メイドにはメイドの戦い方がある!!
初めての戦闘シーンです! そのせいか時間がかかってしまいました。そして読みやすいといいな〜と、割と本気で祈っています
「──おらおらおらおらぁっ! 所詮は口だけのクソガキかぁ!?」
「くそっ! この筋肉ダルマめ……!」
頭に血が上って啖呵を切ったはいいけど、今僕に勝算なんてものはかけらもない。正直絶体絶命のピンチだ。現にこうしてボルドーさんが軽く腕を振るっただけで吹き飛ばされてしまっている。ちっ……! とりあえずギフトを発動させないことには何も始まらない!! けど、そんな暇は与えてくれないし、どうしたもんかな……。
「ほれ、悠長に構えている暇はないんじゃないか」
侮蔑を込めたつぶやきが聞こえ顔を上げると──嘲笑を浮かべたボルドーさんが目前に迫っていた。
そして丸太ほどある腕を引き絞り、轟音を唸らせ明らかにオーバーキルな拳を繰り出す。
「にゃぁぁぁあああ!! 死んでたまるかぁっぁぁああ!!!!」
モンハンばりの緊急回避を見せ、何とか窮地を脱する。
──ズゴンっ!
絶対にただ殴っただけではしないはずの音が背後でなっている。あんな筋力値極振り野郎に正面から勝てるはずがない! ここは一旦距離をとって、様子を見るしかない。
全身砂埃まみれになりながらも、前転した勢いのまま起き上がりボルドーさんから離れる。そして緊張と疲れから大きく肩で息をする。準備運動もなしで動いたせいか体の節々が痛み、全身が冷水をかけられたようにヒンヤリとしていた。
ようやくまともにあの人を見れたな……。
徐々に戦闘態勢へと変わる思考の端でボルドーさんを分析する。
鋼鉄でできた全身鎧をつけているくせに動きは早く、軽く殴るだけで地面にクレーターを作る。そして僕がもう息を切らしているのに、向こうは疲れた様子すらないのだ。というか、鼻をほじって余裕をかましてやがる……! どこのガキ大将だよ!!
「はぁ。逃げ回ってばかりでつまらんなぁ。ギフトを発動する時間をやるから早く使えよ。このままじゃ相手にもならん」
バカにするでもなく、それが事実だと淡々と告げられる。実際その通りなんだけど、この僕──メイドに時間を与えたことを後悔させてやる!!!
「そうですか。なら遠慮無く使わせてもらいます──【福音顕現】!!!」
力を持つ祝詞と共に僕の中で【神々の祝福】が弾ける。そして、あたりを覆い尽くす金色の燐光と共にメイド服を纏った僕が現れる。
「…………っぷ」
唖然とした様子で見ていたボルドーさんから間抜けな声が漏れ、
「アヒャヒャヒャ!!!!! お前最高だわ!! 超おもしろーい!!!!」
堪え切れないとばかりに爆笑する。それでも足りないのか、苦しそうに息を切らせながら転げまわり、バンバンと地面を砕いていた。
明らかに舐めてくれちゃってるけど、僕にとっては好都合だ。正攻法で勝てないなら、奇策だろうが卑怯な手だろうが勝てばいいんだよ。さっさとボコって、シーシェさん達に土下座させてやる!!
