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第二十話 ライトお兄ちゃん①

****


「はぁ…ちょっと、遅(おそ)くなっちゃったかな…っ」


 ライトは県内(けんない)で有数(ゆうすう)の進学(しんがく)高校(こうこう)の制服(せいふく)に身(み)を包(つつ)んだまま、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)の二(に)階(かい)にある真(ま)っ白(しろ)な扉(とびら)をノックしました。


「はーい!」


 中(なか)から元気(げんき)な声(こえ)が聞(き)こえて、ライトは扉(とびら)を開(ひら)きます。


「あ、ライトお兄(にい)ちゃんお帰(かえ)りなさい! 来(き)てくれたんだ!」


「ただいまヒカル君(くん)。来(く)るに決(き)まってるだろ、今日(きょう)は大事(だいじ)な日(ひ)なんだから」


 ヒカルは真(ま)っ白(しろ)な部屋(へや)の中(なか)にある、これまた真(ま)っ白(しろ)な机(つくえ)の上(うえ)で黒(くろ)いランドセルを広(ひろ)げて、どうやら小学校(しょうがっこう)の宿題(しゅくだい)をしていたようです。


「…その様子(ようす)だと、まだ産(う)まれて無(な)いみたいだね」


「うん…母(かあ)さん大丈夫(だいじょうぶ)かな。おなか痛(いた)そうだった…」


 しょんぼりと目(め)を伏(ふ)せてしまったヒカルの背中(せなか)を、ライトは隣(となり)に座(すわ)って優(やさ)しくさすりながら明(あか)るく笑(わら)って見(み)せます。


「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。ねぇヒカル君(くん)、弟(おとうと)と何(なに)して遊(あそ)びたい?」


「え! えっとね、俺(おれ)いろいろ考(かんが)えてるんだー! まずはキャッチボールでしょ、それから一緒(いっしょ)に本(ほん)も読(よ)みたいし。あ、あとお絵(え)かきとか! えへへ、あとねあとね…」


「あはは。いっぱいあるんだね」


「あ! もちろんライトお兄(にい)ちゃんも一緒(いっしょ)にするんだよ!」


「え、僕(ぼく)も?」


「当(あ)たり前(まえ)じゃん! みんなで一緒(いっしょ)に遊(あそ)ぶの楽(たの)しみだなー…早(はや)く産(う)まれて来(こ)ないかな」


 その時(とき)、遠(とお)くからバタバタと足音(あしおと)が近(ちか)づいてきて、二人(ふたり)のいる部屋(へや)の扉(とびら)がコンコンと激(はげ)しくノックされました。


 扉(とびら)が大(おお)きく開(ひら)かれて、息(いき)を切(き)らした諄(じゅん)弌(いち)が部屋(へや)に入(はい)ります。


「…ライト君(くん)も来(き)てくれたんだな、ありがとう…無事(ぶじ)産(う)まれたよ」


「本当(ほんとう)⁉ 父(とう)さん!」


「ああ、ヒカル。母(かあ)さんも無事(ぶじ)だ…後(あと)でみんなで会(あ)いに行(い)こう」


「あの…僕(ぼく)も行(い)っていいんですか?」


 ライトが少(すこ)し不安(ふあん)そうに尋(たず)ねると、諄(じゅん)弌(いち)はきょとんと目(め)を丸(まる)くしました。


「むしろ…来(こ)ないのか?」


「いえ! 行(い)きたい、です…!」


「…是非(ぜひ)来(き)てくれ。春子(はるこ)も、産(う)まれた子(こ)どもも喜(よろこ)ぶよ」


 諄(じゅん)弌(いち)はいつもはあまり表情(ひょうじょう)を崩(くず)しませんが、この日(ひ)ばかりは嬉(うれ)しそうに笑(わら)います。



 産(う)まれた子(こ)どもの名前(なまえ)は、石越(いしごえ)タカヤ。


 このポスリコモスにある宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)で…いえ、おそらく…地球(ちきゅう)の外(そと)で初(はじ)めて産(う)まれた地球(ちきゅう)人(じん)です。



****



「ね、ねぇヒカル君(くん)! これってどうしたらいいの⁉」


 小(ちい)さなマットの上(うえ)に寝転(ねころ)がって、ロンパース姿(すがた)で手足(てあし)をパタパタ揺(ゆ)らしているタカヤを前(まえ)にライトは困惑(こんわく)しています。


「えっとね、まずここのボタンを外(はず)して…両足(りょうあし)を片手(かたて)で持(も)ち上(あ)げるんだよ! 俺(おれ)やったことある!」


「こ、こう?」


「そうそう。あ、待(ま)って? やっぱり先(さき)にオムツのシールを…」


 …二人(ふたり)がもたもたしている間(あいだ)に、タカヤはフニャフニャと泣(な)き出(だ)してしまいました。


「ああ泣(な)いちゃった! ごめんねタカヤ君(くん)、すぐ綺麗(きれい)にしてあげるからね!」


「ライトお兄(にい)ちゃん、お尻(しり)拭(ふ)いてあげたら次(つぎ)はこの新(あたら)しいオムツをね…」


「な、なるほど…」


 ライトは悪戦(あくせん)苦闘(くとう)しながら、なんとかオムツを形(かたち)にします。


「よし! 出来(でき)た、これでいいかな?」


 …と、なんとか無事(ぶじ)オムツは替(か)え終(お)わったものの、今度(こんど)はタカヤが泣(な)き止(や)みません。


「た、タカヤ君(くん)どうしたのー? お腹(なか)空(す)いちゃったかな? それとも眠(ねむ)い?」


 おそるおそるやわらかーい小(ちい)さなタカヤを抱(だ)き上(あ)げて、ライトは自分(じぶん)の体(からだ)をゆっくり揺(ゆ)らします。


「よしよし、良(い)い子(こ)良(い)い子(こ)…お願(ねが)い、泣(な)き止(や)んでー…?」


 フニャフニャ泣(な)いていたタカヤは、少(すこ)しずつウトウトとして来(き)て…どうやら眠(ねむ)りについたようです。


「よかった…寝(ね)たみたい。眠(ねむ)かったのかな」


 ほっとしたライトが、先(さき)ほどまで寝転(ねころ)んでいたマットの上(うえ)にタカヤを置(お)こうとすると…タカヤは再(ふたた)び、今度(こんど)は火(ひ)が付(つ)いたように泣(な)き出(だ)しました!


