表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

第十九話 ある晴れた日のこと

****


 (なが)かった夏休(なつやす)みももうすぐ()わりを(むか)える、とってもとっても天気(てんき)()()


 タカヤは綺麗(きれい)掃除(そうじ)された自宅(じたく)玄関(げんかん)()がり(かまち)(すわ)()んで、いつもの(あか)運動(うんどう)(ぐつ)()いていました。


「ネー タカヤ、キョウモ イッチャウノ?」


 (おく)のリビングからお見送(みおく)りにやって()たロボットのツバサはちょっと不満(ふまん)そうです。


「サイキン タカヤ オシゴト バッカリ ダッタカラ、ボク サビシイヨ」


 (くつ)()()えたタカヤは()()がると、ツバサを()()げてぎゅーっと力一杯(ちからいっぱい)()きしめました。


(さび)しい(おも)いさせてごめん、ツバサ。今日(きょう)(かえ)ってきた(あと)用事(ようじ)()いからいっぱい(あそ)ぼう」


「ホント? タカヤ ヤクソクネ!」


「うん、約束(やくそく)


 ツバサを玄関(げんかん)()ろして、タカヤはドアに()をかけます。


「じゃあ、いってきます」


「イッテラッシャイ タカヤー!」


 三本(さんぼん)触覚(しょっかく)をブンブン()るツバサに(ちい)さく()()(かえ)して、タカヤは(そと)へと()()きました。



 (そら)(くも)(ひと)()快晴(かいせい)(つよ)日差(ひざ)しが()りつけているものの、(とお)くの(やま)(みどり)がはっきりわかるほど空気(くうき)()んでいて……(ある)()れたこの(みち)で、タカヤは(ひと)(いき)()います。


 小学校(しょうがっこう)(まえ)(とお)って、駄菓子屋(だがしや)さんの(まえ)(とお)って、踏切(ふみきり)(おと)()きながらすれ(ちが)ったネコに笑顔(えがお)()けていると、(ふる)びたフェンスの()こう(がわ)速度(そくど)()とした電車(でんしゃ)がガタンガタンと(はし)()けて()きます。


 (みち)(わき)には(いた)るところにボーボーと()(たか)雑草(ざっそう)()えていて、(だれ)()えたかもわからない名前(なまえ)()らない(はな)()いていて。


 ()んぼの(みず)(なか)では(ちい)さな()(もの)(およ)いで、これまた(ちい)さな波紋(はもん)(つく)って。


 跨線橋(こせんきょう)(うえ)からは、(とお)くにうっすら(うみ)()こうの(しま)()えて。


 そんなこの(とき)()()(ちょう)が、タカヤは()きでした。


 これは多分(たぶん)……本当(ほんとう)の『()き』でした。



****



「わー、タカヤなんか(ひさ)しぶりだねー!」


 (ひろ)玄関(げんかん)待機(たいき)していたショースケは、インターホンが()った瞬間(しゅんかん)重厚(じゅうこう)なドアを()けました。


本当(ほんとう)(ひさ)しぶりだなショースケ。()こうは(たの)しかったか?」


「うん、とっても! えへへー、マムとダッドにいーっぱい(あま)やかしてもらっちゃった!」


 ショースケは元々(もともと)()んでいた(くに)へ、(いっ)週間(しゅうかん)帰省(きせい)して(かえ)って()たところです。


「しかし(そと)はやっぱり(あつ)いね。ほら、(はい)って(はい)って」


 高級(こうきゅう)そうなもふもふの玄関(げんかん)マットを()んで、二人(ふたり)(すず)しいリビングに(はい)りました。


「ごめんな、今日(きょう)手土産(てみやげ)のお菓子(かし)(つく)って()てないんだ」


「いいよ、たまにはうちのお菓子(かし)()べて()ってよ。ほら、タカヤが(まえ)にくれたニッカルコピ(せい)のお菓子(かし)、まだ大量(たいりょう)(あま)ってて(こま)ってるし」


 ショースケは戸棚(とだな)(なか)(あたま)()()んでガサガサと(さぐ)ります。


「あ、そうなんだ……なんかごめんな……と、ところで! ライトさんたちはお()かけ(ちゅう)か?」


「うん、()(もの)()ったからもうすぐ(もど)ってくると(おも)うよ。あ、タカヤも()(もの)これでいいよね」


 ショースケはテーブルの(うえ)戸棚(とだな)から()したカラフルなお菓子(かし)(ばこ)と……(なま)ぬるい常温(じょうおん)牛乳(ぎゅうにゅう)(そそ)がれたグラスを(ふた)()きました。


