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第十九話 ある晴れた日のこと

****


 長(なが)かった夏休(なつやす)みももうすぐ終(お)わりを迎(むか)える、とってもとっても天気(てんき)の良(い)い日(ひ)。


 タカヤは綺麗(きれい)に掃除(そうじ)された自宅(じたく)で玄関(げんかん)の上(あ)がり框(かまち)に座(すわ)り込(こ)んで、いつもの赤(あか)い運動(うんどう)靴(ぐつ)を履(は)いていました。


「ネー タカヤ、キョウモ イッチャウノ?」


 奥(おく)のリビングからお見送(みおく)りにやって来(き)たロボットのツバサはちょっと不満(ふまん)そうです。


「サイキン タカヤ オシゴト バッカリ ダッタカラ、ボク サビシイヨ」


 靴(くつ)を履(は)き終(お)えたタカヤは立(た)ち上(あ)がると、ツバサを抱(だ)き上(あ)げてぎゅーっと力一杯(ちからいっぱい)抱(だ)きしめました。


「寂(さび)しい思(おも)いさせてごめん、ツバサ。今日(きょう)帰(かえ)ってきた後(あと)は用事(ようじ)は無(な)いからいっぱい遊(あそ)ぼう」


「ホント? タカヤ ヤクソクネ!」


「うん、約束(やくそく)」


 ツバサを玄関(げんかん)に降(お)ろして、タカヤはドアに手(て)をかけます。


「じゃあ、いってきます」


「イッテラッシャイ タカヤー!」


 三本(さんぼん)の触覚(しょっかく)をブンブン振(ふ)るツバサに小(ちい)さく手(て)を振(ふ)り返(かえ)して、タカヤは外(そと)へと出(で)て行(い)きました。



 空(そら)は雲(くも)一(ひと)つ無(な)い快晴(かいせい)で強(つよ)い日差(ひざ)しが照(て)りつけているものの、遠(とお)くの山(やま)の緑(みどり)がはっきりわかるほど空気(くうき)は澄(す)んでいて…歩(ある)き慣(な)れたこの道(みち)で、タカヤは一(ひと)つ息(いき)を吸(す)います。


 小学校(しょうがっこう)の前(まえ)を通(とお)って、駄菓子屋(だがしや)さんの前(まえ)を通(とお)って、踏切(ふみきり)の音(おと)を聞(き)きながらすれ違(ちが)ったネコに笑顔(えがお)を向(む)けていると、古(ふる)びたフェンスの向(む)こう側(がわ)を速度(そくど)を落(お)とした電車(でんしゃ)がガタンガタンと走(はし)り抜(ぬ)けて行(い)きます。


 道(みち)の脇(わき)には至(いた)るところにボーボーと背(せ)の高(たか)い雑草(ざっそう)が生(は)えていて、誰(だれ)が植(う)えたかもわからない名前(なまえ)も知(し)らない花(はな)が咲(さ)いていて。


 田(た)んぼの水(みず)の中(なか)では小(ちい)さな生(い)き物(もの)が泳(およ)いで、これまた小(ちい)さな波紋(はもん)を作(つく)って。


 跨線橋(こせんきょう)の上(うえ)からは、遠(とお)くにうっすら海(うみ)の向(む)こうの島(しま)が見(み)えて。


 そんなこの時(とき)目(め)木(き)町(ちょう)が、タカヤは好(す)きでした。


 これは多分(たぶん)…本当(ほんとう)の『好(す)き』でした。



****



「わー、タカヤなんか久(ひさ)しぶりだねー!」


 広(ひろ)い玄関(げんかん)で待機(たいき)していたショースケは、インターホンが鳴(な)った瞬間(しゅんかん)に重厚(じゅうこう)なドアを開(あ)けました。


「本当(ほんとう)、久(ひさ)しぶりだなショースケ。向(む)こうは楽(たの)しかったか?」


「うん、とっても! えへへー、マムとダッドにいーっぱい甘(あま)やかしてもらっちゃった!」


 ショースケは元々(もともと)住(す)んでいた国(くに)へ、一(いっ)週間(しゅうかん)帰省(きせい)して帰(かえ)って来(き)たところです。


「しかし外(そと)はやっぱり暑(あつ)いね。ほら、入(はい)って入(はい)って」


 高級(こうきゅう)そうなもふもふの玄関(げんかん)マットを踏(ふ)んで、二人(ふたり)は涼(すず)しいリビングに入(はい)りました。


「ごめんな、今日(きょう)手土産(てみやげ)のお菓子(かし)作(つく)って来(き)てないんだ」


「いいよ、たまにはうちのお菓子(かし)も食(た)べて行(い)ってよ。ほら、タカヤが前(まえ)にくれたニッカルコピ星(せい)のお菓子(かし)、まだ大量(たいりょう)に余(あま)ってて困(こま)ってるし」