「──ボルドーさん!! いい加減にしてください!! これでユウタくんが戦えないのはわかったでしょう。もうバカなことはやめてください!!!」
響き渡る笑い声を打ち消し、コゼットさんの凛とした声が場を支配する。
いつの間にか集まっていたギャラリーは静まり返り、コゼットさんを注目している。しかしそんな視線を物ともせず、コゼットさんはボルドーさんの元まで進んだ。
「まったく。あなたは何をやっているんですか。ユウタくんはまだ子供です。しかも戦闘系の能力は持っていないんですよ!? 戦うなんて無理です。今すぐこんな不毛なことは終わりにしなさい」
「ええ〜。つまらんなぁ。ここまで来て何もしないなんて興醒めだ。それに──あのボウズもやる気みたいだぞ」
「──え?」
ボルドーさんに釣られてコゼットさんが僕を見る。そしてその顔が驚愕に染まった。
「ゆ、ユウタくん!? どうしてそんな格好をしているの!!?」
今にも卒倒しそうなコゼットさん。それもそのはずだろう。2人が話している間に、僕は戦闘準備を終わらせていたんだからね。そう──ネコミミと尻尾をつけてね。
「ガッハッハッハ! 本当に奇天烈なガキだ。ふざけているのかと思ったが、そうじゃない。明らかに存在感が増している。どうやら、それがギフトの能力みたいだな」
「ええ。ものすごく恥ずかしいですけど、性能だけは保証しますよ」
「そうみたいだな。こんな愉快な奴は久しぶりだ。ボウズ、逃げたりしないよな」
「もちろんですよ。こんな恥ずかしい格好しといて、今更逃げ出すわけないじゃないですか」
「そうかそうか。そいつは重畳だ。ならさっそく──「待ちなさい!!」 って、コゼット。まだ居たのか」
一触即発の空気が漂い臨戦態勢が整うと、コゼットさんの声が割り込む。
……僕も一瞬忘れてたよ。
「居ましたよ!! どうして戦う流れになっているんですか!?」
そんな失礼な感想を抱く僕をよそに、必死にボルドーさんに喰いさがる。しかし、僕もボルドーさんも取り合わない。コゼットさんには申し訳ないけど、これは避けられない戦いなんだ!
「コゼットさん。お気持ちは嬉しいですが、今回は止めないでください。僕にも譲れないものがあるんです」
「そうだぜ。男の戦いに口を挟むなんて無粋な真似はよせ」
僕たちに素気無くあしらわれ、困惑するコゼットさん。助けを求め周りを見渡すが、ここは冒険者ギルド。常識的な人の方が圧倒的に少ないのだ。止めようとする奴なんていない。むしろ賭け事を始めちゃってるし……。
いよいよどうしようもなくなったコゼットさんが、憂いを帯びた瞳で僕を見つめる。
……心苦しいが、ここは退いてもらおう。
「コゼットさん。僕はシーシェさん達を侮辱された以上、何があっても立ち向かわなければいけないんです。今回だけは僕のわがままを許してください。埋め合わせは必ずします」
真摯に僕の気持ちを伝える。……メイド服のせいで格好はつかないけどね。
「はぁ……。わかったわ。これ以上何か言っても無駄でしょうし、気の済むまでやりなさい。でも、後で色々してもらうからね」
「ありがとうございます! 必ず約束は守ります!!」
茶目っ気ったぷりにウィンクをして、闘技場の端まで退く。そして残された僕たちを阻むものはもう存在しない。
かなりの人数に見守られ、自然と緊張感が高まっていく。先程までおちゃらけていたボルドーさんも、笑っているのは変わらないが雰囲気がまったく違う。戦闘に向けて鋭さを増していた。
「そんじゃあ、やるか。あっさり死なないでくれよ──」
気負いもなく発した言葉をきっかけに戦いが始まる。先手を取ったのはボルドーさんで、その巨躯に似合わない速度で突っ込んで来た。
風を切り裂き、大地を唸らせ、疾駆する。どんなに性格が破綻していようが、猛者の集まるギルドの教官だ。その動きはヘタレもやしの僕に追えるものではない。今までは──
「──なっ!」
下半身に力を込め、ギリギリまで引きつけたボルドーさんに猫騙しをする。
パン! 乾いた音と僕の突然の行動に動きが一瞬止まる。その隙を逃さず、溜めていた力を爆発させ、無防備な男の象徴に向かって膝蹴りを繰り出す。
ピキィィン!!
僕の渾身の一撃は、紅い魔法陣と甲高い音に阻まれまったく通用しなかった。
「あっぶね! なんつうエグい事をするんだ!! お前も男だろ!!!」
「男だからこそ狙うんです!! まったく効いていませんが!!!」
クソ! やっぱりギフトの制約のせいでダメージを与えられない。本当に厄介だよ、まったく!
『当たり前でしょう。神から与えられたギフトは絶対です。そんな無駄な事をしていないで、早くギフトカードを使いなさい』
あ! 君は眼鏡ユウタ!! こんな時に何の用だ!!!
