─14─
きんと耳鳴りがする。
「…上谷」
耳障りな、相変わらずの雑音。
「起きろよ、上谷」
だがそれは違う。
「こんな所で寝てると風邪ひくぞ?」
最初から解っているはずだった。
解っているのに気付かないふりをしている。
「おーい、上谷」
自分を呼ぶ声がしてようやく上谷は、
「うーえーたーにー」
──目を覚ました。
「ああ、もう起きてるよ」
言って身を起こす上谷。小二時間かそれよりもう少し短い時間ほどであろうか。椅子に座り込んで寝ていたため背中と腰が上手く動かず首が僅かに寝違えたようだ。
ゆっくりと頭を左右に回してみる。右側に捻ると少々首筋が痛んだ。
それから椅子から立ち上がり軽く背を伸ばすと友人の男子生徒が怪訝そうに上谷のことを眺める。
「明日はもうクリスマス・イヴだってのに。お前はこんな所で居眠りかよ?」
「そう言うお前は何しにここへ来たんだ?」
上谷が聞く。友人はああとして「忘れた物を取りに来ただけだよ」と言って続けた。
「まあ、今日で今年の美術室も見納めだな」
言って部室を見回す友人。
「何だあれ?」
友人がホワイトボードの変色した部分を指した。上谷は差し障りなく、さあととぼけたふりを見せる。
「ま、知らないならいいけど。しかし今日もここに通い詰めてるとはね。上谷は暇人だな。明智がいないが、まさかフラれたのか?」
そう言われて鼻で溜め息をついて見せた上谷は「まあ、そんなところだ」とぼそりと呟く。
「え、やっぱお前ら付き合ってたの?」
「冗談だよ」
上谷の返答に間髪入れず友人がきょとんとする。
「え?」
「だから冗談だって」
ところが友人は上谷に返す言葉に何やら困り果てていたようだ。
「いやあ、そういう意味で聞き返したんじゃなくてさ」
間を置き額を人差し指でかりかりと掻く友人は上谷の対応に戸惑っている。
「上谷の冗談ってのを俺は初めて聞いたぞ」
「そうか?」
上谷は明智の描いた肖像画に目をやる。その絵はもはや、間違いなく完成した作品のようであった。そしてこの絵の青年に上谷は妙に不快な気分にさせられている。
認められるはずがない。
そう思って上谷は友人を見やる。この友人は確かに自分の存在を認識してくれている。
それは間違いのない事実であったが、
「どうした?」
友人が聞く「…いや」として上谷。しばらく不思議そうに友人は上谷を見つめていたが、やがて大したことではないのだろうと解釈したのか、余計な詮索はしてこなかった。
「用事済んだからもう帰るよ。上谷は?」
少し沈黙してから上谷は、
「もう少し、ここに居るよ」
そう言った。
けれども上谷には、
自分の鞄の中に眠る明智の表情を描いたスケッチが、もしかしたらもう既に役には立ってくれないのかもしれない。
そんなことを思っていた。
アパートに戻ったが寝付けなかった。
いや、寝るのが怖かったのだ。
眠ると、夢を見ると、アイツが出てくる。
アイツの記憶、アイツの意識、アイツの存在。それらは全て今の自分という人間の根本をそして、それらを形成しうる情報を否定している。
何だというんだ?
じゃあ自分は一体、誰だ?
じゃあアイツは一体、誰だ?
そもそも自分は何故、今此処にいるのだ?
部屋を見渡してみる。しかしそれはとても無機質な空間。
機能は万全、だが娯楽の要素は何一つ無くそれはまるで自分の記憶の再生を抑止しているかの様な、そんな仕掛けがこの部屋には施されている。今の上谷にはそう捉えていた。
初期化という意味では、その都度の何かが自分の中で当てはまっている。この部屋の不思議な感じは何であろうか。
忘れた。
この表現はもしかしたら正しい。
もし自分の記憶を正確にインストールする方法があるのだとすれば、今の自分にはもはやこれ以外には考えられなかった。
自分の携帯を見開いてみる。
待ち受け画面はナンセンスな日付のカレンダー。そしてそこからSNSのアプリを開く。
──明智未来。
自分が今一番知り得たいと思うことを、
君は初めから知っていたというのか。
だが寸でのところで携帯は閉じられた。
聞けるわけがなかった。
自分は一体、誰なんですか?
