃい。あ、タカヤの(からだ)()いておいたよ」


 ヒカルは()()がって、(ちか)くに()いてある椅子(いす)をもう一脚(いっきゃく)春子(はるこ)のために()ってきます。


「ありがとう……タカヤ、綺麗(きれい)にしてもらえてよかったねー」


 その椅子(いす)(こし)かけて、春子(はるこ)()布団(ぶとん)(はし)から()ているタカヤの()を、両手(りょうて)でキュッと(つつ)()みました。


 ……春子(はるこ)(かみ)以前(いぜん)よりも(みだ)れていて、(からだ)(すこ)()せたようです。


「……(かあ)さん大丈夫(だいじょうぶ)?」


大丈夫(だいじょうぶ)よ、ヒカルだってしんどいのに……心配(しんぱい)してくれてありがとうね」


「……(とう)さんは仕事(しごと)?」


「うん。本当(ほんとう)はコンビでのお仕事(しごと)途中(とちゅう)なんけど……(じゅん)(いち)がタカヤのところに()っておいでって(すこ)しだけ時間(じかん)をくれたの。ああでも、もうすぐ(もど)らなきゃね」


「あのさ……仕事(しごと)二人(ふたり)でしばらく(やす)んだら?」


 ヒカルがそう()うと、春子(はるこ)()をきょとんとさせて……ふわりと、ヒカルの(あたま)()でて(さび)しそうに(わら)いました。


「そう()って……ヒカルだって(やす)まないんでしょ?」


(おれ)は……だって、タカヤがその(ほう)(よろこ)ぶと(おも)って……」


「……(わたし)たちだって(おな)じよ。タカヤは(むかし)から、仕事(しごと)頑張(がんば)ってる(わたし)たちが()きだって、かっこいいって……自分(じぶん)(ねつ)()したりすると、看病(かんびょう)のために(わたし)たちが仕事(しごと)(やす)むのをひどく(いや)がってたじゃない?」


 春子(はるこ)()布団(ぶとん)(すこ)(めく)って、呼吸(こきゅう)(ちい)さく上下(じょうげ)するタカヤの(むね)にそっと()()てます。


 トクントクンと()れて、ほんのり(あたた)かくて……


「……タカヤにとって、かっこいい(かあ)さんでいたいの。そうしないと……タカヤが()きたときに、きっとガッカリさせちゃうわ」


 名残惜(なごりお)しそうに()(はな)し、()布団(ぶとん)(もど)して……春子(はるこ)椅子(いす)から()()がると、タカヤの(ひたい)(ひと)つキスを()としました。


「さぁ、そろそろ(じゅん)(いち)のところに(もど)らないとね!」


「うん。(おれ)仕事(しごと)(もど)るよ……そうだ、(かあ)さん……ライトお(にい)ちゃんに()った?」


「……それが、(わたし)もあの()から()ってないの。いつもの研究室(けんきゅうしつ)にはいないみたいで……大丈夫(だいじょうぶ)かしら、無理(むり)をしてないといいけど……」



****



「……ライト、まだ(やす)まんのか」


 (しょう)(ぞう)特殊(とくしゅ)(かぎ)使(つか)って、本部(ほんぶ)地下(ちか)にある(ちい)さな部屋(へや)(はい)りました。


 薄暗(うすぐら)部屋(へや)(なか)(ひと)つだけ(とも)()かりの(した)では、ライトが(つくえ)(かじ)()いて作業(さぎょう)(つづ)けているようです。


「ライト、()いとるのか」


 ……(こえ)(とど)いているのかいないのか、返事(へんじ)はありません。


 ため(いき)()きながら(ちか)づいた(しょう)(ぞう)は……ライトの(そば)()いてあるガラス(びん)(なか)(はい)っている、(しろ)(たね)()()きました。


「その(たね)……モジェリの(たね)か」


 ……ライトはその言葉(ことば)反応(はんのう)して、やっと(かお)()げました。


 両目(りょうめ)()()充血(じゅうけつ)して、ひどい(くま)出来(でき)て、(かみ)だってボサボサで……いつも()なりを(ととの)えていた真面目(まじめ)なライトは()(かげ)もありません。


「……(しょう)(ぞう)おじさん()てたんですね。()いてくださいよ」


 ライトは散乱(さんらん)する書類(しょるい)(なか)から、(いち)(まい)(かみ)()()()します。


()てください……モジェリは(たね)段階(だんかい)では地球人(ちきゅうじん)毒性(どくせい)のある成分(せいぶん)(ふく)まれていないんです。つまり生育環境(せいいくかんきょう)外的要因(がいてきよういん)によって(どく)()びるようになる……それなら、毒性(どくせい)()環境(かんきょう)(そだ)てることが出来(でき)れば……地球人(ちきゅうじん)()めるモジェリの(はな)(つく)れるはずだ」


 (つくえ)(うえ)(なら)んだ(ちい)さなガラス容器(ようき)(なか)には透明(とうめい)なゼリーが(はい)っていて、さらにその(なか)にはモジェリの(たね)(ひと)つずつ()められています。


 ……ただ、そのどれも芽吹(めぶ)いてすらいません。


今度(こんど)はこの薬品(やくひん)使(つか)ってみようと(おも)って。これには植物(しょくぶつ)成長(せいちょう)(はや)める効果(こうか)があるし」


「ライト」


「ああそうだ、こっちの栄養剤(えいようざい)も。これはプニプヨ(せい)大気(たいき)(ちゅう)成分(せいぶん)()ていて」


「ライト!」


 (ちい)さな部屋(へや)に、(しょう)(ぞう)(こえ)(ひび)きました。


「……わかっとるじゃろう? モジェリは(はな)()くまでに……地球(ちきゅう)時間(じかん)なら()(ねん)以上(いじょう)はかかる。とても()()わん」


「……なんで、なんでそんなこと()うんですかっ⁉」


 ライトは衝動(しょうどう)(てき)(しょう)(ぞう)(むな)ぐらを(つか)みます。


 ……でも、ずっとまともに()ても()べてもいないライトは(からだ)(ちから)(はい)らず()(くら)んで……すぐにその()(すわ)()んでしまいました。


大丈夫(だいじょうぶ)か、ほら……ちょっとは(やす)め」


(いや)だ……やらなきゃ、タカヤ(くん)が……」


「お(まえ)まで(たお)れたらどうする」


「……(ぼく)なんて……どうなっても、いい、から……」


 ……ライトはそのまま、()(うしな)うように(ねむ)ってしまいました。




「どうなってもいい(わけ)がないじゃろ……馬鹿(ばか)ライト」


 (しょう)(ぞう)はポケットに()れていた栄養(えいよう)ドリンクや()(もの)()して(つくえ)(うえ)()くと、薄暗(うすぐら)部屋(へや)(あと)にしました。



