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第九話 1人の仕事は絶好のチャンス?

****


 じめじめとした(あつ)さを(かん)じるようになってきた月曜日(げつようび)昼休(ひるやす)み。


「こっちこっち! ここだよ!」


 はしゃぐカズに()れられて、()(にん)()(かい)図書室(としょしつ)(まえ)のトイレにやってきました。


 トイレの(そと)にはガヤガヤと(ひと)だかりが出来(でき)ていて、どう()ても異様(いよう)雰囲気(ふんいき)です。


「……で、今度(こんど)はここのトイレがどうしたんだっけ」


 そう()いながらミオは(あご)(はず)れそうなほど(おお)きなあくびをしました。


「ミオいつにも()して(ねむ)そうじゃん、どしたの」


 ショースケの()いかけにミオはもう一度(いちど)あくびをして、目元(めもと)をごしごし(こす)ります。


「んー……今度(こんど)おれがいつもやってるゲームのオンライン大会(たいかい)があるから、ここのところそれの対策(たいさく)(かんが)えててねー」


「だめだよーちゃんと()ないと! 健全(けんぜん)(たましい)健全(けんぜん)肉体(にくたい)宿(やど)るんだから!」


 ショースケは(えら)そうに人差(ひとさ)(ゆび)をピッと()てて、得意(とくい)げに振舞(ふるま)って()せます。


そこへ、図書室(としょしつ)()かっていた(おな)じクラスの洋平(ようへい)(とお)りかかりました。


 洋平(ようへい)はショースケたちを()()くと、(たの)しそうにくすりと(わら)います。


(みな)さんいつも元気(げんき)だね。あれ、今日(きょう)はタカヤさんはいないの?」


「うん、タカヤは学級(がっきゅう)委員(いいん)(かい)出席(しゅっせき)してるんだよ!」


 ショースケは(みょう)にニコニコしながら(こた)えました。


 そう、もしここにタカヤがいたなら……きっとショースケの(さき)ほどの発言(はつげん)にほとほと(あき)れていたことでしょう。


 だってショースケは昨日(きのう)(おも)()夜更(よふ)かしして、()時間(じかん)()授業(じゅぎょう)(ちゅう)うとうと(ふね)()いでいたところを(うし)ろの(せき)のタカヤに()こされたのですから。


 しかしそんなタカヤは(いま)はいません、ショースケは自由(じゆう)にのびのびと()()えるってわけです。


「な、なあ……やっぱり(はい)るのやめねー……?」


 (ひと)だかりから(すこ)(はな)れたところから、レンが(ちい)さく(こえ)()らしました。


(なに)()ってるのレン! (れい)(はなし)、これは絶対(ぜったい)調査(ちょうさ)するべきでしょ!」


 カズはもうお目々(めめ)キラッキラです。


(れい)(はなし)……? (なん)(こと)かな」


 ピンと()ていない洋平(ようへい)に、カズはずずいと(せま)って(うれ)しそうに早口(はやくち)説明(せつめい)します。


 そう、この(とき)()()小学校(しょうがっこう)今日(きょう)はあるウワサで()ちきりなのです。


()(かい)図書室(としょしつ)(まえ)男子(だんし)トイレ、その一番(いちばん)(おく)個室(こしつ)である掃除(そうじ)道具(どうぐ)()()から、(なに)もいないのにガタガタ(おと)がするらしい』


 大体(だいたい)生徒(せいと)はこのウワサを()いてここのトイレに(ちか)づかないようにしているのですが……一部(いちぶ)物好(ものず)きな生徒(せいと)たちがこのトイレに(あつ)まってしまっている、というわけです。


 そしてその(なか)(さい)たる一人(ひとり)であるカズは、(あさ)からこのウワサが()になって仕方(しかた)がありません。


 それこそ昼休(ひるやす)みになるまで(なに)()っても(うわ)(そら)で、(つぎ)授業(じゅぎょう)について(たず)ねた質問(しつもん)(こた)えが()きな()(もの)だったくらいです。