『こんな時だからこそです。言っていませんでしたが、私達脳内会議のメンバーは、ギフトの取扱説明書です』
ええ! そういう重要な情報は早く言ってよ!! どうでもいい事ばかり話してないでさ!
こいつらが今まで僕にくれた恩恵などなかった。というか余計な事を吹き込まれて失敗したよ! トリセツならもっと教えることあったでしょうに!!
「オラオラオラァ!! 威勢がいいのは最初だけか!!!」
「うぉっ! あぶなっ!!」
眼鏡ユウタとの会話に集中していたら、目の前にボルドーさんが迫っていた。やっぱり戦闘中に考え事をしている余裕はない。
嵐のようなボルドーさんの連打。今は大振りだから避けられているけど、これがジャブとかに変わったらマズイ。一撃受けたら即KOだ。
耳元でブォン! と大気すら穿つ拳が振り抜かれる。ネコミミによって強化された身体能力で躱しているが、それも長くは持たないだろう。体力よりも集中力に限界がきそうだ。
『随分と苦戦していますね。ギフト本来の力を使えばもっとマシな動きができるでしょうに』
出たな! もったいぶらずに教えてくれよ!! そろそろ限界なんだ!!!
『いいでしょう。1つ助言を差し上げます。貴方は箒を随分無茶苦茶に使っていましたが、あれでは足りません。このギフトの能力は、使用者の認識に依存します。つまり考え方次第で、もっと応用が効くということです。例を挙げるとすれば、貴方が冗談で考えていたことすべてができると答えておきましょう。それでは頑張ってください』
あ、ちょっと待ってよぉ!!!
言いたい事だけ言って眼鏡ユウタは消えて行った。あのヤロぉ、次会った時は絶対に締めてやる!!
確固たる決意を秘めながら、さっき言われた事を思い出す。
僕が想像していたことができるなら、制約の穴を潜り抜けることは可能だ。しかし、それはボルドーさんを殺すことになる。さすがに殺人は避けたいところだけど、このままじゃジリ貧だし……。ああ、もう! やれるだけやってやる!!!
「とりゃーっ!」
下から捲き上げるようなボルドーさんのアッパーにタイミングを合わせ、身軽になった体をフルに使い距離を取る。フワリ。と浮遊感に包まれ、空中で一回転し着地した。
「ふぅ。躱すのだけは一人前だな。だが、そろそろ別のこともしてくれねぇと決着をつけちまうぜ」
随分と余裕があるボルドーさんだが、彼が本気を出していないのは明白だ。ギフトはもちろん武器すら使っていない。仮にどちらか一方でも使用されていたら、もう僕は立っていないだろう。それに僕が肩で息をしているのに対して、ボルドーさんは汗一流していない。ためらっている暇はなさそうだ。
「はぁ……。ゆっくり検証している時間も無いけど、やらないよりはマシか」
ギフトカードから箒を取り出す。どこまで通用するかは未知数だが、せめて一泡吹かせてやる!
「お! 今度は何をするつもりだ? 本当に愉快な奴だな〜」
「……笑っていられるのは今のうちですよ。すぐに吠え面かかせてあげます!」
自分への鼓舞も兼ねて大声を出し、全力で箒を振り下ろす。この箒の能力は、僕がゴミと認識したものを吹き飛ばすこと。それを指向性を持たせてやれば──
「っち! 目潰しか!!」
特大の砂埃を起こすことができる。そしてできることはそれだけじゃ無い!! 生命と認識されているものじゃ無ければ、何でも消し飛ばすこともできるんだ!! ここからが僕の反撃だ!!!
未だ一面を覆い尽くす砂塵の中に突っ込み、今度は回転を加えて砂嵐を作り出す。これで完璧に視界は潰した! 次は足を止める!!
「でやぁっぁぁああ!!!」
完璧に背後を取り、渾身の力で箒を振り下ろす。即座に反応したボルドーさんだが、自分が何をされたのかわからずキョトンとしている。
「なんだぁ? そんな箒じゃ俺を倒せんぞ」
「知っています。別にこの箒で殴ろうなんて考えていませんよ。ただ僕は履き飛ばしただけす。 ──貴方の足元の摩擦を」
「はぁ! た、立てねぇ!!!」
そう。僕が吹き飛ばしたのは、ボルドーさんの足元の摩擦。さすがに一時的にしか消せないが、足止めには十分だ。空を飛べない限り絶対に動けないはず。次でトドメだ!!