****



 タカヤが目覚(めざ)めなくなってから二十日(はつか)ほどが経過(けいか)したある()


 ……(じゅん)(いち)がひどくぼんやりと、タカヤの(ねむ)るベッドの(わき)椅子(いす)(すわ)っていると、部屋(へや)(とびら)をノックしてヒカルが(はい)ってきました。


(とう)さん、()てたんだ。(かあ)さんは仕事(しごと)?」


「……ヒカル」


 (いき)()らすように(ちい)さく、(じゅん)(いち)(こえ)(しぼ)()します。


「ついさっき……医務室(いむしつ)隊員(たいいん)がここへ()て、タカヤの様子(ようす)()てくれたんだ」


 ……(さき)(つづ)言葉(ことば)(いや)でも(かん)づいて、ヒカルは(いま)すぐ自分(じぶん)(みみ)(ふさ)いでしまいたいのに……(からだ)(うご)いてくれません。


「……病気(びょうき)進行(しんこう)想定(そうてい)より(はや)いって……あと、数日(すうじつ)()たないらしい」


「……そうなんだ」


 ……もっと、『(うそ)だ』とか『(しん)じない』とか、『絶対(ぜったい)(なお)る』とか()えると(おも)っていたのに……()がついたら、ヒカルはそう返事(へんじ)をしていました。


 タカヤの(うで)がどんどん(ほそ)くなっても、(からだ)()いてあげたときに肋骨(ろっこつ)凹凸(おうとつ)顕著(けんちょ)にわかるようになっても、(つな)がる(くだ)()えていっても、絶対(ぜったい)(なお)るって(しん)じて……いや、(しん)じようとして。


 でも、本当(ほんとう)はずっと気付(きづ)いていました。


 ……気付(きづ)かないフリをしていただけでした。


 そしてそれはきっと……()(まえ)()(じゅん)(いち)も、ここに()ない春子(はるこ)(おな)じでした。


「……春子(はるこ)()んでくる。ヒカルは……タカヤの(そば)()てやってくれないか」





 部屋(へや)(まえ)()って(はなし)()いていた(しょう)(ぞう)は、足早(あしばや)にその()(はな)れてチューブ(じょう)透明(とうめい)エレベーターに()()みました。


 最上階(さいじょうかい)()いて、自身(じしん)研究室(けんきゅうしつ)(おく)にある資料室(しりょうしつ)への(とびら)()けて……一番(いちばん)(はし)(たな)(かく)すように()いてあった、(ふる)くて(きず)だらけの金属(きんぞく)(はこ)()()ります。


 (ゆが)んで(ひら)きにくい(はこ)をやっと(ひら)くと、そこには厳重(げんじゅう)()じられた小瓶(こびん)(はい)っていて……その(なか)には(あか)(あお)(ひかり)をチカチカと(はな)つ、()(くろ)(いし)(かがや)いていました。


「これを……使(つか)()()たか」



****



(しょう)(ぞう)おじさん! ()てください!」


 部屋(へや)(はい)ってきた(しょう)(ぞう)に、ライトは(めずら)しく(わら)いかけます。


 (はだ)はくすむだけくすんで、めっきり()せて……そんな指先(ゆびさき)で、ライトは(ちい)さなガラス容器(ようき)()まみました。


 ……(なか)(はい)っているモジェリの(たね)からは、注意(ちゅうい)して()ないと()がつかないほど(ちい)さな()()ています。


「ついに()()たんですよ! (あと)はこれを……(はな)()くまで()っていければ……!」


「……ライト、タカヤのことで」


「わかってます……」


 (しょう)(ぞう)言葉(ことば)(さえぎ)るように(つぶや)いたライトは、(ちから)なく(うで)()ろすとガラス容器(ようき)(つくえ)(うえ)(もど)しました。


「……(じゅん)(いち)さんが()て、(おし)えてくれました……一度(いちど)でも、()いに()てやって()しいって。でも、(ぼく)は……タカヤ(くん)()うのが、(こわ)い」


 (こえ)(ふる)えて、あの()からずっと我慢(がまん)していた(なみだ)(あふ)れます。


「……あの()が、いなくなるのが、それを(みと)めるのが(こわ)い……ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ライト」


 (しょう)(ぞう)(あゆ)()ると……(いま)まで()たことの()いほど真剣(しんけん)眼差(まなざ)しを()けました。


「タカヤのことで(はなし)がある。ワシに()いて()てくれんか」



****



(しょう)(ぞう)さん、お(はなし)って……」


 部屋(へや)(はい)ってきた(しょう)(ぞう)(ほう)()いた春子(はるこ)は……その(うし)ろにいるライトに()がつくと、すぐに(はし)()りました。


「ライトくん……!」


「……春子(はるこ)さん、ずっと(かお)()せずにすみません……」


 ……部屋(へや)(おく)には、あの()から()わらずベッドがありました。


 ベッドの(そば)には(じゅん)(いち)とヒカルが()っていて、そしてそのベッドの(うえ)には……ずっと()ないふりをしていた光景(こうけい)(ひろ)がっています。


「……タカヤ(くん)


 (ちか)くへ()って、(あたま)()でて……大好(だいす)きだよと、()ってあげなきゃいけないのに、(あし)がどうしても(うご)きません。


 ……()()くすライトの(よこ)で、(しょう)(ぞう)(くち)(ひら)きました。



「タカヤを、(たす)けられるかも()れん」



 部屋(へや)にいる全員(ぜんいん)が、一斉(いっせい)(しょう)(ぞう)(ほう)()くと……(しょう)(ぞう)白衣(はくい)のポケットの(なか)から、ガラス(びん)(はい)った(くろ)(いし)()()しました。


「これはコスモピース。ワシも(くわ)しく()っているわけでは()いが……(おそ)ろしいほどのエネルギーを()つらしい。そして……この(いし)生物(せいぶつ)(からだ)()()まれることで(ちから)発揮(はっき)すると()いている。タカヤの(からだ)にこの(いし)使(つか)えば、(やまい)()()すことが出来(でき)るかも()れん」


 ……コスモピースと()ばれたその(いし)は、(あか)(あお)(ひかり)(はな)ち……まるでこの()のものとは(おも)えないほど、(うつく)しく……禍々(まがまが)しい()()をしています。