 ……ルルがいないときにショースケが()してくれる()(もの)(かなら)ずこれと()まっています。


「やっぱりさ、この(なめ)らかな(した)(ざわ)りと芳醇(ほうじゅん)(かお)り……牛乳(ぎゅうにゅう)常温(じょうおん)(かぎ)るよね! タカヤもそう(おも)うでしょ?」


「……うん、ありがとう……」


 タカヤは本当(ほんとう)牛乳(ぎゅうにゅう)(つめ)たいものか(あたた)めたものが美味(おい)しいんじゃないかと(おも)うのですが……これまで()()せたことはありませんし、きっとこれからも()えないのでしょう。


 二人(ふたり)長椅子(ながいす)(すわ)って、ぬるりとした(のど)()しの常温(じょうおん)牛乳(ぎゅうにゅう)(あじ)わいながら(はなし)(つづ)けます。


「そうだよ、(ぼく)タカヤに帰省(きせい)(さき)のお土産(みやげ)()って()たんだけど……よく(かんが)えたらタカヤの()きなものって()らなくてさ、とりあえず面白(おもしろ)かったからこれあげるね」


 ……()(たま)(ふた)()()()()りの人形(にんぎょう)は、(くび)(うで)(あし)がバネで(つな)がっていて、()らす(たび)にビヨンビヨンと()ねるように(うご)きます。


「わ、わざわざありがとう……その、すごく面白(おもしろ)いな。玄関(げんかん)にでも(かざ)るよ」


 ()()ったタカヤは正直(しょうじき)どうしていいかわからないものの、精一杯(せいいっぱい)(わら)いながら人形(にんぎょう)両手(りょうて)(おお)きくビヨンビヨンと()らして()せました。


「どういたしましてーって……そうだ、(おも)()した」


 ショースケは突然(とつぜん)、タカヤに(にら)むような視線(しせん)()けます。


(ぼく)帰省(きせい)(さき)からタカヤにビデオ通話(つうわ)したじゃん?」


「ああ、ショースケのご両親(りょうしん)にご挨拶(あいさつ)出来(でき)てよかったよ。二人(ふたり)とも(やさ)しい(かた)だったな」


「……全然(ぜんぜん)緊張(きんちょう)してなかったでしょ!」


 ぶすーっと(ほお)(ふく)らませて、ショースケは(すわ)ったまま地団駄(じたんだ)()みました。


(ぼく)はタカヤの両親(りょうしん)()ったときあんなに緊張(きんちょう)したのに! なんでなんで! タカヤのあほー!」


「な、(なん)でって()われても……」


 タカヤがオロオロ(こま)っていると……ガチャリと玄関(げんかん)のドアが(ひら)(おと)がしました。


 パタパタと(さん)人分(にんぶん)足音(あしおと)()こえてきて、リビングの()()()けられます。


「ただいま(かえ)りましター……あ! タカヤさん、もう()てたんですネー!」


 両手(りょうて)にアニメ(がら)()(もの)(ぶくろ)()げたメグが(わら)いかけました。


(みな)さんおかえりなさい、お邪魔(じゃま)してます」


 タカヤがぺこりと(あたま)()げて挨拶(あいさつ)していると……(つぎ)()()をくぐって(はい)ってきたルルは、テーブルの(うえ)()るなり()をまん(まる)にします。


