何事も捉え方は人それぞれです!
少し長くなりそうだったので、一旦ここで区切りました!
「昨日は散々だったなぁ」
随分と慣れて来た異世界での目覚め。ボ〜ッとする頭で、僕の横で幸せそうな寝息を立てるシーシェさんを見つめる。
陽光に照らされた金色の髪は、神話に語られる女神のようだ。安らかな寝顔はあどけなさを残し、ついつい見つめてしまう可愛らしさを持っていた。
「……この人が、昨日あんだけ野菜嫌いしていたなんて、全然想像でき無いよ……」
ジルさんのお店を出た時からレーテさんに抱っこされていた僕は、結局台所に入れてもらえず、夕食がステーキになることを止められなかったんだ。一応スープの中に野菜は入っていたけど、それは微々たるものだったし……。
みんな曰く、『別に野菜が嫌いなわけじゃないんだよ! ただ食指が動か無いだけ!!』とか、『そんなもの食わなくても行きていける』なんて言われたら反論でき無いよね〜。
この前僕が作ったナス料理は美味しかったらしいんだけど、自分達で作る気力が湧かないそうです。本当にお手上げだよ……。
「とりあえず野菜は確保することができたし、毎食少しづつ出していこう!」
小さい子に野菜を食べさせるお母さんのような気持ちで、朝食を作るべく台所に向かう。今日は仕事がある日なので、みんな支度に忙しそうだ。……シーシェさん以外。
「ユウちゃん。おはようございます! 今日も愛らしいですね!」
考え事をしていると、エプロン姿のレーテさんが挨拶してくれた。軽やかなステップを踏みながら調理する彼女の姿は、いかにも理想のお嫁さんといった感じだ。朝から癒しをくれたことにお礼を言いたいところだけど、背後にそびえる肉の山がそれを阻む。
朝からあの量を食べるのは、勇者すぎると思うよ……。
「……おはようございます。レーテさんこそ、今日も可愛いですね」
若干棒読みになってしまったが、これは僕の本心だ。ただ後ろの肉の山が残念すぎるよ……。
「────っえ! 可愛いだなんて……ユウちゃんもお上手なんですから……!」
いやんいやんと体をくねらすレーテさん。どうしてあんなに悶えているかはわからないけど、今のうちに何か作っておこう。このままじゃ、またお肉だけの脂ギッシュな朝食と成ってしまう。
ギフトカードから調理器具を出し、冷蔵庫を覗き込んでみる。パパッと作れるものがいいんだろうけど、サラダなんてみんなは絶対に食べない。 となると何を作るかが問題だよね。
「どうしようかなぁ。主菜と副菜はあるみたいだし、汁物がいいな〜」
昨日買った野菜を並べながら、献立を決定する。とりあえず、今日はポトフを作ろう。本当は味噌汁を作りたいところだけど、レーテさんがパンを用意しているし、また別の機会に披露しよう。
作るものが決まったことだし、早速調理を開始していく。なんだかんだ言ってみんな忙しいみたいだし、早めに完成させないと食べてもらえないもんね。
「ふぁ〜……おはよう〜、いい朝だね〜!」
「まったく。最近寝過ごしてばかりじゃないか? まるでディアみたいだ」
「……その発言の意味がわからない……私は寝坊したことはない……」
「確かに寝坊したことはないが、丸一日眠ってたことはあったよな」
「……それは寝続けていただけで、決して寝坊ではない……イルザは低脳すぎる……」
「ほほう。また喧嘩を売っているのか──ぶっ潰すぞ」
「……やれるものならどうぞ……逆にひん剥いて童貞達の前に放り出してやる……!」
「はいはい! 仲がいいのはわかったから、早く席に着こう! レーテとユウタ君が朝食を作ってくれてるよ!!」
「「むぅ〜〜……」」