「しかし正直(しょうじき)……(なに)()こるかはワシにもわからん。失敗(しっぱい)する可能(かのう)(せい)も……もし上手(うま)くいったとしても、タカヤが……お(まえ)たちが(いま)よりずっと(くる)しい(おも)いをする可能(かのう)(せい)だってある」


(しょう)(ぞう)さん」


 春子(はるこ)一歩(いっぽ)(まえ)()ると、(ふか)(あたま)()げました。


「お(ねが)いします、その(いし)を……タカヤに使(つか)ってください」


 ……すぐに(じゅん)(いち)(となり)(なら)び、(あたま)()げます。


(おれ)からも……お(ねが)いします、(しょう)(ぞう)さん」


「……()って()くが、成功(せいこう)する保証(ほしょう)()いぞ」


「……わかってます。それでも……どうしても」


 (かお)()げた春子(はるこ)(じゅん)(いち)()が、()らぐことはありません。


「もう一度(いちど)タカヤが()()ます、その可能(かのう)(せい)()しいんです」





時間(じかん)もない……(はじ)めるぞ」


 (しょう)(ぞう)はベッドに(ねむ)るタカヤの(うえ)で、厳重(げんじゅう)()じられたガラス(びん)(ふた)()けました。


 (びん)(なか)からコスモピースが(すべ)()ちて、タカヤの胸元(むなもと)()れた、その瞬間(しゅんかん)




 コスモピースは()()けていられないほど(まぶ)しい(ひかり)(はな)つと、まるで()()むよう(かたち)()えて、タカヤの(からだ)(なか)()()まれていきました。


 すると、タカヤの全身(ぜんしん)(くろ)()まって……ヂカヂカと(あか)(あお)のまだら模様(もよう)(ひか)(はじ)めます。


 ……それはまるで、タカヤの(からだ)そのものがコスモピースになったようでした。




 ()(にん)固唾(かたず)()んで見守(みまも)っていると……次第(しだい)(からだ)(いろ)(もと)(もど)って。


 (まぶた)が、ピクリと(うご)いて。



 ……タカヤが()()ましました。


 しかし……その()(なか)には以前(いぜん)(こと)なり、無数(むすう)(あか)(あお)星々(ほしぼし)(かがや)いています。



「みんな……(あつ)まってどうした、の……?」


 タカヤは(よこ)になったままみんなの(かお)見渡(みわた)して……(しょう)(ぞう)()ると、その(うご)きを()めましたが……すぐに春子(はるこ)とヒカルに()きつかれて、(くび)をそちら(がわ)()けました。


「タカヤ! タカヤ……っ!」


(かあ)さん? どうして()いてるの?」


「うわぁああん……タカヤぁあ……!」


(にい)ちゃんまで……(おれ)()てる(あいだ)(なに)かあった? ……え⁉ (とう)さんも……ライトお(にい)ちゃんも()いてるの⁉」


 タカヤは(なに)()こっているのかわからず困惑(こんわく)しながらも……もう一度(いちど)(たし)かめるように(しょう)(ぞう)(ほう)()ます。


 ……()()った(しょう)(ぞう)は、パチンと(ひと)つウインクをして()せるだけでした。



****



「タカヤ、調子(ちょうし)はどうだ?」


 ヒカルが(うれ)しそうに部屋(へや)(はい)ると、ベッドに(すわ)って勉強(べんきょう)をしていたタカヤが(かお)()げました。


(にい)ちゃん、()てくれてありがとう。調子(ちょうし)は……うん、大丈夫(だいじょうぶ)!」


「そっか! それならよかった……って、タカヤまた(なつ)(ふく)()てるのか。()布団(ぶとん)使(つか)ってる様子(ようす)()いし……この部屋(へや)そんなに(あつ)いかな?」


「うーん……なんか、着込(きこ)んでるとちょっと(くる)しくて」


「ふーん? それもあの……コスモピースってやつの影響(えいきょう)なのかな?」


 ヒカルはタカヤの(となり)(すわ)ると、()ってきた紙袋(かみぶくろ)(ひざ)(うえ)()いて中身(なかみ)(さぐ)(はじ)めます。


「そうそう、これ()ってきたんだ! 一階(いっかい)のカフェの(しん)メニュー! タカヤが()きなやつの(あたら)しい(あじ)だって。昼食(ちゅうしょく)もまだだしお(なか)()いただろ?」


 紫色(むらさきいろ)のグミのようなものがたくさん(はい)った(はこ)を、ヒカルはタカヤに手渡(てわた)しました。


「……うん、(うれ)しい。(にい)ちゃんありがとう!」


 ……コスモピースのエネルギーで()たされたタカヤの(からだ)空腹(くうふく)(かん)じることはありませんし、この()(もの)だってみんなが(よろこ)ぶから()きなことにしているだけです。


 でもヒカルの気持(きも)ちがとっても(うれ)しいので、タカヤは紫色(むらさきいろ)のそれをいくつも()()って、喉元(のどもと)()めて強引(ごういん)()()みました。




 (とびら)がノックされて、今度(こんど)はおずおずとライトが(かお)()します。


「タカヤ(くん)調子(ちょうし)は……あ、ヒカル(くん)()てたんだね」


 ライトは両手(りょうて)大量(たいりょう)……と()言葉(ことば)では()りないほど大量(たいりょう)手土産(てみやげ)()っています。


「あ、ライトおに……ライトさん。って、もしかしてそれ全部(ぜんぶ)タカヤに……?」


「もちろんだよヒカル(くん)。これはタカヤ(くん)興味(きょうみ)ありそうな(ほん)でしょ、こっちは美味(おい)しいお菓子(かし)で、これは滋養(じよう)強壮(きょうそう)にいい()(もの)。それと(いま)グラクラ(せい)流行(はや)ってるらしい玩具(おもちゃ)に……」