「まぁ! ショースケさんそのお菓子(かし)()しちゃったんですか⁉」


「うん、ダメだった?」


「だってそれは、以前(いぜん)タカヤさんが(くだ)さったお菓子(かし)じゃありませんか……すみませんタカヤさん、すぐに(べつ)のものに……」


「い、いえいえルルさんお()になさらず……(おれ)こそすみません、ちょっと(おお)かったですよね……」


 ……(なん)とも()まずい空気(くうき)(なが)れるリビングに、最後(さいご)荷物(にもつ)をたくさん(かか)えたライトがどっこいしょと(はい)ってきました。


「ただいまー……あ、タカヤ(くん)! この(あいだ)はありがとうね」


「おかえりなさいライトさん。いえ、ライトさんこそお(つか)(さま)です」


 ……お菓子(かし)をムニュムニュ()べながら()いていたショースケは(くび)(かし)げます。


(なん)のこと? ……あ、もしかして(ぼく)帰省(きせい)してた(あいだ)のお仕事(しごと)(はなし)?」


「そうだよ。(ぼく)仕事(しごと)がちょっと()()んでてね……大体(だいたい)仕事(しごと)をタカヤ(くん)一人(ひとり)(まか)せてしまったんだ」


元々(もともと)(おれ)とショースケの仕事(しごと)ですから。むしろ、あまりライトさんの()(わずら)わせずに()んで()かったです」


 そう()って(かる)(わら)うタカヤの(かお)を、ショースケは(よこ)からじろーっと(のぞ)()みました。


「……(ぼく)()なくてもお仕事(しごと)余裕(よゆう)だったんだー?」


「え、いやそういう(わけ)じゃ()くて」


「まぁタカヤは? (ぼく)(おな)(じゅっ)(きゅう)だけどコスモピースの(ちから)があるもんねー?」


「ショ、ショースケがいたらなーって何度(なんど)(おも)ったよ!」


「ふーん、どうだか」


 ショースケはふてくされて、そっぽを()いたまま常温(じょうおん)牛乳(ぎゅうにゅう)()()しました。


「ショースケさん、めちゃくちゃ面倒(めんどう)くさい地球(ちきゅう)(じん)になってますヨ。アニメでよく()まス」


 ()(もの)(ぶくろ)中身(なかみ)冷蔵庫(れいぞうこ)(うつ)したメグが(あき)れた様子(ようす)でため(いき)()くと、その(となり)のルルも(めずら)しく(すこ)(まゆ)をつり()げます。


「あんまりタカヤさんを(こま)らせたらいけませんよショースケさん。お世話(せわ)になったんでしょう? ちゃんとお(れい)()いましたか?」


「う……えーと、タカヤ……?」


「ん?」


「い、一応(いちおう)……その、ありがとね……?」


 (なん)だか()()ずかしくて、ショースケが(した)()きながらボソボソと(つぶや)くと……


「どういたしまして。ショースケが()こうで(たの)しんできたみたいで(うれ)しいよ」


 ……タカヤにとっては、ショースケが()(しぼ)った(ちい)さな勇気(ゆうき)もまるで(なん)でも()いみたいで、いつも(どお)(さわ)やかに(わら)って(かえ)されてしまいました。


「うううぅん……なんかムカつく!」


「えぇ⁉ (おれ)(なに)かしたかな……」


(なん)にもしてないところがムカつくの! うー、(ぼく)ばっかり()(まわ)されてるみたいじゃん。どうにかしてタカヤを(ぼく)のペースに……は、そうだ!」


 ショースケは()べかけのお菓子(かし)(いそ)いで(くち)(ほう)()んで、突然(とつぜん)()()がります。


(ぼく)(あたら)しい発明品(はつめいひん)(つく)ったんだよ! ()こうでアイデアが()かんでね……()たらきっと、タカヤびっくりしてぎゃふんって()っちゃうよ! ちょっと()ってて、()ってくるから!」


「ショースケ(くん)階段(かいだん)(はし)らない! (あぶ)ないだろ」


 階段(かいだん)をバタバタと()()がっていくショースケを、ライトは(した)から注意(ちゅうい)して……ふぅっと(いき)()きました。


(まった)く、ショースケ(くん)のおかげでいつもこの(いえ)(にぎ)やかだ……そうだ、タカヤ(くん)?」


「はい? (なん)でしょうライトさん」


今日(きょう)この(あと)時間(じかん)ある? コスモピースの数値(すうち)()ておきたいんだ、最近(さいきん)計測(けいそく)出来(でき)()いだろ?」


「……ごめんなさい、この(あと)仕事(しごと)(はい)ってて」


 タカヤは(もう)(わけ)なさそうに(まゆ)()げます。


「そうか……じゃあまた(ちか)いうちに計測(けいそく)させて。体調(たいちょう)大丈夫(だいじょうぶ)?」


「はい、(まった)問題(もんだい)ありません」


「……本当(ほんとう)に?」


 声色(こわいろ)をやわらげて、ライトはタカヤに(たず)ねます。


心配(しんぱい)だよ、タカヤ(くん)無理(むり)をするところがあるから」


 ……不安(ふあん)なときは(こえ)(すこ)(ふる)えるところも、とっても(やさ)しいところも、(むかし)から(ひと)つも()わらなくて……だから、タカヤにはわかります。