「なるほど……和彦(かずひこ)さんが()きそうな(はなし)だね。そういうことならショースケさん」


 洋平(ようへい)はショースケの()をまっすぐ見据(みす)えました。


「くれぐれも()()けてね」


「え、ええと……(なん)でそれを(ぼく)()うの?」


「うーん、(なん)となく、かな」


 ショースケは(おも)わずゴクリと(つば)()みました。


 洋平(ようへい)(みょう)(かん)(するど)いのです、天気(てんき)予報(よほう)がどれだけ今日(きょう)()れると()っても、洋平(ようへい)(あめ)()ると()えば(あめ)()るほどです。


 そんな洋平(ようへい)にそう()われてしまったら……ショースケはとてつもなく不安(ふあん)になってきました。


「それじゃあ(わたし)図書(としょ)(ほん)()りてくるよ」


 洋平(ようへい)廊下(ろうか)(さき)にある図書室(としょしつ)へと(はい)って()きました。



****



 さてトイレの(そと)(あつ)まっていた物好(ものず)きな生徒(せいと)たちはウキウキと順番(じゅんばん)(なか)(はい)っていきますが、どうも期待(きたい)していたことは(なに)()こらなかったのか……残念(ざんねん)そうに()てきては(かえ)っていきます。


 そしてついにトイレの(まわ)りにいるのはショースケたちだけになりました。


「ねぇねぇ(はや)(はい)ろう! (はや)(はや)く!」


 あくせくと手招(てまね)くカズに、レンは心底(しんそこ)(いや)そうです。


「レン、タカヤがいなくて残念(ざんねん)だったねー。チャンスだったのに」


 ミオはこそこそと(ちい)さな(こえ)でレンに耳打(みみう)ちします。


「チャンス……? (なに)がだよ」


(たと)えば本当(ほんとう)にガタガタ(おと)がしたとするでしょ? そしたら『きゃー(こわ)ーい』ってタカヤに()きつけたじゃん」


「はぁ⁉ (だれ)がそんなことするか!」


 レンは(かお)()()にしながらミオの背中(せなか)一発(いっぱつ)ペチンと(たた)きました。


「ねー二人(ふたり)ともいつまでやってんの! もう(はい)っちゃうからね!」


 カズはしびれを()らしたのか、一人(ひとり)でトイレに(はい)っていきました。


 すると……


 トイレの(おく)からガタガタと(おと)がして、カズが(おお)きな(さけ)(ごえ)()げました。


「カズ⁉ 大丈夫(だいじょうぶ)⁉」


 ショースケは(いそ)いでトイレの(なか)()()んで……()(おお)きく見開(みひら)き、(くち)をぽっかり()けたまま(かた)まってしまいました。


 だってトイレの一番(いちばん)(おく)個室(こしつ)である掃除(そうじ)用具(ようぐ)()れからは、()メートルはありそうな(なが)ーいET(いーてぃー)(かお)()していたからです。


 (あか)(からだ)(なが)(ぞう)のような(はな)(ちい)さな(てん)のようないくつもの()三本(さんぼん)()えた(つの)なのか(みみ)なのかわからない突起(とっき)……。 


 残念(ざんねん)ながら間違(まちが)いありません、つい三日前(みっかまえ)金曜日(きんようび)特急(とっきゅう)こすもに()って(とき)()()(ちょう)にやってきたローナグ星人(せいじん)です。


 そんなローナグ星人(せいじん)は、ショースケを()途端(とたん)(ちい)さな()をギョロリと(おお)きくして、(うれ)しそうに(からだ)をぶんぶん()らしました。


「わあ、ショースケ隊員(たいいん)だ! やっと()えましたー!」


 その(おお)きな(からだ)掃除(そうじ)用具(ようぐ)()れに()いてあるデッキブラシに()たり、そのデッキブラシが(たお)れて(かべ)()たってまたガタリと(おと)()ちます。 


「ひゃあ、また()ってる! (だれ)もいないのに!」


 カズは(ひとみ)をこれでもかと(かがや)かせています。


 どうやらローナグ星人(せいじん)はきちんとキラキラ()使用(しよう)しているようで、カズには姿(すがた)()えていないようなのでショースケはひとまず安堵(あんど)しました。


 しかしキラキラ()ET(いーてぃー)(もの)()たった(おと)はほとんどの地球(ちきゅう)(じん)認識(にんしき)できないようにしてくれますが、(もの)同士(どうし)()たった(おと)はその対象(たいしょう)ではありません。