レーテさんと配膳をしていると、シーシェさん達が身支度を終えてリビングに入ってきた。食事が終わったらすぐ出かけるようで、鎧やローブを着込んでいる。そのせいか、いつもの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、戦士のような凛々しい風格が出ている。
じゃれあっているのは変わらないみたいだけどね……。
「皆さんおはようございます! もう朝食の準備はできているので、席について下さいね〜」
「あ! おはよう、ユウタ君! お手伝いありがとね〜!」
「おはよう。ユウタはどこかの根暗チビと違ってえらいな」
「……おはよう……本当にユウタはいい子……何処かの年増と違ってね……」
「こら! また喧嘩しちゃダメだよ! 今日は遅刻しそうなんだから、早く食べなくちゃ」
「一番遅くまで寝ていた奴のセリフじゃないな。そうだろう、ディア?」
「……同感……ねぼすけシーシェは人のこと言えない……」
「うっ……! こういう時ばかり息を合わせるんだから……はぁ。もういいから早く食べ始めよう。冗談じゃなくて本当に遅刻しちゃいそうだしね」
イルザさんとディアさんのコンビネーションアタックを食らったシーシェさんは、肩を落としながら席に着く。他の2人も時間がないことはわかっているようで、からかうのをやめてステーキを食べ始める。
「まったく。時間がないことはわかっているでしょうに。あなた達は余計なことをしすぎですよ」
「そうそう。いちいち突っ込む私の身になってほしいよ!!」
確かにこの家には、シーシェさんしか突っ込む人はいない。意外と負担が多いのかもしれないなぁ。
「そんな律儀に反応しなければいいだけだろ。お前は真面目すぎだ」
「むぅ〜! 私かレーテが止めないと、いつまでもふざけ続けるじゃない!」
「……別にふざけてはいないよ。。年増で彼氏のいない寂しいイルザにかまってあげているだけ」
「ほう? またヤル気みたいだな。今すぐその減らず口を閉じて──いつっ!」
「うふふふ……。食事中に騒がしくしてはダメですよ???? それくらいわかりますよね????」
「わかった! わかったから、ナイフを向けないでくれ!!」
音もなくナイフを構えたレーテさんに、みんなの背筋が伸びる。なんだかんだ言って、レーテさんが一番怖いんじゃないだろうか……。
「──ユウちゃん。何か私に言いたいことでもありますか?」
「ないです! 全くこれっぽっちもありません!!」
「そう? ならいいんだけど……」
ひぃぃぃ!! 心の中を見透かされている気がするよ! 迂闊なことを考えると寿命が縮まりそうだ……。
嫌な汗を背中にかきながら、ホカホカと湯気を立てるステーキにナイフを突き立てる。分厚すぎて思いっきり刺さないと、肉が切れないんだよね〜。しかも脂身だからカロリーが高いし、朝から胃もたれしちゃいそう……。
「あ! そういえば、皆さんは何時に帰ってきますか? それと、夕飯入りますか?」
色々あって忘れてたけど、これは聞いておかなきゃダメだよね! 帰ってくる時間がわからなければ下準備も始められないし、家事の予定も立てられない。
──それに、今夜こそは野菜を食べてもらわなくちゃ!
「う〜ん……多分七時ぐらいには帰ってくるよ! あと、ユウタ君の夕飯が楽しみだよ!」
「そう言ってもらえると作り甲斐があります! 腕によりをかけて美味しい夕飯を用意しますからね!!」
ふふふ……! 最高に美味しい野菜料理を用意しますからね……! それに今日は、昨日こっそり買ってもらった秘密兵器がある。みんなの驚いた顔が楽しみだよ!!