本当(ほんとう)ですよ。それとも……ライトさんは(おれ)のことが(しん)じられませんか?」


 この返事(へんじ)がもの(すご)くズルいことも、こう()けば……(やさ)しいライトから(かえ)ってくる言葉(ことば)()まっていることも。


「いや……(しん)じるよ。(へん)なことを()ってごめんね!」


「いえ、(おれ)こそ……不安(ふあん)にさせてごめんなさい」


 ……ちょうど()(かい)から、(さわ)がしい(おと)()ててショースケが(もど)ってきたようです。


「おまたせタカヤ! (いま)から(うみ)()こう!」


「え、(うみ)?」


「うん! 今度(こんど)発明品(はつめいひん)(みず)(うえ)使(つか)うものだからね、さぁ()こう(いま)すぐ()こう」


 ショースケはタカヤを無理(むり)やり長椅子(ながいす)から()たせて、その背中(せなか)をぐいぐいと()して玄関(げんかん)へと()かいます。


「あ、ショースケ(くん)タカヤ(くん)()かける(まえ)にちょっといい? 二人(ふたり)()きたいことがあったんだ」


(なに)? ライトさん、(いそ)いでるから手短(てみじか)にね」


 ショースケは(あし)をパタパタ()らして、お()()りの肩掛(かたか)けカバンを()らしました。


「いや、(すこ)(まえ)(しょう)(ぞう)おじさんから『()をつけろ』とだけ連絡(れんらく)(はい)ってて……(なに)をって()いても返事(へんじ)()ないし。二人(ふたり)(なに)()いてない?」