「ああ起(お)きちゃった! どうしようヒカル君(くん)!」


「お、俺(おれ)もわかんない…! 母(かあ)さんと父(とう)さんは急(きゅう)に呼(よ)ばれてお仕事(しごと)行(い)っちゃったし…そうだ、タカヤー? これ好(す)きだろ? 泣(な)かないでー!」


 ヒカルはオムツやタオルが入(はい)った大(おお)きなカバンからガラガラを取(と)り出(だ)して、タカヤの耳元(みみもと)で優(やさ)しく振(ふ)りましたが…それは今(いま)は逆効果(ぎゃくこうか)だったようで、タカヤのぐずりを余計(よけい)に悪化(あっか)させてしまいました。


「うぇえん…ライトお兄(にい)ちゃんごめーん…!」


「えぇ⁉ ヒカル君(くん)まで泣(な)かなくていいんだよ!」


「だってぇ…俺(おれ)のせいでタカヤがぁ…っ!」


「ああもう、ほらこっちおいで!」


 腕(うで)の中(なか)のタカヤは相変(あいか)わらずびゃあびゃあ泣(な)いていて、腰元(こしもと)に抱(だ)きついて来(き)たヒカルもぐずぐず泣(な)き出(だ)してしまって…ライトも泣(な)きたくなってきました。


「どうしたらいいんだ…子守歌(こもりうた)でも歌(うた)えばいいのか? えーっと…ねーんねーんころーりよー…?」


 ライトの微妙(びみょう)に音程(おんてい)が外(はず)れた子守歌(こもりうた)が、真(ま)っ白(しろ)な室内(しつない)に響(ひび)きます。


 その時(とき)、カチャリと扉(とびら)が薄(うす)く開(ひら)いた音(おと)がしました。


「あ! 春子(はるこ)さん、諄(じゅん)弌(いち)さん、戻(もど)ってきてくれたんです…か…」


 ライトは期待(きたい)を込(こ)めて扉(とびら)の方(ほう)を向(む)きましたが…そこに居(い)たのは今(いま)にも吹(ふ)き出(だ)しそうな笑(わら)いを必死(ひっし)に堪(こら)えている肖(しょう)造(ぞう)でした。


「な! 何(なん)の用(よう)ですか肖(しょう)造(ぞう)おじさん!」


 あまりの恥(は)ずかしさに耳(みみ)まで真(ま)っ赤(か)にしながら、ライトは肖(しょう)造(ぞう)を睨(にら)みます。


「いや、タカヤの泣(な)き声(ごえ)が聞(き)こえると思(おも)って来(き)たら…ライトが歌(うた)いだすんじゃもん! ワシもう面白(おもしろ)くて面白(おもしろ)くて…っ!」


 相当(そうとう)ツボに入(はい)ったのか、肖(しょう)造(ぞう)はもう引(ひ)き笑(わら)いが止(と)まりません。


「ぐ…わ、笑(わら)うな!」


「いやー、すまんすまん。ライトはよく頑張(がんば)っとる…ぷ、くく…」


「ああもう! 腹立(はらた)つなぁ!」


 …ライトが怖(こわ)い声(こえ)を出(だ)したので、びっくりしたタカヤはまた声(こえ)を張(は)り上(あ)げて泣(な)き出(だ)して…それに釣(つ)られてヒカルも涙(なみだ)が止(と)まりません。


「ああ! ごめん二人(ふたり)に怒(おこ)ったんじゃないんだ…うぅ、お願(ねが)いだから泣(な)き止(や)んでよ…」


「それにしても…タカヤが泣(な)いとるのはわかるとして、何(なん)でヒカルが泣(な)いとるんじゃ」


 肖(しょう)造(ぞう)はヒカルの目線(めせん)に屈(かが)んで尋(たず)ねます。


「うぇ…っ、だって、タカヤが泣(な)き止(や)まないからぁあ…」


「全(まった)く、兄(あに)のお前(まえ)がそんなんじゃタカヤも泣(な)きやまんわい。ほれ、見(み)とれよ?」


 肖(しょう)造(ぞう)が着(き)ている白衣(はくい)のポケットの中(なか)に片手(かたて)を突(つ)っ込(こ)んで、そのままモゾモゾと動(うご)かすと…なんとポケットから出(で)てきたその手(て)は、まるで怪獣(かいじゅう)の手(て)のように変(か)わっているではありませんか!


 濃(こ)いピンクのウロコがびっしり生(は)えていて、長(なが)く黒(くろ)い尖(とが)った爪(つめ)が光(ひか)っていて…あまりのその変(か)わりように、ヒカルはもう釘(くぎ)付(づ)けです。


「ええ! すごーい! かっこいいー!」


「そうじゃろー。ほれ、こんなのも出来(でき)るぞ?」


 もう一度(いちど)肖(しょう)造(ぞう)がポケットに手(て)を入(い)れると…今度(こんど)は細(ほそ)いガラス細工(ざいく)のような手(て)に早(はや)変(が)わりです。


「すごいすごい! ねぇ肖(しょう)造(ぞう)さん、それっていつもの発明品(はつめいひん)? もっとやってー!」


 すっかり泣(な)き止(や)んだヒカルが強請(ねだ)りますが、肖(しょう)造(ぞう)はプルプル首(くび)を横(よこ)に振(ふ)りました。


「やじゃもーん、もう疲(つか)れたもーん。また今度(こんど)じゃな」


「えーいいじゃん、やってよーお願(ねが)い!」


「ダーメーじゃ。さて、次(つぎ)はタカヤじゃな…ほれ、ライトちょっと貸(か)してみぃ」


 …ライトは渋々(しぶしぶ)、タカヤをゆっくり肖(しょう)造(ぞう)に渡(わた)します。


「おータカヤ、何(なに)をそんなに泣(な)いとるんじゃ。ほーれよちよち」


 手慣(てな)れた様子(ようす)で、肖(しょう)造(ぞう)がタカヤを抱(だ)く手(て)をゆらゆら揺(ゆ)らしていると…忽(たちま)ち、タカヤは泣(な)き止(や)んでへにょりと笑(わら)ったではありませんか!