 ショースケは戸棚(とだな)の中(なか)に頭(あたま)を突(つ)っ込(こ)んでガサガサと探(さぐ)ります。


「あ、そうなんだ…なんかごめんな…と、ところで! ライトさんたちはお出(で)かけ中(ちゅう)か?」


「うん、買(か)い物(もの)に行(い)ったからもうすぐ戻(もど)ってくると思(おも)うよ。あ、タカヤも飲(の)み物(もの)これでいいよね」


 ショースケはテーブルの上(うえ)に戸棚(とだな)から出(だ)したカラフルなお菓子(かし)箱(ばこ)と…生(なま)ぬるい常温(じょうおん)の牛乳(ぎゅうにゅう)が注(そそ)がれたグラスを二(ふた)つ置(お)きました。


 …ルルがいないときにショースケが出(だ)してくれる飲(の)み物(もの)は必(かなら)ずこれと決(き)まっています。


「やっぱりさ、この滑(なめ)らかな舌(した)触(ざわ)りと芳醇(ほうじゅん)な香(かお)り…牛乳(ぎゅうにゅう)は常温(じょうおん)に限(かぎ)るよね! タカヤもそう思(おも)うでしょ?」


「…うん、ありがとう…」


 タカヤは本当(ほんとう)は牛乳(ぎゅうにゅう)は冷(つめ)たいものか温(あたた)めたものが美味(おい)しいんじゃないかと思(おも)うのですが…これまで言(い)い出(だ)せたことはありませんし、きっとこれからも言(い)えないのでしょう。


 二人(ふたり)は長椅子(ながいす)に座(すわ)って、ぬるりとした喉(のど)越(ご)しの常温(じょうおん)牛乳(ぎゅうにゅう)を味(あじ)わいながら話(はなし)を続(つづ)けます。


「そうだよ、僕(ぼく)タカヤに帰省(きせい)先(さき)のお土産(みやげ)買(か)って来(き)たんだけど…よく考(かんが)えたらタカヤの好(す)きなものって知(し)らなくてさ、とりあえず面白(おもしろ)かったからこれあげるね」


 …目(め)ん玉(たま)が二(ふた)つ飛(と)び出(で)た木(き)彫(ぼ)りの人形(にんぎょう)は、首(くび)と腕(うで)と足(あし)がバネで繋(つな)がっていて、揺(ゆ)らす度(たび)にビヨンビヨンと跳(は)ねるように動(うご)きます。


「わ、わざわざありがとう…その、すごく面白(おもしろ)いな。玄関(げんかん)にでも飾(かざ)るよ」


 受(う)け取(と)ったタカヤは正直(しょうじき)どうしていいかわからないものの、精一杯(せいいっぱい)笑(わら)いながら人形(にんぎょう)を両手(りょうて)で大(おお)きくビヨンビヨンと揺(ゆ)らして見(み)せました。


「どういたしましてーって…そうだ、思(おも)い出(だ)した」


 ショースケは突然(とつぜん)、タカヤに睨(にら)むような視線(しせん)を向(む)けます。


「僕(ぼく)、帰省(きせい)先(さき)からタカヤにビデオ通話(つうわ)したじゃん?」


「ああ、ショースケのご両親(りょうしん)にご挨拶(あいさつ)出来(でき)てよかったよ。二人(ふたり)とも優(やさ)しい方(かた)だったな」


「…全然(ぜんぜん)緊張(きんちょう)してなかったでしょ!」


 ぶすーっと頬(ほお)を膨(ふく)らませて、ショースケは座(すわ)ったまま地団駄(じたんだ)を踏(ふ)みました。


「僕(ぼく)はタカヤの両親(りょうしん)に会(あ)ったときあんなに緊張(きんちょう)したのに! なんでなんで! タカヤのあほー!」


「な、何(なん)でって言(い)われても…」


 タカヤがオロオロ困(こま)っていると…ガチャリと玄関(げんかん)のドアが開(ひら)く音(おと)がしました。


 パタパタと三(さん)人分(にんぶん)の足音(あしおと)が聞(き)こえてきて、リビングの引(ひ)き戸(ど)が開(あ)けられます。


「ただいま帰(かえ)りましター…あ! タカヤさん、もう来(き)てたんですネー!」


 両手(りょうて)にアニメ柄(がら)の買(か)い物(もの)袋(ぶくろ)を下(さ)げたメグが笑(わら)いかけました。


「皆(みな)さんおかえりなさい、お邪魔(じゃま)してます」


 タカヤがぺこりと頭(あたま)を下(さ)げて挨拶(あいさつ)していると…次(つぎ)に引(ひ)き戸(ど)をくぐって入(はい)ってきたルルは、テーブルの上(うえ)を見(み)るなり目(め)をまん丸(まる)にします。


「まぁ! ショースケさんそのお菓子(かし)を出(だ)しちゃったんですか⁉」


「うん、ダメだった?」


「だってそれは、以前(いぜん)タカヤさんが下(くだ)さったお菓子(かし)じゃありませんか…すみませんタカヤさん、すぐに別(べつ)のものに…」


「い、いえいえルルさんお気(き)になさらず…俺(おれ)こそすみません、ちょっと多(おお)かったですよね…」


 …何(なん)とも気(き)まずい空気(くうき)が流(なが)れるリビングに、最後(さいご)に荷物(にもつ)をたくさん抱(かか)えたライトがどっこいしょと入(はい)ってきました。


