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アルバイト先に向かい歩き出す。町はもう既にクリスマス一色に染まり出していた。街路樹や電柱にはクリスマス用の装飾物や発光ダイオード等が飾り付けられ町は色艶やかながらもどこか清潔感を感じ、この辺りがクリスマスを演出する上でのコツだろうか。
しかしこの街並みも二十五日を過ぎれば奥ゆかしい日本古来の正月に向け、和風へと模様替えしてしまうのだから、日本人というのも何とも身勝手な感じだ。
そもそも仏教が根底にあるこの国でキリスト教の催しに便乗してお祭りを一つ増やそうというのだから、それも都合の良い気がしないでもない。
観念に体系を有し、体系に観念を有する。そうしないとそこには一つのフラストレーションが生じてしまう。だからその一対のイデオロギーが国や組織といった人の枠組みを形成し機能させている。そして逆に、観念かまた体系かのある一方だけでそういった枠組みが機能するということは難しいのだ。
だから宗教はいつも社会と何処かで繋がっていて、そこの国の人口の凡そに何かしらが属している。
人の理解を救おうとする信念(神仏やまたその観念や解釈)の崇拝が宗教の前提であるとして、またその概念や価値観が正しいものかは全く別の問題であるが。今の日本人はどこか信念や目的意識に対する焦点が曖昧なのかもしれない。
神仏的なものは信じないという一方で占いや心理カウンセリングや、そしてまた性格診断テスト等が長くに渡って密かなブームであるから本末転倒というものである。
要するに日本人という人種は皆、言い訳がましい。
そういった宗教はおろか哲学的な部分においても軽薄である事は二十世紀末、営団地下鉄で起こった有名な毒ガス事件を見ても明らかで、あれが日本人の持ち合わせている個々の宗教に対するイメージで、それは事件を起こした加害側にもそうなのだと言えよう。
「思想が違えばテロも起こる」
果たしてそれは正義と呼べるのか?
「ムカつくから、キレる」
若者の言葉を借りればこうなるだろう。
それは真剣に哲学をする、ということからいつも逃げている。
上谷はその意味では自分自身をとても日本人らしい、と思う。
アルバイトのその前に上谷は間食用にパンを買うことにした。昼食は明智に見つめられていた、という贅沢?な理由のせいでとにかくよく食べていなかったので上谷はいつもより一足早めに仕事場へ着き、プレハブ小屋で腹をこしらえることにした。
コンビニへ入り、特に選ぶ物も無かったのでとりあえず新商品のステッカーの付いているパンを一つと、いつも食べている無難なヤキソバパンを買った。飲み物はアルバイト先のプレハブ小屋にある、あの安物の不味い缶コーヒーで済ます。
午後四時半には三栄に着いていた。
「オッス、上谷。今日は早いな」
プレハブ小屋の引き戸を開けると玉置がそこで休憩をとっていた「まあね」と当たり障りの無い返事をした上谷は荷物を置き、そして仕事用のジャケットを羽織った。
タイムカードを切るにはまだ少し時間が早過ぎる。小さな仕事場であるから多少の融通は利くが、そこはかとなく社会的な配慮を考えてのことだ。
「君は休憩早くない?」
上谷が茶化すと「馬鹿言うなよ」と玉置。
「お前にとってはこんな時間だろうけどな、俺は一日八時間労働してるんだぜ?」
そう言いながら玉置は安物の缶コーヒーを上谷に差し出した。例によってプレハブ小屋の隅に業務用の箱丸ごと置いてある、あの不味いやつだ。
よく見れば昨日より箱が増えている。
「ああ、それ?今日の午前中に問屋に行ってきたんだよ。業務用の電気製品ばっかり卸してきたんだけどな。ついでにのコーヒー切れそうだったから、それ思い出して流れてるやつ持って来たわけよ」
持ってきたとは言うが勿論と無料いうわけではない。本来の市場に出回らないような値段で買ってきたということだ。玉置は店内の仕事は当然、店外の仕事も担当することがあった。品出しから発注まで何でもこなせ、この辺が玉置と他のアルバイトとは圧倒的に違っているところだ。
だが上谷には玉置の苦労など知る由も無い。と言うよりは、上谷本人は気付いてないのだが要するに認めたくないのだ。
上谷からして玉置はアルバイトであり対等である。そこに実力や年齢や年期等は無く、ただアルバイトという肩書きによって決定をしている。
世俗の若者みんなが横柄である、とは決して無いしその上、最近では不安に対する弱さがキレる子供どころか大人をも作り出していて物事に接することの若年進行麻痺は今や『成年進行麻痺』でさえある。
心理的防衛機制は人間の不安に対する臨床のメカニズムであり、次のようなことだ──