「わ、笑(わら)った…! 悔(くや)しいけどすごい…!」


 ライトは喜(よろこ)びと憎(にく)しみが入(い)り交(ま)じったような、何(なん)とも言(い)えない表情(ひょうじょう)で肖(しょう)造(ぞう)を見(み)ました。


「おーおータカヤ、笑(わら)った顔(かお)も可愛(かわい)いのぉ」


 タカヤのもちもちほっぺをツンツンしながら、肖(しょう)造(ぞう)は顔(かお)をほころばせます。


「タカヤー? ワシもうすぐおじいちゃんになるんじゃよー。孫(まご)はタカヤと同(おな)い年(どし)じゃなー…そうじゃ! 二人(ふたり)で宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になってコンビを組(く)む、なんてどうじゃろ?」


「また肖(しょう)造(ぞう)おじさんは気(き)が早(はや)すぎる話(はなし)を…でもそうか、ショータ君(くん)のところのお子(こ)さん、もうすぐ産(う)まれるのか」


「あ、そうじゃ。そのショータがお前(まえ)の心配(しんぱい)をしとったぞ、ライト」


 肖(しょう)造(ぞう)はウトウトとし始(はじ)めたタカヤをベビーベッドの上(うえ)に降(お)ろして、ちいさな毛布(もうふ)を掛(か)けてあげながら続(つづ)けます。


「お前(まえ)昔(むかし)から、あまり周(まわ)りに馴染(なじ)めんかったじゃろ? まぁその…キラキラ粉(こ)を使(つか)ったET(いーてぃー)が見(み)える力(ちから)があることもその原因(げんいん)の一端(いったん)じゃろうが。最近(さいきん)は元気(げんき)でやってるのかってショータが気(き)にしとったわい」


「や、やってますよ…元気(げんき)に」


「高校(こうこう)はどうじゃ? 友達(ともだち)はできたか?」


「で、でででで出来(でき)ましたよ??? お、おおおお弁当(べんとう)だって移動(いどう)教室(きょうしつ)だって一人(ひとり)じゃないですよ???」


 ライトがあまりにもギョロンギョロンと目(め)線(せん)を右往左往(うおうさおう)させるので…肖(しょう)造(ぞう)は全(すべ)てを察(さっ)しました。


「…ほんと、お前(まえ)をここに連(つ)れてきて良(よ)かったわい。安心(あんしん)しろ、お前(まえ)の居場所(いばしょ)はここにあるからな」


「何(なん)ですかその目(め)は! ふ、ふふ二人(ふたり)組(ぐみ)を作(つく)るときに余(あま)ったりしないんですからね⁉」


「…ライトお兄(にい)ちゃん、友(とも)だちいないの? 俺(おれ)たちがいるからね」


「ヒカル君(くん)まで! だからいるってば…クラスの人(ひと)とも何回(なんかい)か話(はな)したことあるんだから!」


 必死(ひっし)にライトが弁解(べんかい)していると…部屋(へや)の扉(とびら)がノックされて、仕事(しごと)を終(お)えた春子(はるこ)と諄(じゅん)弌(いち)が戻(もど)ってきました。


「ただいまー! ヒカル、ライトくん、タカヤのこと見(み)ててくれてありがとね! あら、肖(しょう)造(ぞう)さんまで! …まあ。タカヤは寝(ね)てるのね」


「母(かあ)さん父(とう)さんおかえりー! あのね、タカヤね、しょうぞ…」


 …肖(しょう)造(ぞう)は鼻(はな)の前(まえ)に人差(ひとさ)し指(ゆび)を立(た)てて、ヒカルにしーっと合図(あいず)を送(おく)ります。


「…タカヤはライトが寝(ね)かしつけたんじゃよ。子守歌(こもりうた)まで歌(うた)っとったわい」


「まあ! そうなの? ありがとうライトくん!」


「え⁉ えぇと…」


 肖(しょう)造(ぞう)の手柄(てがら)を取(と)っては悪(わる)いかと、ライトが肖(しょう)造(ぞう)の方(ほう)をちらりと見(み)ると…肖(しょう)造(ぞう)はライトに向(む)けてパチンとウインクをして見(み)せました。


 …その表情(ひょうじょう)に妙(みょう)に腹(はら)が立(た)ったライトは、本当(ほんとう)のことを言(い)う気(き)が見事(みごと)に消(き)え失(う)せます。


「…僕(ぼく)が寝(ね)かしつけました」


「そうか…ライト君(くん)は抱(だ)っこが上手(うま)いんだな…俺(おれ)も教(おし)えてもらおうか…」


「う、上手(うま)いわけではないですよ? 諄(じゅん)弌(いち)さん」


「そうか…? あ、そうだ…ライト君(くん)に渡(わた)したいものが…」


 諄(じゅん)弌(いち)がポケットを探(さぐ)って、小(ちい)さな緑色(みどりいろ)の石(いし)を取(と)り出(だ)すと…ライトは途端(とたん)に目(め)を輝(かがや)かせます。


「それは! 惑星(わくせい)プローマのイントルベシアントじゃないですか! ま、まさか…くれるんですか⁉」


「おお、見(み)ただけでわかるとは…さすがだな。…ライト君(くん)はこういうのが好(す)きだからって…春子(はるこ)と相談(そうだん)してもらって来(き)たんだ…」


「あ、ありがとうございます! すごい…実物(じつぶつ)初(はじ)めて見(み)た!」


「なにそれー? ライトお兄(にい)ちゃん俺(おれ)にも見(み)せてー?」


「いいよヒカル君(くん)。これはね、とってもすごい石(いし)なんだ!」



 …春子(はるこ)と諄(じゅん)弌(いち)の優(やさ)しい視線(しせん)、膝(ひざ)にのってきたヒカルの重(おも)みと温(あたた)かい体温(たいおん)、聞(き)こえてくるタカヤの小(ちい)さな寝息(ねいき)…そして悔(くや)しいかな、隣(となり)にいる肖(しょう)造(ぞう)のニヤニヤした笑(え)みも含(ふく)めて…この場所(ばしょ)がライトの宝物(たからもの)でした。


 ここがある限(かぎ)り、自分(じぶん)は何(なん)でも頑張(がんば)れる…そう確信(かくしん)できるくらい、とってもとっても大事(だいじ)でした。



****



「ど、どうかな? …似合(にあ)ってる?」


 ライトは姿見(すがたみ)の前(まえ)で、真新(まあたら)しい宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の制服(せいふく)を着(き)た自身(じしん)の姿(すがた)を不安(ふあん)そうに眺(なが)めます。


「似合(にあ)う似合(にあ)う! いいなーライトお兄(にい)ちゃん、俺(おれ)も早(はや)く宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になりたいなー」