「これで終わりです。──メイド力全開!! 行け、ファンネルたち!!!!」
シュバババば!!!
砂塵を消し飛ばしながら、10枚の雑巾が僕の周りを衛星のように飛び回る。そしてボルドーさんの顔面へと殺到する。
「ふほっ! なにほしやはるんだ!!」
ベタベタ! と濡れた雑巾がボルドーさんの鼻と口を塞ぐ。そのせいで何を言っているのかわからないよ。
濡れた雑巾は接着剤でも使ったかのようにボルドーさんから離れない。雑巾を剥がそうとしても、地面の摩擦が消えたせいで力が入らず無駄な抵抗に終わっている。ツルツルと氷の上で転んだかのように、その場でもがき続けていた。
……さすがにしぶといな。だめ押しでもう一発かましてやる!
「てぇぇい! いい加減くたばって下さい!!」
鬱陶しくなってきた砂嵐ごと、ボルドーさんの周りの空気を消しとばす。これで完全に呼吸ができなくなったはずだ。
僕はボルドーさんから距離を取り、動きが止まるのを待つ。迂闊に近づいて反撃を食らうのだけは避けたいからね。ここまできて逆転なんかされてたまるか!!
騒がしかったギャラリーも静まり返り、ボルドーさんの呻く声だけが響く。そしてついに窒息したのか、力無く雑巾を掴んでいた腕が地面に落ちた。
「やったか……!」
ギャラリーの冒険者からつぶやきが聞こえてくる。
バカやろう!! それはフラグだよ!!!
嫌な予感がバリバリする中、ボルドーさんが背中に挿した大剣へと手を伸ばす。そしてつかを握った瞬間──空が割れた。
「……は? はぁぁっぁぁぁぁあああ!!!!」
今何が起こったの!! 全然理解できないんだけど!!!
その気持ちはみんな一緒だったのか、至る所から叫び声が聞こえる。
確かボルドーさんが剣のつかを握った瞬間、この場から音が消えた。そして顔を覆っていた雑巾を切り裂き、その余波で大空を流れていた雲が両断されたと……。おかしいよ!! どんなチートだよ!!!
口を開けたまま動けない僕をよそに、荒い呼吸を繰り返すボルドーさんが立ち上がった。
やばいぃぃぃ!! 摩擦も空気も元に戻ってるよ!! このままだと殺されそうぅぅぅ!!!
「ふぅぅぅぅ……。死ぬかと思ったぜ。こんなに死が短に感じたのは久しぶりだ。心が高ぶる高ぶる……」
どこぞのバーサーカーみたいに、フラフラと剣を引きずり近づいてくる。その姿は幽鬼の様で、現実離れした恐怖を人々に植付けた。
「あわわわわわ……マズイよ……」
心底嬉しそうに、ガハハ! と高笑いをあげるボルドーさん。その手に握られた無骨な大剣。その鈍色に輝く刃は飾り気のない分、生命を断ち切ることに特化した武器特有の狂気的な美しさを放っていた。
「ボウズ──いや、ユウタ。お前を侮っていたことも、シーシェ達をバカにしたことも謝る。だからここからは、思う存分殺し合おう!!!!!!」
「にゃああああああ!!! 僕は全力で遠慮したいですぅっ!!!」
「あん? そう釣れないことを言うな。多分殺しはしないから、安心してかかって来い」
「全然安心できないです!!!!!!」
多分って何よ!! 絶対やる気満々だもん。このままじゃ殺される!!!
「しょうがねぇな〜。あと一回お前が、俺を満足させたら終わりにしよう。だから──死ぬ前に満足させてくれよ」
「結局殺されるんじゃ無いんですかぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
この人イっちゃてるよ!! 笑いながら斬りかかって来るんだも!! 超怖い!!
さっきまでの拳とは違い、一つ一つが死に直結する斬撃。今は単調な攻撃だから凌いでいられるけど、この箒って剣と斬り合えるの!? 雑巾がなくなった今、武器はこれしか無いんだよ!!!
