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第十五話 あの日の涙の先の夢

****


 これは、今(いま)から一(いち)年(ねん)ほど昔(むかし)のお話(はなし)。



 ここは日本(にほん)から遠(とお)く遠(とお)く離(はな)れた国(くに)にある、とある大(おお)きな一軒家(いっけんや)。


 その中(なか)の一室(いっしつ)、四方(しほう)を背(せ)の高(たか)い本棚(ほんだな)に囲(かこ)まれた薄暗(うすぐら)い部屋(へや)の中(なか)で、ショースケはうつ伏(ぶ)せに寝転(ねころ)がって本(ほん)を読(よ)んでいました。


 といっても…この本(ほん)はもう何(なん)十(じゅっ)回(かい)読(よ)んだかわかりませんから、先(さき)の展開(てんかい)から結末(けつまつ)まで暗唱(あんしょう)できるほどよく知(し)っています。


 ショースケは大(おお)きなあくびをして本(ほん)を閉(と)じると、肩(かた)まで伸(の)びた寝癖(ねぐせ)だらけの金髪(きんぱつ)を邪魔(じゃま)くさそうに払(はら)いました。



 学校(がっこう)に行(い)かなくなった理由(りゆう)も、お外(そと)に出(で)なくなった理由(りゆう)も、今(いま)となってはよく思(おも)い出(だ)せません。


 始(はじ)まりはそんなに深刻(しんこく)な理由(りゆう)では無(な)かったような…なんだかちょっと嫌(いや)なことがあったとか、なんとなく周(まわ)りとなじめなかったとか…無理(むり)に理由(りゆう)を探(さが)すとすれば、そんなものだった気(き)がします。


 ただ漠然(ばくぜん)と…毎日(まいにち)が、見(み)える物(もの)の全部(ぜんぶ)がひどく空(から)っぽに思(おも)えて。


 以前(いぜん)は面白(おもしろ)かったはずのアレにもコレにも興味(きょうみ)が持(も)てなくなって。


 …そんな自分(じぶん)が、世界(せかい)中(じゅう)のみんなから嫌(きら)われているような気(き)がして。


 何(なに)もかもに色(いろ)が無(な)くなったような日々(ひび)が、昨日(きのう)も今日(きょう)も過(す)ぎていきます。


 そりゃ…この部屋(へや)に溢(あふ)れんばかりにある本(ほん)たちに登場(とうじょう)する物語(ものがたり)の主人公(しゅじんこう)は皆(みな)、『自分(じぶん)から動(うご)かなければ始(はじ)まらないよ』と嫌(いや)というほど言(い)ってきますが…



「ああもう、全部(ぜんぶ)めんどくさいなぁ…」


 ご飯(はん)もそういえば昨日(きのう)の夜(よる)から食(た)べていませんし、シャワーだって数(すう)日(じつ)浴(あ)びていません。 


でもそれでよくて、だってどうでもよくて。


 ふわふわの白(しろ)い…前(まえ)は白(しろ)かったブランケットに顔(かお)を埋(う)めて、ショースケは目(め)を閉(と)じます。


「…ずっと寝(ね)てたいな。そしたら何(なん)にも考(かんが)えなくて済(す)むのに」




 …数十(すうじゅっ)分後(ぷんご)、眠(ねむ)っていたショースケは部屋(へや)の扉(とびら)をドカドカと叩(たた)かれる音(おと)で目(め)が覚(さ)めました。


 この容赦(ようしゃ)ない音(おと)はきっと祖父(そふ)、肖(しょう)造(ぞう)でしょう。


 放(ほう)って置(お)いたらいつまでも叩(たた)き続(つづ)けるでしょうから、ショースケはよたよたと起(お)き上(あ)がって仕方(しかた)なく扉(とびら)の鍵(かぎ)を開(あ)けました。


「おうショースケ! 久(ひさ)しぶりじゃのう、一ヶ月(いっかげつ)ぶりか⁉」


 …肖(しょう)造(ぞう)の大(おお)きな声(こえ)は、いつも静(しず)かな部屋(へや)で過(す)ごしているショースケには少々(しょうしょう)耳障(みみざわ)りです。


「じーちゃん何(なん)の用(よう)? 僕(ぼく)寝(ね)てたんだけど」


「かーっ! お前(まえ)また寝(ね)とったんか、そんなんじゃいつか体(からだ)から根(ね)っこが生(は)えて来(く)るぞ!」


「いいじゃんか生(は)えても。別(べつ)に困(こま)んないよ」


 全(まった)く、肖(しょう)造(ぞう)はいつもリアクションが大(おお)げさで困(こま)ります。


 ショースケはさっきまでと同(おな)じように、ブランケットにくるまってゴロンと寝転(ねころ)がりました。


 そのまま目(め)を閉(と)じてもう一度(いちど)夢(ゆめ)の世界(せかい)へ行(い)こうとしましたが…肖(しょう)造(ぞう)がはちゃめちゃに騒(さわ)がしいのでどうもそれは叶(かな)いそうにありません。


「…それで? 僕(ぼく)に何(なん)の用(よう)で来(き)たの?」


「もちろん! ショースケ、お前(まえ)を連(つ)れ出(だ)しに来(き)たんじゃ!」


 やっぱり…聞(き)かなくてもわかっていました。


 肖(しょう)造(ぞう)はここ数(すう)ヶ月(げつ)この部屋(へや)に来(き)ては、やれ虫取(むしと)りだ釣(つ)りだ無人島(むじんとう)だの言(い)ってショースケを外(そと)へ出(だ)そうとするのです。


「いつも言(い)ってるじゃん、僕(ぼく)行(い)かないよ…めんどくさい。そもそもじーちゃん、ちょっと前(まえ)までは気(き)が済(す)むまでここに居(い)ていいって言(い)ってくれてたのに…何(なん)でそんな無理(むり)に連(つ)れ出(だ)そうとするの」


「じゃってショースケいつまでも気(き)が済(す)まないんじゃもん。ワシ待(ま)ちくたびれたわい」


 寂(さび)しそうにため息(いき)を吐(つ)いて、肖(しょう)造(ぞう)は続(つづ)けます。


「しかしつれないのー。以前(いぜん)のお前(まえ)は、僕(ぼく)は天才(てんさい)だーって何(なに)をするにも目(め)を輝(かがや)かせておった。ワシの発明品(はつめいひん)にも、ちょっとしたことにも、じーちゃん見(み)せてーって興味津々(きょうみしんしん)じゃったのに」