「そう言(い)うヒカル君(くん)はもうすぐ中学生(ちゅうがくせい)になるんだよね。月日(つきひ)が経(た)つのは早(はや)いなぁ」


「うん。中学生(ちゅうがくせい)になったら勉強(べんきょう)も増(ふ)えるし部活(ぶかつ)も始(はじ)まるし…今(いま)までみたいに本部(ほんぶ)に遊(あそ)びには来(こ)れないかも」


 ヒカルはちょっと残念(ざんねん)そうに俯(うつむ)きました。


「あ! でも来(こ)れる時(とき)は来(く)るから、その時(とき)は忙(いそが)しくても遊(あそ)んでよね!」


「あはは、わかったよ。ヒカル君(くん)こそ、お友達(ともだち)ばかりと遊(あそ)んで僕(ぼく)のこと忘(わす)れないでね?」


 二人(ふたり)が話(はな)していると…外(そと)から部屋(へや)の扉(とびら)が開(ひら)かれます。


「ライトくん、お着替(きが)え終(お)わったー? …あら! とってもよく似合(にあ)ってるわ! ねぇ諄(じゅん)弌(いち)?」


「そうだな春子(はるこ)…ライト君(くん)も、立派(りっぱ)になったなぁ…ほら、タカヤも見(み)に行(い)くか…?」


 諄(じゅん)弌(いち)は抱(だ)いていたタカヤを、ゆっくり床(ゆか)に降(お)ろしてあげました。


 タカヤは音(おと)の鳴(な)る靴(くつ)をピッピッと鳴(な)らしながらよちよちと歩(ある)いて行(い)って…ライトの足下(あしもと)にぎゅっと抱(だ)きつきます。


「らーとにーちゃ、かっこいー!」


「本当(ほんとう)? タカヤ君(くん)ありがとう!」


 ライトはタカヤを抱(だ)き上(あ)げると、やわらかーいそのほっぺたに思(おも)う存分(ぞんぶん)頬(ほお)ずりしました。


 そのままぽんぽんのお腹(なか)をツンッとつつくと、タカヤが驚(おどろ)いたようにキャタキャタ笑(わら)うので…ライトはそれがあんまり愛(いと)おしくて、つい何回(なんかい)もつついてしまいます。


「タカヤ君(くん)は本当(ほんとう)に可愛(かわい)いなぁ…! お給料(きゅうりょう)が出(で)たらいっぱい玩具(おもちゃ)買(か)ってあげるからねー」


「本当(ほんとう)、ライトお兄(にい)ちゃんはタカヤに甘(あま)いよなー」


「ヒカル君(くん)だって十分(じゅうぶん)甘(あま)いだろ!」


「仕方(しかた)ないじゃん、だって可愛(かわい)いんだもん! …っていうかライトお兄(にい)ちゃんばっかりズルい! 俺(おれ)もタカヤ抱(だ)っこしたい!」


 ライトとヒカルが言(い)い合(あ)っていると…側(そば)で微笑(ほほえ)ましそうに見(み)ていた春子(はるこ)が、思(おも)い出(だ)したように口(くち)を開(ひら)きました。


「そういえば…ライトくん、肖(しょう)造(ぞう)さんとコンビを組(く)むことになったらしいわね?」


 …それを聞(き)くと、ライトは途端(とたん)に苦虫(にがむし)を噛(か)み潰(つぶ)したような顔(かお)をします。


「そ、それは…お互(たが)いコンビを組(く)まずに一人(ひとり)で研究(けんきゅう)したいっていう…要(よう)は利害(りがい)が一致(いっち)しただけで。とにかく、僕(ぼく)が望(のぞ)んでそうなったわけではありませんからね!」


「あら、そうなの?」


「そうなんです! だからあんまり他(ほか)の人(ひと)には言わないでくださ…」


 そこまで話(はな)したところで、ライトのズボンのポケットの中(なか)に入(はい)っている紺色(こんいろ)のポスエッグがブルブルと震(ふる)えました。


 抱(だ)いていたタカヤをヒカルに渡(わた)して、ポケットに手(て)を入(い)れてそれを握(にぎ)ったライトは…はぁーっと深(ふか)くため息(いき)を吐(つ)きます。


「すみません…ちょっと肖(しょう)造(ぞう)おじさんに呼(よ)ばれたので行(い)ってきますね。全(まった)く、いつも訳(わけ)わかんないことで呼(よ)び出(だ)すんだから…でも、今日(きょう)こそは大事(だいじ)な用事(ようじ)かもしれないもんなぁ…」


 ライトは心底(しんそこ)面倒(めんどう)くさそうに、重(おも)い足取(あしど)りで部屋(へや)を出(で)て行(い)きました。




「ねぇ諄(じゅん)弌(いち)?」


「どうした、春子(はるこ)」


「確(たし)か肖(しょう)造(ぞう)さんって…誰(だれ)ともコンビを組(く)まないことで有名(ゆうめい)だったわよね?」


「…ああ。コンビ制度(せいど)なんて面倒(めんどう)くさいと…一人(ひとり)が一番(いちばん)だっていつも言(い)っていたな…」


「それが、ライトくんが一人(ひとり)で研究(けんきゅう)したいって希望(きぼう)を叶(かな)えるためにすぐにコンビを組(く)んであげるなんて…ふふ、ライトくん愛(あい)されてるわね!」




 …さて、そんなライトが適当(てきとう)に肖(しょう)造(ぞう)の研究室(けんきゅうしつ)の扉(とびら)をノックして乱暴(らんぼう)に開(ひら)き、真(ま)っ先(さき)に目(め)に飛(と)び込(こ)んできたのは…


「おお! ライト来(き)たか、見(み)ろ! すごいじゃろー」


 …自称(じしょう)宇宙(うちゅう)一(いち)面白(おもしろ)いらしい、もう何(なに)が何(なん)だかよくわからないほどド派手(はで)な鼻(はな)眼鏡(めがね)をかけた肖(しょう)造(ぞう)で。


「…もしかして用事(ようじ)って、それを見(み)せたかっただけですか?」


「もちのろんでそうじゃけど?」


 …ライトはギリギリと歯(は)を噛(か)み締(し)めながら、肖(しょう)造(ぞう)の尻(しり)に回(まわ)し蹴(げ)りを食(く)らわせたい気持(きも)ちを必死(ひっし)に抑(おさ)えるのでした。