 あっという()(つくえ)(うえ)は、ライトからの手土産(てみやげ)()()くされて(やま)出来(でき)てしまいました。


「ライト……さん、って……何事(なにごと)加減(かげん)()らないよね」


 ヒカルはため(いき)()いて(あき)れています。


「だ、だって全部(ぜんぶ)タカヤ(くん)(わた)したくて……ごめん、迷惑(めいわく)だった?」


「ううん、(おれ)(うれ)しいよ! ありがとうライトさん!」


 タカヤはそう()って(わら)うと……ふと、()れくさそうに口元(くちもと)()()てます。


「あはは。(にい)ちゃんに()られて、(おれ)もライトさんって()っちゃっ……」


 突然(とつぜん)、タカヤはふらついて(となり)(すわ)るヒカルの(からだ)にもたれかかりました。


「タカヤ⁉」


「……ごめん、大丈夫(だいじょうぶ)だから」


 そう()って(わら)ったタカヤの顔色(かおいろ)()(さお)です。


大丈夫(だいじょうぶ)じゃないだろ! (やす)んだ(ほう)がいい……うるさくしてごめんな、(おれ)仕事(しごと)(もど)るよ」


(ぼく)()くよ……タカヤ(くん)無理(むり)しないで。お大事(だいじ)にね」





 ヒカルとライトが部屋(へや)(あと)にして……タカヤは一人(ひとり)、ベッドの(うえ)(よこ)たわり()(しろ)天井(てんじょう)見上(みあ)げます。


「……また、迷惑(めいわく)かけちゃったな」



 自分(じぶん)(なが)(あいだ)(やまい)(おか)されて(ねむ)っていて。


 みんなが、必死(ひっし)(たす)けてくれて。


 それは(うれ)しいことで、ありがたいことで。


 ……そうでなくちゃ、ダメなのに。


 こんなにも(あい)してもらって、こんなにも自分(じぶん)(しあわ)(もの)で……だから、こんな(ふう)(おも)ってはいけないことは(いた)いほどわかっているのに。



「……なんで、目覚(めざ)めちゃったんだろう……なんて。はは……(おれ)って、最低(さいてい)だ」


 ()(しろ)天井(てんじょう)は、どこまでも()(しろ)なままで……()たくなくて、タカヤは()()じました。


本当(ほんとう)……(なん)のためにここにいるんだろう」



****



「コスモピースのエネルギーが強大(きょうだい)()ぎて、タカヤの(からだ)には(つよ)負担(ふたん)がかかっておる」


 (じゅん)(いち)春子(はるこ)自身(じしん)研究室(けんきゅうしつ)()んだ(しょう)(ぞう)は、タカヤの(からだ)のデータを()せながら二人(ふたり)説明(せつめい)します。


「……正直(しょうじき)何時(いつ)そのエネルギーが暴走(ぼうそう)してもおかしくない状況(じょうきょう)じゃ。もし暴走(ぼうそう)すれば、タカヤの(からだ)無事(ぶじ)ではすまんじゃろう」


「そんな……」


 春子(はるこ)(ふる)える(かた)を、(じゅん)(いち)(よこ)から(ささ)えます。


(なに)か……タカヤを(たす)ける方法(ほうほう)()いんですか」


方法(ほうほう)(いま)のワシにはわからんが……可能(かのう)(せい)ならある」


 (しょう)(ぞう)自分(じぶん)のポスエッグを()()して操作(そうさ)すると……空中(くうちゅう)にいくつも画像(がぞう)()かび()がりました。


 その画像(がぞう)(なか)に……()(しろ)(ちい)さな惑星(わくせい)(ひと)つ。


「この(ほし)は……惑星(わくせい)トリスタル。(とお)(とお)い……(おそ)らく、(いま)()()てた(ほし)じゃが……ここに一人(ひとり)生物(せいぶつ)(のこ)っておるはずじゃ。名前(なまえ)はエイギス……そいつの(なか)には、もう(ひと)つのコスモピースがある」


 ……二人(ふたり)(おどろ)くような視線(しせん)から()()らすように、(しょう)(ぞう)(はなし)(つづ)けます。


「……そのコスモピースを使(つか)って、タカヤの(なか)のコスモピースの(ちから)相殺(そうさい)することが出来(でき)れば……タカヤを(もと)人間(にんげん)(もど)せるかも()れん」


 もう一度(いちど)(しょう)(ぞう)がポスエッグを操作(そうさ)すると、空中(くうちゅう)()かぶ画像(がぞう)(すべ)()えてしまいました。


春子(はるこ)(じゅん)(いち)二人(ふたり)にはその生物(せいぶつ)、エイギスをここへ()れてきてもらいたい。危険(きけん)(ともな)うかも()れんが……(たの)めるか」


「……はい。是非(ぜひ)、やらせてください」


 春子(はるこ)(じゅん)(いち)同時(どうじ)(あたま)()げます。


「それでは支度(したく)をしてすぐに出発(しゅっぱつ)します。極力(きょくりょく)(はや)いほうがいいでしょう」


「……()て」


 (しょう)(ぞう)()()せると、(ちい)さな(こえ)(たず)ねました。


「ワシが何故(なぜ)、そんなことを()っておるのか……理由(りゆう)()かんのか」


「……はい」


「……そうか、()をつけて()けよ」


「はい!」


 二人(ふたり)(とびら)(まえ)()(かえ)一礼(いちれい)すると、足早(あしばや)研究(けんきゅう)(しつ)()()きました。





「………(まった)く、()使(つか)いおって」



****



「ヒカル、ライトくん。(わたし)たち、(すこ)(なが)(たび)()ることになったの」


 二人(ふたり)(まえ)に、春子(はるこ)(あか)るく(わら)ってみせました。


「だからその(あいだ)、タカヤのことをよろしくね!」


「……それは、タカヤ(くん)の……コスモピースに(かん)することを調(しら)べに()くんですか?」


 ライトの()いかけに、(じゅん)(いち)荷物(にもつ)をまとめる()一度(いちど)()めて(こた)えます。


「ああ……タカヤのコスモピースを()(のぞ)いて(もと)人間(にんげん)(もど)す……その方法(ほうほう)(さが)しに()くんだ」


「そ……そんなこと出来(でき)るの?」


 ()見開(みひら)いたヒカルに、(じゅん)(いち)(めずら)しく口角(こうかく)()げました。


「ああ……出来(でき)るさ。(かなら)ずな」


 荷物(にもつ)(すべ)てポスエッグに()れて、(じゅん)(いち)春子(はるこ)(ある)(はじ)めます。


(とう)さん、(かあ)さんもう()るの? ……タカヤに()っていかないの?」


「……だってタカヤに()ったら、心配(しんぱい)()けなくなっちゃうかも()れないもの! だから、タカヤには二人(ふたり)から(つた)えておいて」


 ()(かえ)った春子(はるこ)(わら)ってそう()うと……もう()()()(かえ)りません。


「それじゃあ、()ってきます!」



****



 タカヤが()()ましてから、もうすぐ一ヶ月(いっかげつ)()とうとしています。


 もうとっくに(しん)学期(がっき)(はじ)まってしまっていますが……タカヤは入院(にゅういん)している、ということになっています。


 その理由(りゆう)は……


「うーむ、やりおったな」


 (しょう)(ぞう)()(まえ)には()(ぷた)つに()れたベッド、()げた(かべ)、ボコボコに(へこ)んだ(ゆか)……そして(もう)(わけ)なさそうに(うつむ)くタカヤがいます。