 なので個室(こしつ)(なか)にギチギチに()()まれた掃除(そうじ)用具(ようぐ)がローナグ星人(せいじん)(うご)くことによってぶつかりあって(おと)()て、それがカズたちに()こえてしまっているのです。


「すみませんご迷惑(めいわく)おかけします! ところでタカヤ隊員(たいいん)はいないんですか⁉ 是非(ぜひ)挨拶(あいさつ)したいんですけど!」


 ローナグ星人(せいじん)はまだ(からだ)をゆらゆら()らしています。


 ……ショースケが何故(なぜ)しっかりローナグ星人(せいじん)のことを(おぼ)えていたかというと……(じつ)はこのET(いーてぃー)(ちょう)がつくほどの「宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)マニア」なのです。


 三日前(みっかまえ)特急(とっきゅう)こすもから()()ったその瞬間(しゅんかん)から、ショースケやタカヤと写真(しゃしん)()りたがったりサインを()しがったり……そして二日前(ふつかまえ)にはライトとショースケに()いたくて、ショースケの(いえ)(にわ)侵入(しんにゅう)して出待(でま)ちをしていたりとなかなか問題行動(もんだいこうどう)目立(めだ)ET(いーてぃー)なのです。


 ショースケがどうしたものかと(あたま)(なや)ませていると……


「ちょっとレンー、おれに()きついても意味(いみ)ないじゃーん」


 ガタガタ(ふる)えるレンを(こし)にひっつけたまま、ミオがトイレの(なか)(はい)ってきました。


「いいいいいい(いま)(おと)してたよな⁉ 無理(むり)無理(むり)やっぱりお()けだって‼」


「もー(ある)きにくいなあ、おれも()()きたいのに。ショースケちょっと()わってー」


 そう()うとミオはレンの(うで)自分(じぶん)(こし)から()()がして、ショースケの(こし)()()けようとしました。


 するとレンは、(きゅう)平然(へいぜん)(よそお)ってまっすぐ()()がります。


「べ……(べつ)(こわ)くねーし?」


「なに。(ぼく)()きつくのはそんなに(いや)なの」


 ショースケが(かお)をしかめてそう()うと、またローナグ星人(せいじん)(おく)個室(こしつ)(なに)かを(たお)してしまったのでしょう、ガタリと(おお)きな(おと)()りました。


「ぎゃぁあああああああっ!!!!」


 レンは(さけ)びながらショースケの(こし)にビトッと()()きます。


「うわぁ(べつ)()きつかれたいわけじゃない! 邪魔(じゃま)だよ、(こわ)いなら教室(きょうしつ)(かえ)ったらいいじゃん!」


「オレだけ(かえ)ってお()けに(のろ)われたらどうするんだよぉ……」


 レンはべそをかいて、()をしっかり(つむ)ったまま(うで)(ちから)(つよ)めます。


 ショースケは(こし)をぶんぶん()すりましたが、ぎゅっとしがみついたレンは()()とせそうにありませんので、仕方(しかた)なくそのまま(ほう)っておくことにしました。


 さてどうしましょう。


 (さん)(にん)がいる手前(てまえ)宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)(はな)しかけるわけにもいきませんし……


 ショースケは(こし)にレンをくっつけたまま、ローナグ星人(せいじん)をじーっと(あな)()くほど()つめました。


 視線(しせん)()がついたローナグ星人(せいじん)(うれ)しそうに(こえ)()します。


(じつ)はボク、お二人(ふたり)日常(にちじょう)様子(ようす)()たくてここに侵入(しんにゅう)したんです! でも(まよ)っちゃって(かく)れてたら、なにやらウワサが()ってしまったみたいで……()()()しに地球人(ちきゅうじん)(のぞ)きに()るから()()せなくなってしまいました!」


 なんて(こま)った観光客(かんこうきゃく)なんでしょう、早急(そうきゅう)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)対策(たいさく)してもらわなければ。


 しかしさすがは宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)マニア、宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)(はな)してくれたので翻訳機(ほんやくき)をつけていないショースケにも()()ることが出来(でき)ました。


 とりあえずショースケはズボンのポケットの(なか)のエッグロケットを(にぎ)って、タカヤにテレパシーを(おく)ってみようとして……ふと、こんなことを(かんが)えました。


()てよ、これは(ぼく)評価(ひょうか)()げるよい機会(きかい)なのでは?)


