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正午過ぎ、休憩を終えた上谷を待っていたのはトラックに積み込まれたいくつかの積み荷だった。
上谷は高校生アルバイト達とフロアの接客営業の引き継ぎを手早く済ませてから直ぐに力仕事に借り出された。
トラックから荷物を降ろすとそれを個々に仕分けしていく。その中には明らかに真新しいダンボールに梱包された新品のファンヒーターが複数台あった。よく見てみると表記されている製造年月日が去年の物となっておりどうやら大型家電量販店の業者向けの在庫処分といった感じであった。
玉置は新品のそれを見やると各々の役割分担を既に決定したようだ。
「じゃあ上谷はこいつらを売り場に並べてくれ。余ったものは裏手に在庫として置いといて。俺は他の細かいものの仕分けするから。家具類は社長が一度目を通してくれるから放っておいて良いよ」
「了解」
「今日はこんなものも出てきたんだぜ?」
そう言って玉置が納品のがらくたの山から取り出したのはギターとベースとその専用アンプが数点ほど、いくつかケースにすら収められていない物もある。
玉置はそのうちケースに入っていなかったベースを一本取ると慣れた手つきでセッティングしてアンプの電源を入れた。それから瞬く間に四本の弦の音を合わせる。
チューニングというやつ。その音を聞きつけて、営業フロアから北条がひょっこりと顔を出す。
玉置のベースを担ぐ様は既に楽器を扱う事に慣れている者のその仕草だ。フィンガーピッキングで弦を摘まみだせば、途端にその軽快なリズムが宙を跳ねる。
見事なファンクベースだった。
「番長、上手いんだねえ」
北条が歓喜の声を上げる。そのフレーズ一つ一つには上谷も聞き入ってしまうばかりだ。
「そうかい?上手いなんて他人に言われたのは久しぶりだよ」
照れくさそうに玉置が言う。彼にしては珍しい表情だと上谷は思った。
そしてふと、上谷は「上手いって何だろ?」とぽつりと呟いた。そんな上谷に玉置と北条がきょとんとしている。
「技術があるって事じゃないの?」
北条の台詞は上谷が予想した答えでもあった。そしてそれと同時に上谷はその答えに対して僅かに諦念をしている。
結局そんなことなのだろうか?
上谷の頭の中にあるのは明智のあの絵だ。別の何か、洗練された他の理解がないのだろうか?
すると玉置にしては長考していたようで、やがて
「芸術に関して言えば、ってことか?」
「まあ、うん…そうかな」
再確認する玉置に設問者であるはずの上谷が寧ろ頭をもたげた様子で、
「技術って言葉がそもそも後付けじゃないか。本質的には上手さとは関係無いと俺は思うけどな。作る側が作り易い様にとか、受ける側が刺激を受ける様にとかは単に『コントロール』で、それって作る側の義務とか都合とかコンプラに近いよな」
そうなのかな?という顔をする北条。
アーティスティックな『もの』はその精度が物事の勝ち負けと比例している。そう思って流行を追いかけ回している者の世代の反応だと、玉置は北条に感じる。この辺りのやり取りはいつだって、とても不毛なことだと彼は思うのだ。
ふむと玉置が溜め息混じりに小さく唸る。
「レオナルド・ダヴィンチは、二人とも分かる?」
「そりゃ、分かるけど」
「彼が自らの絵画の中で自分の個性を象徴するために特に使用していた絵画の技法って何だか知ってる?」
首を横に振る二人。上谷は明智からいつか聞いた覚えは無かっただろうかと記憶を探ってみるが特に思い当たるところが無い。
「知らない?じゃあ説明するかな」
思い出しながらなのか、玉置が額を人差し指でかりかりと搔く仕草をする。
「まず一つ目に遠近法。これは近くの物を大きく描いて遠くの物を小さく描く。まあ、距離感を表現してるわけだな」
玉置は一呼吸置き、
「二つ目がスフマート技法。これは人や物を描く時にそれらに輪郭線を付けずに色の光加減で背景や人物の輪郭を浮かせることでその物体の描き分けを行う技法なんだ」
そうなんだ、とした二人に玉置が突拍子もなく、
「これって、どう思う?」
「どうって…何を?」
「感想だよ、ダヴィンチに対する」
何かもやもやとした様相で北条が考える。
言葉を選んでいるというよりは態度を選んでいるといった感じで、見当外れな事を発言してしまうと格好悪く見られてしまうのかなと、そういうことらしい。
「凄いこと?なんだよね?そういう技法を取り入れる技術がダヴィンチに在って、自分の個性を決定しているものの一つとしてそういう表現方法を使っている?番長は何を聞きたいの?」
「簡単に言えば、君らが『その発想をしてしまうこと自体が間違い』なんだよ」
「何で?」
上谷が聞き返す。玉置が意味も無く会話の頭から他人を否定するなど、多少、感情の情緒があっても考えられることではない。ただ相手の会話の切り出しが否定からというのはどうにも腑に落ちないというのが普通の人間の持つ対抗心であろう。
しかし、そして逆に玉置なら何か、自分の求める答えの何かしらを持っているのではないのだろうかと上谷は思うのだ。
「まず『名称』そのものがおかしいとは思わないか?特に遠近法なんかは」
「名称?」
「近くにあるものを大きく描くって当たり前のことじゃないか。それに輪郭の綺麗な絵も良いとは思うけど、必ずしも輪郭線が絵画の中に必要だってことも無いよな?」
そう言われてみればと、二人が思う。