「ごめんなさい、また……(ちから)のコントロールに失敗(しっぱい)しちゃって……」


「お(まえ)(あやま)ることはない。それだけコスモピースの(ちから)強大(きょうだい)じゃ、むしろ今日(きょう)はよくこれだけで(おさ)えられたわい。体調(たいちょう)はどうじゃ?」


体調(たいちょう)は……大丈夫(だいじょうぶ)ですよ? 元気(げんき)です」


(うそ)つけ」


 (しょう)(ぞう)はタカヤに(かる)ーくデコピンすると……白衣(はくい)のポケットから()()したポスエッグを、(つえ)(かたち)変形(へんけい)させて一振(ひとふ)りしました。


 するとみるみるうちにベッドが、(かべ)が、(ゆか)(もと)姿(すがた)へと(もど)っていきます。


調子(ちょうし)(わる)()(つづ)きすぎて()れてきただけじゃろ。ほれ、()とかんかい」


「ううん……(まえ)よりはずっといいのは本当(ほんとう)ですよ? それにしてもすごいですね、いつ()ても魔法(まほう)みたいだ」


 タカヤは()布団(ぶとん)使(つか)わずに、(もと)(もど)ったベッドに(よこ)になりました。


「この部屋(へや)形状(けいじょう)記憶(きおく)材質(ざいしつ)使(つか)って(つく)られておるからな。(もど)すのだって(らく)なもんじゃ」


 (しょう)(ぞう)(つえ)をポスエッグの(かたち)(もど)して、またポケットの(なか)仕舞(しま)います。


「すみません……いつもありがとうございます」


「いちいち(あやま)らんでええわい。ところで……それは(なん)じゃ、手紙(てがみ)か?」


「はい。友達(ともだち)(おれ)(いえ)のポストにお見舞(みま)いの手紙(てがみ)()れてくれてるみたいで。たまに(かえ)った(にい)ちゃんがまとめて()ってきてくれるんです」


「そうか、じゃが……お、(おお)くないか?」


 手紙(てがみ)(おお)きな(はこ)(ふた)ついっぱいになるほどあって、さらにそこから(すこ)(あふ)れています。


「あはは……レンっていう()毎日(まいにち)くれて。それもいつも(いち)(まい)じゃないんです。ありがたいですね……(はや)く、学校(がっこう)(もど)らないと」


 (まゆ)()げてちょっと(こま)ったように(わら)いながら、タカヤは大切(たいせつ)そうに手紙(てがみ)()つめました。


「さすがタカヤ、モテるのー……そうじゃ、お(まえ)()わなきゃならんことがあったわい」


 (ひと)(おお)きなあくびをした(あと)(しょう)(ぞう)はベッドの(ふち)(すわ)ります。


「ワシのこと……その様子(ようす)じゃ(だれ)にも()ってないみたいじゃな」


「……はい。(しょう)(ぞう)さんから(はな)すことが()(かぎ)り、(おれ)からは(しゃべ)りませんよ」


「そうか……(まった)く、お(まえ)親子(おやこ)はよく()とるわい」


 ……その(とき)(しょう)(ぞう)のポケットの(なか)でポスエッグがブルブルと振動(しんどう)しました。


 (しょう)(ぞう)はそれを()()()して(にぎ)ります。


「……じゃあタカヤ、ワシは()く。ゆっくり(やす)むんじゃぞー」


 背中(せなか)()しに()()って、(しょう)(ぞう)部屋(へや)(あと)にしました。




 ……タカヤはそのまま()()じて、(すこ)(むかし)(おも)()します。




 ……(はじ)めてその気持(きも)ちが芽生(めば)えたのは、いつのことだったでしょうか。


 そうです……何年(なんねん)(まえ)家族(かぞく)日帰(ひがえ)旅行(りょこう)()った(かえ)(みち)


 タカヤは後部(こうぶ)座席(ざせき)()かれた、まだ(すこ)(おお)きいジュニアシートの(うえ)で、カタンカタンと小刻(こきざ)みに()られていました。


 (まえ)()れば、運転(うんてん)をしている(じゅん)(いち)助手席(じょしゅせき)(すわ)春子(はるこ)が、(たの)しそうに今日(きょう)のことを(はな)していて。


 (となり)では、(あそ)(つか)れたヒカルが(くび)をカクカク()らしながら(ねむ)っていて。


 (まど)からは、キラキラと(かがや)く……(すな)がいっぱい(はい)ったバケツをひっくり(かえ)したような、満点(まんてん)(ほし)(ぞら)()えました。


 (たの)しくて、(うれ)しくて。


 この空間(くうかん)が、この日々(ひび)が、とってもとっても(しあわ)せだと(おも)って。


 だから、タカヤは(こころ)から……




 ……()()けてため(いき)()くと、タカヤはベッドから()()がります。


「……あれ? これ、(しょう)(ぞう)さんの()とし(もの)かな」


 (ゆか)()ちている、くちゃくちゃになった(いち)(まい)(かみ)(ひろ)()げて、タカヤはベッドの(うえ)(ひろ)げてみました。


会議(かいぎ)日程表(にっていひょう)……大事(だいじ)なものかも。そうだ、(とど)けに()こう。(いま)調子(ちょうし)いいし」



****



春子(はるこ)(じゅん)(いち)長旅(ながたび)苦労(くろう)じゃったな……そうか、その()が」


 (しょう)(ぞう)研究室(けんきゅうしつ)(もど)ってきた春子(はるこ)(じゅん)(いち)は、一人(ひとり)見慣(みな)れない生物(せいぶつ)()れています。


 見上(みあ)げるほど()(たか)くて、(ほそ)くて……この()のものとは(おも)えないほど(うつく)しい生物(せいぶつ)は、(すず)()るような(こえ)(はっ)しました。


「はじめまして、ワタシはエイギス。まぁ……うふふ!」


 エイギスはふわりと、(なが)睫毛(まつげ)()らして(わら)います。


「どうした、(なに)面白(おもしろ)いことがあったか?」


 (しょう)(ぞう)(たず)ねると、エイギスが(なが)(くび)(よこ)()ります。


「いいえ。ワタシ、地球(ちきゅう)(じん)って大好(だいす)きなの。春子(はるこ)(じゅん)(いち)もとっても(やさ)しいもの! それで、貴方(あなた)地球(ちきゅう)(じん)だから(うれ)しくなってしまったのよ」


