第15話 サツマイモラテは、少し甘い
デザイナーになりたい……晴が唸ったあとに、突き抜けて聞こえたのは、一つの決意とも言える宣言だった。
高架の電車が私を追い越して、一気に駆け抜けていく。ガタンゴトンと鳴らす音が数秒聞こえて走り去った。
「デザイナーね……いいんじゃない」
深い意味もなく同意する。
否定する理由はないのだから。
「いやーでもね、デザイナーって給料がピンキリだし、そもそもデザイナー目指す人って多いから飽和しちゃっているんだよね」
「仕事が取れないってこと?」
「そうそれ! 有名にならないと仕事もらえないのに、有名になるまで大変だし、無名だとお金が貰えなかったりするんだよねー」
はぁ、と重たいため息を吐いて、晴は肩を落としていた。
「でも、デザイナーになりたいんでしょ」
「なりたいけど、なれるか分からなくて……なら最初から諦めた方がいいのかなぁ」
「諦めたいのなら、最初から辞めたほうがいいと思うけど」
「でもねぇ……」
肯定すれば否定して、否定したら肯定する。
面倒な性格しているなって思う。
どっちの反応をすればいいか分からない。晴はどうしてほしいのだろう。
「話、長くなりそうなら、あそこに入ろう」
目の前にあったカフェを指す。
緑のロゴマークが描かれたチェーン店。
こんなロゴもデザインしたりするのかな。
「あー、そだね。じゃあ今日は奢ります!」
「いいよ、別にそのくらい」
ちゃんと相談に乗っている訳じゃない。適当に話を聞くぐらいで奢られても困る。
自動ドアを通って席を見渡す。細長い建物の端から見て、席があるかすぐに分かる。
ちょうど一番奥のテーブル席が空いていたので、そこの椅子に向かった。木製のイスは固く、長時間はいられそうにない。
ガラス張りで外の景色が抜けて、他の生徒たちが帰宅しているのが見える。建物自体は高架下の日影にあるため眩しくはない。
一度、カバンを椅子の上に置いてから注文カウンターに向かう。
晴が先に歩いて、私はその後ろに付いた。晴はカウンターに指を指して、注文する。
「すみません、この季節限定サツマイモラテのトールでお願いします」
「……サツマイモラテトールお願いしまーす」
男性店員の低い声を皮切りに、別の店員がテキパキと作り始める。
注文番号を受け取ると晴は横にずれて離れていった。次に、私が注文カウンターの前に立つ。店員と目があった。
目上に伸ばした黒髪マッシュの男。無気力な細い目で私を見下ろし、睨んでいる。
「ご注文は」
喉を震わせた無愛想な低い声が聞こえて、心臓がキュッと萎縮する。
「あ、え……っと…………」
何も決めていなかったから、カウンターのメニュー表を見る。でも、商品が多いせいで商品の内容が分からない。何すればいいか分からない、決まらない。
メニュー表の端から端を見ていると、
「……チッ」と小さな舌打ちが聞こえた。
幸いにもメニュー表を見ていたおかげで、店員の表情は見なくて済んだ。それでも店員の舌打ちが針となって胸を刺し、心拍数が一気に上がる。
早くこの場から逃げたくて、適当に目に入った左上のエスプレッソを指差した。
「あ、え……その、これで」
「……あい、エスプレッソお願いしまーす!」
晴が頼んだときよりも声に怒気が混じって店内の空気が冷えた気がした。
注文番号を受け取ると、急いで横にずれて、晴の後ろで待つ。
「静香、エスプレッソにしたの?」
「えと、まあ……うん」
「苦いの嫌いじゃなかったっけ、大丈夫?」
「苦手なんだけど──」
「注文番号八番のお客様ー!」
私の声を遮って、店員が番号を呼び出す。
「ありゃ、私だ」
「いいよ、席で待ってて」
「りょー」
晴は店員から紙コップを受け取って席に戻っていった。
私も待っていると、すぐに店員に呼ばれる。
「注文番号九番のお客様ー!」
番号の紙を見せてトレイを受け取る。トレイの中心に、ちょこんとミニチュアなコップがおかれて、そこに真っ黒なコーヒーが入っていた。それだけだった。
わざわざカフェに来て、こんな小さい飲み物一つ頼むような、卑しさを晒している気がして恥ずかしい。トレイとエスプレッソのサイズ感が合っていない。
そそくさとカウンターを離れて、一番奥の席に戻る。先に晴が座って待っていた。
「え、やば。エスプレッソってこんな小さかったっけ」
半笑いになって、私のトレイを見ていた。小馬鹿にする態度が腹立たしくて癪に触る。
「そっちは」
「季節限定のサツマイモラテ」
「それ、美味しいの?」
「けっこう甘さ控えめだけど、ちゃんとサツマイモの味がしておいしいよ。飲む?」
すでに口つけたコップを私に差し出す。
「いや、いいよ」
そう言って、私は自分で注文したコップに口をつけて、ほんの少しエスプレッソを口に含ませる。
「………………」
舌の上にじっとりした苦味がドロみたいに広がって全く美味しくなかった。これを美味しいと言う人は舌がおかしい。
たったの一口分が苦すぎて飲めない。
「大丈夫、飲めなさそう?」
晴が心配そうに、私の顔を覗き込む。
「飲めないなら私飲んでも良い? エスプレッソ、一回は飲んでみたくて」
「…………いいよ」
少しでも量が減るなら助かる。せめて半分は飲んでほしいと心の中で願う。
私のトレイに乗った小さなカップを手にとって、晴はグイっと一気に飲み干した。
「にっがーい!」
ベーっと舌を出して眉を寄せている。まさしく苦虫を噛み潰したような顔だった。
晴は自分で注文したサツマイモラテを口にして、苦味を消そうとしている。
「全部、飲んじゃったの?」
「えへへ、ごめん。全部飲んじゃった」
「別にいいけどさ」
「かわりに私のサツマイモラテ飲んでいいよ、というか飲みな。甘さで中和しないと」
さっき断った手前、飲んで良いのか迷う。
たしかに濃縮されたエスプレッソの苦味は舌にへばりついたまま離れそうにない。
「じゃあ、一口」
晴からコップを受け取る。晴が口つけていない部分からサツマイモラテを飲んだ。
サツマイモのまろやかな甘味が舌の上で転がって、エスプレッソの苦味を中和する。
ほんのりと甘い、優しい味だった。
「……ありがとう。サツマイモラテ、結構おいしいね」
「でしょでしょ! やっぱりこういう冒険もしてみないとね!」
無邪気に笑うと、晴はコップを受け取ってもう一度サツマイモラテに口をつける。
味わって、ひまわりが咲いたような温かく笑って楽しそうに飲み続ける。
好奇心に満ち溢れた晴の人生はこれから先も楽しそうで、私自身も晴と一緒にいるだけで晴れやかな気持ちに変わっていた。
「冒険、してみて良いんじゃない」
「え?」
晴はパチパチとまばたきを繰り返して、私と目が合った。
「せっかく夢があるんだから、デザイナー目指して冒険していいと思うよ」
今度は、心からの言葉だった。
なんとなしの肯定じゃない。
嫉妬も羨望もない私の本心。
晴なら、困難な道も楽しめる気がした。
「頑張って、私は応援してるから」
晴の表情が明るく暖かく笑って、
「うん!」
と人一倍、大きな声で頷いた。私にはない眩しさで、晴の未来は希望で満ち溢れていた。