「ほれほれ。もう限界か!」
上段から迫る斬撃を箒で受けようと構えると、剣の軌道が変わり突きへと変わる。
おわっ! 危な!!
足を前に投げ出し、背中を打ちるける。受け身を取れなかったせいで衝撃が体を走り、息が止まった。
うにゅ……っ! 子供相手になんて容赦がないんだ! そろそろ体力が限界だよ!!!
軋む体に掠れる視界。そして倒れた僕にトドメを刺そうと、ボルドーさんが高々と上げた足を躊躇いもなく振り下ろす。
鍛え上げられた筋力と、脅威から守るために備えられた鎧の重量。全てが合わさって、必殺の威力を持って迫る。
ああ……。僕は死ぬのかな……。
どこか他人事の様に目の前の出来事を眺める。
今まで戦闘経験もなかったなのに、頑張った方だよね。平和な日本の学生にはこれが限界だよ……。と言い訳を心の中で呟くが、悔しさがこみ上げて来る。
このまま適当な理由でやられてたまるか!!! 僕はシーシェさん達と添い遂げるんだ!!!!
「あぁぁあああっ!!!!」
蝋燭の火が燃え尽きる直前に一番燃え盛る様に、魂から力を振り絞る。決して意識した行動ではない。けれど本能のままに、握り締めた箒で死神の鎌となった蹴りを受け止める。
シュワァァァ!!
溢れる空色の泡沫。ただの竹箒など、鍛え上げられたボルドーさんの蹴りで粉砕される。誰もが当然のことのように思ったその瞬間。神々がもたらした祝福によって奇跡が起きた。
「な! まじかよ……。俺の蹴りを消し飛ばしやがった!」
驚愕によって見開かれた瞳。そこに映るのは、息も絶え絶えな少年だけ。しかし長年冒険者として戦い続けていたボルドーだからこそ、今ユウタがした事の重大さを体で理解する。
そして堪え切れないように、ガハハと満足げに笑う。
「ほんと、愉快なガキだぜ。お前は合格だよ。根性は微妙だが、潜在能力だけは認めてやる。というか、まじで面白いわ〜」
1人納得したように笑うボルドーさんに、周りの全員がついていけない。
……僕は助かったのかな? 状況が全く読めないんだけど……。
「ほれ、いつまで寝転んでいるんだ。早く起きろ」
「ふぇ!?」
強引に腕を掴まれ、そのまま体を引き起こされる。
本当に怪力すぎるでしょ! 軽く引っ張られただけで体がちぎれそうだよ……。
痛みに涙目になる僕は、せめてもの反撃に睨んで見るが気付いてすらもらえない。この図太過ぎる神経。少し見習ったほうがいいかもしれないな。
「──ユウタくん!! 大丈夫? どこか痛いところはない!!?」
ムギュウ! 不意打ちのように、駆け寄ってきたコゼットさんに抱きしめられる。
その衝撃で痛めていた体にさらなる激痛が走るが、それ以上に安心感に包まれた。
ふあっ……。コゼットさんの体温が、僕の体に染み込んで来るようで気持ちいい……。なんか全てがどうでも良くなりそう。
「もう! 無茶ばかりするんだから、ヒヤヒヤしたじゃない!! もしユウタくんに何かあったら、シーシェ達になんて言えばいいいのよ……」
「あう……。ごめんなさい……」
そうだよね。心配をかけちゃったよね……。熱くなりすぎて、他のことを考えていなかったよ……。
「反省しているならいいのよ。今は治療室に行くのが先なんだから。と、忘れていたわ。
その前にボルドーさん。ミラベルさんが秘書室にあなたを呼んでいるわよ。早く行ったほうがいいんじゃないですか」
「なっ……! ミラベルだと!? それを早く言えよ!! 殺されちまう!!!」
「ユウタくんをいじめた罰です。今回のことも報告してありますし、たっぷり絞られて来てください」
「がぁぁぁぁあああ!! あの冷血女のとこなんて行きたくねぇ!! このままばっくれてやる!!!!」