 ……その言葉(ことば)()いた(しょう)(ぞう)は……まるで時間(じかん)()まったかのように、(おも)わず言葉(ことば)(うしな)ってしまいました。


 ……だって、もしもコスモピースの(ちから)()っているなら……そんなことを()うわけがないからです。


「ちょっと、()てもらってもいいか……エイギス」


 (しょう)(ぞう)はエイギスを(おく)()んで、その(からだ)調(しら)べて……呆然(ぼうぜん)としました。


 だってその(なか)にあったのは……コスモピースとは()ても()つかない、ありふれたエネルギーの(かたまり)だったからです。





春子(はるこ)(じゅん)(いち)……事情(じじょう)()わった」


 エイギスには(おく)資料(しりょう)(しつ)(はい)ってもらい……三人(さんにん)手前(てまえ)研究室(けんきゅうしつ)(はなし)をします。


事情(じじょう)()わったって……もう(ひと)つのコスモピースは?」


 春子(はるこ)質問(しつもん)に、(しょう)(ぞう)(こた)えにくそうに(くち)(うご)かしました。


「それが……(はい)ってなかったんじゃ。つまり、エイギスの(なか)のコスモピースを(だれ)かが意図(いと)(てき)()()ったことになる……まずいことになった」


「まずいこと……? (しょう)(ぞう)さん、説明(せつめい)していただけますか」


 (じゅん)(いち)(するど)視線(しせん)()けます。


「……コスモピースはこの宇宙(うちゅう)でおそらく一番(いちばん)のエネルギーを()めた(いし)じゃ。使(つか)(かた)によっては……どんなものだって、(ほし)だって(こわ)せてしまうじゃろう。そんな(ちから)をもし、ろくでもない(やつ)()にしたらどうなるか……最悪(さいあく)場合(ばあい)、この宇宙(うちゅう)()らぐかも()れん」


 (しょう)(ぞう)(うつむ)いて……二人(ふたり)(かお)()られないまま(はな)(つづ)けます。


「そして、このコスモピースに(かな)うものは……(おな)じコスモピースしか()い。もし、本当(ほんとう)にコスモピースが悪用(あくよう)されたその(とき)は……(いま)のままだと、タカヤに(たたか)ってもらう必要(ひつよう)がある」


「タカヤに……⁉」


 春子(はるこ)悲鳴(ひめい)にも()(こえ)()げて、咄嗟(とっさ)自分(じぶん)(くち)(ふさ)ぎました。


「ああそうじゃ。その場合(ばあい)、コスモピース同士(どうし)のエネルギーのぶつけ()いになる。そうなればおそらく……タカヤの(からだ)()たん。(たと)相手(あいて)()っても、相打(あいう)ちで(こわ)れてしまうじゃろう」


 ……薄暗(うすぐら)研究室(けんきゅうしつ)(なか)は、どこかで機械(きかい)がカチカチと(ちい)さく()(おと)だけが(ひび)いたかと(おも)うと……途端(とたん)(おそ)ろしいほど(しず)まり(かえ)ります。


 (となり)春子(はるこ)(からだ)が、(いま)にも()きだしそうに(ふる)えているのがわかって……(じゅん)(いち)春子(はるこ)()(にぎ)ると、(すこ)しだけ()()じて……(ひら)いて、()()(まえ)見据(みす)えました。


「……つまり、コスモピースを()つけて()ればいいんですね」


 その言葉(ことば)(うつむ)いていた春子(はるこ)(かお)()げたので、(じゅん)(いち)(やさ)しく(わら)いかけて、その()をさらに(つよ)(にぎ)ります。


悪用(あくよう)されるより……タカヤの(からだ)限界(げんかい)(むか)えるよりも(さき)に……もう(ひと)つのコスモピースを()つけてしまえば()い」


「じゃが……どこにあるか検討(けんとう)()かんのじゃぞ。そんな状態(じょうたい)闇雲(やみくも)(さが)すというのが……どれだけ無謀(むぼう)なことかわかっておるのか」


 (しょう)(ぞう)(かお)()げて言葉(ことば)(かえ)しましたが……(じゅん)(いち)のその()()れば、もう()められないことはわかります。


「……それでも、可能(かのう)(せい)()いよりずっといい。()かせてください」


「……(わたし)からも、お(ねが)いします。()かせてください」


 お(たが)いに(にぎ)っていた()(はな)して、二人(ふたり)(ふか)(あたま)()げたのを()て……(しょう)(ぞう)覚悟(かくご)()めて、自分(じぶん)(りょう)(ほほ)をパンっと(たた)きました。


「わかった! ワシのとっておきの宇宙船(うちゅうせん)()してやろう!」


 (しょう)(ぞう)椅子(いす)(すわ)(おお)きなディスプレイに()れると、次々(つぎつぎ)画面(がめん)()かび()がり……研究室(けんきゅうしつ)(いた)(ところ)から(おと)()(はじ)めます。


食料(しょくりょう)燃料(ねんりょう)、その()諸々(もろもろ)……大量(たいりょう)必要(ひつよう)じゃな。十分(じゅっぷん)準備(じゅんび)する、ワシに(まか)せておけ」


(しょう)(ぞう)さん……(なに)から(なに)まで、ありがとうございます!」


 もう一度(いちど)春子(はるこ)(あたま)()げると、(しょう)(ぞう)椅子(いす)をくるりと(まわ)して……(きび)しい(かお)つきで()(かえ)りました。


「じゃが……二人(ふたり)には(わる)いが、これを()すにはワシから(ひと)条件(じょうけん)がある」


条件(じょうけん)……?」


「……最悪(さいあく)可能性(かのうせい)(そな)えて、タカヤにはこれから特別(とくべつ)宇宙警察(うちゅうけいさつ)としてコスモピースの(ちから)使(つか)ってもらいたい。まともに使(つか)えない(いま)状況(じょうきょう)では(はなし)にならん。それに……もしコスモピースの(ちから)(ねら)(やから)(あらわ)れた(とき)に、自分(じぶん)()(まも)ることにも(つな)がるじゃろう」


 春子(はるこ)がすぐに、()()()すように(くち)(ひら)きます。


「それは……(あぶ)ないことなんじゃないんですか? もの(すご)いエネルギーなんでしょう? タカヤに()えられるんですか?」


「ワシにも……やってみんとわからんよ」


「そんな、あの()(なに)かあったら……! ねぇ(じゅん)(いち)、やっぱり……」


春子(はるこ)