「昔のキリスト教の宗教絵画において、神や聖人は人より大きく描かなければならないと決められていたんだよ。そしてまたキリスト教の解釈では『全ての存在は神がお創りになられた』としてそこに描かれるべき対象には必ず輪郭線を描かなければならない、とされていたわけだ」
「それが、遠近法やスフマート技法が生まれた理由ってこと?」
「ああ、ダヴィンチとしては『在る』ものや頭の中に想像するイメージを偽りなく描きたかったんだろ。でもそれをさせない周りの環境や世俗の風習があって、だから技術という建前で後付けをしたんだろう。そういうのを超えてるから才能ってことだろ?誰もやらなかったから画期的だなんて簡単な事ではなくてさ」
玉置は二人が理解し易いように、もう少し簡素な例題を探してみる。
「苦くてもコーヒーは飲むし、チープなものが格好良いと思うことだってある。日本人は正月にもなれば普段聞いてる派手なポップスを忘れて奥ゆかしい雅楽に耳を傾けてる。こういう何かを良いと受け入れる感覚はそもそも技術や五感が云々ってことでは無いと思うんだ」
「じゃあ、何をもって上手いとか良いとかを決めるの?」
本心からではないが、北条の聞きたいことは玉置にだって伝わっている。
「暗黙知による概念の評価ってのは、結局のところ『恣意性』によるんだと思うよ」
「しーせー?」
北条のたどたどしい口調を聞いて、神妙に語っていた玉置が思わず吹き出す。北条は何だか自分が会話のオチを掴まされた様に感じてむうっとふくれる。
「恣意性ね愛理ちゃん。違いのことだな」
素早く上谷が口を挟んだ。
「そんな事は解っているよ」
上谷が言う解っているとは恣意性のことについてではなく「物事の善し悪しを決めるのは最終的には違いなのだ」という事に対してだ。
結果的に違いという言葉だけで一括りにしてしまうなんて誰にだって発言出来るし、それをとてもではないが感性のある物の言い方だとは思えなかった。
そんな幼稚な答えを自分は求めているわけではない。上谷を見やり玉置は「まあ、落ち着け」と目配せする。
「それも記号論で使うような、もの凄く即時的なものだな」
「即時的?」
眉をひそめ、玉置を猜疑の目で見る上谷。意味が解らない。
「例えばだな、犬という『言葉の記号』が在るだろ?」
玉置がゆっくりと話しだす。
「この『犬』を耳で聞いた時に我々は犬が何であるかを想像している。そうだな?」
ああ、と相槌をする上谷。
「どんな形をしていて、どんな習性があってというモノの内容で記号内容だな。ところがこれらを想像しうる為にはこの『犬』という言葉の記号以外の他の記号で概念が適当に近いものの存在がなければ、想像しえないんだ」
「え、何で?」
犬は犬だ、と上谷は思う。そんな上谷の考えは玉置にも手に取るように解っている。
「もしこの世界で、四本足の動物が犬しかいなかったとしたら、それは犬という記号として表現するに値しないからだよ。区別する必要がなくなるからな」
「私は犬さんを描いているんだもん、これは全部犬さんだよ」
存在として、
在るもの全ての内容が同じ意味だとして、
「そんなこと、有り得るのかな?」
上谷が呟く様に言う。それが日々の生活の中では当たり前のことだと思っている。
「本当にそんなに即時的に、人間は普段から物事を分析しているのかな?単語そのものにしたって…それほど本人の頭の中に許容があるとは思えないよ」
言われて玉置は少々頭を傾ける。
「お前ら、サヴァン症候群ってしってる?」
聞いたことが無い、という表情を返す上谷と北条。
「自閉症の一種なんだがな、知的障害を持ち合わせていると共にその記憶力に障害がある」
記憶力に障害?何であろうか。
「忘れる、という能力が無いんだよ」
「忘れられない?」
そんな馬鹿な、と思った。
「障害の個人差はあるだろうけど、凄い人になると一度読んだ本の文章を一字一句覚えていて、一度聞いたピアノの演奏を譜面が読めなくても同じ様に演奏出来て、高度な彫刻でさえ同じように複製できたりもするらしい」
一瞬上谷はぎょっとしたが、けれどもそういえば上谷は生涯を持つ人達で駅のホームに流れる放送を丸暗記している人を電車の待ち時間に見たことがある。
「でも…それは障害を持っているからなんだろ?」
上谷はその台詞に精一杯の反論を込めてみる。が玉置といえば「どうだろうね」と肯定した意見を述べてはくれなかった。
「人間社会の視点で言えば障害という形になっていて、それが表面化はしているけれどね。それって元々の誰もが潜在的に持ち合わせているんじゃないかな?」
それに、と玉置は「上谷にだってあるだろ」と思いがけないことを言い出した。
「僕が?何を?」
「ルービックキューブ、得意だったろ」
ぎくりとした。
「あれは小さい頃に、やっていた覚えがあるから…」
付け焼き刃なことを言っている、と自分自身に思う。本当は『何となく』という、それそのものでありまた、その面の流れが解るからだ。
「人間は普段自分達で感じているよりも、多分ずっと高度な生き物だよ。物事の善し悪しも、上手いも下手も、日々の中で我々が感じている意識体験から間違いなくその恣意性を見出している」
『意識体験のデータ』
感覚質と呼ばれ、また言語哲学として認識されているにも関わらず、科学的にどう処理すればよいのか問題にされている。
だが、確かにそこに『在る』
忘れることを忘れた賢い白痴。
しかし、新しくなるということは、いつも一度忘れることなのであると、
彼らはよく知っている。