人間の不安によるストレスを処理するのは常に「自我」である。物事が自身に起こり得れば人間はその社会性や個々の価値観、自分や他人の立場やプライドを介して適応をすることが基本的には出来る。
ここで言っている適応というのはつまり世間一般レベルの「問題解決能力」である。
ところがこの自我による物事の適応能力は本人の精神の許容量やストレスの度合、また心身的に弱っている場合などによって正しく機能しないことがある。
心理的防衛機制とはこの「自らが社会や環境に常に接続をしている」という事を逐一理解している『意識した意識』から連想された正しい適応ではなく、正しく適応されなかったストレスに対する自我の再適応能力で、つまり無意識の妥協案だ。
最も重要な点は『意識した意識』であるというところだ。人間は普段の何気ない生活の中においてこの心理的防衛機制という臨床の機能を働かせている。
──否認・抑圧・投影・昇華・合理化・知性化・反動形成・同一視・逃避、など──
ストレス(情報)を受けた本人が意識した意識を意図して用いらない場合、その情報というのは本人の持つ知識の幅の中から自らの性格で一番『処理し易いもの』を選び出すはずだ。実はこの「自らの性格で選んでいるつもり」の筈のこれが心理的防衛機制の正体だ。
その機能は自我によっている為、個人や性格を建て前にされがちだがその実、自身の心を上手くコントロール出来ていないという側面の現れである。
ストレスを受けた際の意識した意識の発現は心を鍛えていないと意外と難しい。本人の性格や知識量の多さが問題なのではなく、人間の精神に対して無知なのが原因である思われている。
不安に対する弱さがキレる世代を作る。この構図を形成しているのはどこか教育に要因があり強いて情操教育が乏しいのだろう。
所得格差が学力の格差を生む問題もありこの日本において義務教育を廃止するなど非現実的であるが、競争社会それ故か教育や育児を行うことに対して惰性した大人達を少なからず何所かで生み出している。
そしてそういった者の大概は教育や育児を受けることの意味を子供に教えない。
それは勉強する事の意味を、
それは育つ事の意味を、
肯定するか否定するかの選択肢でしか与えないものの考え方が近頃、現代人の持つ否定癖という新たな精神の病を広く世に作り出す。物事に対する先入観を、自身が経験したことの無いものでもそれを『とりあえずNOから入る』というアレ。
社会というのは常に何処かで反抗運動が流行るものだがそれはいつでも思想によって起きたことだろう。だが近年の不安に対する弱さと観念から露わになる否定行動は、教育や育児による環境の体系がその根本を形成している。
否定という選択肢は殆どの場合「確定されている生成現実の内の中から『一つだけ』を選ぶ」という簡単な方法で、既に提示された答えだ。
0から物を考える労力に比べれば、当然これには雲泥の差がある。
──根拠の無い慢心が、自分の中で慣行されていることに上谷は気づいていない。
上谷は玉置に特に返す言葉もなく、缶コーヒーを受取ると買ってきた二つのパンを取り出した。
まず定番のヤキソバパンを完食し、次に新商品のステッカーの貼ってあるパンを手に取る。
「と、これは……」
「謎肉パン?」
その明記を玉置が読む。
カップラーメン等に入っている『あの肉』だろうか?
「変わった物を買うな、上谷」
玉置に言われ上谷は曖昧な相槌すら返すことが出来ずそれを眺める。新商品のステッカーに惑わされ、よもや手に取ったのがこんなパンであったとは、と暫しそのパンの味を想像してみていたが。
「まあ、とりあえず食ってみろよ。美味いかもよ?」
「謎肉って、大豆じゃなかったけ?」
「んー、それ加工物には見えんけどな。それにお前の固定観念でそのパンを食う前から不味いと決めつけるなどと、俺は感心せんぞ上谷」
そう言って玉置は上谷の手の中にある謎肉パンを指差し「行け」とした。
意を決し上谷がそれを口に頬張る。
「どうだ?」
「不味い」
玉置は腹を抱えて「だろうな」と笑い転げていた。
包装紙の裏面を確認するとそこにはオザナリ食品という社名が書かれていて、上谷はもう二度とこのオザナリ食品なる会社の製品を食べないと自らの心の中で誓った。
「なかなか企画外のパンだったようだな、上谷」
「いやなんか、生臭いんだよこの肉……一体なんの肉なんだコレ…」
玉置の言葉を受けながら上谷は口の中に残る気持ちの悪い後味をいつもの不味い缶コーヒーで流した。
感覚が不味いと思えているものならば、それこそが本人がこの世で感じ取る最も確かなイメージだろう。
だが否定という観念は人間が五感で感じるその感覚をも覆し、上書きする事が出来る。
自分が本当に好きな物を、人を、周りに突かれ煽られて意見を変えてはいないだろうか?