****



 真(ま)っ白(しろ)な宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)二(に)階(かい)の廊下(ろうか)に立(た)っているライトは、小(ちい)さな窓(まど)からこっそりと、四(よん)歳(さい)になったタカヤが部屋(へや)の中(なか)で遊(あそ)んでいるのを見(み)ていました。


 …春子(はるこ)と諄(じゅん)弌(いち)はおそらく仕事(しごと)に行(い)っていて、ヒカルも学校(がっこう)が忙(いそが)しいのでしょう、タカヤが一人(ひとり)でこの部屋(へや)で遊(あそ)んでいるのは決(けっ)して珍(めずら)しいことではありません。


 では何故(なぜ)ライトが部屋(へや)に入(はい)らず覗(のぞ)くようなことをしているのかと言(い)うと…タカヤの遊(あそ)び方(かた)が気(き)になるからです。


 …前々(まえまえ)から思(おも)っていたものの、タカヤの遊(あそ)び方(かた)は少々(しょうしょう)変(か)わっています。


 タカヤが遊(あそ)んでいるのは、ライトが一年(いちねん)ほど前(まえ)に買(か)ってあげた幼児用(ようじよう)の簡単(かんたん)なパズルなのですが…それを無表情(むひょうじょう)で黙々(もくもく)と組(く)んで、完成(かんせい)させてはひっくり返(かえ)してまた組(く)んで…何(なん)とそれを飽(あ)きることも無(な)く三十分(さんじゅっぷん)以上(いじょう)繰(く)り返(かえ)しているようなのです。


 ライトはずっと見(み)ていたわけではありませんが、先(さき)ほど通(とお)りすがりに見(み)た時(とき)と玩具(おもちゃ)の配置(はいち)が一(ひと)つも変(か)わっていませんから…きっとそういうことなんでしょう。


 数日(すうじつ)前(まえ)に見(み)たときはずーっと天井(てんじょう)を見上(みあ)げていましたし、またその前(まえ)はお絵(え)かき帳(ちょう)に平仮名(ひらがな)を『あ』から順番(じゅんばん)に数(すう)時間(じかん)ほどひたすら書(か)き続(つづ)けていたり…正直(しょうじき)に言(い)うと、ライトは少(すこ)し心配(しんぱい)しているのです。


 さて、そんなタカヤはまたパズルを組(く)み終(お)わり、ひっくり返(かえ)そうとして…はたと窓(まど)の外(そと)にいるライトに気(き)が付(つ)いたようで、さっきまでの無表情(むひょうじょう)が嘘(うそ)のようにニコーッと笑(わら)って手(て)を振(ふ)ってきました。


 ライトも手(て)を振(ふ)り返(かえ)して、やっとタカヤのいる部屋(へや)の中(なか)に入(はい)ります。


「タカヤ君(くん)、パズルで遊(あそ)んでたの? ずっとやってたみたいだけど…それそんなに楽(たの)しい?」


 タカヤは不安(ふあん)そうなライトの表情(ひょうじょう)と声色(こわいろ)を感(かん)じ取(と)って、より一層(いっそう)にっこりと笑(わら)って見(み)せます。


「…たのしーよ、だってライトおにーちゃんがくれたんだもん! おれ、このパズルすき!」


「そ、そっか! それならいいんだ!」


 ライトが嬉(うれ)しそうに笑(わら)ったので、タカヤも嬉(うれ)しくなってえへへと笑(わら)いました。


 …好(す)きって言(い)ったらライトが…みんながいつも喜(よろこ)んでくれるから、タカヤは好(す)きって言葉(ことば)を使(つか)うことにしていました。


「ねぇタカヤ君(くん)、パズルもいいけど…他(ほか)のことして遊(あそ)ばない?」


「ほかのこと…?」


「うん。何(なに)かしたいことない?」


「したいこと…」


 …ここで一瞬(いっしゅん)、ライトが近(ちか)くにあるお絵描(えか)きセットに目(め)を向(む)けたのをタカヤは見逃(みのが)しません。


「おれ、ライトおにーちゃんとおえかきしたい!」


「お絵描(えか)きか! 実(じつ)は僕(ぼく)もそれがいいんじゃないかと思(おも)ってたんだ」


 ライトが笑(わら)ったので、タカヤも笑(わら)います。


 …良(よ)かった、ちゃんとライトの言(い)って欲(ほ)しいこと…正解(せいかい)が言(い)えたみたいです。




 ライトとタカヤは並(なら)んで、机(つくえ)の上(うえ)で絵(え)を描(か)き始(はじ)めました。


「ライトおにーちゃんはなにかくの?」


「僕(ぼく)は…そうだな、ネコさんを描(か)こうかな」


「じゃあおれも、ねこさんかくー!」


 いろんな色(いろ)のクレヨンを使(つか)って、二人(ふたり)は絵(え)を描(か)き進(すす)めて行(い)きます。


「そうだ、タカヤ君(くん)は保育園(ほいくえん)に行(い)き始(はじ)めたんだよね? どう、楽(たの)しい?」


「えっとね、おれがひとりでいたら、レンがあそぼーって、てをつないでくれてね! それでね、レンとカズとミオとあそんだの!」


「そうなんだ! もうお友達(ともだち)が出来(でき)たんだね…羨(うらや)ましい…」


 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になって数年(すうねん)、やっぱりライトには友達(ともだち)が出来(でき)ません。


「ライトおにーちゃんどうしたのー?」


「い、いや何(なん)でも無(な)い! ほら、ネコさん描(か)けた!」


 …ライトは美術(びじゅつ)的(てき)センスもなかなか独特(どくとく)です。


「わ…すごーい! えっとね…ここのぴんくとむらさきのしましまもよう? すっごくいいとおもう」


「タカヤ君(くん)もそう思(おも)う? 僕(ぼく)もここ結構(けっこう)気(き)に入(い)ってるんだー」


 ライトが自信(じしん)ありげにそう言(い)うので、おそらく褒(ほ)めるポイントは合(あ)っていたのでしょう…タカヤはちょっとホッとします。


「タカヤ君(くん)は…黒(くろ)ネコを描(か)いたの?」


「うん。おれくろねこさんすき」


 タカヤの描(か)いた黒(くろ)ネコは、丁寧(ていねい)に隙間(すきま)無(な)く、この上(うえ)なく真(ま)っ黒(くろ)に塗(ぬ)りつぶされていました。


「タカヤ君(くん)は塗(ぬ)るのが上手(じょうず)だね、すごく綺麗(きれい)だよ」


 そう褒(ほ)められたタカヤが困(こま)ったように笑(わら)ったタイミングで…ライトのお腹(なか)がきゅーっと力(ちから)なく鳴(な)ります。


「ライトおにーちゃん、おなかすいたの?」


「あはは…そういえばしばらく何(なに)も食(た)べてなかったな。ねぇタカヤ君(くん)、一緒(いっしょ)に一階(いっかい)のカフェに行(い)って何(なに)か食(た)べない?」