「ただいまー…あ、タカヤ君(くん)! この間(あいだ)はありがとうね」


「おかえりなさいライトさん。いえ、ライトさんこそお疲(つか)れ様(さま)です」


 …お菓子(かし)をムニュムニュ食(た)べながら聞(き)いていたショースケは首(くび)を傾(かし)げます。


「何(なん)のこと? …あ、もしかして僕(ぼく)が帰省(きせい)してた間(あいだ)のお仕事(しごと)の話(はなし)?」


「そうだよ。僕(ぼく)の仕事(しごと)がちょっと立(た)て込(こ)んでてね…大体(だいたい)の仕事(しごと)をタカヤ君(くん)一人(ひとり)に任(まか)せてしまったんだ」


「元々(もともと)俺(おれ)とショースケの仕事(しごと)ですから。むしろ、あまりライトさんの手(て)を煩(わずら)わせずに済(す)んで良(よ)かったです」


 そう言(い)って軽(かる)く笑(わら)うタカヤの顔(かお)を、ショースケは横(よこ)からじろーっと覗(のぞ)き込(こ)みました。


「…僕(ぼく)が居(い)なくてもお仕事(しごと)余裕(よゆう)だったんだー?」


「え、いやそういう訳(わけ)じゃ無(な)くて」


「まぁタカヤは? 僕(ぼく)と同(おな)じ十(じゅっ)級(きゅう)だけどコスモピースの力(ちから)があるもんねー?」


「ショ、ショースケがいたらなーって何度(なんど)も思(おも)ったよ!」


「ふーん、どうだか」


 ショースケはふてくされて、そっぽを向(む)いたまま常温(じょうおん)の牛乳(ぎゅうにゅう)を飲(の)み干(ほ)しました。


「ショースケさん、めちゃくちゃ面倒(めんどう)くさい地球(ちきゅう)人(じん)になってますヨ。アニメでよく見(み)まス」


 買(か)い物(もの)袋(ぶくろ)の中身(なかみ)を冷蔵庫(れいぞうこ)に移(うつ)したメグが呆(あき)れた様子(ようす)でため息(いき)を吐(つ)くと、その隣(となり)のルルも珍(めずら)しく少(すこ)し眉(まゆ)をつり上(あ)げます。


「あんまりタカヤさんを困(こま)らせたらいけませんよショースケさん。お世話(せわ)になったんでしょう? ちゃんとお礼(れい)は言(い)いましたか?」


「う…えーと、タカヤ…?」


「ん?」


「い、一応(いちおう)…その、ありがとね…?」


 何(なん)だか小(こ)っ恥(ぱ)ずかしくて、ショースケが下(した)を向(む)きながらボソボソと呟(つぶや)くと…


「どういたしまして。ショースケが向(む)こうで楽(たの)しんできたみたいで嬉(うれ)しいよ」


 …タカヤにとっては、ショースケが振(ふ)り絞(しぼ)った小(ちい)さな勇気(ゆうき)もまるで何(なん)でも無(な)いみたいで、いつも通(どお)り爽(さわ)やかに笑(わら)って返(かえ)されてしまいました。


「うううぅん…なんかムカつく!」


「えぇ⁉ 俺(おれ)何(なに)かしたかな…」


「何(なん)にもしてないところがムカつくの! うー、僕(ぼく)ばっかり振(ふ)り回(まわ)されてるみたいじゃん。どうにかしてタカヤを僕(ぼく)のペースに…は、そうだ!」


 ショースケは食(た)べかけのお菓子(かし)を急(いそ)いで口(くち)に放(ほう)り込(こ)んで、突然(とつぜん)立(た)ち上(あ)がります。


「僕(ぼく)、新(あたら)しい発明品(はつめいひん)作(つく)ったんだよ! 向(む)こうでアイデアが浮(う)かんでね…見(み)たらきっと、タカヤびっくりしてぎゃふんって言(い)っちゃうよ! ちょっと待(ま)ってて、取(と)ってくるから!」


「ショースケ君(くん)、階段(かいだん)は走(はし)らない! 危(あぶ)ないだろ」


 階段(かいだん)をバタバタと駆(か)け上(あ)がっていくショースケを、ライトは下(した)から注意(ちゅうい)して…ふぅっと息(いき)を吐(つ)きました。


「全(まった)く、ショースケ君(くん)のおかげでいつもこの家(いえ)は賑(にぎ)やかだ…そうだ、タカヤ君(くん)?」


「はい? 何(なん)でしょうライトさん」


「今日(きょう)この後(あと)時間(じかん)ある? ショースケ君(くん)と遊(あそ)んできて、帰(かえ)ってきてからで構(かま)わないから。コスモピースの数値(すうち)を見(み)ておきたいんだ、最近(さいきん)計測(けいそく)出来(でき)て無(な)いだろ?」


「…ごめんなさい、その後(あと)も仕事(しごと)が入(はい)ってて」


 タカヤは申(もう)し訳(わけ)なさそうに眉(まゆ)を下(さ)げます。


「そうか…じゃあまた近(ちか)いうちに計測(けいそく)させて。体調(たいちょう)は大丈夫(だいじょうぶ)?」


「はい、全(まった)く問題(もんだい)ありません」


「…本当(ほんとう)に?」


 声色(こわいろ)をやわらげて、ライトはタカヤに尋(たず)ねます。


「心配(しんぱい)だよ、タカヤ君(くん)は無理(むり)をするところがあるから」


 …不安(ふあん)なときは声(こえ)が少(すこ)し震(ふる)えるところも、とっても優(やさ)しいところも、昔(むかし)から一(ひと)つも変(か)わらなくて…だから、タカヤにはわかります。