「知(し)らないよ昔(むかし)の話(はなし)なんて。…仕方(しかた)ないじゃん、この世界(せかい)がつまんないのが悪(わる)いんだよ」


 ショースケは寝転(ねころ)がったまま、ブランケットを両手(りょうて)でぎゅっと握(にぎ)ります。


 …わかっています、世界(せかい)には面白(おもしろ)い物(もの)がたくさんあることも、それらから目(め)を逸(そ)らしているだけのことも。


 そして…自分(じぶん)が本当(ほんとう)は、この生活(せいかつ)から抜(ぬ)け出(だ)すことを望(のぞ)んでいることも。


 でも、今(いま)のショースケには…それがどうしてもわかりたくないのです。


「そーか、つまらんか…。じゃがしかし!」


 肖(しょう)造(ぞう)はニカリと笑(わら)います。


「そんな毎日(まいにち)も今日(きょう)で終(しま)いじゃ! 今回(こんかい)の行(い)き先(さき)はすごいぞ? なな、なんと! ワシと行(い)く宇宙(うちゅう)の旅(たび)『ポスリコモス二(に)泊(はく)三日(みっか)旅行(りょこう)』じゃ!」


 ポケットから見慣(みな)れない形(かたち)のクラッカーを取(と)り出(だ)すと、肖(しょう)造(ぞう)は嬉(うれ)しそうに紐(ひも)を引(ひ)っ張(ぱ)ってニョニョーンと大(おお)きな音(おと)を鳴(な)らしました。


 …この変(へん)な音(おと)、おそらく肖造(しょうぞう)の発明品(はつめいひん)でしょう。


 ショースケは耳(みみ)を塞(ふさ)ぎながら最大限(さいだいげん)に顔(かお)をしかめます。


「じーちゃん…もしかしてまだ僕(ぼく)を宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)にしようとしてるの」


「あたり前田(まえだ)のクラッカーじゃよ。お前(まえ)はキラキラ粉(こ)を使(つか)っておるET(いーてぃー)の姿(すがた)を見(み)ることが出来(でき)る…つまり、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になれる資格(しかく)がある! これでならないなんてもったいないじゃろ!」


「もう何回(なんかい)も断(ことわ)ってるのに…。そういえばじーちゃん、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)関連(かんれん)の本(ほん)をいくつか勝手(かって)にこの部屋(へや)に置(お)いたでしょ。…まぁ暇(ひま)だったから読(よ)んだけどね」


 何(なん)となく癪(しゃく)なので、ちょっと面白(おもしろ)かったとは伝(つた)えたくありません。


「おお、あの本(ほん)読(よ)んでくれたんか。しかし一部(いちぶ)は宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)で書(か)かれてたはずじゃが…?」


「じーちゃん宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)の辞書(じしょ)も一緒(いっしょ)に置(お)いてってたでしょ。だからそれ使(つか)って読(よ)んだよ」


「ほーお? さすがワシの孫(まご)じゃな! やっぱりお前(まえ)は天才(てんさい)じゃ」


 肖(しょう)造(ぞう)はガシガシと乱暴(らんぼう)に、ショースケの丸(まる)い頭(あたま)を撫(な)でます。


 …褒(ほ)められて少(すこ)し緩(ゆる)みそうになった口元(くちもと)を、ショースケはぎゅっと真一文字(まいちもんじ)に結(むす)び直(なお)して肖(しょう)造(ぞう)を睨(にら)みました。


「そ、そんなこと言(い)って…どうせじーちゃんも本当(ほんとう)は、僕(ぼく)のことどうしようもないヤツだって思(おも)ってるんでしょ」


 すぐさまそれを否定(ひてい)しようとする肖(しょう)造(ぞう)の声(こえ)をかき消(け)すように、ショースケは続(つづ)けて言葉(ことば)を吐(は)きます。


「とにかく! 僕(ぼく)は宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になんてならないしポスリコモスって所(ところ)にも行(い)かない! …話(はなし)は終(お)わり? 僕(ぼく)もう一回(いっかい)寝(ね)るから、おやすみー」


 ショースケがそっぽを向(む)いて目(め)を閉(と)じると…何(なん)だか、体(からだ)にまとっているブランケットがうぞうぞ動(うご)いたような…。


「ワシは行(い)くか行(い)かないか聞(き)いとるんじゃない。行(い)くんじゃ、ショースケ」


 肖(しょう)造(ぞう)が手(て)に持(も)ったリモコンのボタンを押(お)すと、突然(とつぜん)ブランケットのふわふわの起毛(きもう)がずるずると伸(の)びて、ショースケの体(からだ)を絡(から)め取(と)りました。


「えぇえええええ⁉ 何(なに)これ! た、助(たす)けて! お手伝(てつだ)いさーーーん‼」


「叫(さけ)んだって無駄(むだ)じゃ。お手伝(てつだ)いさんにはショースケは二(に)泊(はく)三日(みっか)で出(で)かけるから、と言(い)って休暇(きゅうか)を与(あた)えておいた」


 ショースケはそのままブランケットにぐるぐる巻(ま)きにされてしまいました。


 肖(しょう)造(ぞう)はそれを担(かつ)いで、脇(わき)に脱(ぬ)ぎ捨(す)てられていたショースケの靴(くつ)を掴(つか)むとズカズカと出口(でぐち)へ向(む)かいます。


「うぇえええん…ひどいひどい、マムとダッドに言(い)いつけてやる…っ」


「当然(とうぜん)、そのマムとダッドの許可(きょか)ももらっとるに決(き)まっとるじゃろ。エルヴィーラもショータもお前(まえ)を心配(しんぱい)しとる…もちろんワシもじゃ。安心(あんしん)しろ、取(と)って食(く)ったりせん。ポスリコモスは楽(たの)しいぞー」


 そのまま外(そと)へ出(で)た肖(しょう)造(ぞう)は広(ひろ)い庭(にわ)をこれまたズカズカ歩(ある)いて、隅(すみ)っこに置(お)いておいたワープ装置(そうち)を起動(きどう)させます。


 そして一切(いっさい)の躊躇(ちゅうちょ)無(な)く、ショースケ諸共(もろとも)それをくぐって行(い)きました。



****



 見慣(みな)れない空(ぞら)、嗅(か)ぎ慣(な)れない匂(にお)い、聞(き)き慣(な)れているわけがない言語(げんご)…。


 賑(にぎ)やかなポスリコモスの街(まち)の中心(ちゅうしん)にある広場(ひろば)で、ショースケは一緒(いっしょ)に連(つ)れて来(こ)られたブランケットを頭(あたま)から被(かぶ)って震(ふる)えていました。