「ユウタの夕飯か。確かに楽しみだな。クエストに行く気力が湧いてくるよ」
「……この前の夕飯は美味かった……今回も期待……」
ぺろっと1キロあるステーキを平らげた2人が、食後の紅茶を楽しんでいる。僕の料理を楽しみにしてくれるのは嬉しいけど、この量を食べた後によく食べ物のことを考えられるよ……。
胸焼けする体を無理やり動かし、食べ終わった食器を台所に運ぶ。今からみんなを見送りするから、食器は水に浸しておこう。
片付けを全部終わらせて玄関に行くと、フル装備のみんなが居た。剣や大鎚を持った姿を見ると、歴戦の戦士のように見える。こういった武器を持つのが普通なんて、本当に僕は異世界にいるんだな〜……。
「それじゃあ、ユウタ君。いってくるね! 知らない人が来ても、家に入れちゃダメだよ!」
「子供じゃないんだから大丈夫ですよ! 安心して行ってきてください!!」
「……お前は子供だろう。ま、しっかりしているがな」
「────あ」
忘れてたけど、僕は今子供だったんだ……。
「うう〜……やっぱり心配です!! 私は家に残って、ユウちゃんと一緒に過ごします!!」
僕じゃ動かすこともできない大鎚を放り投げて、滂沱のように涙を流すレーテさん。
僕ってそんなに頼りないかなぁ……。
「無茶言うな。この前1人でも大丈夫だっただろう。少しはユウタを信用してやれ」
呆れたように嘆息して、肩をすくめるイルザさん。あの地面が陥没するぐらい重い大鎚を、片手で持ってるよ。どんな怪力しているの!?
……でも、少しは信頼されてたんだなぁ。なんだか嬉しくなるよ!!
「でも、でも〜〜!!」
それでも納得していないレーテさん。僕の体を抱きしめたまま玄関から動こうとしない。
僕としてはこんなに大切にしてもらえるのは嬉しいけど、仕事の妨げになっちゃうのは申し訳ないな。どうやったらレーテさんに安心してもらえるんだろう……。
みんなん途方に暮れていると、いきなりレーテさんが僕を抱えて立ち上がり、完全に据わった目で、
「────決めました。ユウちゃんをギルドまで連れて行きます!!」
予想外の宣言をした。
「「「………………」」」
「「「「は……はぁぁぁっぁあああ!!!」」」」
一瞬の静寂が辺りを包み、我に帰った僕たちの絶叫が響き渡る。
「なに寝ぼけたこと言ってるんだ! ギルドに連れて行くだと!? 無茶にもほどがある!!」
「そうだよ! 家にいるより危険だよ!! 冒険者たちの気の狂いようは知っているでしょ!!!」
「……ついにラリった……さよなら、レーテ……」
三者三様の反応。みんな驚きすぎて、言葉が少しおかしい。かくいう僕も、突然のコトに全くついていけていない。本当になにが起こったの!?
「私は至って正常です。ギルドでしたら教官たちもいますし、コゼットさんに預ければ安心です。何より私が、ギリギリまでユウちゃんといたいんです!!」
あまりにもストレートな発言に、自分の顔が真っ赤になるのを感じる。こんなに素直に好意を向けられると、嬉しいより恥ずかしい気持ちが先行する。
でも、ギルドに行くのは少し不安だなぁ。シーシェさん達は変人の集まりって言っているし、これ以上濃い人たちに囲まれると、僕のキャパを超えてしまうよ!!
「……確かにコゼットちゃんに任せれば安心よね」
「そうだな。何かあっても職員が対応してくれるし、家にいるより安全かもしれん」
「……ギルドは何でも屋……金さえ積めばなんでもやってくれる……ある意味安心……」
「そうでしょう! なら決まりですね!! 時間も無いことですし、早く行きましょう!!!」
「ちょ、まっ……! 僕の意見は!!」
このままじゃ連れていかれてしまう!! 僕の平穏を守るためには何としても踏ん張らな──
「そうだね〜、急いで行こっか!」
「誰かさんのせいで時間がかかったしな。依頼人が来ちまう」
「……ゴーゴーマニアック〜……いざ行かん、約束の地へ〜……!」
すでに乗り気なみんなに僕の声が届くはずもなく、無力な僕はあれよあれよという間に、ギルドに連行されていった……。
♢
はぁ……。どうしてこうなったのかな〜。
大通りをこれから仕事に行くであろう大勢の人とすれ違いながら、レーテさんに抱っこされ進んで行く。正確にはかかえられていると言った方がいいかもしれないけど、とにかく身動きを封じられてしまった。
(まずいよなぁ。洗い物の途中で出て来ちゃったし、何よりこの羞恥プレイが思いの外ツライ!!)
