第25話 キミのせいじゃない
晴れ上がった光が、世界に明かりを取り戻す。全身を覆っていた闇が光に浄化されて、空へ霧散して消えていく。
気怠げな肩の重さも、足を縛りつける違和感もない。
「ほら、こっちに戻るよ」
ふと握られていた左手が、後ろへ優しく引かれる。親に連れられる子供みたいに、私は須藤さんに手を引かれて、腰まで浸かっていた川を歩き進める。川岸に近づくたびに腰から膝、足へと、水面から全身をあらわにする。
私の体に張り付いた水が、一つひとつ水滴となって零れ落ちる。濡れていた学生服も、スカートも水気が落ちていく。
服に水が染みていない。
触れていた水も冷たくない。
「ああ、そっか──これ……夢か」
妙に納得したような、心惜しいような。
映画のエピローグみたいな、終わり際を感じるような、あのどうしようもない切なさが、私の手に伝わってくる。
岸に上がりきって、須藤さんが握っていた私の手をぎゅっと包む。まだほんのりと熱が残った手から光を受け取って、私の体がじんわりと温められる。陽に触れた温もりに、ぽかぽかと熱っぽい。
体温が戻ると手が離され、須藤さんは川岸の芝生に腰をおろした。私も、須藤さんの隣に並んで座って、川を眺めた。
視線の先に見える川と、その向こう側。
川を渡った先の地平線がどこまでも遠く、永遠に続いていた。空と地面の境界線が曖昧に溶けあっている。
「……どうして、私を助けたんですか」
服をつたう水滴がぽつりと地面に落ちた。
地面が波紋をつくり、波を揺らす。
その振動が須藤さんに伝わって、ゆっくりと口が開かれた。
「目の前でキミが溺れていたから助けた──それだけだよ」
つまらないことを話すように、会話を切って須藤さんは口を閉じる。
「私なんて、見捨ててよかったのに」
ズキリと胸が痛む。背中をつつく指が貫通して、心臓に刺さるような痛み。
「……俺のことなら、気にしなくていいよ」
見透かされた瞳が、私を横目で見ていた。そして、川の方へ向き直す。
須藤さんの言葉を聞いても、背中を刺す指はまだ抜けない。誰が刺しているのか分からない指はぐりぐり暴れて傷口を広げていく。
「そんなことを言われても、私は……」
うずくまると胸を貫通する指が見えた。
やっと気付く。背中を指す指は私自身の指だ。痩せこけた骨と皮だけの弱々しい指が、私の背中を刺していた。
「私は、須藤さんを──「キミのせいじゃない」
須藤さんはさえぎるように言った。
「俺は、自殺したんだから」
「え────」
顔をあげる。須藤さんは変わらずに川の向こう側──地平線の彼方を見ていた。
「まあ、正しくは自殺するつもりであの場にいた……か」
なにか言い返かえそうと、いや、聞こうとして開いた口が塞がらない。
間抜け面をさらす私を見て、須藤さんは小さく笑った。
「やっぱり気付いていなかったんだね」
力なく笑う口元が一文字に結ばれ、唇を噛みしめてから開いて、私に顔を向けた。
「安酒を飲みきって、いざ飛び込もうとしたら、目の前で女の子が溺れていたんだ」
笑い話みたいに明るい口調で、声を高くしながら須藤さんは話を続ける。
「で、いざ飛び込んだものの、酒に酔って川に呑まれるわ、流されるわ……酒を飲んでなかったら溺れなかったのにな」
ははは、と軽快に笑う。
「だからこれは自業自得。キミが気にするようなことじゃない」
「で、でも! 私が自殺しなければ! 私が川に行かなければ!」
須藤さんは首を横に振った。
「元々自殺するつもりだったから関係ないよ。キミがいなくても、俺は川に入って自殺していた──むしろ、キミを助けられてよかった」
背中刺す指が止まる。けど、代わりに濁流と清水が入り乱れるような、赤色と黒色が不均等に混じり合うような血液が、胸の中で渦巻いている。それが胸に刺さった指からポタポタとこぼれ落ちて、止まらない。
消えることのない罪の意識が、私を許すことができない。生きる価値を見いだせない。
そんな私を見て、須藤さんの口が開く。
「それなら、俺の遺言を聞いてくれないか」