「いつまで布(ぬの)被(かぶ)っとるんじゃショースケ。ほほいっ!」


 変(へん)なかけ声(ごえ)と共(とも)に、肖(しょう)造(ぞう)はブランケットを奪(うば)い取(と)ってポスエッグの中(なか)に収納(しゅうのう)します。


「うわぁあ何(なに)すんのじーちゃん! うぅ…眩(まぶ)しい…」


 地球(ちきゅう)の空(そら)だってしばらく見(み)ていないのに、いきなり異星(いせい)の空(そら)だなんてショースケにはハードルが高(たか)すぎます。


「しっかりせんか。ほら見(み)てみろ、今日(きょう)のポスリコモスの空(そら)の色(いろ)は…うーむ、野菜(やさい)みたいな色(いろ)じゃな」


 オレンジと白(しろ)と緑(みどり)がマーブル模様(もよう)になったような地球(ちきゅう)では絶対(ぜったい)に見(み)られない空模様(そらもよう)を、ショースケはやっとこさ薄目(うすめ)で見上(みあ)げました。


 …と、その時(とき)。


 肖(しょう)造(ぞう)のポケットの中(なか)のポスエッグがブルブルと震(ふる)えました。


 それを右手(みぎて)で掴(つか)んで…肖(しょう)造(ぞう)はとびっきりの苦(にが)い顔(かお)をします。


「すまんショースケ、仕事(しごと)サボっとったのがライトにバレた。ワシちょっと本部(ほんぶ)に行(い)かなきゃならんくなったから一人(ひとり)で遊(あそ)んどってくれ!」


「え、え、え⁉」


「大丈夫(だいじょうぶ)じゃ、ここは良(い)い街(まち)じゃから」


 そりゃ悪(わる)いよりマシですが…ショースケにとっては良(よ)けりゃいいという話(はなし)でもありません。


「それじゃ、後(あと)で迎(むか)えにいくからの! あ、街(まち)の外(そと)に繋(つな)がるゲートはくぐるなよー。危険(きけん)なモンスターがおるからな」


 肖(しょう)造(ぞう)はよくわからない機械(きかい)を取(と)り出(だ)すと、ドロンとその場(ば)から消(き)えてしまいました。


「嘘(うそ)っ⁉ じーちゃん置(お)いていかないで!」



****



 さて、肖(しょう)造(ぞう)が本部(ほんぶ)へ行(い)ってしまって一(いち)時間(じかん)。


 ショースケは…それはもう見事(みごと)に迷子(まいご)になっていました。


 というのもあの後(あと)、見知(みし)らぬ真(ま)っ黒(くろ)で大(おお)きなET(いーてぃー)に話(はな)しかけられたり、その隣(となり)にいた細長(ほそなが)ーいET(いーてぃー)からは何(なん)だかヌルヌルした串(くし)刺(ざ)しの物(もの)を押(お)しつけられそうになったり…!


 もう何(なに)がなんだかわからないまま、ショースケはパニック状態(じょうたい)で逃(に)げ回(まわ)っていたのです。


 そして今(いま)…じめじめとした暗(くら)い路地裏(ろじうら)で、体育(たいいく)座(ずわ)りで泣(な)きながら震(ふる)えているのでした。


 久(ひさ)しぶりに走(はし)って足(あし)はガクガクと痛(いた)いし、家(いえ)に居(い)たところを無理(むり)に連(つ)れてこられたので着(き)ている部屋(へや)着(ぎ)はヨレヨレだし、心細(こころぼそ)いし…ショースケの気分(きぶん)はもう最悪(さいあく)です。


「…きっとさっきのET(いーてぃー)たちは、よそ者(もの)の僕(ぼく)のことが気(き)に入(い)らなくて攻撃(こうげき)しようとしてたんだ…! 何(なに)がポスリコモスは楽(たの)しいだ、すっごく怖(こわ)いところじゃないか。じーちゃんのバカバカバカ!」


 そんな風(ふう)にぼやいていると…


「ビー?」


 …近(ちか)くで何(なに)か聞(き)こえた気(き)がしました。


「ビービー」


「な、なに…? 何(なん)の音(おと)?」


 ショースケが座(すわ)ったまま頭(あたま)をもたげたところ…


「ビーーーーー!」


 ベチョリと、生(なま)ぬるい何(なに)かがショースケの顔面(がんめん)に貼(は)り付(つ)きました。


「ぎゃぁあああああああっ⁉」


 ショースケは咄嗟(とっさ)にそれを掴(つか)んで引(ひ)き剥(は)がして投(な)げ捨(す)てます。


「なになになに⁉ うわ何(なん)かちょっと口(くち)に入(はい)った! 不味(まず)い!」


 袖(そで)で口元(くちもと)をゴシゴシと何度(なんど)も拭(ぬぐ)っていると…


「ビ、ビ…」


 投(な)げ捨(す)てられた何(なに)かがにゅるにゅると動(うご)き始(はじ)めました。


 体長(たいちょう)は三十(さんじゅっ)センチほどで鮮(あざ)やかな水色(みずいろ)のそ(・)れ(・)は、宝石(ほうせき)みたいにキラリと反射(はんしゃ)する紫色(むらさきいろ)の瞳(ひとみ)をショースケへ向(む)けます。


 そして長(なが)く伸(の)びた両(りょう)耳(みみ)をはためかせながら、タコのように何(なん)本(ぼん)もついた足(あし)をくねくね動(うご)かして、もう一度(いちど)ショースケの方(ほう)へ近(ちか)づいて来(き)ました。


「ひ、ひぅ…」


 ショースケはもう怖(こわ)くて声(こえ)も出(で)ません。


「ビービービービー…ビ?」


 水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)は自分(じぶん)のプヨプヨの体(からだ)の中(なか)に足(あし)を一本(いっぽん)突(つ)っ込(こ)むと…体内(たいない)からひし形(がた)の塊(かたまり)がたくさん入(はい)った瓶(びん)を取(と)り出(だ)しました。


 そして瓶(びん)の蓋(ふた)を開(あ)けてひし形(がた)の塊(かたまり)を一(ひと)つ、自分(じぶん)の足(あし)と足(あし)の間(あいだ)にある口(くち)に入(い)れてガリガリと噛(か)むと…瓶(びん)からもう一(ひと)つひし形(がた)の塊(かたまり)を取(と)り出(だ)して、それをショースケの口元(くちもと)にぐいっと押(お)しつけました。


「ひぃ⁉」


「ビービー」


 どうやら食(た)べろと言(い)っているようですが…無理(むり)無理(むり)無理(むり)、こんな不審(ふしん)なもの口(くち)に入(い)れられるわけがありません!


