第16話 夢のない受験生
カフェを出て、駅へ向かう。晴とは電車の方向が逆なので、ホームで別れた。
晴を見送ってから少し遅れて電車が来る。三番線の電車に乗って空いた席を探す。
私と入れ替わりに降りた人の席が空いて、そこに腰かける。少し待ってから、駆動音を鳴らして電車は走りはじめた。
スマホを取り出してSNSを開く。みんなが写真や愚痴をつぶやいて、流れていく情報を眺めながら少し考える。
晴はデザイナーという夢があって、芸術系の大学を目指すらしい。「芸術系は倍率が高いから落ちるかもね」とのんきに笑っていた。
それにひきかえ、私には夢がない。やりたいことも目標もないから大学なんてどこでもよかった。そこそこ偏差値が高くて、自分の学力が合った大学ならそれでよかった。教育学部で教師を目指すか、どこか適当な大学で地方の役所や公務員を目指すか。
どうせこの先は、受験して、大学入って、就活して、働き始めて、家と会社を往復するだけの惰性で生きる日々が続くのだろう。
そこには夢も希望もなくて、将来に対する不安とか、税金をどうするとか、流行病とか、少子高齢化とか、年金がないとか、恋人探しとか、夫探しとか、結婚するとか、子育てとか、先の見えない不安がずっと襲ってくるんだ。
改めて思う。生きる意味がない。
私にも晴みたいな夢があったら生きる力が湧くのかな。でも、あんな大層な夢は持てそうになかった。小さい頃の花屋や保育士みたいな輝かしい夢は、成長とともに消えた。
今の私は夢のない生きる屍。ならいっそ殺してほしい。死なせてほしい。
……ダメだな、また嫌なことを考えている。
落ちていくネガティブな感情がズブズブと沈んで底なし沼に溺れている。
このままだと、本当に死んでしまいそうなので一度スマホをしまった。
肩の力を抜いて息を吐き、何も考えないようにして目を閉じる。そのまま最寄り駅まで眠ってやりすごすことにした。
○
結局、私はオープンキャンパスに行くことはなかった。志望大学とかないので、自分が入れる公立大学を目指すことにした。
私立大学は滑り止めで受けるが入学することはない。学費が高いため片親の私には入ることができなかった。
そうして死にたい思いを抱えながら日々は過ぎていき、夏が終われば秋となり、冬が去れば三年生になった。
学年が上がってクラスメイトも変わったけど晴とは同じクラスのままでいられた。
クラスメイトの半分は知っている人だが、もう半分は知らない人たちだった。みんな、新しいクラスメイトにやや緊張している。ただ、それだけじゃない雰囲気も感じていた。
教室全体に糸が張りつめられたような、間違っても触れて切ってはいけない嫌な緊張感が漂っていた。
これから本格的な受験勉強が始まる。
二年生の頃からそれなりに意識して勉強はしていたけど、それでもいざ三年生になると目の前に現実を突きつけられる。
何をやっても受験という単語がちらちらと見え隠れして、何も楽しめない。
体育祭も、文化祭も、学校の行事は煩わしくて、楽しむ余裕など一つもなかった。
春も、夏も、秋も、冬も、ずっと勉強漬けで季節のイベントなど楽しめない。
受験日が近づくたび心臓は握られたように痛く、肺に穴が空いた感覚で息苦しく、胃が小さくなって食事の量も激減した。
体重も40キロを切りそうで、自分の手首は骨と皮だけ。簡単に折れてしまいそうだ。小さなチョコレートを一口噛んだだけで空腹は抑えられて充分に感じていた。
年明けは晴に、あけおめと言い合って終わった。それ以上の会話は勉強の邪魔になる気がして続けられなかった。
一月からは午前授業となり、午後には帰宅できた。でも家に帰ったところで母は仕事に出ているため、一人で勉強し続けなきゃいけない。シン、とした無音が孤独感を増幅して受験の不安が襲いかかる。
孤独感を拭おうとスマホに手をかけ、晴に連絡しようとして止まる。少し考えて、アプリを閉じたあと電源を落とした。
そうして、半分ノイローゼ気味になりながら必死に我慢して、堪えて、腹の中に溜まる不安と、吐きそうな気持ち悪さと戦い続け、受験日を迎えた。
受験会場には、私と同じように制服を着て、大学に入る他学校の生徒達が沢山いた。
真冬の冷えた風が不安を煽ってくる。
大学のキャンパスは高校と比べて階数が高く広々としていた。門に立てかけた看板に会場が記され、それに従い会場へ向かう。
さっきから心臓が激しく揺れて、手で抑えようにも動悸が収まらない。
すぅーっと息を吸って、ゆっくり吐く。
白い息が漏れて、消えていく。
ほんの少しだけ、迷いや不安が減った気がした。何度も繰り返して気持ちを落ち着かせてから、私は受験会場へ向かった。




