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『辺境領主の経済無双 ~増税と緊縮で滅びゆく国を、現代知識と積極財政で救う方法~』  作者: 盆ちゃん


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第5話:連鎖する熱狂と、辺境の産業革命

第5話:連鎖する熱狂と、辺境の産業革命

カン、カン、カンッ!

辺境都市ヴォルフスブルクの朝は、力強い鉄の響きから始まるようになった。

数週間前まで、燃料不足で完全に火が消えていた老舗の鍛冶工房。その炉の中では今、魔石とは比べ物にならないほど安定した青白い炎が、猛烈な熱を発して轟々と燃え盛っていた。

「おらっ! もっと風を送らんか! この『青きエタノール』は火力が桁違いだ、すぐに鉄が溶けちまうぞ!」

親方の怒号が飛び交い、弟子たちが汗だくになってふいごを踏む。彼らが打っているのは剣ではない。新しい農地を開墾するためのスキやクワ、そして街の防壁を補強するための鉄材だった。

工房の隅には、領主の証印が押された真新しい紙幣——『ヴォルフスブルク領地債』の束が積まれている。

領主館からの公共事業の依頼により、鍛冶屋には前払いでこの領地債が支払われた。親方はその領地債を使って、近所のパン屋で焼きたての白パンを買い、肉屋で分厚い干し肉を買う。パン屋と肉屋は、その領地債で冬を越すための薪や新しい衣服を買い求める。

ヴィクトルの発行した「ただの紙切れ」は、見事に街の血液となり、止まっていた経済の歯車を猛烈な勢いで回し始めていた。

街外れの広場は、さらに異様な熱気に包まれていた。

かつては魔物に怯えて街に引きこもっていた冒険者や、仕事を失った荒くれ者たちが、巨大な荷車に山盛りの「クズ草」と「魔物の死骸」を積んで次々と押し寄せてくる。

「おう! 第四班、スライムの死骸五十匹分と、クズ草を荷車三台分だ! 買い取ってくれ!」

「はいはい、順番に並んで! 買い取り価格は領地債三万相当ね。そのまま奥の『発酵槽』にぶち込んでくれ!」

彼らを仕切っているのは、油まみれの作業着を着たアレンだった。

広場には、アレンの『現代科学』の知識と、街の魔法使いや鍛冶屋たちの技術を総動員して急造された、巨大な「蒸留塔」や「発酵タンク」がいくつもそびえ立っている。

アレンは、ただのゴミだったクズ草から糖を抽出し、魔物の成分を利用して爆発的に発酵させ、それを蒸留して高純度の代替燃料バイオエタノールを精製する『プラント(工場)』を、この数週間で構築してしまったのだ。

「おい、そこの温度管理! 基礎化学の理屈を教えただろ、沸点を超えさせるな! 爆発するぞ!」

アレンの怒号が飛ぶ。彼の『異界の造物召喚ガラクタ・コール』で呼び出された化学書は、今やこの工場の絶対的な設計図バイブルとなっていた。

失業していた者たちは素材集めという新たな仕事を得て、魔法使いたちは魔力でプラントの温度を管理する仕事を得た。無価値な資源から莫大な熱量エネルギーが絶え間なく生み出され、それが青い樽に詰められて街中へと出荷されていく。

まさに、辺境で起きた『産業革命』であった。

一方その頃、領主館の執務室。

窓から立ち昇る蒸留塔の白煙と、活気に満ちた街の喧騒を見下ろしながら、ヴィクトルは優雅に紅茶のカップを傾けていた。

「……信じられません。ヴィクトル様、これは魔法以上の奇跡です」

古参の文官ハンスが、震える手で分厚い帳簿を差し出した。彼の頬にはすっかり血の気が戻り、その目には畏敬の念が宿っている。

「発行した領地債は、見事に領民の間で『貨幣』として信用を獲得し、完璧に流通しています。領民の消費活動が活発になったことで、物品の売買にかかる関税や商業税の税収が、先月の二十倍に跳ね上がりました! 燃料特別税など廃止しても、お釣りが来るほどの黒字です!」

「当然の結果だ、ハンス」

ヴィクトルは帳簿をパラパラとめくり、満足げに微笑んだ。

「王都の馬鹿どもは『借金(国債)は将来へのツケだ』と喚くが、それは根源的な間違いだ。我々が領地債を発行し、事業に投資したことで、領民の『働く力(供給能力)』が引き出された。結果として生み出されたインフラや燃料、そして好景気こそが、未来の世代に残す真の『財産』なのだよ。借金で首が回らなくなるのは、自国の生産能力を無視して外貨建てで借りた時だけだ」

ハンスにはヴィクトルの『現代マクロ経済学』の深い理屈までは完全に理解できなかったが、目の前の帳簿の圧倒的な数字と、温かく豊かな街の風景が、全てを証明していた。

「おう、天才サマ。ご機嫌だな」

執務室の扉を蹴り開け、煤だらけのアレンが入ってきた。手には、青白い炎を宿したランタンがぶら下がっている。

「アレン。工場の稼働状況は?」

「上々だ。街中の炉を二十四時間燃やし続けても余るくらい、アホみたいに燃料ができてるぜ。おかげで倉庫がパンパンだ」

アレンはソファにどかっと腰を下ろし、ため息をついた。

「で? 街の連中が凍えずに済むようになったのはいいが、この余りまくった燃料、どうすんだ? このままじゃ生産過剰で、今度はデフレってやつになるんじゃないのか?」

「よく勉強しているな、アレン。その通りだ」

ヴィクトルは立ち上がり、壁に掛けられた王国全土の地図の前に立った。そして、地図の中央——分厚い雨雲に覆われているであろう王都シュトゥルムを指差す。

「街を満たすという『第一段階』は完了した。これより我々は、生産過剰となったこの圧倒的なエネルギーを武器に、『第二段階』へと移行する」

「第二段階?」

「輸出だ」

ヴィクトルのモノクルの奥で、冷酷で知的な光が鋭く閃いた。

「王都は今頃、燃料不足と物価高で地獄の釜の底だろう。そこへ、我々の安価で高火力な代替燃料を流通させる。ただし、支払いは王都の金貨ではなく、我々の『ヴォルフスブルク領地債』のみで決済させるんだ」

「……おいおい、それって」

アレンの顔に、悪戯っ子のような笑みが浮かんだ。

「つまり、王都の連中が暖を取るためには、俺たちの発行した紙切れをありがたく使うしかないってことか?」

「その通り。王都の経済圏を、我々の通貨で物理的に支配する。バルテルス侯爵が築き上げた腐敗した経済網を、外側から完全に侵食し、破壊してやるのだ」

熱気に包まれた辺境の街で、二人の反逆者は次なる一手の杯を交わした。

現代の「マクロ経済学」と「科学知識」が融合した時、それは数万の軍勢をも凌駕する、最も恐ろしい侵略の兵器となる。王都の権力者たちがその足音に気づくには、もう遅すぎた。

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