 ショースケが泣(な)きながら口(くち)をぎゅっと閉(と)じて抵抗(ていこう)していると…


「ビーーーーー‼」


 しびれを切(き)らしたのか、水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)は残(のこ)りの足(あし)を使(つか)ってショースケの口元(くちもと)を強引(ごういん)に引(ひ)っ張(ぱ)ります。


 そしてショースケが力負(ちからま)けして口(くち)を少(すこ)し開(ひら)いてしまったのを見逃(みのが)さず、ひし形(がた)の塊(かたまり)をショースケの口内(こうない)へグリッと突(つ)っ込(こ)みました!


「おぶっ…」


 口元(くちもと)を何(なん)本(ぼん)もの足(あし)に押(お)さえつけられているため吐(は)き出(だ)すことも許(ゆる)されず…ショースケは涙(なみだ)でぐちょぐちょになりながらそれを噛(か)みました。


 …意外(いがい)にも味(あじ)は甘(あま)く、シャリシャリとしたキャラメルのようです。


 そういえば昨日(きのう)の夜(よる)から何(なに)も食(た)べていなかったショースケは、うっかりそれをそのまま飲(の)み込(こ)んでしまいました。


 すると…


「よかった、やっと食(た)べてくれた! ねぇねぇ何(なん)で泣(な)いてたの?」


 水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)はショースケの口元(くちもと)からやっと足(あし)を離(はな)して、地面(じめん)にぺとりと降(お)り立(た)ちました。


「ねぇってば! もしかして迷子(まいご)?」


 …さっきは自分(じぶん)の顔(かお)の近(ちか)くから、今(いま)は目(め)の前(まえ)の地面(じめん)の上(うえ)からこの声(こえ)が聞(き)こえると言(い)うことは…信(しん)じがたいですが、これは水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)の声(こえ)なのでしょう。


「ねぇねぇねぇ! ねーえーってば‼」


「うるさいなぁ聞(き)こえてるよ!」


 あまりにしつこいので、ショースケはつい返事(へんじ)をしてしまいました。


「聞(き)こえてた! よかったー、お喋(しゃべ)り出来(でき)ないのかと思(おも)っちゃった」


 水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)は足(あし)をにょるにょる動(うご)かして、嬉(うれ)しそうにその場(ば)でピョンッと跳(は)ねました。


「さっきのお菓子(かし)すごいでしょ? 食(た)べるといろんな星(ほし)の生物(せいぶつ)の言(い)ってることがわかるようになるんだ。あ、でも口(くち)がある生物(せいぶつ)限定(げんてい)だけどね」


「な、なるほど…? だから僕(ぼく)にそれを食(た)べさせたかった…ってわけね」


「その通(とお)り! ねぇねぇねぇ、ところでさっき何(なん)で泣(な)いてたの? 涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ってあげようと思(おも)って顔(かお)に貼(は)り付(つ)いたら投(な)げ飛(と)ばして来(く)るし…キミってなかなか乱暴(らんぼう)者(もの)だね?」


 そりゃ顔(かお)に何(なに)かが貼(は)り付(つ)いて来(き)たら、地球(ちきゅう)人(じん)なら誰(だれ)だってそうするでしょう。


 しかも泣(な)いてた理由(りゆう)は二(ふた)つあるのですが…もちろん、一(ひと)つはこの水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)の襲来(しゅうらい)によるものです。


「お、もしかしてクイズ? ボクわかっちゃうよー? えーっとねー」


 そんな可能(かのう)性(せい)は微塵(みじん)も考(かんが)えていないのでしょう、水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)は得意(とくい)げに耳(みみ)をパタパタさせながら瞳(ひとみ)を光(ひか)らせました。


「見知(みし)らぬ土地(とち)で迷子(まいご)になって心細(こころぼそ)かったから! どう⁉」


「…まぁ半分(はんぶん)は正解(せいかい)だよ」


 いろいろ言(い)いたいことはありますが…ショースケにはもう言(い)い返(かえ)す気力(きりょく)がありません。


「やったー! やっぱりねーそうだと思(おも)った! ふふふ…キミはとってもラッキーだね」


「ラッキー?」


「そう! だってボクに見(み)つけてもらえたんだよ? ただいま試験(しけん)に向(む)けて勉強(べんきょう)中(ちゅう)の、未来(みらい)の宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)であるこのボクに!」


 水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)は伸縮(しんしゅく)しながらくるくる回(まわ)って、ウキウキと踊(おど)っているようです。


 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)…今(いま)のショースケにとってはあまり聞(き)きたくない言葉(ことば)です。


「…ふーん、君(きみ)は宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になりたんだ。…僕(ぼく)、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)って好(す)きじゃないな」


 ショースケがつい、小(ちい)さく言葉(ことば)を漏(も)らすと…


「えぇ⁉ なんでなんでどうして⁉ あ! わかったぞ!」


 宝石(ほうせき)のような瞳(ひとみ)をギンギンに見開(みひら)いて、水色(みずいろ)の生物(せいぶつ)はショースケに詰(つ)め寄(よ)りました。


「キミは宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)がどれだけかっこいいか知(し)らないんだな? よろしい、ならばボクが教(おし)えてあげよう!」


「え、いいよ別(べつ)に…」


 ショースケは露骨(ろこつ)に嫌(いや)な顔(かお)をします。


「遠慮(えんりょ)しないの! さ、とりあえず迷子(まいご)のキミを街(まち)の中央(ちゅうおう)広場(ひろば)まで連(つ)れて行(い)ってあげないとね! その道中(どうちゅう)でたーーーっぷり、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の魅力(みりょく)を教(おし)えてあげる!」


「ええええ…」


 余計(よけい)なことを言(い)ってしまった、と後悔(こうかい)してももう遅(おそ)いです。


「あ、そういえば名前(なまえ)! ボクはカラン! キミは?」


「…ショースケ」


「ショースケか! よーしじゃあ行(い)こう、まずはつい数日前(すうじつまえ)の宇宙警察(うちゅうけいさつ)の勇姿(ゆうし)から! この街(まち)の外(そと)と繋(つな)がっているゲートの奥(おく)から、危険(きけん)なモンスターのタマゴがいっぱい降(ふ)ってきて。その毛(け)が生(は)えたタマゴは触(さわ)ったら孵化(ふか)しちゃうから絶対(ぜったい)に触(さわ)っちゃいけないんだけど…」