「本当(ほんとう)ですよ。それとも…ライトさんは俺(おれ)のことが信(しん)じられませんか?」


 この返事(へんじ)がもの凄(すご)くズルいことも、こう聞(き)けば…優(やさ)しいライトから帰(かえ)ってくる言葉(ことば)は決(き)まっていることも。


「いや…信(しん)じるよ。変(へん)なことを言(い)ってごめんね!」


「いえ、俺(おれ)こそ…不安(ふあん)にさせてごめんなさい」


 …ちょうど二(に)階(かい)から、騒(さわ)がしい音(おと)を立(た)ててショースケが戻(もど)ってきたようです。


「おまたせタカヤ! 今(いま)から海(うみ)に行(い)こう!」


「え、海(うみ)?」


「うん! 今度(こんど)の発明品(はつめいひん)は水(みず)の上(うえ)で使(つか)うものだからね、さぁ行(い)こう今(いま)すぐ行(い)こう」


 ショースケはタカヤを無理(むり)やり長椅子(ながいす)から立(た)たせて、その背中(せなか)をぐいぐいと押(お)して玄関(げんかん)へと向(む)かいます。


「あ、ショースケ君(くん)タカヤ君(くん)、出(で)かける前(まえ)にちょっといい? 二人(ふたり)に聞(き)きたいことがあったんだ」


「何(なに)? ライトさん、急(いそ)いでるから手短(てみじか)にね」


 ショースケは足(あし)をパタパタ鳴(な)らして、お気(き)に入(い)りの肩掛(かたか)けカバンを揺(ゆ)らしました。


「いや、少(すこ)し前(まえ)に肖(しょう)造(ぞう)おじさんから『気(き)をつけろ』とだけ連絡(れんらく)が入(はい)ってて…何(なに)をって聞(き)いても返事(へんじ)が来(こ)ないし。二人(ふたり)は何(なに)か聞(き)いてない?」


「僕(ぼく)、何(なん)にも知(し)らないけど。タカヤは?」


「…俺(おれ)もわからないですね、すみません」


「そっか、それならいいんだ。全(まった)く…肖(しょう)造(ぞう)おじさんどういうつもりなんだか」


「ねぇもういい? 僕(ぼく)ら出(で)かけて来(く)るからね!」


 ショースケとタカヤが広(ひろ)い玄関(げんかん)で靴(くつ)を履(は)いていると、ルルとメグとライトの三(さん)人(にん)が見送(みおく)りにやって来(き)ます。


「ショースケさん、タカヤさん、外(そと)は暑(あつ)いですからちゃんと水分(すいぶん)補給(ほきゅう)してくださいね」


「帽子(ぼうし)は持(も)ちましたカ? 日焼(ひや)け止(ど)めハ? 特(とく)にショースケさん肌(はだ)弱(よわ)いんですかラ痛(いた)くなっちゃいますヨ」


「車(くるま)に気(き)をつけてね。それと、何(なに)かあったらすぐ連絡(れんらく)すること。あ、あと…」


 …三(さん)人(にん)の心配(しんぱい)は止(とど)まるところを知(し)りません。


「もう、わかってるってば! 全(まった)く、過保護(かほご)なんだから…!」


 ショースケはこんな様子(ようす)を見(み)られるのが恥(は)ずかしいのか顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にして、タカヤの腕(うで)を引(ひ)きながら重(おも)いドアを開(ひら)きました。