さっきから通行人の視線が痛い。そりゃあ10歳くらいの子供が半べそで抱っこされていたら目を引くだろう。
実年齢、約20歳の身としては、この状況は恥ずかしすぎる! 気のせいかもしれないけど、『うぁ〜、いい歳した大人がだっこされているぜ! テラワロス!』とか言われてそうなんだもん!!
「──ユウちゃん。着きましたよ! ここが冒険者ギルドです!!」
え! 羞恥プレイに耐えている間に到着しちゃったの!? まだどうしたらいいか考えついていないのに!!!
悶える僕をよそに、レーテさん達は気負いなく建物の中に入って行く。そりゃあ何回も訪れたことのあるみんなにとってはなんでも無いけど、ギルド初体験の僕にとっては大事だ。昔読んでいた小説では、『おいコラ兄ちゃん! ここはガキの来るところじゃ無いぜ! ヒャッハー!』みたいなテンプレイベントが起こっていた。もしかしたら僕にも同じようなことが起こるかもしれない。
……そう思うと、さらに緊張して来た……。
──でも待てよ。建物自体は3階建てで、味のある木造建築だ。大きく開け放たれた扉には、ドラゴンと剣を模したエンブレムが刻まれ、ここから別世界に誘っているようだ。けど、思ったより綺麗だし、案外平和なところかもしれないぞ! 実際小説に書いてあるようなところじゃなくて、もっとまともな場所──
『呪われろ!』
『『この世の全てのイケメンは、呪われよ!!』』
『喝采を!』
『我らの憎悪に喝采を!!』
──な訳がなかった。
学習しろよ僕!! この世界に来てから常識の範囲内に収まる人なんていなかっただろうが!!
「あら? またやっているみたいですね。元気が良くていい事です」
「──え! あれを見てその反応なんですか!?」
だって完全武装した男達が、真っ黒な槍を掲げてサバトしているんだよ!? もっと他に思うことがあるでしょ!!!
「ん? ユウタはあれを初めて見るんだったな。あれはモテない男の集団だからな、お前には関係のない話だ。無視していいぞ」
「……あの人たちは愉快……乗せやすい上に、使いやすい……」
ま、まさかこれが日常だというのか……! 冒険者ギルド、恐るべし……!!
謎の狂気的な集団と、ディアさんの発言に動揺を隠せない。僕はこんなところに一日いて、無事でいられるんだろうか……。
戦々恐々と謎の集団を眺めていると、同志と思われる黒ずくめの男が駆け込んで来た。
『隊長! ナーデの野郎が二股かけています!! 今すぐ粛清を!!』
『何!!? 今すぐ奴の首を上げるぞ!! 者共戦じゃぁぁぁぁああああ!!!!!』
『『『サー・イエッサー!!!!』』』
まさに怒涛の勢いで、奇声をあげて僕らの横を駆け抜けて行った。まだ見ぬナーデさん。ご愁傷様でした……。
「──あ! コゼットちゃ〜ん!! おはよう〜!!」
さっきまでの光景が日常であるかの様にスルーしたシーシェさんは、机を拭いていた女性に声をかける。
艶やかに流れる金髪を、真紅のリボンで二つにまとめている。透き通る様なサファイヤの瞳は妖艶さを燈らせ、視線が合っただけで全身の血が沸騰する。彼女が机を拭くため手を上下に動かすと、たわわに実った果実も揺れ、彼女の魅力を引き立てていた。
「あら。シーシェ、今日は少し遅かったのね。依頼人が隣の商業ギルドで待っているわよ」
「えへへ〜、ごめんね! 今日は先にお願いしたいことがあった、冒険者ギルドに来たんだ!」
「頼み事? それはレーテが抱きしめている子供が関係しているの?」
作業する手を止め、コゼットさんがこちらに向き直る。正面から見た彼女は、さらに美しかった。
「そうそう! やっぱりコゼットちゃんは話が早くて助かるよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいのだけど、要件はなんなの? 今は仕事が立て込んでいるから、あまり時間が取れないの」
「なら単刀直入に言うけど、今日一日この子を──ユウタ君を預かって欲しいの!」