****



「…と、いうわけで! 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)たちは最新(さいしん)の発明品(はつめいひん)を使(つか)って一回(いっかい)も触(ふ)れること無(な)くその黄緑(きみどり)色(いろ)のタマゴをたっぷり回収(かいしゅう)しちゃったってわけ! すごいでしょー…ってショースケ、聞(き)いてる⁉」


「あーうん…聞(き)いてるよ…」


 細(ほそ)い路地(ろじ)を通(とお)りながらかれこれ地球(ちきゅう)時間(じかん)で十五(じゅうご)分(ふん)ほど、ショースケはカランの話(はな)す宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の美談(びだん)を右(みぎ)から左(ひだり)へ聞(き)き流(なが)しています。


「よかった! じゃあ次(つぎ)ね、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)は何故(なぜ)あんなにかっこいいかなんだけどボクの意見(いけん)としては…」


 …やっと終(お)わったと思(おも)ったのにまだ続(つづ)きがあるみたいです。


「待(ま)った! わかった、わかったから…う、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)ってめちゃくちゃかっこいいねー!」


 これ以上(いじょう)聞(き)いては耳(みみ)にタコが出来(でき)てしまいますから、ショースケは無理(むり)に口角(こうかく)を上(あ)げて見(み)せました。


 カランの宝石(ほうせき)のような瞳(ひとみ)が光(ひかり)を反射(はんしゃ)してキラキラと輝(かがや)きます。


「やっとわかってくれたね⁉ いやーよかったよかった! ねぇねぇショースケ、こんなに宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の魅力(みりょく)を知(し)ったら…やっぱりショースケも宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になりたくなっちゃったんじゃない⁉」


「え…」


 耳(みみ)をパタパタと上機嫌(じょうきげん)に動(うご)かしながら、カランはじーっとショースケを見(み)つめて来(き)ます。


 ここで『なりたくない』と言(い)ってしまったら…先(さき)ほどまでの宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)が如何(いか)にかっこいいかという話(はなし)がまたも始(はじ)まってしまうことは確実(かくじつ)でしょう。


「そ、そうだねー…なりたくなっちゃった、かもー…」


 嘘(うそ)をつくのが苦手(にがて)なショースケは目(め)を大(おお)きく逸(そ)らしながらそう答(こた)えました。


 カランの瞳(ひとみ)が一際(ひときわ)強(つよ)く、ギラリと光(ひかり)を放(はな)ちます。


「わっはー! やっぱりやっぱりそうだよね! じゃあボクたち将来(しょうらい)同僚(どうりょう)だ!」


 何(なん)本(ぼん)もの足(あし)をぴょこぴょこ動(うご)かして、カランは弾(はず)みながら駆(か)けだして行(い)きました。


「わ、ちょっと…置(お)いていかないでよ」


 ショースケがそれを追(お)って路地(ろじ)を出(で)ると…どうも見覚(みおぼ)えのある場所(ばしょ)へたどり着(つ)いたようです。


 …そして場所(ばしょ)だけでは無(な)く、見覚(みおぼ)えのあるものがもう二(ふた)つ…。



「さ、街(まち)の中央(ちゅうおう)広場(ひろば)に着(つ)いたよショースケー! ん? ショースケ?」


 一足(ひとあし)早(はや)くたどり着(つ)いたカランが振(ふ)り返(かえ)ると…ショースケは街灯(がいとう)の横(よこ)に置(お)いてあるゴミ箱(ばこ)のような物(もの)の後(うし)ろに隠(かく)れようとしていました。


 ですが…正(まさ)しく頭(あたま)隠(かく)して尻(しり)隠(かく)さず、という状態(じょうたい)で周囲(しゅうい)からは丸見(まるみ)えです。


「ショースケ何(なに)してんのー?」


「し、静(しず)かにして…気付(きづ)かれるから…!」


 そう言(い)うショースケの視線(しせん)の先(さき)には…大(おお)きな口(くち)から鋭(するど)い牙(きば)を覗(のぞ)かせる真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)と、長(なが)いクチバシを持(も)つグレーの細長(ほそなが)ーいET(いーてぃー)がいます。


「あの人(ひと)たちがどうかしたの?」


 カランは瞳(ひとみ)をキュルキュルと回(まわ)しながら尋(たず)ねました。


「…さっきあのET(いーてぃー)たちに話(はな)しかけられたり、なんか変(へん)な物(もの)押(お)しつけられそうになって…僕(ぼく)走(はし)って逃(に)げ出(だ)したからすごく怒(おこ)ってるかもしれない。うぅ、食(た)べられたりしたらどうしよう…」


「えー? 大丈夫(だいじょうぶ)だよー、じゃあボクが聞(き)いてきてあげる! おーいそこの人(ひと)たちー!」


「え⁉ や、やめて‼」


 ショースケの震(ふる)えた声(こえ)は届(とど)かず、カランはET(いーてぃー)たちの元(もと)へぴょこんぴょこんと跳(は)ねていって何(なに)やら話(はな)し始(はじ)めます。


 …真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)がショースケの方(ほう)へじとりと視線(しせん)を向(む)けました。


「ひ、ひぃぅ…」


 もう生(い)きた心地(ここち)がしません。


 ショースケはそろりとその場(ば)を離(はな)れようとしますが…真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)はその巨体(きょたい)からは想像(そうぞう)できないほどのスピードでショースケのすぐ隣(となり)へと飛(と)んできました!


「うわぁあ! ごめんなさいごめんなさい食(た)べないで‼」


 頭(あたま)をぎゅっと抱(かか)えてうずくまると…頭上(ずじょう)から甲高(かんだか)い、小鳥(ことり)のような声(こえ)が聞(き)こえました。


「さっきはごめんね」


「…え?」


 どうやらカランにもらった…というか無理(むり)やり口(くち)に突(つ)っ込(こ)まれたひし形(がた)の塊(かたまり)の効果(こうか)が現(あらわ)れているようです、これは真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)の声(こえ)でしょう。


「きゅうにはなしかけてごめんね。わたし、このあたりでぬいぐるみをおとしちゃって…どこかでみてないか、ききたかっただけなの。わたし、おおきいから…びっくりしたでしょ?」


 少(すこ)し遅(おく)れて、グレーの細長(ほそなが)いET(いーてぃー)もショースケの元(もと)へやって来(き)ました。


「私(わたし)もごめんなさい。貴方(あなた)が一人(ひとり)で不安(ふあん)そうに歩(ある)いていたから…元気付(げんきづ)けたかったんです。これ、私(わたし)の星(ほし)のお菓子(かし)なんです。地球(ちきゅう)人(じん)でも安全(あんぜん)に食(た)べることが出来(でき)ますよ」


