─7─
一人、道の真ん中で自転車に跨っている。
荷台には誰かを乗せていたように思ったが後ろを振り返るとそこに自分以外の気配を感じ取ることは何処にも無かった。
何をしていたのだろう?
最初は忘れていたがそれが「探し物」であると思いだしたのは自転車で走りだして直ぐのことだった。
何故その探し物をしていたのだろう。そもそも何を探していたのかさえ忘れている。足元は奇麗に舗装されたアスファルトの道路で、それがずっと先の見えない暗闇の向こう側まで延々と続いていた。空を見上げればそこにはただ一つ、満月だけが雲ひとつ無い夜空と道路を照らしている。
道を少し行くとこんな夜道に四・五歳ぐらいの小さな女の子がアスファルトの上を石で削って一人落書き遊びをしている姿が目に映った。
その子の傍らを走り抜けようとすると声をかけられた。
「これ、なーんだ?」
ブレーキを切り足元に目線を落とすと、そこには白いラインで描かれた、どうやら四本足の動物を模しているようであった。
楕円形の丸い頭に先の尖った耳が付いている。背中の芯は丸みがかっていてそこから伸びている尻尾が身体の長さぐらいある。
これは間違いなくオーソドックスな猫を描いたのだろう。
「ブッブー、残念でした」
猫じゃないのか?じゃあ、これは一体何なんだよ。
「正解はねえ、犬さんでした」
これが犬?これのどこが。
「じゃあね、次はこっち。これ、なーんだ?」
隣の絵に目配せする。同じ様に白いラインで落書きされた『それ』は身体ほどに長い耳を縦に携えた動物。身体は丸々としていて短い尻尾に、ご丁寧に人参らしきものまでくわえている。
「私、人参嫌い」
ふうん、でもこれは兎だろ?
女の子は首を左右に振る。
「違うよ、犬さんだよ」
何でまた、これが犬なんだよ。
「犬さんだよ?しょうがないなあ……じゃあ、こっち。これは、なあに?」
『それ』を犬だという二体の落書き、その傍にある別の動物を女の子が示す。
身体はずんぐりとしていて、その四肢が太い動物。耳が広く、鼻が特に長い。
象だ、象に決まっている。
女の子は唇を尖らせて、今にも泣き出しそうな顔つきを覗かせていた。
「どうして解らないのかな、犬さんだよ?」
だから何でこれが犬なんだよ。それにさっきは他のやつを犬だっていったじゃないか。何で今度はこっちを犬だって言うんだ。
「私は犬さんを描いているんだもん、これは全部犬さんだよ」
よくよく足元に視線を巡らせてみる。そこに描かれた落書きはいくらか雑ではあるが、魚や蜥蜴やカブトムシ等であろうかと判断出来る。だがそれらは凡そ犬とは思えない様な生き物が描かれているばかりであった。
長い溜め息を鼻でつく。
この子は子供なんだ。
そう、子供だから無知で無垢で、この子はきっと犬という生き物を知らないんだ。
「知ってる。私、犬さん知ってるよ?」
違うね、君は犬を知らないんだ。少なくとも犬って生き物は自分の身体ぐらい長い尻尾や耳や鼻は持っていないよ。
「長いって、どんな?」
え?
「どうなると長いの?何処までだと長いの?」
それは、基準なんて無いけど……
「じゃあ、長くないもん」
でもこの三匹は犬じゃないよ。
「何で?」
こんな犬なんて見たことないよ。間違えようがない。君は子供だから解らないんだ。
「子供は解らなくて大人にしか解らないの?子供は間違えてて大人は間違えないの?」
そうだとは言ってないけど。
「子供は馬鹿で大人は馬鹿じゃないの?」
違う、違うけど。
「子供は……」
もういいよ、疲れるんだ。それに急いでる。探し物をしなきゃならない。
自転車のペダルを漕ごうとして、その女の子がきょとんとする。
「探し物?」
そう。
「どんなの?長いの?大事なものなの?」
女の子の問いには答えず、ペダルを踏む足に力を込める。
でも本当は答えないのではなく答えられないのだ。そして結局自分は何を探そうとしているのだろう。
暗闇に染まるこの道を照らす明かりが夜空に浮かぶ満月だけだなんて、とてもじゃないが心許無いことだと思った。