「────え?」
「ん?」
「「…………」」
コゼットさんはシーシェさんの言葉が予想外だったのか、笑顔のまま固まってしまった。シーシェさんも同じく笑顔のまま動かなくなって、僕たちの間に居心地の悪い沈黙が流れる。
こう言う時間が一番いたたまれないんだよね。だからと言って、僕が話すのもおかしいし……。
「あ〜……言いたいことは色々あるだろうが聞いてくれ、実はこの間この子を拾ったんだが、レーテがくっついて離れないんだよ。しかも家に1人で残すのは心配らしくてな、だからギルドに預けたい。──こういうことなんだけど、理解できたか?」
イルザが一息に説明する。すると話を聞き終わったコゼットさんが、痛そうに頭を抑えて、
「…………ええ、大体わかったわ……」
疲れ切った様に声を絞り出す。その気持ち、すごくわかります……。
「はぁ〜……。普通なら断るんだけど、あなたたちの頼みなら引き受けましょう。ギルドマスターも許可をくれるでしょうしね」
「助かる。今度お礼に何か奢るよ」
「そうしてくれると助かるわ。私はギルマスに報告してくるから、そこの椅子にでも座って待っていて」
そう言い残したコゼットさんは、颯爽と立ち去って行った。
「よかった〜! コゼットちゃんに断られたらどうしようかと思ってたよ!」
「ああ。そもそも色ボケレーテが、素直にいうことを聞けばこんなことにはならなかったんだがなぁ」
恨めしそうにレーテさんをイルザさんが見つめる。しかしレーテさんは気にもしないで、僕の頭を撫で続けていた。
この人の胆力はなかなかのものだと思うよ……。
「僕のせいで迷惑をかけてすみません……。もっと僕が頼れたらこんなことにならなかったんですが……」
そもそも僕の【神々からの祝福】が戦闘系じゃないのが問題なんだよね。何しろ自分の身ひとつ守れないんだから……。
「ユウタが気にする必要はない。お前は十分に頼れる、もっと自信を持てよ」
「そうそう。私たちはユウタ君が1人でも大丈夫だって信じてるもん!」
「シーシェさん、イルザさん……!」
陽だまりの様な笑みを浮かべて僕を撫でてくれる2人。信頼してもらえたことと、優しさが伝わって来て胸が熱くなる。この期待に応えるためにも、ギルドの人に迷惑をかけない様にしなくちゃ!
「お待たせ! ギルドマスターから許可も貰ってきたし、安心してその子を預けてちょうだい!」
パタパタと駆け寄ってきたコゼットさんがやりきった笑顔で告げる。
「良かった! それなら私たちはもう行くね! 急がないと依頼人が帰っちゃうし!」
「ううう……ユウちゃん! いい子で待っていて下さいね!!」
「はい! 僕は大丈夫ですから、皆さんも気をつけて行ってきて下さいね!!」
「あ〜っ、やっぱり離れたくないですぅっ!! ────イルザ!? 首を締めないで下さいぃぃ!!」
「うるさい!! いい加減このくだりは飽きたんだ!! さっさと行くぞ!!!」
この世の終わりの様な顔をしながら、レーテさんが引きずられて行く。不思議とドナドナを彷彿とさせる光景だな〜。
結局最後まで抵抗したレーテさんは、苦笑いしているみんなに見守られて、ズルズルと荷物みたいに運ばれて行った──
♢
「まったく……。レーテは一度壊れると長いんだから……」
さっきまでレーテさんが暴れていた場所を眺めて、コゼットさんが疲れが篭った吐息をこぼす。
「あははは〜……いい人なんですけどね〜」
少し行き過ぎているけど、こんなに大事にしてもらえるのは本当に嬉しい。けど、もう少し信用してもらえるとありがたいなぁ。
「さてと、自己紹介をしましょうか。私はこのギルドで受付嬢をしているコゼットです。今日一日よろしくね」
ボ〜ッとレーテさんのことを考えていると、コゼットさんが僕の目線に合わせて自己紹介をしてくれる。
今からこの人にお世話になるんだから、しっかり挨拶をしよう! 第一印象が肝心だからね。日本人としてここはきっちりせねば!!