 そう言(い)って先(さき)ほどと同(おな)じ、串(くし)に刺(さ)さったヌルヌルとした物(もの)を差(さ)し出(だ)しました。


 カランがぽよんと跳(は)ねながら、ショースケの周(まわ)りを回(まわ)ります。


「ね! 大丈夫(だいじょうぶ)だったでしょ? そうだ、さっきこの人(ひと)たちにもひし形(がた)のお菓子(かし)あげたから、ショースケの言葉(ことば)わかると思(おも)うよ!」


「そ、そうなの…? ええと…」


 ショースケはおどおどと右手(みぎて)を差(さ)し出(だ)すと…ゆっくり、グレーのET(いーてぃー)が持(も)つ串(くし)に刺(さ)さったヌルヌルのお菓子(かし)を受(う)け取(と)りました。


「あ、ありがとう…あの、二人(ふたり)とも…僕(ぼく)こそ、さっきは逃(に)げちゃってごめんなさい…」


 唾(つば)をゴクンと飲(の)み込(こ)んで、意(い)を決(けっ)してショースケはヌルヌルのお菓子(かし)を小(ちい)さく齧(かじ)ります。


「…! 意外(いがい)とおいしい…」


 ショースケが大(おお)きく二口(ふたくち)目(め)を頬張(ほおば)ると、それを見(み)ていたET(いーてぃー)たちは嬉(うれ)しそうに体(からだ)を揺(ゆ)らしました。


「ねぇねぇショースケ、ボクにも一口(ひとくち)ちょうだいよ!」


「貴方(あなた)にも同(おな)じ物(もの)をあげますから。二人(ふたり)で仲良(なかよ)く食(た)べてくださいね」


 グレーのET(いーてぃー)はもう一本(いっぽん)、ヌルヌルのお菓子(かし)を用意(ようい)するとカランに手渡(てわた)しました。


「わーい! ありがとー!」


 カランは足(あし)の間(あいだ)にある口(くち)で吸(す)い込(こ)むようにお菓子(かし)を舐(な)めます。


「どういたしまして、それでは私(わたし)はこれで。よい一日(いちにち)を!」


「わたしもいくね。もし、ぬいぐるみみつけたらおしえてね」


 グレーのET(いーてぃー)と真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)は市場(いちば)の方(ほう)へ消(き)えていきました。



 カランとショースケは不思議(ふしぎ)な形(かたち)のベンチに座(すわ)って、一緒(いっしょ)にお菓子(かし)を味(あじ)わいます。


「えへへ、おいしいね! ショースケ!」


「う、うん。そうだね…!」


 空(そら)は野菜(やさい)色(いろ)。風(かぜ)はやわらかく吹(ふ)いて…手(て)に持(も)ったお菓子(かし)からも、どこかからも甘(あま)い香(かお)りが漂(ただよ)っています。


 ショースケは何(なん)だかとっても久(ひさ)しぶりに、自然(しぜん)に笑(わら)った気(き)がするのでした。




「ごちそうさまー! ヌルヌルしてたけどすごく食(た)べやすかったねー!」


「うん…イチゴ味(あじ)の納豆(なっとう)みたいで面白(おもしろ)かった、かな」


「イチゴ? なっとう? それってショースケの星(ほし)の食(た)べ物(もの)?」


 カランがキャラキャラと瞳(ひとみ)を輝(かがや)かせます。


「そうだよ。イチゴは果物(くだもの)で、納豆(なっとう)は…ネバネバで長(なが)ーい糸(いと)を引(ひ)くんだ!」


「ええ! 糸(いと)っ⁉ それってコセツベの実(み)みたいな感(かん)じかなー!」


「コセツベの実(み)…?」


「ショースケ、コセツベ食(た)べたこと無(な)いの⁉ そうだ、この近(ちか)くにコセツベのモヨキュ焼(や)きを食(た)べられるところがあるよ! 今(いま)から行(い)こう!」


 ベンチからぴょこんと飛(と)び上(あ)がって、カランは先(さき)ほど通(とお)ったところとは違(ちが)う、これまた細(ほそ)い路地(ろじ)へと入(はい)って行(い)きます。


「ま、待(ま)ってよカラン! 僕(ぼく)、じーちゃんを…まぁいいか、まだ用事(ようじ)終(お)わってないみたいだし。それに…ちょっと面白(おもしろ)そうだし!」


 ショースケもカランを追(お)って、薄暗(うすぐら)い路地(ろじ)へと入(はい)っていきました。



****



「コセツベの実(み)はねー美味(おい)しいよー! 齧(かじ)ると中(なか)から糸(いと)みたいな物(もの)がモサモサモサーって出(で)てくるの!」


「モ、モサモサ…それって本当(ほんとう)においしいの? まぁ…食(た)べてみたいけどさ」


 隣同士(となりどうし)に並(なら)んでは通(とお)れないほど路地(ろじ)は狭(せま)いので、カランは前(まえ)を、ショースケは後(うし)ろを歩(ある)きます。


「美味(おい)しいよー? あ、見(み)て見(み)て! 空(そら)の色(いろ)が変(か)わってきた!」


 カランは歩(ある)きながら上(うえ)を見上(みあ)げました。


 野菜(やさい)色(いろ)だった空(そら)は、今度(こんど)はまるで揚(あ)げたてのフライドポテトのような鮮(あざ)やかな黄色(きいろ)に変(か)わっていきます。


「この色(いろ)の空(そら)って珍(めずら)しいんだよ、ラッキーだねショースケ! …あれ、ショースケ?」


 カランが振(ふ)り返(かえ)ると…ショースケは少(すこ)し離(はな)れたところで立(た)ち止(ど)まり、屈(かが)んで何(なに)かを見(み)ているようです。


「ショースケ、何(なに)見(み)てるの?」


「これ、なんだろう? ふわふわで黄緑色(きみどりいろ)で…ぬいぐるみかな。あ、もしかしたらさっきの真(ま)っ黒(くろ)なET(いーてぃー)さんの落(お)とし物(もの)かも!」


 ぬいぐるみのような丸(まる)い何(なに)かにショースケは手(て)を伸(の)ばします。


「ふわふわで黄緑色(きみどりいろ)…? って待(ま)ってショースケ! それに触(さわ)ったらダメー‼」


 駆(か)け寄(よ)ってきたカランの声(こえ)が届(とど)くより前(まえ)に、ショースケはそれを抱(だ)き上(あ)げました。


 すると…


 丸(まる)い何(なに)かに生(は)えていた黄緑(きみどり)色(いろ)のふわふわの毛(け)がバサリと全(すべ)て抜(ぬ)け落(お)ち、深(ふか)い青色(あおいろ)の中身(なかみ)が現(あらわ)れてぐにゃりぐにゃりと波打(なみう)ち始(はじ)めます。