(ぼく)(なん)にも()らないけど。タカヤは?」


「……(おれ)もわからないですね、すみません」


「そっか、それならいいんだ。(まった)く……(しょう)(ぞう)おじさんどういうつもりなんだか」


「ねぇもういい? (ぼく)()かけて()るからね!」


 ショースケとタカヤが(ひろ)玄関(げんかん)(くつ)()いていると、ルルとメグとライトの(さん)(にん)見送(みおく)りにやって()ます。


「ショースケさん、タカヤさん、(そと)(あつ)いですからちゃんと水分(すいぶん)補給(ほきゅう)してくださいね」


帽子(ぼうし)()ちましたカ? 日焼(ひや)()めハ? (とく)にショースケさん(はだ)(よわ)いんですかラ(いた)くなっちゃいますヨ」


(くるま)()をつけてね。それと、(なに)かあったらすぐ連絡(れんらく)すること。あ、あと……」


 ……(さん)(にん)心配(しんぱい)(とど)まるところを()りません。


「もう、わかってるってば! (まった)く、過保護(かほご)なんだから……!」


 ショースケはこんな様子(ようす)()られるのが()ずかしいのか(かお)()()にして、タカヤの(うで)()きながら(おも)いドアを(ひら)きました。


「それじゃあ、()ってきます!」


「はい、いってらっしゃい」


 ……タカヤはドアが()まりきるまで、見送(みおく)(さん)(にん)(ちい)さく()()(つづ)けました。


 時刻(じこく)午前(ごぜん)十一(じゅういち)()。こんなに(あつ)いのにほんの(すこ)しだけ、(なつ)()わりを(かん)じます。



****



「あれー、タカヤとショースケじゃーん」


 二人(ふたり)一番(いちばん)()がついたミオが、コンビニの駐車場(ちゅうしゃじょう)からブンブン()()ります。


「あ、本当(ほんとう)だ! ねぇねぇ二人(ふたり)もアイス()いに()たの?」


 カズはバニラのカップアイスと()出来(でき)たスプーンを両手(りょうて)()ったまま、(うれ)しそうにぴょんっと()()ねました。


(ぼく)らはコンビニに()たわけじゃないんだけど……あ、それ(ぼく)()きなやつだ。レン一口(ひとくち)くれない?」


「やるわけねーだろショースケ、自分(じぶん)()ったらいいじゃねーか」


 レンはパリパリのチョコでコーティングされたアイスを、そっぽを()きながら()べようとして……ちょうどタカヤと()()いました。


「あ、ええと……た、タカヤ一口(ひとくち)()う?」


「えぇ⁉ (ぼく)にはくれなかったくせに!」


「いや、いいよ。レンのだし、もらったら(わる)いだろ?」


「そ、そうかよ……」


 タカヤが(ことわ)るとレンは(すこ)残念(ざんねん)そうに、(ちい)さな(くち)でパキリとアイスを(かじ)りました。


「あ、そうだ! タカヤとショースケはもう夏休(なつやす)みの宿題(しゅくだい)()わった? ぼくはねーあと(ひと)つなんだけど、ミオが全然(ぜんぜん)()わってなくて! (いま)から手伝(てつだ)いに()くんだー」


「いやー、毎年(まいとし)(わる)いねーカズ」


 ミオは(まった)(わる)びれる様子(ようす)()く、ポリポリと(あたま)()きます。


「だってミオ、ぼくが一緒(いっしょ)にやらないと絶対(ぜったい)やらないんだもん! ねぇレン?」


「お、おお……そうだな……」


 レンがわかりやすく()()らしたので、カズはずずいっと()()りました。


「……まさかレンも全然(ぜんぜん)()わってないの?」


「ミオよりは()わってるって! その……はんぶん、くらい?」


「それ()わってないって()うの! もう、今日(きょう)一緒(いっしょ)頑張(がんば)るよ!」


 ……そんな(さん)(にん)(はなし)を、ショースケはまるで他人事(ひとごと)のように高見(たかみ)見物(けんぶつ)です。


「ふふふ……(ぼく)もう宿題(しゅくだい)()わってるから? 全然(ぜんぜん)余裕(よゆう)だよ?」


「えぇええええ⁉ ショースケ宿題(しゅくだい)()わってんの⁉」


 レンもカズもミオも、まるで妖怪(ようかい)でも()たくらい(おどろ)きます。


「……なに、(ぼく)そんなにやってなさそう?」


 ショースケは不満(ふまん)そうですが……日頃(ひごろ)のショースケの宿題(しゅくだい)事情(じじょう)()っている(ひと)なら(だれ)でもそう(おも)うでしょう。


「……どうせタカヤが手伝(てつだ)ったんだろ」


 じろりと(にら)むレンに、図星(ずぼし)()かれたショースケは(かお)をむぎゅっとしかめます。


「……ちょ、ちょっと()(だす)けしてもらっただけだから……さ、さあ! (ぼく)たち(よう)があるからもう()くね!」


「ずるーいショースケ。タカヤー、おれのも手伝(てつだ)ってー?」


「ダーメ! タカヤだって(いそが)しいんだから、ミオは自分(じぶん)でやるの!」


「ううー、こういうときカズは(きび)しいんだよなー」


 ()けてきた(ぼう)()きソーダアイスを(した)から()めながら、ミオはぶすっとふてくされます。


 それを()て、タカヤが(たの)しそうに(わら)っていると……(となり)にいるレンが、手招(てまね)きしてタカヤの耳元(みみもと)(かお)()せて、(まわ)りに()こえない(ちい)さな(こえ)(ささや)きました。


「なぁタカヤ、もしかしてどっか(いて)ぇの?」


「……え?」


「いや……なんか、調子(ちょうし)でも(わる)いのかなって」


 ……意表(いひょう)()かれて(おどろ)いたタカヤでしたが……すぐにいつも(どお)(わら)って()せます。


「あはは、そう()えた? (おれ)元気(げんき)だよ」


「ふーん……?」


 レンはいまいち納得(なっとく)出来(でき)ないようで、タカヤの(ほう)をちらちら()ながらアイスの最後(さいご)(ひと)欠片(かけら)(くち)()れました。


「さ、そろそろ()くかショースケ」


「はーい! じゃあみんなまたねー!」


 タカヤとショースケは(おお)きく()()って、(うみ)(ほう)へと(ある)いて()きます。


 (かす)かに(しお)(かお)りがするやわらかい(かぜ)が、鼻先(はなさき)をふわりと(こす)っていきました。



****



 二人(ふたり)がやって()()()()はここら(へん)では有名(ゆうめい)()りスポットで、今日(きょう)もちらほらと()りに(せい)()している(ひと)見受(みう)けられます。