 先日(せんじつ)ポスリコモスで()たところによると、タカヤはショースケより(おお)くお給料(きゅうりょう)をもらっているようです。


 それは()()えればタカヤの(ほう)(たか)評価(ひょうか)されているということで……ショースケにとってこれは一大事(いちだいじ)です。


(ここは(ぼく)だってすごいんだぞってことを、タカヤにも本部(ほんぶ)にもわかってもらうチャンスなんじゃない⁉)


 そうと()まれば(ぜん)(いそ)げです。


 ポケットの(なか)のエッグロケットをパッと手放(てばな)して、ショースケは一人(ひとり)きりで仕事(しごと)(のぞ)むことにしました。


 さてさて、まずはカズたち(さん)(にん)にこのトイレから(はな)れてもらわなくては。


「ねぇカズーミオー? とりあえず一回(いっかい)(かえ)らない?」


 ショースケは(こえ)をかけますが、二人(ふたり)()(まえ)()こっている不思議(ふしぎ)事象(じしょう)にもう夢中(むちゅう)返事(へんじ)はありません。


 ショースケはむむむと(あたま)をひねります。


(そうだ、この(あいだ)ポスリコモスで()ったアルコンヌ(はな)使(つか)って、みんなを(ねむ)らせてその(あいだ)にローナグ星人(せいじん)さんを脱出(だっしゅつ)させるのはどうかな?)


 いいアイデアが()かんだと、ショースケは(うれ)しそうにアルコンヌ(はな)をエッグロケットから()()そうとして……はたと気付(きづ)きました。


 そういえば(むかし)()んだ(ほん)によるとアルコンヌ(はな)(ねむ)らせる効果(こうか)はかなり強力(きょうりょく)で、一度(いちど)(ねむ)った生物(せいぶつ)三日(みっか)()()まさないとか……。


(いやいや! それじゃだめだ、この(あと)授業(じゅぎょう)()れないじゃん(あや)しすぎる!)


 ショースケがもたもたと(つぎ)(あん)(かんが)えている(あいだ)にも、カズとミオはローナグ星人(せいじん)(はい)っている掃除(そうじ)用具(ようぐ)()れを全開(ぜんかい)にしてまじまじと観察(かんさつ)しています。


「わあ、ほんとに(なに)もいないよ! すごいすごーい!」


「いやーこのバケツの(した)かも。めくってみよー」


 本当(ほんとう)にお()けだったらどうするんでしょう、(こわ)いもの()らずな二人(ふたり)にはほとほと(こま)ってしまいます。


 ローナグ星人(せいじん)(さわ)られないよう(みじか)(ろっ)(ぽん)(あし)必死(ひっし)(かべ)(のぼ)って、天井(てんじょう)個室(こしつ)(かべ)(あいだ)(かた)まっています。


「ショースケ隊員(たいいん)この体勢(たいせい)すごくキツいです……(たす)けてくださーい……」


 こうなったのはどう(かんが)えてもローナグ星人(せいじん)自業自得(じごうじとく)ですが……ショースケも宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)です、(なに)もしないわけにはいきません。


(そうだ! みんなにここを(はな)れたいと(おも)わせればいいんだ!)


 ショースケはまたポケットの(なか)のエッグロケットを(さぐ)って、今度(こんど)(まる)くて茶色(ちゃいろ)(たま)()()しました。


(じゃじゃーん、クシュウニ! これが()れると、(たし)(なか)からくさい(にお)いがぶわっと()てくるんだよね。そしたらきっと(さん)(にん)もここを(はな)れたくなるだろうし……(ぼく)ってやっぱり天才(てんさい)だな)


 ショースケが意気揚々(いきようよう)と、クシュウニを(ゆか)()かって()げつけようと()りかぶると……


「あわわわわやめてくださーーーい‼」


 突然(とつぜん)ローナグ星人(せいじん)(おお)きな(こえ)(さけ)びました。


「そ、それクシュウニですよね⁉ そんなのここで破裂(はれつ)させたら大変(たいへん)なことになりますよ! ボクの(なが)(はな)がひんまがるどころでは()みませんからね⁉」


 ショースケが(むかし)()んだ(ほん)にはくさい(にお)いが()るとしか()いていなかったのですが…よく()るとクシュウニの(うら)には、宇宙(うちゅう)公用語(こうようご)()かれた(ちい)さな注意書(ちゅういが)きがあります。