「こちらこそよろしくお願いします!僕はシーシェさん達にお世話になっている、桐生 裕太と言います。今日一日ご迷惑をおかけしますが、何か手伝えることがあったら言ってください!」
折り目正しく90度腰を曲げて挨拶をする。僕が失礼な事をしたら、シーシェさん達に迷惑がかかっちゃうからね。お世話になっている身としては、それだけは避けたい。
さっきからコゼットさんの反応がないが無い。何だろう、早速失敗しちゃったのかな……。
「──え〜っと、ずいぶん礼儀正しいんだね。驚いちゃったよ」
ああ、びっくりしてただけだったのか。心臓がヒヤヒヤしたよ。
「えへへ。お世話になる身としては、失礼のない様にしようと思いまして……。それで、僕はどうしたらいいですか?」
「ほ、本当に子供なのかしら……? まぁ、それは置いておくとして」
スカートを抑えながら立ち上がって、物を置くジェスチャーをしてから、
「朝の混雑する時間が過ぎたけど、まだ私も受付に入らなくちゃいけないの。だから、私と一緒に窓口にいてくれる?」
少し困った様に提案してきた。
う〜ん、僕としては何の問題もないんだけど、邪魔にならないかな? コゼットさんから言ってきているんだから気の回しすぎだと思うけど、僕の目から見ても4つある窓口は忙しそうだ。そこに何もしないでいるのは申し訳ないなぁ。
「全然問題はないんですが、僕がいて邪魔になりませんか? 一応、読み書きと四則演算くらいなら出来るので、簡単なお仕事なら手伝えると思いますよ」
「──え! 計算まで出来るの!? それに四則演算って事は、掛け算もできるのよね?」
「はい、出来ますよ。さすがに3桁は厳しいですが、二桁の掛け算までなら暗算でできます」
「……恐ろしいほどに優秀ね。それが本当なら即戦力だわ……よし! ユウタ君に、お手伝いをお願いしても大丈夫? 猫の手も借りたいほど忙しいの……」
両手を合わせて申し訳なさそうにしているコゼットさんの目元は、化粧で隠しているとはいえ、ハッキリと隈が浮かんでいる。
こんな忙しい時に僕を預かってくれたのか……! ギフトのおかげで基本スペックはかなり上昇しているし、今こそ役に立つ事を証明するぞ!!
「──任せてください! コゼットさんの役に立てる様に頑張ります!!」
「ありがとう! ほんっっとうに助かるわ!! じゃあ、こっちについて来て!!」
「はい!!」
嬉しそうに表情を綻ばせたコゼットさんに連れられ、長蛇の列ができている受付へと向かった。
♢
「サラン。ここは私が変わるから、貴方は倉庫の整理に行ってちょうだい」
「わ、わかりました〜! 行ってきましゅっ!!」
忙しなく働いていた女性と受付を代わり、コゼットさんが窓口についた。
僕もその隣に用意されていた小さい椅子に座る。とりあえず、最初は見ていてくれって言われたから、まずはどんなお仕事なのかを理解しよう!
