第14話 晴の夢
肌にじっとりと貼りつく暑さに、苛立ちが重なった二年の夏だった。
黒板の前では女性の担任が、夏休みの過ごし方について熱く語っている。
やる気に満ち溢れて、どこかズレた先生は好きではなかった。自分が正義だと信じ込んで、生徒を思ったとおりに動かそうとする。反抗すれば評価を下げ、対応を厳しく行い、半ば無視みたいなことをしてくる。
社会に出てすぐに教師になった人間は学校しか世界を知らないから、自分の正しさが、人生の評価基準で生きている。
だからこうして今も、夏休みの正しい生活を押し付けて、私達の生き方を誘導する。
しかし先生の話など誰一人聞いていない。
みんな早く遊びに行きたくて、そわそわと体を動かしていた。
後ろの窓際席だからこそ、クラスメイトの様子など見渡すことができていた。ただ、カーテン越しに刺さる日差しだけが暑苦しい。
こうして独裁者よろしく熱弁したあと、担任は最後に「必ず一回はオープンキャンパスに行くこと!」と余計な一言を付け加えてホームルームは終わった。
夏休みのはじまり。
浮かれたクラスメイトは教室の中心で騒ぎ立てて、カラオケに行く人を募っている。
おそらくカラオケに行って歌って、そのまま夏休みの予定とか約束したいのだろう。
私には関係ないイベントに、クラスメイトを白い目で見ながら帰りの荷物をまとめる。机に出していたノートや筆箱をひとつずつ、学校指定の肩掛けカバンに入れる。
暗い紺色の、おしゃれのカケラも感じない私のカバン。それと反対に、バッチや小さなぬいぐるみをじゃらじゃら付けたカバンが、私の机に置かれた。
「帰るなら一緒に帰らない?」
前席に座っている友達の晴がむじゃきに笑っていた。さらさらの絹みたいな黒髪が艷やかに光をなびかせて、私みたいなクセも、毛先の痛みも、パサツキもない美しい髪。笑ったときの白い歯は虫歯どころか黄ばみもない真珠みたいに美しい。長いまつげと自然な二重の目元がパチリと輝いて、ノーメイクの肌はきめ細やかな白雪を思わせる。
もうズルいとしか言えない。
美男美女の両親に生まれた、親ガチャの数少ない成功者。
そんな私と美醜かけはなれた存在が、なぜか私に話しかけてくる。それも毎日。
「晴はカラオケにいかないの?」
「いやー、私はあんまり好きじゃないかな」
「そうなんだ」
少し意外だった。
ヒエラルキートップは積極的に馬鹿騒ぎへ参加するものだと思っていた。
「おーい、晴さん! 晴さんもカラオケいかない?」
早速、クラス一のお調子者ボウズが、晴をカラオケに誘っていた。微妙に口角が上がった、下心が丸見えの気持ち悪い笑顔で声をかけている。
「ごめんねー、今日は家の用事で早めに帰らなきゃだから」
「えーマジぃ? 少しくらい遊ぼうぜー」
「家族みんなで実家にすぐ行くから、早く帰らなきゃダメなの。遊べるとき、私から誘うから……それでもいいかな?」
子猫みたいに可愛く鳴いて、軽い上目遣いを坊主に向ける。坊主、鼻の下を伸ばして、唇をもにゅもにゅと動かして笑う。
気持ち悪いけど、そうなる気持ちも理解できる。晴は可愛いから仕方ない。
「マ、マジのマジ?」
「まじまじ。だからゴメン! じゃあね──ほら、静香いこ」
一瞬、私の耳にささやくと、空いた手で私の手をにぎる。ほんのりと柔らかい、せっけんの匂いがした。
「ちょ、ちょっと待って」
片手でカバンを持ち、晴に連れられて私も教室を出た。お調子者ボウズは口を尖らせて、不満そうに私を横目で見ていた。
○
玄関で靴を出して並べると、晴が軽い足取りで、私の隣に靴を並べる。
「実家に帰るなら私なんか置いて早く帰った方がいいんじゃない?」
「んや、あれ嘘だよ」
なんでもないように言って晴は笑う。外へひゅうっと風が流れて、ゴミが掃き出された。
「だって静香と帰りたかったし、でもそれを理由にすると、静香も巻き込まれそうだったから適当に嘘ついちゃった」
悪びれもなく、ペロッと舌を出して蠱惑に笑う。小悪魔の羽が背中に見えた気がした。
「なんで私? 他にも人がいたと思うけど」
「だって席近いし、それに、ちょっと相談したいことがあってさ」
靴を履き終えた晴は一度止まって、小さく息を吐いてから、また数歩歩く。
「相談って何」
私はカバンを肩にかけ直して、先に外へ出た晴の後を追う。
「んやーね、ちょっと、悩んでることがありまして」
私達は校舎を出たあと駅に向かい、高架下の歩道を歩く。
私達以外にも、電車通学の生徒が何人かがグループになって高架下を歩いている。
「好きな人でもいるの?」
私の質問に、周りにいた人たちが一瞬だけ晴を見た。
「いやいやいや、そういうのじゃないって」
晴は激しく手を左右に振り、軽く目を細めて適当に笑う。
その様子を見て、周りにいた人たちは止めていた会話を再開した。聞き耳を立てるな。
「進路さ、ちょっと悩んでてね」
「進路? 晴はどこに行くつもりなの」
「それで悩んでいるのですよー。どこに行けばいいのかなって」
腕を組みながら目を瞑って、作品に納得しない職人みたいに首を傾げて唸っている。
「やりたいことは?」
「んー、あるっちゃあるけど……あるっちゃあるという感じなのです」
「どういうことよ」
最寄り駅に向かって高架下を歩きながら、晴は腕を組んで、うんうんと唸り「う~ん」と長い悩み声が鳴った。
数秒止まって、息を吸い込んだあと、晴は声を張って答えた。
「私さ、デザイナーになりたいんだよね」