注意(ちゅうい) この製品(せいひん)(にお)いは十万(じゅうまん)サイオンです。()(あつか)いには十分(じゅうぶん)()()けましょう』


 サイオンとは宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)()められた(にお)いの(つよ)さの単位(たんい)で、(たし)地球(ちきゅう)のカメムシが……(なな)サイオンだった()がします。


 ……ショースケは(だま)って、クシュウニをエッグロケットの(おく)(おく)にしまいました。


(あぶないあぶない、(だい)事件(じけん)()()こすところだった……)


 ショースケは()(あせ)(ぬぐ)います。


「ショースケ隊員(たいいん)(あぶ)なっかしいですねー…でもまたそこも新人(しんじん)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)って(かん)じがしていいですね……!」


 ローナグ星人(せいじん)はなんだか(うれ)しそうですが体力(たいりょく)はもう限界(げんかい)のようで、ゼーゼーと(いき)をしながら(かべ)天井(てんじょう)隙間(すきま)から(いま)にも()ちそうです。


「ね、ねえ二人(ふたり)とも! もう(かえ)ろうよ、ほら(なに)もいないんだし!」


 ショースケは(あわ)てて()びかけます。


「んーそうだねぇ、(おと)もしなくなったし。カズ(かえ)ろうかー」


「えーもうちょっと()たかったなー」


 カズは不満(ふまん)そうに(くち)(とが)らせます。


「ほらレンも! いつまで(ぼく)(こし)()()いてるの、(かえ)るから()って!」


 まだべそをかいているレンも()()って、ショースケは(さん)(にん)()れてトイレから()てきました。


 (さいわ)いトイレ周辺(しゅうへん)には(ほか)(だれ)もいないようです。


(よし! このまま教室(きょうしつ)(もど)って、また(ぼく)だけこっそりここに(もど)って()てなんとかしよう!)


 ショースケが教室(きょうしつ)への(みち)一歩(いっぽ)()()すと……


 (さき)ほどのトイレからドンガラガッシャーン!と(おお)きな(おと)がしました!


「わ! また(おと)がした!」


 ()をもう一度(いちど)爛々(らんらん)(かがや)かせて(もど)ろうとするカズよりも(さき)に、ショースケは(いそ)いでトイレの様子(ようす)確認(かくにん)して(おどろ)きました。


 どうやら天井(てんじょう)付近(ふきん)()えていたローナグ星人(せいじん)(あし)(すべ)らせて、掃除(そうじ)用具(ようぐ)()れの個室(こしつ)(なか)落下(らっか)してしまったようです。


 個室(こしつ)(とびら)(おお)きく(ひら)いて、(なか)(はい)っていたデッキブラシやバケツなんかが(あた)一面(いちめん)散乱(さんらん)しており、()ちたローナグ星人(せいじん)(からだ)()ってしまったのか(うご)けないようで、(なが)(からだ)()ばして(ゆか)(よこ)たわっています。


 (いま)トイレの(なか)(はい)られたら…確実(かくじつ)にカズたちの(からだ)にローナグ星人(せいじん)一部(いちぶ)()れて、透明(とうめい)(なに)かがいることがバレてしまいます。


 キラキラ()使(つか)っていても()れた感触(かんしょく)()かったことにはできません、それだけは(なん)としても()けなければ!


 ショースケはトイレの()(ぐち)(ふさ)ぐように()って、必死(ひっし)にカズとミオが(はい)るのを(はば)みます。


「ねーショースケなんでそこに()ってるの! (ぼく)(はい)らせて!」


「すごい(おと)だったねー。(いま)なら(なに)かいるかもー」


 二人(ふたり)はどうにかして(なか)(はい)ろうとショースケの(からだ)をぐいぐい()してきて、状況(じょうきょう)はまさしく絶体絶命(ぜったいぜつめい)です。


(どうしよ! 本部(ほんぶ)大規模(だいきぼ)記憶(きおく)操作(そうさ)(たの)まなきゃいけなくなったりしたら……(ぼく)評価(ひょうか)(だい)打撃(だげき)だ!)