「…うん! たべる!」


 ここで断(ことわ)ったらきっとライトは何(なに)も食(た)べないでしょうから、タカヤはコクンと大(おお)きく頷(うなず)きました。




 真(ま)っ白(しろ)で長(なが)い廊下(ろうか)を、二人(ふたり)は手(て)を繋(つな)いで歩(ある)きます。


「タカヤ君(くん)は何(なに)が食(た)べたい?」


「え、えーっと…あ! あかい…ぐみみたいなやつ、たべたい!」


 以前(いぜん)家族(かぞく)でカフェで食事(しょくじ)をしたときに食(た)べた物(もの)を、タカヤは咄嗟(とっさ)に答(こた)えました。


「いいね。あれ好(す)き?」


「う、うん! すき!」


 タカヤがそう答(こた)えて、いつものようにライトの表情(ひょうじょう)を確認(かくにん)しようとしたその時(とき)。




 近(ちか)くの部屋(へや)…治療室(ちりょうしつ)の扉(とびら)が突然(とつぜん)ガチャンと開(ひら)いて、中(なか)から大(おお)きなモンスターが飛(と)び出(だ)しました!


 モンスターはひどく興奮(こうふん)しているようで、鋭(するど)い視線(しせん)を幼(おさな)いタカヤにギロリと向(む)けます。


「危(あぶ)ない! タカヤ君(くん)!」


 ライトが咄嗟(とっさ)にタカヤを抱(かか)え込(こ)むように抱(だ)きしめると…暴(あば)れるモンスターの鋭(するど)い爪(つめ)が、ライトの右腕(みぎうで)をザクリと切(き)り裂(さ)きました。


「ライトおにーちゃん!」


「痛(い)ってぇなぁ…! …大丈夫(だいじょうぶ)だよ、タカヤくん…怪我(けが)は無(な)い?」


 …モンスターはすぐに、集(あつ)まった宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)たちによって捕獲(ほかく)されました。


 抱(だ)きしめられたままのタカヤには傷(きず)は見(み)えませんが…自分(じぶん)を抱(だ)きしめる手(て)の力(ちから)が、少(すこ)しずつ弱(よわ)くなっていくのがわかります。


「ライトおにーちゃん! ライトおにーちゃん…っ!」


 小(ちい)さくて無力(むりょく)なタカヤには、泣(な)きじゃくりながらライトをぎゅっと抱(だ)きしめ返(かえ)すことしか出来(でき)ませんでした。





「ただいまタカヤ君(くん)…ごめんね、怖(こわ)い思(おも)いしたよね?」


 腕(うで)に虹色(にじいろ)の包帯(ほうたい)のような物(もの)を巻(ま)いたライトが、タカヤの待(ま)つ部屋(へや)に戻(もど)って来(き)ました。


「…ライトおにーちゃんだいじょうぶ? いたい?」


「あはは、大事(おおごと)に見(み)えるだろうけど…ちょっとした傷(きず)だよ。全然(ぜんぜん)大丈夫(だいじょうぶ)、だから泣(な)き止(や)んで?」


 泣(な)きじゃくって目(め)が真(ま)っ赤(か)になっているタカヤを、ライトは優(やさ)しく抱(だ)き上(あ)げます。


「だって、ライトおにーちゃんけがしちゃった…おれをたすけてくれたから…」


 ひっくひっくと呼吸(こきゅう)をしながらも、タカヤの口(くち)は止(と)まりません。


「ごめんなさい…ごめんなさぁい…っ」


「何(なん)で謝(あやま)るの? 僕(ぼく)はタカヤ君(くん)が守(まも)れて嬉(うれ)しかったよ」


「だっておれも、ライトおにーちゃんの…みんなをまもりたいのに…いっつも、よわくて、なきむしで、なんにもできないからぁ…」


「まだ小(ちい)さいのにそんなこと気(き)にしてるのか…ねぇタカヤ君(くん)?」


 ライトはタカヤとおでこをコツンと合(あ)わせます。


「お願(ねが)いがあるんだけど…ライトお兄(にい)ちゃん頑張(がんば)れーって言(い)って?」


「う…? ライトおにーちゃんがんばれー…?」


 タカヤは涙(なみだ)を目(め)にいっぱい溜(た)めて、不思議(ふしぎ)そうに呟(つぶや)きました。


「うん、ありがとう! …僕(ぼく)ね、タカヤ君(くん)にそう言(い)ってもらえたら力(ちから)が湧(わ)いて、何(なん)だって出来(でき)るような気(き)がするんだよ。きっと他(ほか)のみんなだってそうだ。だからね、何(なん)にも出来(でき)ないなんて言(い)わないで?」


 怪我(けが)をした方(ほう)の手(て)で、ライトはタカヤの涙(なみだ)を優(やさ)しく拭(ぬぐ)います。


「タカヤ君(くん)がいてくれるだけで、それだけで十分(じゅうぶん)なんだから。ね?」


「そーなの…?」


「うん、そうだよ」


 …ライトのポスエッグが、ポケットの中(なか)でブルブルと震(ふる)えました。


「…ごめんね、お仕事(しごと)に戻(もど)らなきゃ。タカヤ君(くん)一人(ひとり)で大丈夫(だいじょうぶ)?」


「うん…もうだいじょうぶ。ありがと」


 優(やさ)しくタカヤを降(お)ろして、ライトは振(ふ)り返(かえ)りながら扉(とびら)を開(ひら)きます。


「それじゃあ、いってきます」


「いってらっしゃい! ライトおにーちゃん!」




 手(て)を振(ふ)って笑顔(えがお)で見送(みおく)って、扉(とびら)が閉(と)じた瞬間(しゅんかん)に…タカヤはふっと、パズルをやっていた時(とき)のような無表情(むひょうじょう)に戻(もど)ります。