なんて頭の悪い質問だろう。
頭痛がする。
また、飛蚊症のように目が眩む。
耳鳴りは止まない。
そして右肩がちくりと痛んだ。
道化師は夢の中。
そのカード、
時にエースやキングよりも強く、
時にエースやキングよりも弱い。
ただ漠然として上谷は翌日の朝を迎えた。
睡眠不足も相成って体調は酷く悪い。頭の中を行き交う葛藤というまるで自分の意識から確固として独立した意思は己の脳と精神を傷めつけ、また胃腸を焼けるように熱くさせる。
ストレス、とその昔に一括りに言ってしまっていた精神の病は次第に曖昧な名称ではあるが列記とした病名がなされ、そういったものに侵されている人々の、少なくとも差別を無くしていけるだろう。
だがしかし、葛藤とは決して病名などではなく、そしてまた神経症やうつ病や、さらにそれらよりもずっと細かな不安に対する弱さの感情に病名が定義されることによって本来病気では無い人が病気のふりをしてしまうことを助長し、その心の逃げ道をも同時に与えてしまっている。
心理的な問題から精神疾患を患ってしまった人の中には「どうやったら自分は病気として扱われるのか?」という歪んだ方法を模索し心理的な病気を持つことを社会の負担から免除されて良い権利なのだと錯覚さえもする。その錯覚した権利を得る為に、自身の心身の改善策を一向に考えようとしない解釈に依存をしてしまう人もいるだろう。
救いや優しさを求めることとは一体どういうことなのか。だがこれは精神疾患に限らず、特に健康な人々にも広く言えることだ。
だからその意思というのはかろうじて本人を現実世界に結び付けている細い細い糸のようなもの。それはカンダタを救おうとした釈迦が天界から差し伸べた蜘蛛の糸ほどに細く脆く、そしてそれを何かが断ち切ろうとする。
その危うい葛藤と睡魔との間で上谷は意識が途切れそうだった。
腹が減る、しかし食欲は無い。
1kの間取りの狭いアパート、その部屋の玄関先にようやく設置してある小さな台所によたよたと歩いていき水道の蛇口を捻った。
グラスを手に取ることすら億劫なほどに、そのまま水を胃に流し込む。
カルキ臭い。
だがそれでも今の上谷にはそれがじっくりと身体に浸み込んでいくのが解った。
凡そ六割が水分で出来ていると言われる人間の身体。だがその六割に不純物が混ざっているぐらいが自分には分相応なのだろうか。
所詮自分という人間のもつ全容の何割かは偽りで出来ているのだ、そう思った。
考えたくのない考えが、されどそれは己が抑止力を遙かに超越した感染速度をもって自身の精神を侵食していく。内に宿る理解不能な大いなる虚妄。
自我。
自分自身という一人の人間の存在を果たしてどれほどの人達が認識できているというのだろうか。そしてそれは誤認された情報などではなく正しく、最も真実に近い情報であるといえるのか。
貴方というある一つの存在。
そして貴方は別のある一つの統括された意識によって与えられて生きている。
即ち人間社会。
貴方の名称は与えられたもの。
貴方の環境は与えられたもの。
貴方の知識は与えられたもの。
貴方の価値観は与えられたもの。
そして貴方は何によって決定をし、何によって選択をしてきたのか?その貴方の性格とは一体どのようなものなのか。
で、あるなら、
それは貴方の自分自身という存在の正しい情報であるといえるのか?
与えられた情報で形成されて生きている、貴方という存在。
何が貴方であるのか?
午前八時四十五分、意味の無い起床のアラームが鳴る。五分置きの時間差で目覚まし時計のスヌーズ機能がかかるも今の上谷にはその音はまるで耳に入っていなかった。
やっと上谷の虚ろな意識がそのアラームに耳を傾けたのは、けたたましく鳴り響いていた三度目の音のことだ。
ディスカウントショップ三栄でのアルバイトは今日もある。人や社会と接したくない、と上谷はこれまでの自分の人生において今日という日が最もそれを強く感じていた。
上谷が小さく身震いしたのはそういった社会に対する恐怖からではない。実際に身体が寒かったからだ。
暖房機器はおろか目覚まし時計と携帯ぐらいであろうか、それ以外の部屋中の電気という電気がついていなかった。自分のアパートに着いてから、何も無しにそのまま夜を過ごしたらしい。
しかし今年の暖冬と言われていた冬の中でも、今日だけは一際肌寒さを感じる。急速に進行する異常気象でもはや地球全体は駄目になってしまっているのではないか、そんな妄想さえ抱く。
イーハトーブを襲った大飢饉の物語。
けれども今、この世界の何処を探したってグスコーブドリのような献身的な少年など居はしないだろう。
逃げ出した大人達は帰って来ることもなく、そこに取り残されているただ無知な子供。
そして彼らを取り巻くのは弱い者を騙そうとする沢山の大人と、ほんの少しだけ前に進むきっかけをくれる僅かばかりの大人だ。
負の感情が圧倒的に勝るそんな世界のどこに、宮沢賢治は希望を見出したのか?
それでも上谷がアルバイトに出勤する気になったのは、動いていれば少しは頭も楽になるのかもしれないという発想と、そしてもう一つは自らが一人暮らしをするという理由。
アルバイトに出ないことは今の自分とその生活を否定してしまうことになる。そんな考えに駆られたからだ。
テレビをつけながら着替えを済ます。何か音が聞こえている方が行動に拍車がかかり易い。それから顔を洗って今日の荷物は最小限に留める。財布と携帯、後はアパートの鍵だ。部屋を出ようとテレビの画面を消すためリモコンを手に取る。
画面に映るメディアの謳い文句を下らなく思いテレビを消す。アパートを出れば空にはどんよりとした黒い雲がまるで失敗したマーブリングの様にかかっていて、上谷には「この世界が自分の心の模様を映している」とそんな事を感じた。
だがもし仮に一九九九年に外した日本では有名な大予言が明日、自然災害か何かの形でこの日本に訪れたのだとしても、今の自分の身には何があっても大したことでは無い。
ただ今日のそんな空の様子とは対照的に上谷の側を行き交う街の人々は年末年始に向けての活気に溢れていて、正に今この瞬間を生きている。
世界恐慌はおろか、いつか起こった世界貿易センタービルのテロにでさえ恐れなんか抱かないであろう今の上谷は、だが何故なのか。周りの人々の幸せを前にすると、とてつもない不安と恐怖を覚えるのである。
しっとりと手に汗。
冷たい冬の風に煽られてその冷や汗を握りしめる。自分の感じているこの不安と恐怖は一体、何に対してのものなのか。
自分自身の感情がただ解らずに、その胸に一物の不安と恐怖だけを抱える。
いつか玉置が言っていた。心に不安が在る生き物というのは人間だけなのであると。
ああ、そうか、
少なくとも自分は人間なのだな。
そう上谷は思った。