 ショースケが非常(ひじょう)自己(じこ)中心(ちゅうしん)(てき)心配事(しんぱいごと)をしている(あいだ)にも、カズとミオはショースケの(うで)隙間(すきま)からトイレの(なか)(のぞ)()もうとします。


 もうダメだと、ショースケが()をぎゅっと(つむ)ると……


「あれ、(みな)さんまだここにいたんだね」


 ()りてきた図書(としょ)(ほん)()った洋平(ようへい)が、廊下(ろうか)から(こえ)をかけてきました。


(れん)さんはあそこで(まる)まってるし……ひょっとして(なに)かあった?」


「あ! ()いてよ洋平(ようへい)、ショースケがひどいんだよ! ぼくらをトイレの(なか)()れてくれないの、すごい(おと)がしたから()()きたいのに!」


 カズはぷんぷんとしながら(うった)えます。


 洋平(ようへい)はカズとショースケを交互(こうご)()て……


 ショースケの必死(ひっし)にすがるような視線(しせん)(さっ)したのか、くすりと微笑(ほほえ)んで(くち)(ひら)きました。


「ねぇ和彦(かずひこ)さん。ここで(なに)があったのか(わたし)すごく()になるな。よかったらこっちに()てお(はなし)してくれない?」


「え! やっぱり洋平(ようへい)興味(きょうみ)ある⁉ もちろんいいよ()いて()いて!」


 カズは(うれ)しそうに廊下(ろうか)にいる洋平(ようへい)(ほう)()()していきます。


「それと未央斗(みおと)さん」


 洋平(ようへい)今度(こんど)はミオに視線(しせん)()けました。


()こうの廊下(ろうか)(まる)まってる(れん)さんを(たす)けてあげてくれないかな? ほら、(れん)さんも(わたし)より気心(きごころ)()れた未央(みお)()さんに(たす)けてもらいたいだろうし」


「えー、まったくもうレンはしょうがないなー」


 ミオはめんどくさそうに()いながらも、(すこ)(うれ)しそうにニヤニヤしながらレンの(もと)(ある)いていきました。


 そして洋平(ようへい)はもう一度(いちど)ショースケと()(あわ)せると、「どうぞ」と(こえ)()さずに(くち)(うご)かしました。


 この(すき)(のが)()はありません。


(ありがとう洋平(ようへい)! (あと)でお(れい)()わないと!)


 ショースケはトイレの(なか)(はい)りポケットからエッグロケットを()()して(おお)きくすると、すごい(はや)さでダイヤルを()わせて()(がね)のようなスイッチを(にぎ)り、トイレの()(ぐち)(なに)液体(えきたい)()きかけました。


 すると液体(えきたい)(うす)いガラスのようにピンと()って(かた)まり、()(ぐち)透明(とうめい)(まく)ができます。


(この(あいだ)()ったテワスヨンの(ほね)使(つか)って(つく)った幻覚(げんかく)ガラス! このガラスを(とお)して(そと)から()たこのトイレは、いつもの何事(なにごと)もない普通(ふつう)のトイレに()える……はず!)


 しかしうすーい幻覚(げんかく)ガラスはショースケが(うご)いた振動(しんどう)だけで()れるほどもろいです。


問題(もんだい)()(ふん)くらいしか()たないし、(ひと)(とお)ったらすぐ(こわ)れるところ! とにかく(いそ)がないと!)


 ショースケは(よこ)たわったまま(うご)かないローナグ星人(せいじん)(からだ)をバシバシ(たた)きます。


「い、(いた)い! わ、でもショースケ隊員(たいいん)(たた)かれた(うれ)しい!」


 ちょっと気持(きも)(わる)反応(はんのう)ですが、ショースケは()かなかったことにして(つづ)けます。


「よかった意識(いしき)あるね! (うご)ける?」


「それが、()ちたときに怪我(けが)をしたのか(からだ)(いた)くて……」


「わかった! ちょっと我慢(がまん)してね!」


 ショースケはエッグロケットから(ふと)(はり)のついた(つつ)()()しました。


 そしてそれをローナグ星人(せいじん)(あか)くて(なが)(からだ)にぶっ()します。


(いた)っ!!!!!!」


 ローナグ星人(せいじん)はあまりの(いた)みで()()がりました。


「これ(ちょう)速効(そっこう)(いた)()め! もう(うご)けるでしょう? まあ(あと)から(いた)いの(もど)ってくるけどね」


「あ、本当(ほんとう)だ…(うご)けます! わーいこのままタカヤ隊員(たいいん)にも()いにいけるかも!」


 (うれ)しそうに(ゆか)をにゅるにゅる()うローナグ星人(せいじん)に、ショースケはトイレの(ちい)さな(まど)(ひら)いて(そと)見下(みお)ろしながら()います。