「うーん、(おも)ったより(ひと)がいるなぁ……あ、そうだ!」


 ショースケはこそこそとカバンからエッグロケットを()()して、自分(じぶん)とタカヤにキラキラ()をかけました。


「ふふん、これで()えなくなったね。さぁタカヤ、(ぼく)発明品(はつめいひん)をとくと()てもらおうか!」


 エッグロケットに()()()んで、ショースケは(なに)やら(おお)きなものを()()()しました。


 ……それは(いま)まで何度(なんど)もお世話(せわ)になっている(そら)()()(もの)、スカイボードにしか()えなくて……


「えーっと……スカイボード、だよな?」


(ちが)う! まぁスカイボードなんだけど、もーっとよく()て!」


 タカヤは()(さら)のようにしてまじまじと()ますが……


「い、(いろ)とかちょっと()わった?」


(ちが)う! もう、わかんないの? しょうがないなー」


 ショースケは(おお)きくため(いき)()いて、スカイボードの後方(こうほう)(まわ)りました。


「ここ! (あたら)しいボタンが()いてるでしょー!」


 ……ちっちゃい豆粒(まめつぶ)のようなボタンを指差(ゆびさ)しながら、ショースケはご立腹(りっぷく)です。


「ご、ごめん……気付(きづ)かなかった」


(まった)くタカヤはー。このボタン(すご)いんだから! (いま)から()せるからとりあえず()って!」


 ショースケがスカイボードのハンドルを(にぎ)って()つと、タカヤはその(うし)ろに()ってショースケの(かた)(つか)まります。


「それじゃ、出発(しゅっぱつ)ー!」


 (みぎ)のハンドルをぐるりと(ひね)ると、スカイボードはすーっと上空(じょうくう)()()がり、大海原(おおうなばら)()かって(すす)(はじ)めました。


 ()()()人々(ひとびと)()えないほど(とお)くなり、うっすら()えていた(しま)(すこ)しずつ鮮明(せんめい)になっていきます。


 (みず)以外(いがい)(なに)()(うみ)のど()(なか)で、二人(ふたり)()ったスカイボードは空中(くうちゅう)にふわふわと()かんでいました。


「ふふー、ここで! さっき()せたボタンの出番(でばん)だよ。タカヤちょっと()してみて」


「あ、うん。これを()したらいいんだな」


 タカヤが足下(あしもと)にある(ちい)さなボタンを()すと……スカイボードはゆっくり(した)()りていって、(うみ)(うえ)にぷかぷかと()かびました。


 そのままショースケがハンドルを(ひね)ると、スカイボードは(みず)(うえ)をまるで(すべ)るように(すす)んでいきます。


「どう? すごいでしょ、(みず)(うえ)(すす)めるようになったんだよ! ほら、(まえ)にタカヤと一緒(いっしょ)にスカイボードに()ってるときに(うみ)()っこちたことあったじゃん? この機能(きのう)があれば(みず)()けるからそんなことも()くなるんだよ!」


「なるほど、(たし)かにすごい機能(きのう)だな。やっぱりショースケは天才(てんさい)だ」


「えへへそうでしょ、もっと()っていいんだよ?」


 (ひろ)(ひろ)(うみ)()(なか)


 どこかから(ちい)さく海鳥(うみどり)()(ごえ)()こえてきたかと(おも)うと、また周囲(しゅうい)はまるで(ちが)世界(せかい)()たかのように(しず)まりかえります。