 (じゅん)(いち)はいつもより(すこ)(おお)きな(こえ)()しました。


(おれ)は……(しょう)(ぞう)さんを、タカヤを(しん)じる。コスモピースのことも、この(さき)どうなるかも……(なに)もかもわからないことばかりなんだ……(おれ)たちも、覚悟(かくご)()めないか」


「でも……!」


 (すこ)(うつむ)いた春子(はるこ)は……()()きました。


 さっきまで(にぎ)っていた(じゅん)(いち)()が、(ちい)さく(ふる)えていることに。


 ……不安(ふあん)なのは(けっ)して、自分(じぶん)だけでは()いのです。


 春子(はるこ)(くび)をプルプルと()って、目元(めもと)(そで)(つよ)(こす)ると……今度(こんど)自分(じぶん)から、(ふる)えている(じゅん)(いち)()(つよ)(にぎ)りました。


()(みだ)してごめんなさい。もう大丈夫(だいじょうぶ)……(しょう)(ぞう)さん」


 (わら)って、春子(はるこ)(まえ)()きます。


「タカヤを……よろしくお(ねが)いします」


「ああ、わかっとる……さぁ、準備(じゅんび)はすぐ出来(でき)る。(いま)のうちに息子(むすこ)たちに()いに()ったらどうじゃ」


 (しょう)(ぞう)はまたディスプレイを操作(そうさ)しますが……二人(ふたり)(うご)気配(けはい)がありません。


「どうした、()かんのか」


「……はい」


 (じゅん)(いち)がそう返事(へんじ)をすると、春子(はるこ)(うなず)きます。


「……(なが)(あいだ)()えなくなるぞ」


「わかってます。でももし……()って、(はな)れるのが(いや)出発(しゅっぱつ)(しぶ)って、その(ぶん)だけ()()わなかったりしたら……(わたし)、きっと自分(じぶん)(ゆる)せません」


 ……春子(はるこ)がそう(はな)すと、今度(こんど)(じゅん)(いち)(なに)()わずに(うなず)きました。


「……そうか。(すこ)()っとれ、まもなく……準備(じゅんび)()わる」


 空中(くうちゅう)()かんでいた画面(がめん)次々(つぎつぎ)()えて……最後(さいご)にディスプレイにボタンが(ひと)表示(ひょうじ)されます。


……(すこ)躊躇(ためら)いそうになる(こころ)(おさ)()んで、(しょう)(ぞう)はボタンに()をかざすのでした。





 ……()とし(もの)(とど)けに()たタカヤは、(しょう)(ぞう)研究室(けんきゅうしつ)(まえ)(すわ)()んでいました。


 コスモピースの(ちから)によって聴力(ちょうりょく)(なん)(ばい)にも(たか)めたタカヤは、部屋(へや)(なか)三人(さんにん)(はな)(こえ)(しず)かに()いて……()()がると、足音(あしおと)をさせないようにその()(あと)にします。


 ゆっくりと(ある)いていた(あし)は、研究室(けんきゅうしつ)から(はな)れるごとに早足(はやあし)に、そして()(あし)になっていって。



 ……()()くと、タカヤは(わら)っていました。


 それは、(いま)まで(かん)じたことの()い……いつもの(つく)(わら)いじゃ()い、(こころ)(そこ)からの高揚(こうよう)による(わら)いでした。




 ……どうやら(いま)自分(じぶん)には、とてつもない(ちから)があるようです。


 そのコスモピースの強大(きょうだい)(ちから)使(つか)って、たくさんの(ひと)(やく)()つこと。


 そして……もう(ひと)つのコスモピースの脅威(きょうい)から、この宇宙(うちゅう)(まも)って……。


 それこそが……もしかして、自分(じぶん)()せられた役目(やくめ)なのではないでしょうか。



 (むかし)から……()きなものも、やりたいこともありませんでした。


 家族(かぞく)に、大切(たいせつ)(ひと)に……自分(じぶん)普通(ふつう)じゃないことが……どうしようもなく(から)っぽなことがバレてしまうのが、(こわ)くて仕方(しかた)なくて。


 ……そのために(うそ)()(つづ)ける自分(じぶん)が……世界(せかい)一番(いちばん)(だい)(きら)いでした。



 こんな自分(じぶん)がここにいる意味(いみ)が、ずっとずっとわからなくて、ずっとずっと()しくて……ああでも! この(ちから)こそが!


 ……そうです! きっと……そうに(ちが)いありません!



 ……()(くら)だったタカヤの世界(せかい)に、(おお)きな(ひかり)()しました。


 それはタカヤにとって、どんな(ひかり)より(まぶ)しくて……たった(ひと)つの希望(きぼう)()えました。



****



 それから(いっ)週間(しゅうかん)ほどが()った(ころ)


 ドカドカ足音(あしおと)(ちか)づいてきて……本部(ほんぶ)最上階(さいじょうかい)にある、(しょう)(ぞう)研究室(けんきゅうしつ)(とびら)乱暴(らんぼう)(ひら)かれました。


(しょう)(ぞう)おじさん! ()きましたよ……タカヤ(くん)特別(とくべつ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)にするなんてどういうつもりですか!」


 ライトは(にら)むように(しょう)(ぞう)()()ります。


「どういうことも(なに)もそういうことじゃ。コスモピースはもの(すご)(ちから)()めておるからな……宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)にその(ちから)()してもらいたいと(おも)うのは当然(とうぜん)じゃろ」


「そんな理由(りゆう)で……あの()危険(きけん)(さら)すんですか⁉」


 ……春子(はるこ)(じゅん)(いち)以外(いがい)には、タカヤに()()けるかもしれない最悪(さいあく)可能(かのう)(せい)(はな)していません。


 (とく)にライトには……(はな)せばきっとひどく動揺(どうよう)して、自分(じぶん)のせいだと()(みだ)してしまうことは()()えています。


 (しょう)(ぞう)はもう……あの日々(ひび)のようなライトは()たくありません。


「とにかく、これはもう()まったことじゃ。そうじゃライト、お(まえ)(たの)みがある」


 (かた)(ふる)わせるライトに、(しょう)(ぞう)淡々(たんたん)(はなし)(つづ)けます。


「タカヤが(じき)小学校(しょうがっこう)(もど)りたいらしい。まあ、(ちから)のコントロールも上手(うま)くなって()たし、もう(すこ)しすれば問題(もんだい)ないじゃろう。そこで、お(まえ)には(ちか)くに()んでタカヤの……コスモピースの様子(ようす)見守(みまも)ってもらいたい」