「え、なになに⁉」


 ショースケが急(いそ)いで何(なに)かから手(て)を離(はな)すと、地面(じめん)に落(お)ちたそれはどんどん大(おお)きくなって…ショースケの身長(しんちょう)の二(に)倍(ばい)、いや三(さん)倍(ばい)近(ちか)くまで、まるでミミズのように長(なが)く伸(の)びていきます。


「さっきショースケが触(さわ)ったの、この間(あいだ)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)たちが回収(かいしゅう)してたモンスターのタマゴだよ! まだ回収(かいしゅう)出来(でき)てないのがあったんだ! 急(いそ)いで逃(に)げるよ!」


 カランはショースケの腕(うで)に足(あし)を巻(ま)き付(つ)けて、引(ひ)っ張(ぱ)りながら細(ほそ)い路地(ろじ)を走(はし)り出(だ)しました。


 モンスターは長(なが)い体(からだ)をずりずりとひねりながら、口(くち)も目(め)もついていない頭(あたま)を振(ふ)り回(まわ)して二人(ふたり)に迫(せま)ってきます。


「意外(いがい)に速(はや)い…このままじゃ追(お)いつかれちゃう…! あ、そうだ!」


 走(はし)りながら後(うし)ろを向(む)いたカランは、怯(おび)えるショースケにいつもより小(ちい)さな声(こえ)で話(はな)しかけます。


「いい? ショースケ。この先(さき)に十字路(じゅうじろ)があるから、そこで二手(ふたて)に分(わ)かれて隠(かく)れよう! ボクは左(ひだり)に、ショースケは右(みぎ)ね。右(みぎ)の道(みち)には大(おお)きな物置(ものおき)があるから、その中(なか)に入(はい)って!」


「わ、わかった…っ」


 ショースケは息(いき)を切(き)らしながらなんとか返事(へんじ)をしました。


「よーし、じゃあ行(い)くよ! せーの!」


 カランのかけ声(ごえ)に合(あ)わせて、二人(ふたり)は左右(さゆう)に分(わ)かれて走(はし)り出(だ)しました。


 右(みぎ)の道(みち)に入(はい)ったショースケは急(いそ)いで物置(ものおき)の扉(とびら)を開(あ)けて、その中(なか)に何(なん)とか体(からだ)を押(お)し込(こ)みます。 


 …少(すこ)し離(はな)れたところから、モンスターの体(からだ)が地面(じめん)と擦(す)れる音(おと)が聞(き)こえてきました。


 両手(りょうて)で口(くち)を押(お)さえて、息(いき)を潜(ひそ)めて、ショースケはただモンスターが通(とお)り過(す)ぎるのを待(ま)ちます。


 ずるり、ずるり…モンスターの進(すす)む音(おと)が近(ちか)づいて来(き)て…ずるりずるりと、そのまま遠(とお)くなって行(い)って。


 どうやらモンスターは、二人(ふたり)に気(き)がつかず先(さき)の道(みち)を進(すす)み始(はじ)めたようです。


 ショースケはほっとして、ふぅっと一(ひと)つ息(いき)を吐(つ)くと、物置(ものおき)の中(なか)で壁(かべ)を背(せ)に座(すわ)り込(こ)みました。


 そうしたら…


 ほんの少(すこ)しバランスが崩(くず)れたのでしょう、物置(ものおき)の中(なか)に入(はい)っていた背(せ)の高(たか)い道具(どうぐ)が一(ひと)つ、ゆっくりと倒(たお)れてバタンと音(おと)を立(た)てました。


 その瞬間(しゅんかん)…ずるりずるりずるり、モンスターが引(ひ)き返(かえ)して来(き)たのでしょう…音(おと)は次第(しだい)に近(ちか)く、大(おお)きくなっていきます。


 そしてとうとう、…物置(ものおき)の扉(とびら)がガタンと外(そと)から強(つよ)く叩(たた)かれました。


 ガタン、ガタン…扉(とびら)が衝撃(しょうげき)で少(すこ)しずつ開(ひら)いていって、深(ふか)い青色(あおいろ)のモンスターの体(からだ)が隙間(すきま)から見(み)えて。


 もう一度(いちど)モンスターが体(からだ)を大(おお)きく振(ふ)りかぶったのがわかって…もうダメだと、ショースケが強(つよ)く目(め)を瞑(つむ)ったその時(とき)。



「おい! …そこのモンスター!」


 反対(はんたい)方向(ほうこう)の道(みち)から…カランの震(ふる)えた、でも張(は)り上(あ)げた声(こえ)が聞(き)こえました。


「こっちに来(こ)い! こ、怖(こわ)くないぞ、ボクは未来(みらい)の宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)なんだから!」


 モンスターはすぐに体(からだ)をひねって、ショースケが中(なか)にいる倉庫(そうこ)の前(まえ)から離(はな)れてカランの方(ほう)へと向(む)かっていきます。


「ショースケ逃(に)げてー!」


 カランの声(こえ)とモンスターが這(は)いずる音(おと)が少(すこ)しずつ遠(とお)ざかります。


 …ショースケは壊(こわ)れかけた倉庫(そうこ)の扉(とびら)を少(すこ)し開(ひら)いて顔(かお)を出(だ)しました。


 このままでは自分(じぶん)を助(たす)けてくれたカランは、モンスターに追(お)いつかれてしまうでしょう。


 そうだ、今度(こんど)はショースケが声(こえ)を出(だ)してモンスターの気(き)を引(ひ)くのはどうでしょうか!


 そうすればカランは助(たす)かるかもしれません。


 それにある程度(ていど)距離(きょり)が離(はな)れていますから、ショースケもモンスターから逃(に)げ切(き)れる可能(かのう)性(せい)だってあります。


 それがいい、そうしよう!


