第24話 死にたくない
「はいもしもし、巴です!」
「あ、巴さん? 今どこで何してるの?」
聞き覚えのある女の声、一年間ずっと聞き慣れていた大人の声────担任の声だ。
「え…………あ、す、すみません。少し体調が悪くて、休んでまして……」
「……はぁ、休むのはいいですけど、ちゃんと連絡してください。親御さんからも連絡なしに休まれると、こっちもいちいち確認しなきゃいけないんです」
画面の向こうから、喉を震わせた怒気混じりのため息が聞こえた。
「あなたが落ちたのは知っていますが、休むならちゃんと連絡してください。それに、他の人だって大学落ちても学校に来ている子もいるんです。あなただけ休むのもどうかと思いますよ」
「え…………あ、え……」
「とりあえず、今日はもう来なくていいけど、明日からちゃんと来てくださいね」
「…………はい」
はぁ、とため息が聞こえて、通話は切れた。
力を失った腕からスマホが落ちてガシャンと何かが割れた。
心と体を守っていた物がひび割れて、大きな亀裂が入り、真っ黒な画面が私を見ていた。笑っているのか、泣いているのか、自分でも分からない。ただ私が私を見ている。
雨は降り、体は濡れ、体温が奪われる。服に浸透した雨粒が、重く、苦しく、体に乗りかかる。雨をかぶった髪がベッタリと顔に貼り付いて、私の姿容を、思考を塗り潰す。
死のう
そこから私の行動は早かった。
マップで薬局を調べて、そこにあった睡眠薬と風邪薬、水をまとめて買った。
店員に怪訝な顔をされたけど、どうでもよかった。バスに乗っていたとき見かけた病院近くの川へ向かう。
数分歩いて辿り着いた川は、大雨で深みを増して低い唸り声を上げていた。憤怒に満ちた、けれど哀しみに嘆き、所々で無関心な容赦の無さが、私という矮小な存在を笑う。
足が止まる。動けない。
手は動く。薬局で買った薬を開ける。
パキリと軽快な音を立てて、薬が出てくる。
まず一粒。水もいらない。ゴクリ、空気と一緒に胃へ落ちていく。
……何も変わらない。
もう一粒。口の中で転がす。
薬は無味だと思っていたが、少し苦い舌触りで、それが口の中に広がって気持ちわるい。
ペットボトルの蓋を開けて水を飲む。
めんどうだ。
パキパキ薬を開ける。左手に十粒は出して、口に放り込んで飲む。薬だけじゃ飲みきれないから、水と一緒に飲む。
「…………おぅえ」
胃がおかしい。
私の中で炎に燃えて、暴れ回り、直接握られているように痛い。
それを我慢して、パキパキ薬を開ける。
今度は数十粒あけて、手の平から、こぼれ落ちる。
かぶりつく。
口の中が乾燥して、変な味がして、気持ち悪い。飲み込めないから噛み砕く。ぎりぎりと擦り潰して、細かくして、舌の上で溶けて不味い。
水で流し込む。
口から水と一緒に薬が流れ落ちる。
そんなことをおかまいなしに、何度も、何度も、飲んで、吐いて、飲んで、吐いて。
次第に頭が軽くなって、脳みそだけが取り出されて、浮いたような、心地よさがあった。
周りの木々がグニャリと曲がりはじめて、面白かった。青々とした川は上下に歪んで、生きているみたいに揺れている。
今なら行ける。
力を入れて、飛び込んだ。
水に、沈む。全身を刺してくる死の気配。
一瞬で私の体から熱が奪われ、体が思うように動かない。必死に生きようと、生きたいと体が叫び上げて、勝手に全身が震えている。
何一つ抵抗できない、流れに身を奪われて、流されていく。上下左右、どこが水面なのか分からないまま、体が回る。酸素を失って暴れまわる体が、一瞬だけ水面に顔を出して、息を吸う。しかし、同時に水が入って、肺に行きかけた水を吐き出そうと咳き込み、体の空気が全て抜けた。
苦しい。川に首を締められたまま振り回されて、私は死ぬ、死ぬ、死んでしまう。
死ぬ、死ぬ、死んでしまう。
死ぬ、死ぬ、死んでしまう、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、
死にたくない、死にたくない、
暴れまわる私の手を、誰かが掴んだ。