「それじゃあ、行(い)ってきます!」


「はい、いってらっしゃい」


 …タカヤはドアが閉(し)まりきるまで、見送(みおく)る三(さん)人(にん)に小(ちい)さく手(て)を振(ふ)り続(つづ)けました。


 時刻(じこく)は午前(ごぜん)十一(じゅういち)時(じ)。こんなに暑(あつ)いのにほんの少(すこ)しだけ、夏(なつ)の終(お)わりを感(かん)じます。



****



「あれー、タカヤとショースケじゃーん」


 二人(ふたり)に一番(いちばん)に気(き)がついたミオが、コンビニの駐車場(ちゅうしゃじょう)からブンブン手(て)を振(ふ)ります。


「あ、本当(ほんとう)だ! ねぇねぇ二人(ふたり)もアイス買(か)いに来(き)たの?」


 カズはバニラのカップアイスと木(き)で出来(でき)たスプーンを両手(りょうて)に持(も)ったまま、嬉(うれ)しそうにぴょんっと飛(と)び跳(は)ねました。


「僕(ぼく)らはコンビニに来(き)たわけじゃないんだけど…あ、それ僕(ぼく)が好(す)きなやつだ。レン一口(ひとくち)くれない?」


「やるわけねーだろショースケ、自分(じぶん)で買(か)ったらいいじゃねーか」


 レンはパリパリのチョコでコーティングされたアイスを、そっぽを向(む)きながら食(た)べようとして…ちょうどタカヤと目(め)が合(あ)いました。


「あ、ええと…た、タカヤ一口(ひとくち)食(く)う?」


「えぇ⁉ 僕(ぼく)にはくれなかったくせに!」


「いや、いいよ。レンのだし、もらったら悪(わる)いだろ?」


「そ、そうかよ…」


 タカヤが断(ことわ)るとレンは少(すこ)し残念(ざんねん)そうに、小(ちい)さな口(くち)でパキリとアイスを齧(かじ)りました。


「あ、そうだ! タカヤとショースケはもう夏休(なつやす)みの宿題(しゅくだい)終(お)わった? ぼくはねーあと一(ひと)つなんだけど、ミオが全然(ぜんぜん)終(お)わってなくて! 今(いま)から手伝(てつだ)いに行(い)くんだー」


「いやー、毎年(まいとし)悪(わる)いねーカズ」


 ミオは全(まった)く悪(わる)びれる様子(ようす)も無(な)く、ポリポリと頭(あたま)を掻(か)きます。


「だってミオ、ぼくが一緒(いっしょ)にやらないと絶対(ぜったい)やらないんだもん! ねぇレン?」


「お、おお…そうだな…」


 レンがわかりやすく目(め)を逸(そ)らしたので、カズはずずいっと詰(つ)め寄(よ)りました。


「…まさかレンも全然(ぜんぜん)終(お)わってないの?」


「ミオよりは終(お)わってるって! その…はんぶん、くらい?」


「それ終(お)わってないって言(い)うの! もう、今日(きょう)は一緒(いっしょ)に頑張(がんば)るよ!」


 …そんな三(さん)人(にん)の話(はなし)を、ショースケはまるで他人事(ひとごと)のように高見(たかみ)の見物(けんぶつ)です。


「ふふふ…僕(ぼく)もう宿題(しゅくだい)終(お)わってるから? 全然(ぜんぜん)余裕(よゆう)だよ?」


「えぇええええ⁉ ショースケ宿題(しゅくだい)終(お)わってんの⁉」


 レンもカズもミオも、まるで妖怪(ようかい)でも見(み)たくらい驚(おどろ)きます。


「…なに、僕(ぼく)そんなにやってなさそう?」


 ショースケは不満(ふまん)そうですが…日頃(ひごろ)のショースケの宿題(しゅくだい)事情(じじょう)を知(し)っている人(ひと)なら誰(だれ)でもそう思(おも)うでしょう。


「…どうせタカヤが手伝(てつだ)ったんだろ」


 じろりと睨(にら)むレンに、図星(ずぼし)を突(つ)かれたショースケは顔(かお)をむぎゅっとしかめます。


「…ちょ、ちょっと手(て)助(だす)けしてもらっただけだから…さ、さあ! 僕(ぼく)たち用(よう)があるからもう行(い)くね!」


「ずるーいショースケ。タカヤー、おれのも手伝(てつだ)ってー?」


「ダーメ! タカヤだって忙(いそが)しいんだから、ミオは自分(じぶん)でやるの!」


「ううー、こういうときカズは厳(きび)しいんだよなー」


 溶(と)けてきた棒(ぼう)付(つ)きソーダアイスを下(した)から舐(な)めながら、ミオはぶすっとふてくされます。


 それを見(み)て、タカヤが楽(たの)しそうに笑(わら)っていると…隣(となり)にいるレンが、手招(てまね)きしてタカヤの耳元(みみもと)に顔(かお)を寄(よ)せて、周(まわ)りに聞(き)こえない小(ちい)さな声(こえ)で囁(ささや)きました。


「なぁタカヤ、もしかしてどっか痛(いて)ぇの?」


「…え?」


「いや…なんか、調子(ちょうし)でも悪(わる)いのかなって」


 …意表(いひょう)を突(つ)かれて驚(おどろ)いたタカヤでしたが…すぐにいつも通(どお)り笑(わら)って見(み)せます。


「あはは、そう見(み)えた? 俺(おれ)は元気(げんき)だよ」


「ふーん…?」


 レンはいまいち納得(なっとく)出来(でき)ないようで、タカヤの方(ほう)をちらちら見(み)ながらアイスの最後(さいご)の一(ひと)欠片(かけら)を口(くち)に入(い)れました。


「さ、そろそろ行(い)くかショースケ」


「はーい! じゃあみんなまたねー!」


 タカヤとショースケは大(おお)きく手(て)を振(ふ)って、海(うみ)の方(ほう)へと歩(ある)いて行(い)きます。


 微(かす)かに潮(しお)の香(かお)りがするやわらかい風(かぜ)が、鼻先(はなさき)をふわりと擦(こす)っていきました。



****



 二人(ふたり)がやって来(き)た埋(う)め立(た)て地(ち)はここら辺(へん)では有名(ゆうめい)な釣(つ)りスポットで、今日(きょう)もちらほらと釣(つ)りに精(せい)を出(だ)している人(ひと)が見受(みう)けられます。