ミラベルという名前を聞いた瞬間、傲岸不遜だったボルドーさんの表情が崩れた。
全身から血の気が引き、顔が引きつったまま固定されている。ミラベルさんてどんな人なんだろうか……すごく気になる……。
「あの残念な人は置いておといて、私達は治療室に行きましょう」
文字通り弾丸のように走り去ったボルドーさんを一瞥して、興味がなくなったように僕に向き直る。先ほどまでの冷徹な表情は身を潜め、今は慈愛に満ち溢れていた。
『ぎゃあああああああ!!! でたぁぁああ!!!』
『総員。速やかに捕獲しなさい。殺さなければどんな手段を使っても構わないわ』
『『『『承知いたしました、我らが女神よ!!!!!』』』』
ズドドド。とギルドの広間では大立ち回りが繰り広げられている。人垣に紛れて見えないけど、あの中に件のミラベルさんがいるのかな。怖くて確認出来ない。
「ボルドーさんも処刑される事だし、ユウタくんもあの人の事は忘れなさい。それよりベッドに座って休んでいてね」
ボルドーさん必死の抵抗をゴミクズでも見るように眺めてから、1階にある治療室に入って行く。最初は保健室みたいだと思ったけど、全然違った。そんな生易しいものじゃなくて、ただの研究室にベッドが置かれているだけだ。
部屋に一歩踏み入れるだけで、強烈に漂う刺激臭が肺を満たす。理科準備室とかもこんな匂いがした気がする。
コゼットさんはもう慣れているのか、乱雑に置かれた薬品の間をすり抜け奥に進んで行く。この清潔感とかけ離れた部屋の奥には、冒険者ギルドの治療室を預かることに納得してしまう人が居た。
「なんだ、来客か。私は死にかけの人間しか見ないぞ」
こちらを見ることもせず、カップを傾ける女性。椅子に深く座り、白衣を着崩す。なんともやる気のない姿だが、どこか退廃的な美しさが漂っている。目の覚めるような金色の髪を後ろで一つにまとめ、頭を動かすたびに揺れて居た。
「またそんなことを言って……。この前、両足を失ったシキさんを『つまらん』とか言って放り出して居たじゃないですか」
「あの男は私の顔を見るたびに口説いて来てうざかったのだよ。それに、翌日にはピンピンして居たじゃないか」
「まあ、ゴキブリみたいな人ですからね……1度口説かれたら30回は口説かれる。ある意味ゴキブリより厄介な人ですからね」
……そこまで言われるシキさんって、どんな人なんだ? 多分、昨日酒場でエルネスタさんに折檻された人だと思うけど……。
「あいつの話はやめよう。口が汚れるからな。それで、私はその少女を治せばいいのか? 見た所軽症だが」
「あ、はい。ユウタくんを治して欲しいんです」
「ん? ユウタ君? この子供は少女じゃないのか? メイド服を着ているのに」
あう……! その視線が痛いです……。
「あ〜……これがこの子のギフトでして……」
「なるほど。興味深いな。どれ、診察してやるからこっちに来たまえ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ちょいちょい。と手招きをされて、セツナさんの前の椅子に座る。うっすらと残る血の跡が不安を募らせた。
「あ〜、なんかアレだ。擦り傷とか打撲とか、そんな感じ? とりあえず回復魔法をかけておくから、お大事に〜」
え! これで終わり!! 早くない!!!
「ほう……。大事に至らなくてよかったわ。セツナさん、ありがとうございます」
「職務だからな。気にするな」
慌てる僕を放置し、2人はやりきった表情をしている。……セツナさんは微妙にわかんないけど。
というか回復魔法をかけるって、僕はなんにもしてもらっていな──え!