観念、それは人間が生きていく上での知恵であり基準であり勘違いである。
仕事が始まると今日出勤の店員の多さに気が付く。
上谷は始め、玉置ら男性陣と一緒に夕方までに裏手の搬入口に運び込まれた荷物を店内に入れそれらの状態を一通りチェックし、フロアから商品を陳列するためのスペースを設けて家具や家電製品をその隙間に順序よく並べていった。
模様替えはこういった店舗では日常茶飯時だ。
それから小一時間経って仕事の流れが一旦引くとシフトの人数が出揃っている今日という日には、力仕事を主に当てられている上谷は他の誰よりも真っ先に手持ち無沙汰になっていた。
アルバイトの女の子であれば仕事が無くとも最低接客の準備を身構えていればそれで良い。しかしそれが男のアルバイトの場合、何かしら作業をしていないと店の見た目の、つまり画的に良くないと社長がいつも言っている。暇な日にはアルバイトの士気が間接的に下がり、それを恐れているためだ。
こういった日、上谷は決まって会計前のレジスターの周りにある小物雑貨の棚を整理することを日課としている。黙々と細かい作業を始めると上谷は飽きもせずに没頭出来る性格だった。それ以来、玉置からは「上谷専用」としてこの業務を押し付けられるに至っている。
最近トラックから降ろした積み荷の中には大手製薬会社の贈答用ストラップやらファーストフード店で使っていた期間限定物のおまけの子供玩具やら、三栄としては分類に困るような小さながらくたの束が沢山あった。ゲームセンターで使う様な非売品のクレーンゲームの景品など時折こういったものがバッタ屋には出回って来ることがある。今日はそれらも含めて品分けを行う作業をしていった。
小物に付いた埃を払ったり明らかに商品価値の無い物を陳列棚から省いたりと上谷が一人淡々と自分の作業をしているとそこにふらふらと玉置が寄ってきて「ん、頑張っとるかね?」と三栄の社長の物真似をして見せて上谷を茶化すのであった。
そんな玉置にとにかく無視を決め込んだ上谷は、玉置を視界に入れまいと作業に集中する。
上谷の様子を伺いながら玉置はやがて「やれやれ」と大袈裟におどけたふりを見せつけると悪ふざけを諦め、上谷が片付けていた小物の棚の中からその一つに手を伸ばす。
ルービックキューブだった。
それをいじくり回し始めた玉置は途端にむきになったのか何とか一面だけでも揃えてみせようと必死になっていた。
「あ、懐かしいな。それ」
玉置のやっている物に北条が気づき、それから少しの間、玉置が意地になって奮闘している様を愉しげに外野から眺めていた。だが難解なルービックキューブの前に遂に玉置は観念せざるをえないのだった。
「番長、全然駄目だねえ」
北条に言われ玉置はお手上げのポーズをすると、手にしていたルービックキューブを目に入った正面の棚へ軽く投げ放り込んだ。
するとあろうことか、
ガシャン!と、棚に投げ込まれたルービックキューブのその衝撃で中に挟まっていた段の敷居の幾つかが外れてしまったのだ。上谷渾身の神経質に分別された小物類の束は、見るも無残に散らかってしまったのである。
長い長い溜め息をその鼻でつく上谷。
「……玉置、続きは君がやってくれ」
「くっそー、軟弱な棚め」
玉置がしぶしぶと崩れた棚を直し始めると上谷は「こんなもので遊んでいるからだよ」と言って先程のルービックキューブを棚から取り上げた。
北条がそれをくすくすと笑って見ていると玉置は「手伝ってよ」とその目で訴えかける。
「しょーがないなー」
そう言って北条と二人掛かりで棚を整理し始めれば、作業は五分とかからなかった。
上谷は二人が崩れた棚を整理し修理を終えたのを確認すると「後は僕がやるよ」と言って手にしていたルービックキューブをその棚に今度こそは、そっと戻したのであった。
再び作業を続けようとした上谷をよそに北条がその隣で驚愕した声を上げる。
「凄い!全面揃ってる」
それは上谷が取り上げていたルービックキューブの六面全てが色を揃えていたのであった。玉置はそれを手に取りまじまじと見つめ唖然としていた。
「上谷、お前スゲーな!」
「そうかな?」
玉置の驚きも意に返さぬ上谷の態度に、玉置と北条はただただ言葉を失うばかりであった。
そういえば、と上谷はふと思ってみる。
それまで気にもしていなかったことだが、こういった作業をしている時の自分の意思といえるものが、今の今までそこにまるで無かったような、そんなふうに思えているのだ。
何故だろう?
ピノキオは嘘をつき、
舞い踊るはコッペリア、
それは木偶にして、
糸引く者無き操り人形。