「おれのせいだ」


「おれをまもったから、ライトおにーちゃんがけがした。おれが…いるから」


「…てしまいたい」


 ぽそりと呟(つぶや)いて、タカヤは気(き)が付(つ)いたように首(くび)を横(よこ)に振(ふ)ります。


「…ううん、こんなことおもっちゃだめ。だめ」


「もっと…みんなのやくにたてるようにならなきゃ」



****



「ねぇねぇねぇ! に、似合(にあ)ってる⁉」


 数年(すうねん)前(まえ)ライトがしていたのと同(おな)じように、ヒカルは真新(まあたら)しい宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の制服(せいふく)に袖(そで)を通(とお)して、前(まえ)から横(よこ)から後(うし)ろから、姿見(すがたみ)で自分(じぶん)の姿(すがた)を眺(なが)めていました。


「だから似合(にあ)ってるってば。さっきから何回(なんかい)も言(い)ってるのに…ふふ、よっぽど嬉(うれ)しいんだね」


 ライトは微笑(ほほえ)ましく、鏡(かがみ)の前(まえ)でくるくる回(まわ)るヒカルを見(み)ています。


「そうだ、ヒカル君(くん)? 春子(はるこ)さんと諄(じゅん)弌(いち)さんがね、ヒカル君(くん)の合格(ごうかく)祝(いわ)いに食事(しょくじ)会(かい)でもやろうって。何(なに)が食(た)べたいか考(かんが)えておいてって言(い)ってたよ」


「え、本当(ほんとう)⁉ じゃあねー、俺(おれ)は母(かあ)さんの作(つく)ったハンバーグがいいかなー!」


「あはは、ヒカル君(くん)は昔(むかし)からハンバーグ大好(だいす)きだもんね。しかし、あの小(ちい)さかったヒカル君(くん)がもう宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になったのか。びっくりだよ、ねぇタカヤ君(くん)?」


 ライトは隣(となり)に立(た)っているタカヤに笑(わら)いかけました。


「うん。兄(にい)ちゃん毎日(まいにち)遅(おそ)くまで勉強(べんきょう)頑張(がんば)ってたから、俺(おれ)もすごく嬉(うれ)しいよ!」


「ありがとうタカヤぁあ…うぅ、俺(おれ)の人生(じんせい)いつも崖(がけ)っぷちだけど、今回(こんかい)こそはもう落(お)ちたかと思(おも)った…ギリギリだったけど合格(ごうかく)できて本当(ほんとう)良(よ)かったよ…」


 …相当(そうとう)絶望(ぜつぼう)的(てき)だったのでしょう、ヒカルは半泣(はんな)きです。


「全(まった)く、ヒカル君(くん)は泣(な)き虫(むし)なところも変(か)わらないね」


「な! 泣(な)いてないって! とにかく、これでライトおに…いや、ライトさんとは仕事(しごと)仲間(なかま)だね!」


「え、何(なに)その呼(よ)び方(かた)」


 ライトはきょとんと目(め)を丸(まる)くしました。


「だってさー…その、いつまでもお兄(にい)ちゃんって呼(よ)び方(かた)してたら、なんか…かっこ悪(わる)いじゃん? これからはさん付(づ)けで呼(よ)ぼうと思(おも)って! ほら、お仕事(しごと)だったら敬語(けいご)で話(はな)す時(とき)もあるかもしれないし!」


 ヒカルは腰(こし)に手(て)を当(あ)てて、胸(むね)をぐーっと反(そ)らして見(み)せます。


「別(べつ)に構(かま)わないけれど…本当(ほんとう)に今(いま)から呼(よ)び方(かた)変(か)えられるの?」


 ライトが揶揄(からか)うようにクスクス笑(わら)ったので…ヒカルはむっとしてすぐに言(い)い返(かえ)しました!


「出来(でき)るってば! ライトおに…ライトさんはいっつも子(こ)ども扱(あつか)いするんだから!」


「ほら、出来(でき)てないじゃん」


「うううぅ…とにかく! これからはライトさんって呼(よ)ぶから!」


 ヒカルが拗(す)ねてそっぽを向(む)くと…ふと、地球(ちきゅう)の時間(じかん)とは違(ちが)う時(とき)を刻(きざ)む、ここポスリコモスの時計(とけい)が目(め)に入(はい)ります。


「…ん? げっ、もうこんな時間(じかん)⁉ 研修(けんしゅう)の集合(しゅうごう)時間(じかん)過(す)ぎてるじゃん! お、俺(おれ)行(い)ってくる!」


 ヒカルは机(つくえ)の上(うえ)に置(お)いていた自分(じぶん)のオレンジ色(いろ)のポスエッグを握(にぎ)ると、ドタドタと慌(あわ)ただしく部屋(へや)を出(で)て行(い)きました。




「あはは…先(さき)が思(おも)いやられるなぁ」


「兄(にい)ちゃんならきっと大丈夫(だいじょうぶ)だよ」


 苦笑(にがわら)いをしているライトに爽(さわ)やかに笑(わら)いかけて、タカヤは真(ま)っ白(しろ)な机(つくえ)の前(まえ)の真(ま)っ白(しろ)な椅子(いす)に腰掛(こしか)けると、地球(ちきゅう)から持(も)ってきたであろう大(おお)きなカバンを開(ひら)いて勉強(べんきょう)道具(どうぐ)を取(と)り出(だ)しました。


「あれ、今(いま)から宿題(しゅくだい)? タカヤ君(くん)は本当(ほんとう)に勉強(べんきょう)熱心(ねっしん)だよね…って、ん?」


 …タカヤが広(ひろ)げている問題(もんだい)集(しゅう)を、ライトは二度見(にどみ)…いや、三(さん)度(ど)見(み)します。


「えっと、タカヤ君(くん)ってさ…今(いま)春休(はるやす)みで…次(つぎ)は小学(しょうがく)三年生(さんねんせい)、だよね?」


「うん、そうだよ?」


 小(ちい)さい文字(もじ)に難(むずか)しい漢字(かんじ)…どうみてもその問題(もんだい)集(しゅう)は三年生(さんねんせい)向(む)けではありません。


「こ、こんなに難(むずか)しいの解(と)いてるの…? それに、横(よこ)に置(お)いてあるこの本(ほん)…これって宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)試験(しけん)の対策(たいさく)用(よう)教本(きょうほん)だよね? もしかしてこの勉強(べんきょう)もしてるの…?」


「うん。将来(しょうらい)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になってみんなの役(やく)に立(た)ちたいから、勉強(べんきょう)は早(はや)いほうがいいと思(おも)って」


