↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

第21話 梅おにぎり

 肌寒さが残る空気の中で、ふわりと一瞬の温かいそよ風が、優しく頬を撫でた。


 顔を上げて前を向く。


 するりと抜けた風ともに、私の中で諦めのような焦燥が流れていく。


 風が消えて残ったのは、凪いだ海のような穏やかな心だった。


 静かに、一人何かを考えては、風が通りすぎて選択肢が消えていく。


 これからどうしようと考えて、ぐぅ~と、気の抜けたお腹が鳴った。


 喉元を掻きたい吐き気はある。でも胃の中は空っぽで、悲しそうにきゅ~と泣いた。


「……お腹すいた」


 昨日の昼から何も入れていないから、お腹が何か食わせろと訴えかけてくる。


 たしか駅構内にコンビニがあったはず。


 ベンチから立ち上がる。そこから少し歩いてエスカレーターに乗り、降りた先にコンビニがあったので、店内を適当に物色した。


「ありがとうございましたー」


 店員の適当なあいさつに会釈して、コンビニを出る。


 袋にはペットボトルの水と梅おにぎり一つ。それを持ってホームに戻る。さっきと同じベンチに座って袋を開けた。


 ペットボトルの蓋をひねる。パキッと軽やかな音が聞こえた。


 口をつけて水を流し込み、喉を潤す。ゴキュゴキュと食道に水が通る。そのまま中身を全部飲みきってしまった。自分が思っていたよりも喉が乾いていたらしい。


 袋をあさり、梅おにぎりを取り出す。


 書かれた順番通りに、おにぎりの袋を開けて、海苔を巻く。


 右に少し偏ってしまった。バランスが悪い。けど気にしないで頭から頬張る。


 乾いた海苔と湿り気の帯びたお米が、バランスよく口の中で転がる。


 一口では梅に届かなかった。また内容量が減っている。なんか、形も小さい気がした。


 もう一口。今度は梅が口に入って、酸っぱさに口がしぼむ。


 唾液が分泌されて、酸っぱさを緩和してくれる。少しずつ口にして全部を食べきった。


 ふぅ、とお腹をさすって一息つく。


 ほんの少し心も満たされた気がして、肩の力が不思議と軽かった。


 けれど本音を言えばコンビニ飯ではなく、家のご飯を──あのカレーを食べたかった。


「……でも、帰りたくないなぁ」


 落第した自分が、今更家に帰って何になるのだろう。大学に行かず、浪人する? それは嫌だ。高学歴を目指している訳じゃ無いのに浪人して、一年無駄にして生きたくない。


 つくづく思う。この国のシステムは不完全で、失敗が許されていない。


 一度つまずいた人間は、立ち上がるのにハードルが高く、周りの人間は、つまずいた人間を下に見て嘲る。晒し者で、笑われて、心を折られる。そこから復活できる人なんて、主人公みたいな強い精神と、夢とか目標がある一部の人間だけだ。


 夢や目標のない私は雪だるまみたいに転げ落ちて、チャンスがぶつかるまで落ちていく。


 将来は真っ暗闇で、私は未だに落し穴の中で空を眺めていた。


……何もやることがないと、どうも不安になって悪いことばかり考える。


 良いことを考えようとしても落第した事実が思考を塗りつぶして、マイナスに沈んでいく。どんなに藻掻いても溺れ死んでしまう。


『お客様にお知らせします。先程、運転を再開しまして、約三十分遅れの運転になります。お急ぎのお客様には、ご迷惑を…………』


 男性駅員の放送が駅の構内に響き渡る。どうやら電車が運転再開したようで、ホームにいた人たちがそわそわと動きはじめた。


 最初から並んでいた人たちの後ろで、さらに列が作られていく。


 都市部から離れた駅とはいえ、平日の昼間でも人はそれなりにいるもので、気付けば、十人前後の列を形成して電車を待っていた。


 都市部へ向かう列車が現れた。それを見て足が固まる。そこには、ぎゅうぎゅうに押し込まれた乗客が窓に貼り付いて、地獄絵図と化していた。人間の業を押し付けられた餓鬼が喚いているようだ。


 これには乗りたくない。三十分も電車が止まると、平日の昼間でもこんなに人が溜まるものだと初めて知った。


 電車が来ては、通り過ぎていく。そうして何回か走り去る電車を眺めていると、乗客は減って車内に空白が見えてくる。


 それでも座れないなら乗りたくない。


 時間はあるのだから空いてくるまで待っていると、プォーと軽い汽笛が後ろで鳴った。


 音が聞こえた背後へ振りかえる。


 そこに停まっていたのは郊外へ向かう列車だった。乗客が少なく、席もちらほらと歯抜けになって空いている。これなら座れそう。


 郊外行き列車のドアが閉まる前に駆け出して、近くにあったゴミ箱へ袋を捨てた。


 私が乗ると同時にドアが閉まる。空気を抜ける音が聞こえたあとガッチリと閉まった。


 乗客は老人や主婦の人、若い男性などがちらほらと間を開けて座っている。


 ふと遠くを見たら端の席が空いていたので迷わずそこに座る。フカフカと柔らかいスポンジが私の体を包み込んで、撫でると新品の毛皮みたいに手触りも心地よい。


 雲に座った感覚に揺られながら、カタンコトンと、心地よいリズムを一定に刻んで、意識が沈みかける。このまま意識を手放してもいいものかと迷ったところで、昨晩から寝ていない私が勝てるわけもなく、そうして夢の世界へ落ちていく。


 意識が、まどろみに溺れていく。


……せめて、夢の中だけでも、幸せな世界が見られるといいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。