 …なのに。


 どうして、口(くち)は半開(はんびら)きのまま声(こえ)が出(で)ないのでしょうか。


 どうして、自分(じぶん)は倉庫(そうこ)からゆっくり静(しず)かに抜(ぬ)け出(だ)して…どうして、カランと逆(ぎゃく)方向(ほうこう)に走(はし)り出(だ)したのでしょうか。


 …遠(とお)くからカランの悲鳴(ひめい)が聞(き)こえて、ショースケは思(おも)い切(き)り耳(みみ)を塞(ふさ)ぎます。


 もう一度(いちど)聞(き)こえて、それでも足(あし)は止(と)まらなくて。



 そして、もう一度(いちど)…今度(こんど)は小(ちい)さな悲鳴(ひめい)が聞(き)こえて、ショースケが少(すこ)しだけ振(ふ)り返(かえ)った時(とき)。


 鮮(あざ)やかな黄色(きいろ)の空(そら)から眩(まぶ)しい光(ひかり)が降(ふ)ってきて、小(ちい)さなブラックホールのような渦(うず)が現(あらわ)れたかと思(おも)うと、モンスターはその渦(うず)の中(なか)へと…いとも簡単(かんたん)に吸(す)い込(こ)まれていきました。


「大丈夫(だいじょうぶ)か! …ちいと我慢(がまん)しとくれ」


 遠(とお)くでカランの体(からだ)を抱(かか)えているのは…肖(しょう)造(ぞう)でしょうか。


 肖(しょう)造(ぞう)はすぐにカランを本部(ほんぶ)へ送(おく)ると、こちらに気(き)が付(つ)いたのか走(はし)って来(き)ます。


「ショースケ! 大丈夫(だいじょうぶ)じゃったか⁉」


 …ショースケは何(なに)も言(い)えなくて、ただただ地面(じめん)を見(み)つめながら、今頃(いまごろ)ポロポロと涙(なみだ)が溢(あふ)れて来(く)るのでした。



****



「いやー…ワシ、ライトに言(い)われて本部(ほんぶ)で仕事(しごと)してたのに、『ポスリコモスに初(はじ)めて来(き)た孫(まご)を街(まち)に置(お)いてきた』って言(い)ったらライトにすっごい怒(おこ)られてのう。『いますぐ孫(まご)の元(もと)へ行(い)け』って…それでショースケの元(もと)にワープしたらモンスターが暴(あば)れておって…ワシは血(ち)の気(け)が引(ひ)いたわい」


 宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)にある医務室(いむしつ)の前(まえ)のベンチに、肖(しょう)造(ぞう)とショースケは二人(ふたり)で座(すわ)っていました。


 …ショースケは俯(うつむ)いて何(なに)も言(い)いません。


「…のぉショースケ。あの子(こ)は友達(ともだち)か?」


 …友達(ともだち)なんてずっといないのでショースケには判断(はんだん)出来(でき)ませんが…そうだったらいいな、なんて少(すこ)しだけ思(おも)ったりしていました。


 でも、もう…合(あ)わせる顔(かお)がありません。


「…今回(こんかい)のことは完全(かんぜん)にワシら宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)のミスじゃ。回収(かいしゅう)していないタマゴが無(な)いかの確認(かくにん)が足(た)らんかった。…怖(こわ)い思(おも)いをさせたな、ショースケ。もう地球(ちきゅう)へ…」


「ねぇじーちゃん」


 ショースケはふいに口(くち)を開(ひら)きます。


「…さっきモンスターを吸(す)い込(こ)んだあれって…じーちゃんの発明品(はつめいひん)だよね?」


「ああ、そうじゃ」


 肖造(しょうぞう)はそう答(こた)えます。


「…そっか」


「もし僕(ぼく)がじーちゃんみたいに発明(はつめい)できたら、あのモンスターを倒(たお)せたかな」


「…もし僕(ぼく)に勇気(ゆうき)があったら、もし、僕(ぼく)に力(ちから)があったら…僕(ぼく)を助(たす)けてくれたあの子(こ)を、見捨(みす)てて逃(に)げたりしなかったのかなぁ…」


 …涙(なみだ)を流(なが)すショースケの隣(となり)で、肖造(しょうぞう)はただ前(まえ)を向(む)いています。


「ねぇじーちゃん、…僕(ぼく)、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になる」


 ヨレヨレの部屋(へや)着(ぎ)の裾(すそ)で、ショースケはぐいっと涙(なみだ)を拭(ぬぐ)いました。


「もう逃(に)げたくないから…変(か)わりたい、変(か)わるんだ!」


「…そうか」


 ショースケの背中(せなか)を一度(いちど)だけポンと、肖(しょう)造(ぞう)は叩(たた)きます。


「それならたくさん勉強(べんきょう)せんといかんな。まずは宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)が喋(しゃべ)れるようになって、それから各(かく)惑星(わくせい)の特徴(とくちょう)も覚(おぼ)えんといかんぞ。試験(しけん)は…大体(だいたい)半年後(はんとしご)じゃな。ギリギリじゃぞ、やれるか?」


「やれるじゃない、やるんだよ。…出来(でき)るさ、僕(ぼく)…天才(てんさい)だもん」


 ショースケはベンチから立(た)ち上(あ)がりました。


「じーちゃん、僕(ぼく)…地球(ちきゅう)に帰(かえ)るよ。すぐに勉強(べんきょう)を始(はじ)めないと間(ま)に合(あ)わない」


「…あの子(こ)に会(あ)ってからじゃなくていいんか? 直(じき)に目(め)を覚(さ)ますぞ」


「…今(いま)の僕(ぼく)じゃ…カランに会(あ)えないよ…」


 そう言(い)って、ショースケは医務室(いむしつ)に背(せ)を向(む)けます。


「…そうか。気(き)を付(つ)けて帰(かえ)れよ」


 肖(しょう)造(ぞう)がポケットから小(ちい)さな機械(きかい)を取(と)り出(だ)して操作(そうさ)すると、この星(ほし)に来(き)た時(とき)と同(おな)じワープ装置(そうち)が現(あらわ)れます。


 ショースケは少(すこ)しだけ立(た)ち止(ど)まった後(あと)、それをくぐって、地球(ちきゅう)へと帰(かえ)って行(い)きました。



****



「ねぇなんで泣(な)いてるの? もしかして迷子(まいご)? ふふ…キミ、まるでボクの友達(ともだち)みたいだね!」


 空(そら)はあの日(ひ)と同(おな)じ野菜(やさい)色(いろ)。


 じめじめとした暗(くら)い路地裏(ろじうら)でうずくまって泣(な)いているET(いーてぃー)に、背中(せなか)のバッジを輝(かがや)かせながら水色(みずいろ)の宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)は笑(わら)いかけます。


「キミはとってもラッキーだよ! 未来(みらい)の特級(とっきゅう)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)…まぁ今(いま)は新米(しんまい)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の、他(ほか)でもないこのボクに見(み)つけてもらえたんだから!」


 紫(むらさき)の宝石(ほうせき)のような瞳(ひとみ)で、宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)はパチンとウインクをして見(み)せました。


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