(ちか)くに……? 一緒(いっしょ)()んだらいいじゃないですか。タカヤ(くん)はまだ小学生(しょうがくせい)ですよ?」


「……ワシもヒカルもそう()ったんじゃがな。(いえ)では()()けて、(ちから)暴発(ぼうはつ)するかもしれないからとタカヤが(ことわ)って()たわい。安心(あんしん)しろ、タカヤが一人(ひとり)にならんようにそれなりのロボットを(つく)って(わた)すつもりじゃ」


 (すこ)(はな)れた(つくえ)(うえ)には、それらしい(つく)りかけの(まる)っこいボディが()いてあります。


 そして……その(おく)見慣(みな)れない、これまた(つく)りかけの(ひと)(がた)のボディが(ひと)つ。


「これは……アンドロイドですか?」


「そうじゃ。ライト、お(まえ)のお世話(せわ)(がかり)じゃよ。それも(ちょう)高性能(こうせいのう)、ワシの最高(さいこう)傑作(けっさく)になりそうじゃ」


「ええ⁉ (ぼく)、そんなのいりませんよ! 自分(じぶん)のことくらい自分(じぶん)出来(でき)ます!」


 興味(きょうみ)ないと()わんばかりに(かお)(そむ)けるライトに……(しょう)(ぞう)がでっかいため(いき)()きました。


「あのなー……お(まえ)はタカヤが心配(しんぱい)みたいじゃが、ワシはお(まえ)(ほう)がよっぽど心配(しんぱい)じゃ! 家事(かじ)(ひと)つもまともに出来(でき)んし、(からだ)(こわ)すようなことばっかりしおって! そんなお(まえ)をサポートしてくれる()(つく)っとるんじゃろうが! ありがたく()()らんかい!」


「わ、わかりましたわかりました!」


 (しょう)(ぞう)のあまりの剣幕(けんまく)に、ライトは仕方(しかた)なく(くび)(たて)()ります。


(まった)く……というわけで、(とき)()()(ちょう)でのタカヤのことはお(まえ)(まか)せたからな、(たの)んだぞ。さー……ワシは作業(さぎょう)(もど)るかのう。さあライトも(かえ)った(かえ)った!」


 右手(みぎて)をシッシッと()って、(しょう)(ぞう)はライトに()()けると(つく)りかけのロボットの(もと)へと(ある)いて()きました。





(まった)く、(しょう)(ぞう)おじさんは本当(ほんとう)勝手(かって)だ! それにしても……タカヤ(くん)が、特別(とくべつ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)なんて……」


 無理(むり)やり研究室(けんきゅうしつ)()()されたライトは、(だれ)もいない、しんとした(しろ)廊下(ろうか)(たたず)みます。


「あの()(なに)かあったら……(ぼく)は、どうしたら……」



****



 ()づけば、タカヤが(やまい)(たお)れてから()(げつ)()ちます。


 ……(なが)(あいだ)世話(せわ)になった(しろ)部屋(へや)()(なか)で、タカヤは()()じていました。


 今日(きょう)はタカヤが(はじ)めて、特別(とくべつ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)として仕事(しごと)をする()です。


 内容(ないよう)はまだ()らされていませんが、タカヤは(うれ)しくて(うれ)しくて……ずっとそわそわして。


 すると、部屋(へや)(とびら)がノックされました。


「……ライトお(にい)ちゃん。どうしたの?」


「いや……タカヤ(くん)()になって。今日(きょう)から、特別(とくべつ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)仕事(しごと)があるんだろ?」


 ライトは……タカヤとは(べつ)意味(いみ)でそわそわしているようです。


「うん、もう(すこ)ししたら()ってくるよ」


「あのさ……そのこと、なんだけど」


 自分(じぶん)(ふく)胸元(むなもと)をぎゅっと(にぎ)って、ライトは()(けっ)したように(くち)(ひら)きました。


「……やめない?」


「え?」


「だから……特別(とくべつ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)として活動(かつどう)するの……やっぱり、やめて()しいんだ」


 ライトの(こえ)(ふる)えています。


「コスモピースの(ちから)使(つか)ったら、タカヤ(くん)にどんな影響(えいきょう)があるかわからないし……タカヤ(くん)がさ、(いや)っていえば……きっと、(しょう)(ぞう)おじさんもやめてくれると(おも)うんだ」


「でも、もうそういう(ふう)(はなし)(すす)んでるから……みんな()ってるし」


「タカヤ(くん)


 (いま)にも()きだしそうな(こえ)で、(ひとみ)で、ライトはタカヤを()ています。


「お(ねが)い、だから……」


 ……ライトにこんな(かお)をさせているということは、きっとこれは正解(せいかい)じゃないのでしょう。


 いつもみたいに笑顔(えがお)(つく)って、わかったと()えばライトは(わら)ってくれるでしょう、でも。


 これは……タカヤが(はじ)めて(つか)んだ、(うそ)じゃない本当(ほんとう)の……希望(きぼう)なのです。


「……大丈夫(だいじょうぶ)だよ、()()けて活動(かつどう)するから」


「でも、もしもがあったら……!」


大丈夫(だいじょうぶ)


「でもっ」


大丈夫(だいじょうぶ)だって()ってるじゃない()()()!」



 ……(くち)をついて()たその言葉(ことば)に、(だれ)よりもタカヤが(おどろ)いていました。


 ライトは()見開(みひら)いて……呆然(ぼうぜん)としています。


「タカヤ、(くん)……?」


「ごめん、最近(さいきん)いっぱいお仕事(しごと)(はなし)してるから……でも、これからはその(ほう)がいいですよね。ライト()()ともお仕事(しごと)することになるでしょうし」


 タカヤはライトに()()けて、(とびら)()をかけました。


 (いま)ならまだ()()います。


 ()(かえ)って、ごめんね(うそ)だよって()えば……ああでも。


 もうどれだけ()(つくろ)っても、ライトお(にい)ちゃんにとっての『いい()』には、(もど)れません。



「それでは、()ってきます」


()って! タカヤく」


 ……(つづ)きを()くことなく、タカヤは(とびら)()めて(ある)(はじ)めました。


 ズキリと(いた)(むね)も、何故(なぜ)だか(こぼ)れた(しずく)無視(むし)して……自分(じぶん)(ため)だけに(ある)(はじ)めました。



****



 あの()家族(かぞく)日帰(ひがえ)旅行(りょこう)()った(かえ)(みち)


 (たの)しくて、(うれ)しくて。


 この空間(くうかん)が、この日々(ひび)が、とってもとっても(しあわ)せだと(おも)って。


 だから、タカヤは……


 (こころ)から、この世界(せかい)から()えてしまいたいと(おも)いました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