「な、治ってる……!」
ただ座ってただけなのに、体の痛みも、擦り傷も全部なくなっていた。いつの間に治療してくれたんだろう? 全く気づかなかったよ。
「当たり前だろう。この私が治療したんだからな」
変わらない表情だが、どこか褒めて欲しいオーラが出ている。案外子供っぽい人のようだ。
「うふふ。セツナさんはすごく優秀なのよ。皇室から勧誘が来たくらいなんだから」
「ほぇっ! 本当に優秀なんですね〜」
こんなに変な人なのに。
「ふむ。事実だが改めて言われると照れるものだな。今日は機嫌がいいし、少年に回復魔法を教えてやろう」
「本当ですか!! 是非教えて欲しいです!!!」
「いい返事だ。コゼット、この少年を借りるぞ」
「もちろんいいですけど、セツナさんが人に教えるなんて珍しいですね」
本当に意外だとばかりにコゼットさんが呟く。今日は驚いてばかりだね。厄日なのかなぁ。
「そうか? 私は自分の興味があることしか記憶しないからな。全くわからん」
なんで一番この人が不思議そうにしているんだろう。自分のことなのに……。
「相変わらずですね。ふぅ、私は仕事があるので失礼します。ユウタくんをよろしくお願いしますね」
「軍艦に乗ったつもりでいろ。見事に冒険者の色に染めてやるからな」
「それはやめてください! ユウタくんも余計な事は覚えなくていいからね!!」
「わ、わかりました。コゼットさんもお仕事を頑張ってください!」
「ありがとう。セツナさんは腕は確かだからね。しっかり教えてもらうのよ」
「はい!」
名残惜しそうに、散乱した薬草を避けコゼットさんが扉の奥に消える。そして、バタン。扉の閉まる音を最後に、治療室を静寂が支配した。
……魔法を習うのはいいんだけど、セツナさんと2人っきりっていうのはな〜。不満は無いんだけど、不安はめっちゃある。正直どうしたらいいかわかんないな……。
落ち着かなく椅子に座りなおしていると、セツナさんは空になったカップにおかわりを注ぐ。トポトポと芳醇な香りと共に紅茶が注がれるが、直ぐに薬品の匂いと混ざり打ち消されてしまった。それにしても、すごい光景だよね。部屋のどこを見ても、実験器具か得体の知らない材料・血のついたベッド。心休まるものが一つもないんだもん。
「さて、少年よ。君は魔法についてどれだけ知っているんだい?」
紅茶を飲み一息ついたセツナさんが、僕を主面から見据えて聞いて来た。
「え〜っと、ほとんど知らないです……」
「そうか。なら好都合だな。余計な先入観を持たずに学べるのは貴重な事だ。運が良かったな」
「はぁ。ありがとうございます」
「うむ。ではざっくりと説明してやるから、なんとなく覚えろ。どうせ言葉で聞いても理解できないからな」
それなら説明しなくてもいいんじゃないかな?
そんな謎の前置きをしてから、こちらが驚くほど早口で説明し始める。
「魔法というものは、魔力によって起こされる現象だ。それ以上でもそれ以下でも無い。よく神聖視するアホがいるが、それは間違いだ。よく覚えておけ」
吐き捨てるように言葉を紡ぐセツナさん。何か嫌な思い出でもあるのかな?
「まあ、魔法というものは、極論魔力を持つものなら誰でも使える。一応属性ごとに適正。──つまり相性があるわけだが、使うだけならそんなものは関係無い。ただの妄想だ。あくまで才能があるかどうかの指針でしかなく、魔法を諦める理由にはならないのだ。……ちなみに、こんな事は学校では教わらないからな。教師たちは、絶対に反対のことを言う」
「へぇ〜。なんでですかね? セツナさんの教えの方が、絶対に支持されそうなのに」
「……世の中には自分の思想しか信じられないものがいるんだよ」
あれ、余計なこと言っちゃったかな……。
そんな微妙な空気を察してくれたのか、切り替えるように咳払いして説明を再開してくれる。
「んんっ。それで魔法の発動についてだが、これは簡単なことだ。魔力を使い何をしたいかを具体的に想像するだけ。さらに言えば、それに必要なプロセスを頭の中に思い描くことだな。それさえ出来れば、魔法など難しく無い。難しく考えないで、ノリと勢いでやってみろ」
ぐっ。親指立てていい顔をしているセツナさん。そんな『早く試してみろ』と訴えられても僕にはできませんからね!
「あの……。僕は魔力を使ったことがないんですが……」
「何を言っているんだ? 少年は昨日からずいぶん派手に使っていたはずだ」
「ふえっ! いつですか!? まったく身に覚えがありませんよ!!!」
魔力なんてファンタジーな物を使った記憶はない。僕はただのパンピーなんだ!