「うーん、思(おも)ったより人(ひと)がいるなぁ…あ、そうだ!」


 ショースケはこそこそとカバンからエッグロケットを取(と)り出(だ)して、自分(じぶん)とタカヤにキラキラ粉(こ)をかけました。


「ふふん、これで見(み)えなくなったね。さぁタカヤ、僕(ぼく)の発明品(はつめいひん)をとくと見(み)てもらおうか!」


 エッグロケットに手(て)を突(つ)っ込(こ)んで、ショースケは何(なに)やら大(おお)きなものを引(ひ)っ張(ぱ)り出(だ)しました。


 …それは今(いま)まで何度(なんど)もお世話(せわ)になっている空(そら)を飛(と)ぶ乗(の)り物(もの)、スカイボードにしか見(み)えなくて…


「えーっと…スカイボード、だよな?」


「違(ちが)う! まぁスカイボードなんだけど、もーっとよく見(み)て!」


 タカヤは目(め)を皿(さら)のようにしてまじまじと見(み)ますが…


「い、色(いろ)とかちょっと変(か)わった?」


「違(ちが)う! もう、わかんないの? しょうがないなー」


 ショースケは大(おお)きくため息(いき)を吐(つ)いて、スカイボードの後方(こうほう)へ回(まわ)りました。


「ここ! 新(あたら)しいボタンが付(つ)いてるでしょー!」


 …ちっちゃい豆粒(まめつぶ)のようなボタンを指差(ゆびさ)しながら、ショースケはご立腹(りっぷく)です。


「ご、ごめん…気付(きづ)かなかった」


「全(まった)くタカヤはー。このボタン凄(すご)いんだから! 今(いま)から見(み)せるからとりあえず乗(の)って!」


 ショースケがスカイボードのハンドルを握(にぎ)って立(た)つと、タカヤはその後(うし)ろに立(た)ってショースケの肩(かた)に掴(つか)まります。


「それじゃ、出発(しゅっぱつ)ー!」


 右(みぎ)のハンドルをぐるりと捻(ひね)ると、スカイボードはすーっと上空(じょうくう)へ飛(と)び上(あ)がり、大海原(おおうなばら)へ向(む)かって進(すす)み始(はじ)めました。


 釣(つ)り場(ば)に居(い)た人々(ひとびと)は見(み)えないほど遠(とお)くなり、うっすら見(み)えていた島(しま)が少(すこ)しずつ鮮明(せんめい)になっていきます。


 水(みず)以外(いがい)何(なに)も無(な)い海(うみ)のど真(ま)ん中(なか)で、二人(ふたり)の乗(の)ったスカイボードは空中(くうちゅう)にふわふわと浮(う)かんでいました。


「ふふー、ここで! さっき見(み)せたボタンの出番(でばん)だよ。タカヤちょっと押(お)してみて」


「あ、うん。これを押(お)したらいいんだな」


 タカヤが足下(あしもと)にある小(ちい)さなボタンを押(お)すと…スカイボードはゆっくり下(した)へ降(お)りていって、海(うみ)の上(うえ)にぷかぷかと浮(う)かびました。


 そのままショースケがハンドルを捻(ひね)ると、スカイボードは水(みず)の上(うえ)をまるで滑(すべ)るように進(すす)んでいきます。


「どう? すごいでしょ、水(みず)の上(うえ)を進(すす)めるようになったんだよ! ほら、前(まえ)にタカヤと一緒(いっしょ)にスカイボードに乗(の)ってるときに海(うみ)に落(お)っこちたことあったじゃん? この機能(きのう)があれば水(みず)に浮(う)けるからそんなことも無(な)くなるんだよ!」


「なるほど、確(たし)かにすごい機能(きのう)だな。やっぱりショースケは天才(てんさい)だ」


「えへへそうでしょ、もっと言(い)っていいんだよ?」


 広(ひろ)い広(ひろ)い海(うみ)の真(ま)ん中(なか)。


 どこかから小(ちい)さく海鳥(うみどり)の鳴(な)き声(ごえ)が聞(き)こえてきたかと思(おも)うと、また周囲(しゅうい)はまるで違(ちが)う世界(せかい)に来(き)たかのように静(しず)まりかえります。