「そんな余裕(よゆう)()いよ、(いま)すぐこの(まど)から()()りて! (さいわ)裏庭(うらにわ)には(だれ)もいないし」


「えぇ!? ()()りるって…無理(むり)無理(むり)ボクこの()()(ほね)とかすごいもろいんですから! 大怪我(おおけが)しちゃいます!」


「いーいーかーらー()()りて! (ぼく)がなんとかする!」


「いくらショースケ隊員(たいいん)のお(ねが)いでも無理(むり)があります!」


(あと)でスペシャルなサイン()いてあげるから! ほら、タカヤにもライトさんにも()いてって(たの)んであげる!」


「それはめちゃくちゃ()しいですけど! あぁっ、やめて()ちるー!」


 ショースケがぐいぐいローナグ星人(せいじん)(からだ)()してなんとか(まど)から()とそうとしていると、トイレの(そと)から(こえ)()こえました。


「ねぇ洋平(ようへい)一緒(いっしょ)()()こうよ! ガタガタ()こえてすごいんだから!」


(わたし)はそういうのはあまり()()かない(ほう)がいいと(おも)うけれど……」


「いいから! ほら(はい)ろう!」


 もう一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もありません。


「ごめん!」


 ショースケは(あば)れるローナグ星人(せいじん)(まど)から()()としました!


「いやぁああああああ!!!」


 (さけ)(ごえ)()げながら()ちてゆくローナグ星人(せいじん)()かって、ショースケはエッグロケットのダイヤルを()わせて(いそ)いでスイッチを()します。


 するとローナグ星人(せいじん)(からだ)(おお)きなシャボン(だま)のようなものが(おお)って、そのまま地面(じめん)()ちた衝撃(しょうげき)吸収(きゅうしゅう)してぽよんと(おと)()てました。


「いい⁉ もう学校(がっこう)()ちゃダメだからね!」


 ショースケは無事(ぶじ)ローナグ星人(せいじん)着地(ちゃくち)したのを見届(みとど)けると、(いそ)いで(まど)()めました。


 そしてうすーい幻覚(げんかく)ガラスの(まく)(くず)れて()けたのと同時(どうじ)に、ウキウキのカズ、無理矢理(むりやり)()れて()られた洋平(ようへい)、そしてまだ(ふる)えているレンを(こし)()()けたミオがトイレの(なか)(はい)ってきました。


「わ、掃除(そうじ)用具(ようぐ)()らばってる! さっきまでこんなことなかったのに!」


 もうカズたちにどれだけ捜索(そうさく)されてもET(いーてぃー)()つかることはありません。


 ショースケはどっと体中(からだじゅう)(ちから)()けて、トイレの(かべ)にベタリともたれかかりました。


「ショースケさん大丈夫(だいじょうぶ)?」


「あ、だいじょぶ……それより洋平(ようへい)ありがとね……」


「んー? (なに)が?」


 洋平(ようへい)(くび)(かし)げてとぼけて()せます。


「それよりショースケさん、今度(こんど)はちゃんとタカヤさんと一緒(いっしょ)()るんだよ?」


「え⁉ ええええと……(なん)でタカヤと……?」


(なん)となく、かなぁ」


 ショースケはもう()(あせ)()まりません。


 一体(いったい)どこまで(かん)(するど)いんでしょう……ショースケは(こわ)くてそれ以上(いじょう)(なに)()けませんでした。



****



 教室(きょうしつ)(はい)ると、すでに学級(がっきゅう)委員(いいん)(かい)から(もど)って()ていたタカヤが自分(じぶん)(せき)(つぎ)授業(じゅぎょう)予習(よしゅう)をしていました。