自分の体をふにふに触ってみるが、特段変わっているところはない。セツナさんの勘違いじゃないかな? 今日初めて会ったわけだしね。
「君という奴は……。ギフトを使用するとき、何か力を感じなかったかね? ギフトは魔力を媒介として発動しているんだよ」
「本当ですか!! じゃあ、あの湧き上がってくる力が魔力だったんですね!!!」
「だからそうだと言っているだろう。察しの悪い子だ」
まじか……。あの力が魔力だったなんて……。それに、僕の体にも魔力って宿ってたんだね。衝撃的だよ。
まあ、無事に魔力についてわかったんだし、良しとしておこう。これから魔法使いになるんだ! テンションを上げていこう!!
ため息をつくセツナさんを放置し、自分の体の中に巡る血流に意識を集中する。ふぅ……。体の中から余分な物を吐き出し、体の芯から湧き上がっている力──魔力を感じ取る。もっと分かりにくいかと思ったんだけど、ギフトを通して何度も使っていたせいか知覚するのは簡単だった。
──本番はここからだ!
今までギフトに任せていた魔力の運用を、今度は意識して行う。
研ぎ澄まされていく感覚。自分の内に眠る熱く滾る魔力の奔流を感じ取り、ゆっくりと手のひらに集めていく。
僕がイメージするのは一つ。ただ火をつけるだけ──
徐々に高まっていく魔力。明確に火がつく瞬間を想像し、空気中の酸素も集める。すると僕の手は紅く明滅し、極限まで練り上げられた魔力が空想が現実となる。
──しゅぼっ
「で、できたぁぁあ!!」
「むっ! まさか本当に使えるとは……驚いたな……」
「僕はその言葉に驚きましたけど、今はいいです! 魔法を使えたことの方が嬉しいですから!!」
手のひらで煌々と燃える炎。不思議と暑さは感じないけど、紛れもなく僕が生み出した炎だ!! テンションが上がらないわけがない!!!
椅子から飛び降り、室内を走り回る。こんな嬉しいことなんて、今までなかったんじゃないかな!? 思考がぶっ飛ぶくらい興奮するよ!!!
「あ〜……喜んでいるところ申し訳ないんだが、一つだけいいか?」
自分で作り出した炎に指を入れていると、遠慮がちにセツナさんが話しかけてきた。いつの間にか近寄っていたのか、振り向くと目の前にいたのだ。
「どうしたんですか? ──あ! まだお礼を言っていませんでした! セツナさん、ありがとうございます!! 貴方に教わらなかったら、こんなに魔法を使えなかったです!! やっぱり、すごく優秀なんですね!! 尊敬しちゃいます!!!」
「………………こんな無邪気な子に、無慈悲な現実を突きつけなくてはいけないのか……」
セツナさんが何か呟いているけど、炎が燃える音で聞こえない。よく考えればここは室内だし、消しといた方がいいだろう。
魔力の供給をやめると消えた炎を見て満足し、嬉しさのあまりセツナさんに抱きつく。せっかく魔法が使えたんだし、このくらいは許してくれるよね!!
「……少年よ。君が作った炎を見て疑問に思わなかったかい?」
「ふぇ? 疑問ですか? 特にはないですが、挙げるとするなら触っても火傷ないことですかね。確かに熱を感じるんですが、不思議と適温なんです」
「そうか。その事実と、君のギフトの制約を照らし合わせて考えて見てくれ。私の言いたいことがわかるはずだ」
「?」
ギフトの制約と照らし合わせる? なんでそんなことを言うんだろう。ギフトの制約って、生きているものに危害を与えられない──っは! まさか……いや、そんなバカな……!
「気づいたようだな。少年はいくら強大な魔法が使えようとも、決して他人を傷つける事ができないのだよ」
「むにゃぁぁぁぁぁああ!!! またそのオチですかぁぁぁぁあああ!!!!」
どうして!? 僕は絶対に戦えない運命なの!!? ようやくシーシェさん達を守れる方法が見つかったと思ったのに!!!
「少年よ。私で務まるかわからないが、思う存分甘えるといい。多少は気がまぎれるだろう」
崩れ落ちそうになる僕を抱きしめ、慰めるように背中をさすってくれる。僕はその優しさに甘えるように、セツナさんに抱きつき泣くのであった──