 分厚(ぶあつ)い中(なか)を少(すこ)し開(ひら)いてみると…細(こま)かい字(じ)で書(か)き込(こ)みがびっしりされています。


 本(ほん)には開(ひら)き癖(ぐせ)がたくさん付(つ)いていて、表紙(ひょうし)には無数(むすう)の細(こま)かい傷(きず)が刻(きざ)まれていて…一体(いったい)どれだけの時間(じかん)これを使(つか)って勉強(べんきょう)しているのでしょう。


「すごいな…って! いやいや感心(かんしん)してる場合(ばあい)じゃない!」


 ライトはブンブン首(くび)を振(ふ)って、タカヤの両(りょう)肩(かた)を掴(つか)みました。


「タカヤ君(くん)、ちゃんと休(やす)んだり遊(あそ)んだりしてる⁉  そりゃ勉強(べんきょう)するのは悪(わる)いことじゃないけど…さすがにちょっと心配(しんぱい)だよ!」


「大丈夫(だいじょうぶ)だよ? 休(やす)みの日(ひ)とか、誘(さそ)ってもらったら友達(ともだち)と遊(あそ)んでるし。夜(よる)はちゃんと寝(ね)てるんだから」


「ううん…でも…」


 ここで、ライトの頭(あたま)に妙案(みょうあん)が浮(う)かびました。


「そうだ! ねぇタカヤ君(くん)、今日(きょう)はもう勉強(べんきょう)は止(や)めにして僕(ぼく)と遊(あそ)びに行(い)かない? 僕(ぼく)この後(あと)は予定(よてい)無(な)いんだ!」


「ライトお兄(にい)ちゃんと遊(あそ)びに?」


「うん! 場所(ばしょ)は…そうだ、この間(あいだ)出来(でき)たばかりのポスリコモス遊園地(ゆうえんち)なんてどうかな?」


「遊園地(ゆうえんち)…でも、ライトお兄(にい)ちゃんお仕事(しごと)頑張(がんば)って疲(つか)れてるんじゃ…」


 タカヤが返事(へんじ)に困(こま)っていると、ライトの眉(まゆ)が少(すこ)しずつ下(さ)がっていきます。


「えっと、行(い)きたく、無(な)い?」


「…ううん! 行(い)きたい! ライトお兄(にい)ちゃん連(つ)れてって?」


「良(よ)かった! じゃあ早速(さっそく)行(い)こう!」


 ライトは嬉(うれ)しそうに、少(すこ)し音程(おんてい)の外(はず)れた鼻歌(はなうた)を歌(うた)いながら身支度(みじたく)を始(はじ)めました。


 …ライトが喜(よろこ)んでくれる…遊園地(ゆうえんち)自体(じたい)にはさほど興味(きょうみ)はありませんが、行(い)くには十分(じゅうぶん)過(す)ぎる理由(りゆう)です。


 タカヤは椅子(いす)から立(た)ち上(あ)がると、着(き)ていた長袖(ながそで)シャツの上(うえ)から薄手(うすで)の上着(うわぎ)を羽織(はお)りました。




「あら、あなたたち出(で)かけるの?」


 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)の出口(でぐち)付近(ふきん)に居(い)たスライム状(じょう)の隊員(たいいん)が、ライトとタカヤに声(こえ)をかけました。


「今(いま)、ポスリコモスでは宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)がすごく流行(はや)ってるでしょう? あなたたち何(なに)も対策(たいさく)していないようだけど…って、まぁ! あなたたち地球(ちきゅう)人(じん)じゃない、それなら安心(あんしん)ね!」


 …あまり他(ほか)の隊員(たいいん)と話(はな)し慣(な)れていないライトは、少(すこ)し緊張(きんちょう)しながらも返事(へんじ)をします。


「あはは、そうなんですよ…ご心配(しんぱい)ありがとうございます、行(い)ってきますね」


 隊員(たいいん)に軽(かる)く会釈(えしゃく)をして、二人(ふたり)は街(まち)へと出(で)て行(い)きました。




「ねぇライトお兄(にい)ちゃん、地球(ちきゅう)人(じん)は宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)にかからないの?」


「そうだよタカヤ君(くん)。なんでも…地球(ちきゅう)の食(た)べ物(もの)とか環境(かんきょう)とか、そういうものによって抗体(こうたい)が作(つく)られるらしくて、今まで宇宙風邪(うちゅうかぜ)にかかった地球人(ちきゅうじん)はいないんだ。宇宙風邪(うちゅうかぜ)の予防(よぼう)にも、地球(ちきゅう)の物質(ぶっしつ)が使(つか)えるんじゃないかって研究(けんきゅう)されているところなんだよ」


「そうなんだ。ライトお兄(にい)ちゃんって物知(ものし)りだね!」


「あはは…タカヤ君(くん)に褒(ほ)められると何(なん)だか照(て)れるな。あ、見(み)えてきたよ! 地球(ちきゅう)の遊園地(ゆうえんち)を参考(さんこう)に作(つく)られてるだけあって、やっぱり賑(にぎ)やかだな」


 大(おお)きくてド派手(はで)な看板(かんばん)には、これまた大(おお)きく宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)で『ポスリコモス遊園地(ゆうえんち)』と書(か)かれています。


「ほら! タカヤ君(くん)行(い)こう!」


「うん!」




 遊園地(ゆうえんち)の中(なか)は、宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)が流行(はや)っているからか意外(いがい)と空(す)いていて。


 危険(きけん)を感(かん)じるほどスリル満点(まんてん)なジェットコースターに乗(の)って、かわいらしいET(いーてぃー)から風船(ふうせん)のようなものをもらって、甘(あま)いような酸(す)っぱいような味(あじ)の赤(あか)い飲(の)み物(もの)と青(あお)い飲(の)み物(もの)を半分(はんぶん)ずつ飲(の)んで。


 …そのどの魅力(みりょく)も、タカヤには正直(しょうじき)よくわかりません。


 でも、隣(となり)のライトが楽(たの)しそうに笑(わら)ってくれるから、タカヤはそれが嬉(うれ)しくて…来(き)てよかったと思(おも)ったのでした。


 一日(いちにち)たくさん遊(あそ)んでたくさん笑(わら)って、夢(ゆめ)のような時間(じかん)を過(す)ごして…そうして二人(ふたり)はまた、いつも通(どお)りの生活(せいかつ)に戻(もど)るはず、だったのに。




 …異変(いへん)が起(お)こったのは、遊園地(ゆうえんち)に行(い)った次(つぎ)の日(ひ)の夜(よる)のことでした。


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