「うーん、(しず)かだねー……」


 ショースケが足下(あしもと)(あふ)れている(みず)(すこ)()ると、ちゃぷん、と(ちい)さな(おと)(ひび)きます。


「ああ、そうだな」


 タカヤは()()じて、(すこ)しだけ(かんが)(ごと)をして……そしてまた()(ひら)きました。


「なぁ、ショースケ」「ねぇ、タカヤ」


 二人(ふたり)同時(どうじ)(はなし)()()したので、タカヤはすぐに退()いてショースケの(はなし)()きます。


「ごめん、(かぶ)っちゃったな。どうしたショースケ?」


「あ、うん。あのね、ここ(かげ)()いから(あつ)くって! もう(かえ)ってもいい?」


「あはは……うん、いいよ。発明品(はつめいひん)()せてくれてありがとうな」


「どういたしまして。それで? タカヤは(なに)()おうとしたの?」


(おれ)は……」


 ショースケがハンドルを(ひね)ると、スカイボードは(ふたた)上昇(じょうしょう)して(そら)にふわりと()かび()がりました。


「……ショースケ?」


「うん?」


(おれ)のコンビになってくれてありがとう」


 ……(おも)わず、ショースケは(うし)ろに()るタカヤの(ほう)()きます。


「タカヤはいっつもそういう()ずかしいこと()うんだから! ほら、(かえ)る……よ……」




 突然(とつぜん)二人(ふたり)(うえ)(おお)きな(おお)きな、(ふか)(かげ)()ちて。


 (うえ)()ると、()(くろ)巨大(きょだい)(なに)かが、(あか)いカメラのレンズのような()でこちらを()ていて。



「ミ」



 そう一言(ひとこと)だけ()いて、そのまま巨大(きょだい)(なに)かは(うご)きません。


「な、なんだろう……ET(いーてぃー)かな? とりあえずキラキラ()を……」


「ショースケ、()げろ」


「え?」


「いいから(はや)く!」


 突然(とつぜん)(あた)りの空気(くうき)(まぶ)しく(またた)いたかと(おも)うと、コスモピースの(ちから)解放(かいほう)して体中(からだじゅう)(ひかり)(まと)ったタカヤが、()(くろ)(なに)かに()かって()びかかりました。



 その瞬間(しゅんかん)


「ミ、ミ、ミ!」


 ()(くろ)(なに)かがほんの(すこ)しだけ()見開(みひら)いて、衝撃波(しょうげきは)(はな)ちました。


 タカヤが(いそ)いでシールドを()ったものの……その威力(いりょく)は、(みず)しぶきが(たか)(たか)()ち……シールドには無数(むすう)のヒビが(はい)って二人(ふたり)()()ばされてしまいそうなほどで。


「ミ、ミッ」


 ()(くろ)(なに)かは、そのまま(すこ)しずつ陸地(りくち)へと()かっていきます。


(なに)(いま)攻撃(こうげき)……もしかして、あれを(まち)でもやるつもり⁉ そんなことしたら!」


 ショースケはスカイボードで限界(げんかい)速度(そくど)()して()うと、(いそ)いでキラキラ()()(くろ)(なに)かに()きかけます。


「ねぇタカヤ、強制(きょうせい)転送(てんそう)使(つか)おう! (ぼく)準備(じゅんび)するから!」


「……いいよ、使(つか)わなくて」


「え、(なん)で⁉ (はや)本部(ほんぶ)(おく)って、(ぼく)らより(きゅう)(たか)隊員(たいいん)対処(たいしょ)してもらわないと……っ」


「……本部(ほんぶ)(おく)ったって(だれ)()てないよ。被害(ひがい)()えるだけだ」


(だれ)()てないって、どういうこと……? じゃあどうするの……?」


「ショースケはこのまま()げろ」


 (となり)()ぶタカヤは、まるでいつものように(わら)って()せました。


「……タカヤは?」


「……ショースケ? さっきも()ったけど、もう一回(いっかい)だけ()わせて」


 (うみ)()いで、()たことも()(つよ)さの(ひかり)がタカヤを(つつ)()みます。


(おれ)のコンビに……いや、(おれ)友達(ともだち)になってくれてありがとう!」




 まばたきをした刹那(せつな)に、タカヤは()(くろ)(なに)かの(まえ)()(ふさ)がっていました。


目的(もくてき)(おれ)……コスモピースだろ? 本気(ほんき)()させるために……コスモピースを(こわ)すために、(おれ)大事(だいじ)なものを攻撃(こうげき)しろって()われてるんだよな?」