「あ、もう(かい)()わってたんだー。タカヤがいないから大変(たいへん)だったよー」


 そう()うミオの(となり)で、レンはすっかりぐったりしています。


「レン大丈夫(だいじょうぶ)か?」


 タカヤは心配(しんぱい)そうに(かお)(のぞ)()みます。


「べ、(べつ)にこれぐらいなんともねーよ……!」


「えー(こわ)かったからなぐさめてーって()えばいいのにー」


 そう小声(こごえ)耳打(みみう)ちしてくるミオの背中(せなか)をタカヤから()えないように一発(いっぱつ)ペチンと(たた)いて、レンはなんとかしゃっきり()って()せました。


「さっきまであんなにお世話(せわ)してあげたのにひどいなーもー」


 ミオはブツブツ文句(もんく)()いながら自分(じぶん)背中(せなか)をさすります。


「ねぇねぇタカヤ()いて! あのウワサ本当(ほんとう)だったんだよ!」


 カズはあのトイレでいかに(すご)いことがあったかをそれはそれは(うれ)しそうにベラベラ(しゃべ)りました。


 それを()いていたタカヤはみるみる顔色(かおいろ)()わり、すぐにポケットの(なか)のエッグロケットを(にぎ)ってショースケにテレパシーを(おく)ります。


(ショースケ! もしかしてET(いーてぃー)仕業(しわざ)だったんじゃないか?)


(うん、まあね……この(あいだ)のローナグ星人(せいじん)さんだったんだよ、(ぼく)らに()いたくて学校(がっこう)(しの)()んで()たんだってさ。あ、タカヤのスペシャルサインあげる約束(やくそく)しちゃったから(かんが)えといて…)


 (つか)()ってすでに自分(じぶん)(せき)(すわ)っていたショースケはぐったりと応答(おうとう)します。


(え、スペシャルサイン……? よくわかんないけど大変(たいへん)だっただろ、怪我(けが)はないか? (なん)(おれ)()んでくれなかったんだ)


(えーと……だってさあ、タカヤは(かい)参加(さんか)してたでしょ。途中(とちゅう)()けたら、その……大変(たいへん)じゃん……)


 自分(じぶん)だけ評価(ひょうか)()げたかったという本当(ほんとう)理由(りゆう)()えず、ショースケは言葉(ことば)()まりながらしどろもどろに(こた)えました。


(そっか。(おれ)()(つか)ってくれたんだな、ありがとう。でも……)


 タカヤはポケットの(なか)のエッグロケットを(つよ)(にぎ)って(つづ)けます。


今度(こんど)(おれ)()んでくれると(うれ)しいよ)


 ショースケはうつむきながら、エッグロケットを指先(ゆびさき)ですりすりといじりました。


(……それは、(ぼく)一人(ひとり)じゃ(たよ)りないから?)


 今回(こんかい)(なん)とか一人(ひとり)()()れたものの、(けっ)して手際(てぎわ)のいい仕事(しごと)とは()えませんでした。


 本当(ほんとう)にギリギリで(すご)(あぶ)なかったことも自分(じぶん)(いや)()うほどわかっているショースケは、すっかり自信(じしん)()くしているようです。


 タカヤはそれに()がついたのか、(まえ)(せき)(すわ)っているショースケの背中(せなか)(やさ)しい()()つめました。


(ちがうよ、(おれ)がショースケと一緒(いっしょ)仕事(しごと)がしたいからだよ)


 ……そんな綺麗(きれい)(ごと)()いながら、自分(じぶん)何度(なんど)もショースケを()いて特級(とっきゅう)としての仕事(しごと)をしています。


 その事実(じじつ)(おも)うたびにタカヤの(むね)はじくりと(はげ)しく(いた)みますが…(ちい)さく(ひと)(いき)()いて、いつものように(なん)でも()(ふう)(よそお)(わら)って()せました。


(……ごめん、今度(こんど)はちゃんとタカヤのこと()ぶよ。だって(ぼく)たちコンビだもんね)


 ショースケはポケットの(なか)のエッグロケットを手放(てばな)すと(めずら)しく教科書(きょうかしょ)(ひら)いて、(かお)(まえ)(ひろ)げて(つくえ)()()しました。


「……そうだ! レン、カズ、ミオ。みんなに()てもらいたいものがあって……」


 タカヤは(うし)ろの(せき)から小刻(こきざ)みに()れるショースケの(かた)()()くと、わざと(おお)きめに(こえ)()して(さん)(にん)()び、自分(じぶん)(つくえ)(うえ)視線(しせん)(あつ)めるのでした。


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