第4話 夢の中でも改札は閉まる
カフェから少し歩いて、駅前の広場に着く。普段は献血やイベントが開催されて、それなりに賑わいをみせる場所だ。本来は結構な人通りがあるはずなのに、夢の中に限っては、誰の姿も見かけない。
十階ぐらいのビルが立ち並び、壁面には赤や青など彩度の高い看板が掲げられ、何階に居酒屋があるとかでかでかと見せてきている。ただ、私自身が何のお店だったか覚えていないせいで、文字やロゴはボヤケて分からない。その中でも黄色いMのロゴや白いヒゲを生やしたおじいさんのロゴは、ボヤケてもすぐに分かる。とは思いつつ、ファーストフード店に行くつもりはないので、そのまま駅前の広場を通り抜けた。
駅に入って、化粧売り場やお惣菜売り場のガラスケースを避けて歩く。
駅ナカにも人は誰一人歩いていない。
照明で照らされた明るい雰囲気に反して、人気のない光景が不気味に映る。
早足で駅ナカを通りぬけて、何台か並んでいる改札口に立つ。
いつも通り、スマホアプリの通学定期を改札にかざした瞬間、ピーッと不快な機械音と同時に、目の前のゲートが閉まった。
「ぐえ」と腹が押されて、カエルが潰されたような声が出た。
「だ、大丈夫か……?」
心配そうに須藤さんが声をかけてくる。
だがそれ以上に、人に聞かせられない声が腹から出てしまい、顔が燃えるように熱い。
なんで夢の中で改札が閉まるの……定期を使っている駅なのに、改札が閉まるとかおかしいでしょ。
と、心の中で何度も言い訳をして、自分が悪くないと言い聞かせる。私は悪くない。
「大丈夫……です。なぜか定期券使ってるのに改札が閉まって……」
改札が締まって突っ抱えるのは、本当に恥ずかしい。
自分のミスを晒して、周りの人に恥を撒き散らしている気分だし、後ろに迷惑かけて申し訳ないし、何しているんだと自分を責めたてる。恥ずかしさで死にそう。
「おぶっ」
改札前で立ち止まる私の隣で、須藤さんも改札のバーに阻まれ、潰れた声が聞こえた。
「こっちもダメみたいだ、通れなさそう」
私が一度、阻まれているのに、須藤さんもわざわざ同じように改札に阻まれている。
バカみたいだと思いつつも、私と同じような声を出していて、つい笑って息が漏れた。
「はは、何しているんですか」
「一万円チャージしているから、いけるかなって──あっ! あっちの方は通れそう」
須藤さんが指差す方は、ガラス壁に囲われた駅員室だった。たしか精算できていなかったり、一度改札を通ったあとに戻りたい人が通れる場所だったはず。見ると、駅員室には改札がないので、簡単に通り抜けられる。
でもそれは無賃乗車になってしまう。
私の心配をよそに、須藤さんは迷いなくガラスドアをスライドさせて駅員室に入る。何事もなく通り抜けて、改札の向こうに立った。
「ほら、やっぱこっちは通れそうだ」
ニコッと得意げに笑って、自慢げな様子だけど、正直な話、今この目の前にある改札のバーを飛び越えたら問題は解決する。
でも、そのバーを飛び越える行為は心臓をギュッと握られたような罪悪感が、嫌なほど胸に残るのが分かっていた。
だから、少しでも罪悪感の少ない、もっと言うと須藤さんがすでに行った行為を真似して私も駅員室を通って改札を抜けた。
誰かがやったから、皆がやっているから、そうして他人に責任と言い訳を押し付けて、自分は悪くないと言い訳をしなきゃ……私は小さな悪事すらできない。
今でさえ無賃乗車の犯罪を犯した気分で、夢の中なのに胸が痛い。
中途半端な罪悪感を持ち合わせているのに、いざ咎められたら、あの人もやっていましたと言って責任を分散させる。
そう考える私は、本当にずる賢い人間だと思う。本当に生きる価値がない。
「おーい! 何番線に行けばいいんだー?」
そんなことを何一つ考えてなさそうな須藤さんは先を歩いて、駅のホームに行くための階段を上っていた。
屈託のない爽やかな笑顔を向けて、私に手を振っている。
あの人は多分、少年漫画の主人公なんだ。
夢を追いかけるタイプの主人公。夢のためなら努力できるし、愚直に頑張るし、周りの目を気にしないでやりたいことをやれる人。
私とは正反対の、光の向こう側に立つ人。
その眩しさに目を逸して、下を向いたまま三と四番線の階段を上った。