「ミ」


「あはは、そんなことしなくたって……本気(ほんき)()してやるよ。そうしないと……もう、()てそうにないから」




 ……(ひとみ)が、(からだ)が、(くろ)より(くろ)()まっていきます。


 (あか)(あお)星々(ほしぼし)が、全身(ぜんしん)()りばめられたように(またた)いて。


 背中(せなか)から無数(むすう)触手(しょくしゅ)()ばしたタカヤは、その触手(しょくしゅ)()(くろ)(なに)かに(おお)()くすように()()けました。


 ……()(くろ)(なに)かは(すこ)しも抵抗(ていこう)しません。


 だって抵抗(ていこう)なんかしなくたって、目的(もくてき)はこの(あと)達成(たっせい)されるのですから。




 (まわ)りの空気(くうき)がバチバチ(おと)()てるほど、タカヤの(からだ)(ひか)(かがや)いて。


 ……鼓動(こどう)(おと)がバクン、バクンと、(あたま)(たた)()けられるように()こえるのに、(からだ)(すこ)しずつ(つめ)たくなって。


 全身(ぜんしん)がドロドロと、まるで……アイスのように()けていくのがわかって。


 プツン、と、(おと)()こえなくなって。


 今度(こんど)は、視界(しかい)(かす)れて……最後(さいご)には()(くら)になって。


 (からだ)一部(いちぶ)(こぼ)れて、また(こぼ)れて()ちて……ブツリブツリと千切(ちぎ)れて(はじ)けて。



 もはや(ひと)(かたち)をとっくに()していないタカヤの(からだ)は、それでも(ひかり)()(つづ)けます。



(あぁ……コレは……相手(あいて)はまだ、コスモピースじゃないのに。こんなに()こずったらダメだったのに……(おれ)が、(よわ)いから……)



 (ひか)って、(ひか)って、(ひか)って、(ひか)って。



(…………失敗(しっぱい)したな。ごめんなさい……でも)



(やっと、()われる)



****



 とても()()けていられない(ひかり)周囲(しゅうい)(つつ)んだ(あと)()(くろ)(なに)かだったものは(くろ)液体(えきたい)になって、(くず)れるように(うみ)へと(しず)んでいきました。




 ……スカイボードに()って(うみ)()かんでいるショースケの(まえ)には、近距離(きんきょり)ワープ装置(そうち)使(つか)って(いそ)いで()けつけたライトとルルがいて。


(しょう)(ぞう)おじさん()こえますか⁉ タカヤ(くん)が……っ! (いま)すぐ(おく)ります(たす)けてくださいお(ねが)いします!」


 ライトはひどく()(さけ)びながら……(どろ)のような(なに)かをかき(あつ)めて本部(ほんぶ)へと転送(てんそう)しているようです。


「ショースケさん、無事(ぶじ)ですか⁉ あぁ……よかった……」


 ルルがショースケを(つよ)()きしめました。




 まるで(ゆめ)()てるみたいでした。


 だって、ついさっきまでたわいも()(はなし)をしてたのに。


 (いま)(いま)まで、(うし)ろに()ってショースケの(かた)(つか)んでいたのに。



 ()(まえ)の……どう()たって(どろ)にしか()えないアレが



 タカヤだなんて(しん)じられるわけがありませんでした。



****



「オヨ? ショースケ ドウシタノ。タカヤ ナラ デカケテルヨ」


「ツバサ、本部(ほんぶ)()くよ。準備(じゅんび)して」


「ホンブ? ナンデ?」


 ……ショースケは質問(しつもん)には(こた)えずに(いえ)()がり()んで、階段(かいだん)(のぼ)ります。


「ショースケ? ドウシテ ニカイ ニ イクノ」


 ()()()けた(さき)、タカヤの部屋(へや)(なか)には(つくえ)とベッドと()()げられた(ほん)があるだけで、ベッドはいつから使(つか)っていないのか……シーツには(しわ)(ひと)つありません。


 (つくえ)には(こま)やかな()がびっしり()()まれたノートと……(にぶ)(ひか)るバッジが()いてありました。


 ……ショースケが日頃(ひごろ)(よろこ)んで()けているものと(おな)じ、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)試験(しけん)合格(ごうかく)した(あかし)です。


 ()()って、(うら)()けて。


 ……(うら)には当然(とうぜん)、タカヤの名前(なまえ)と……『特級(とっきゅう)』の(ふた)文字(もじ)(しる)されています。


「……そっか」


 それだけ一言(ひとこと)(つぶや)いて、ショースケはバッジをポケットに()()みました。



「ネェ ショースケ。モシカシテ……タカヤ ニ ナニカ アッタノ」


「……()こうツバサ、(むか)えが()てる」


 ショースケはツバサを()()げて(いっ)(かい)()りると、()ったまま(くつ)()いて(そと)()ました。



 見上(みあ)げた(そら)()けるほど綺麗(きれい)快晴(かいせい)で、(なつ)日差(ひざ)しがじりじりと()りつけて……さっきまでタカヤと()ていた(そら)と、何一(なにひと)()わってはいないのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