「お待たせしました。本日はどの様なご用件ですか?」
「このゴブリンの討伐依頼を受けたいんだが……」
皮鎧を着込んで剣や槍で武装した4人組。コゼットさんの笑顔に見とれながら、上の空で羊皮紙を渡している。
同じ男としてその気持ち、わかるぞ……。
「承りました。ではギルドカードと報酬の確認をお願いします」
「は、はい。お願いします」
「Eランクパーティーの【朝焼けの空】の皆さんですね。本日から一週間以内に、アケディア周辺のゴブリン10体の討伐でお間違いはないですか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。ではこちらの依頼書と、討伐証明部位を持ってまたお越しください。その後報酬を支払わせていただきます」
「わかりました。ありがとうございます!」
「お気をつけて。──次の方、どうぞ!」
笑顔で4人を見送り、次の人を相手にしていく。なるほど、役所の手続きみたいな感じなんだな。
まだ冒険者ギルドがどんな事をしている場所かも聞いていないんだけど、コゼットさんや周りの人を見ている限り、ハローワークみたいな側面も持っているみたいだ。
そして、冒険者ギルドに来る人、大体は三つに分けられる。
・依頼の受注、精算をする冒険者
・依頼を発注する人
・短期の仕事を探しに来る人
僕が見ている限りだと、こんな感じかな。今は朝の通勤ラッシュみたいな時間で、冒険者の人達が今日受ける依頼を受注するために長蛇の列を作っている。たぶんシーシェさん達は、この混雑を嫌っていつも早く家を出るんだろうなぁ。……今日は寝坊気味だったけど。
さて、大体どんな事をするのかわかって来たし、そろそろお手伝いするかな? 具体的に何をするかだけど、計算と書類の運搬ならできるんじゃないかな。受付の業務の途中で、色々な申請書類を窓口の後ろの棚から出さなきゃいけない。しかもかなりの種類があるから、選ぶのが大変と来ている。
しかも、依頼の報酬も同じ棚にごちゃ混ぜに並べられていて、探すのに苦労している様だ。依頼書に控えと報酬を一纏めにしておけば管理が楽なんだろうけど、そんな事をしている余裕すらない様子。そりゃ〜仕事も溜まって、負のスパイラルに突入するよ……。
──よし! 大体どの書類がどこにあるか把握したし、動くとしますか! 働かざる者食うべからずとも言うし、僕の役割をしっかりこなそう!!
「──承りました。では申請書類をお持ちいたしますので、そちらに記入を──」
どうやら依頼の発注をする人が来たみたいだ。コゼットさんが席を立つ前に動いて、書類を確保する。そして流れる様な動きでコゼットさんに手渡す。
「どうぞ! こっちが申請書類で、もう一枚が控えです!」
「──え! あ、ありがとね! ではこちらの書類に記入を──」
よしよし。とりあえずは役に立てたみたいだぞ! この調子でコゼットさんのサポートをしよう!!
「はい。依頼の達成報告ですね。ただいま確認と追加報酬の計算を──「こっちが依頼書の控えと報酬で、これが追加報酬の証明書です!」 って、え? あ、ありがとう!?」
コゼットさんは少し戸惑った表情をしたけど、すぐに営業スマイルに戻って書類を仕上げていく。コゼットさんが凄まじい勢いでペンを走らせると、列に並んでいる冒険者の人と不意に目があった。
……むむ! どう反応したらいいかな? 無視するのもあれだし、無表情で見つめ返すのはおかしいか……。ここはやっぱり日本人お得意の『営業スマイルに!(0円)』をするべきか!
という訳で、渾身の営業スマイルを──
「──にぱっ! (←全力のスマイル)」
「!!?」
あれ? 反応が芳しくないな。男の営業スマイルじゃ、価値は無かったかな?
う〜ん、いたたまれない気持ちになって来たし、追加の書類をあらかじめ持って来ておこう。いちいち取りに行くのなんて非効率だからね!
『どうかされましたか? 顔色がよろしくない様ですが……』
『いや、別に大丈夫なんだが──あのガキは誰だ? 見たことのないやつだが……』
『──ああ! ユウタ君の事ですね。彼は預かっている子で、お手伝いをしてもらっているんですよ』
『そうか、ユウタか……あれは逸材だな……』
『? 何かおっしゃられましたか?』
『いや、気にしないでくれ。それより早く依頼書を──』
ゾクゥッ!!
「!!?」
──っば。
「あれ? 何もないや……」
書類を探していたら、いきなり寒気が走ったんだけど、別に何もないよね? 自意識過剰になってるのかな〜……?
少し引っかかるけど、今は仕事を優先しなきゃ! こういう忙しい時は、一分一秒が貴重なんだからね!!
「──ユウタ君! 27番の申請書と、計算用紙を持って来て!!」
「了解です!! すぐ持っていきます!!!」
いけね! 考え事している場合じゃ無かった!! 急がないとコゼットさんの役に立てない!!!
このまま慌ただしく働いていたせいで、ユウタはこの出来事のことを忘れてしまった。そしてユウタはこの後知ることになる。冒険者のぶっ飛び具合を──