「うーん、静(しず)かだねー…」


 ショースケが足下(あしもと)に溢(あふ)れている水(みず)を少(すこ)し蹴(け)ると、ちゃぷん、と小(ちい)さな音(おと)が響(ひび)きます。


「ああ、そうだな」


 タカヤは目(め)を閉(と)じて、少(すこ)しだけ考(かんが)え事(ごと)をして…そしてまた目(め)を開(ひら)きました。


「なぁ、ショースケ」「ねぇ、タカヤ」


 二人(ふたり)が同時(どうじ)に話(はなし)を切(き)り出(だ)したので、タカヤはすぐに退(ひ)いてショースケの話(はなし)を聞(き)きます。


「ごめん、被(かぶ)っちゃったな。どうしたショースケ?」


「あ、うん。あのね、ここ影(かげ)が無(な)いから暑(あつ)くって! もう帰(かえ)ってもいい?」


「あはは…うん、いいよ。発明品(はつめいひん)見(み)せてくれてありがとうな」


「どういたしまして。それで? タカヤは何(なに)を言(い)おうとしたの?」


「俺(おれ)は…」


 ショースケがハンドルを捻(ひね)ると、スカイボードは再(ふたた)び上昇(じょうしょう)して空(そら)にふわりと浮(う)かび上(あ)がりました。


「…ショースケ?」


「うん?」


「俺(おれ)のコンビになってくれてありがとう」


 …思(おも)わず、ショースケは後(うし)ろに居(い)るタカヤの方(ほう)を向(む)きます。


「タカヤはいっつもそういう恥(は)ずかしいこと言(い)うんだから! ほら、帰(かえ)る…よ…」




 突然(とつぜん)、二人(ふたり)の上(うえ)に大(おお)きな大(おお)きな、深(ふか)い影(かげ)が落(お)ちて。


 上(うえ)を見(み)ると、真(ま)っ黒(くろ)で巨大(きょだい)な何(なに)かが、赤(あか)いカメラのレンズのような目(め)でこちらを見(み)ていて。



「ミ」



 そう一言(ひとこと)だけ鳴(な)いて、そのまま巨大(きょだい)な何(なに)かは動(うご)きません。


「な、なんだろう…ET(いーてぃー)かな? とりあえずキラキラ粉(こ)を…」


「ショースケ、逃(に)げろ」


「え?」


「いいから早(はや)く!」


 突然(とつぜん)辺(あた)りの空気(くうき)が眩(まぶ)しく瞬(またた)いたかと思(おも)うと、コスモピースの力(ちから)を解放(かいほう)して体中(からだじゅう)に光(ひかり)を纏(まと)ったタカヤが、真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かに向(む)かって飛(と)びかかりました。



 その瞬間(しゅんかん)。


「ミ、ミ、ミ!」


 真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かがほんの少(すこ)しだけ目(め)を見開(みひら)いて、衝撃波(しょうげきは)を放(はな)ちました。


 タカヤが急(いそ)いでシールドを張(は)ったものの…その威力(いりょく)は、水(みず)しぶきが高(たか)く高(たか)く立(た)ち…シールドには無数(むすう)のヒビが入(はい)って二人(ふたり)が吹(ふ)き飛(と)ばされてしまいそうなほどで。


「ミ、ミッ」


 真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かは、そのまま少(すこ)しずつ陸地(りくち)へと向(む)かっていきます。


「何(なに)、今(いま)の攻撃(こうげき)…もしかして、あれを町(まち)でもやるつもり⁉ そんなことしたら!」


 ショースケはスカイボードで限界(げんかい)速度(そくど)を出(だ)して追(お)うと、急(いそ)いでキラキラ粉(こ)を真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かに吹(ふ)きかけます。


「ねぇタカヤ、強制(きょうせい)転送(てんそう)使(つか)おう! 僕(ぼく)、準備(じゅんび)するから!」


「…いいよ、使(つか)わなくて」


「え、何(なん)で⁉ 早(はや)く本部(ほんぶ)に送(おく)って、僕(ぼく)らより級(きゅう)の高(たか)い隊員(たいいん)に対処(たいしょ)してもらわないと…っ」


「…本部(ほんぶ)に送(おく)ったって誰(だれ)も勝(か)てないよ。被害(ひがい)が増(ふ)えるだけだ」


「誰(だれ)も勝(か)てないって、どういうこと…? じゃあどうするの…?」


「ショースケはこのまま逃(に)げろ」


 隣(となり)を飛(と)ぶタカヤは、まるでいつものように笑(わら)って見(み)せました。


「…タカヤは?」


「…ショースケ? さっきも言(い)ったけど、もう一回(いっかい)だけ言(い)わせて」


 海(うみ)が凪(な)いで、見(み)たことも無(な)い強(つよ)さの光(ひかり)がタカヤを包(つつ)み込(こ)みます。


「俺(おれ)のコンビに…いや、俺(おれ)の友達(ともだち)になってくれてありがとう!」




 まばたきをした刹那(せつな)に、タカヤは真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かの前(まえ)に立(た)ち塞(ふさ)がっていました。


「目的(もくてき)は俺(おれ)…コスモピースだろ? 本気(ほんき)を出(だ)させるために…コスモピースを壊(こわ)すために、俺(おれ)の大事(だいじ)なものを攻撃(こうげき)しろって言(い)われてるんだよな?」


「ミ」


「あはは、そんなことしなくたって…本気(ほんき)出(だ)してやるよ。そうしないと…もう、勝(か)てそうにないから」




 …瞳(ひとみ)が、体(からだ)が、黒(くろ)より黒(くろ)く染(そ)まっていきます。


 赤(あか)と青(あお)の星々(ほしぼし)が、全身(ぜんしん)に散(ち)りばめられたように瞬(またた)いて。


 背中(せなか)から無数(むすう)の触手(しょくしゅ)を伸(の)ばしたタカヤは、その触手(しょくしゅ)を真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かに覆(おお)い尽(つ)くすように巻(ま)き付(つ)けました。


 …真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かは少(すこ)しも抵抗(ていこう)しません。


 だって抵抗(ていこう)なんかしなくたって、目的(もくてき)はこの後(あと)達成(たっせい)されるのですから。




 周(まわ)りの空気(くうき)がバチバチ音(おと)を立(た)てるほど、タカヤの体(からだ)は光(ひか)り輝(かがや)いて。


 …鼓動(こどう)の音(おと)がバクン、バクンと、頭(あたま)に叩(たた)き付(つ)けられるように聞(き)こえるのに、体(からだ)は少(すこ)しずつ冷(つめ)たくなって。


 全身(ぜんしん)がドロドロと、まるで…アイスのように溶(と)けていくのがわかって。


 プツン、と、音(おと)が聞(き)こえなくなって。


 今度(こんど)は、視界(しかい)が掠(かす)れて…最後(さいご)には真(ま)っ暗(くら)になって。


 体(からだ)の一部(いちぶ)が零(こぼ)れて、また零(こぼ)れて落(お)ちて…ブツリブツリと千切(ちぎ)れて弾(はじ)けて。



 もはや人(ひと)の形(かたち)をとっくに成(な)していないタカヤの体(からだ)は、それでも光(ひかり)を増(ま)し続(つづ)けます。



(あぁ…コレは…相手(あいて)はまだ、コスモピースじゃないのに。こんなに手(て)こずったらダメだったのに…俺(おれ)が、弱(よわ)いから…)



 光(ひか)って、光(ひか)って、光(ひか)って、光(ひか)って。



(……失敗(しっぱい)したな。ごめんなさい…でも)



(やっと、終(お)われる)



****



 とても目(め)を開(あ)けていられない光(ひかり)が周囲(しゅうい)を包(つつ)んだ後(あと)、真(ま)っ黒(くろ)な何(なに)かだったものは黒(くろ)い液体(えきたい)になって、崩(くず)れるように海(うみ)へと沈(しず)んでいきました。




 …スカイボードに乗(の)って海(うみ)に浮(う)かんでいるショースケの前(まえ)には、近距離(きんきょり)ワープ装置(そうち)を使(つか)って急(いそ)いで駆(か)けつけたライトとルルがいて。


「肖(しょう)造(ぞう)おじさん聞(き)こえますか⁉ タカヤ君(くん)が…っ! 今(いま)すぐ送(おく)ります助(たす)けてくださいお願(ねが)いします!」


 ライトはひどく泣(な)き叫(さけ)びながら…泥(どろ)のような何(なに)かをかき集(あつ)めて本部(ほんぶ)へと転送(てんそう)しているようです。


「ショースケさん、無事(ぶじ)ですか⁉ あぁ…よかった…」


 ルルがショースケを強(つよ)く抱(だ)きしめました。




 まるで夢(ゆめ)を見(み)てるみたいでした。


 だって、ついさっきまでたわいも無(な)い話(はなし)をしてたのに。


 今(いま)の今(いま)まで、後(うし)ろに立(た)ってショースケの肩(かた)を掴(つか)んでいたのに。



 目(め)の前(まえ)の…どう見(み)たって泥(どろ)にしか見(み)えないアレが



 タカヤだなんて信(しん)じられるわけがありませんでした。



****



「オヨ? ショースケ ドウシタノ。タカヤ ナラ デカケテルヨ」


「ツバサ、本部(ほんぶ)に行(い)くよ。準備(じゅんび)して」


「ホンブ? ナンデ?」


 …ショースケは質問(しつもん)には答(こた)えずに家(いえ)に上(あ)がり込(こ)んで、階段(かいだん)を上(のぼ)ります。


「ショースケ? ドウシテ ニカイ ニ イクノ」


 引(ひ)き戸(ど)を開(あ)けた先(さき)、タカヤの部屋(へや)の中(なか)には机(つくえ)とベッドと積(つ)み上(あ)げられた本(ほん)があるだけで、ベッドはいつから使(つか)っていないのか…シーツには皺(しわ)一(ひと)つありません。


 机(つくえ)には細(こま)やかな字(じ)がびっしり書(か)き込(こ)まれたノートと…鈍(にぶ)く光(ひか)るバッジが置(お)いてありました。


 …ショースケが日頃(ひごろ)喜(よろこ)んで付(つ)けているものと同(おな)じ、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)試験(しけん)に合格(ごうかく)した証(あかし)です。


 手(て)に取(と)って、裏(うら)を向(む)けて。


 …裏(うら)には当然(とうぜん)、タカヤの名前(なまえ)と…『特級(とっきゅう)』の二(ふた)文字(もじ)が記(しる)されています。


「…そっか」


 それだけ一言(ひとこと)呟(つぶや)いて、ショースケはバッジをポケットに突(つ)っ込(こ)みました。



「ネェ ショースケ。モシカシテ…タカヤ ニ ナニカ アッタノ」


「…行(い)こうツバサ、迎(むか)えが来(き)てる」


 ショースケはツバサを抱(だ)き上(あ)げて一(いっ)階(かい)に降(お)りると、立(た)ったまま靴(くつ)を履(は)いて外(そと)へ出(で)ました。



 見上(みあ)げた空(そら)は抜(ぬ)けるほど綺麗(きれい)な快晴(かいせい)で、夏(なつ)の日差(ひざ)しがじりじりと照(て)りつけて…さっきまでタカヤと見(み)ていた空(そら)と、何一(なにひと)つ変(か)わってはいないのでした。


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