第23話:自爆する大国と、内需爆発の黄金郷
第23話:自爆する大国と、内需爆発の黄金郷
海洋大国アーメリアの首都、ワシントニア。
世界で最も豊かなはずのその街は今、暴動の一歩手前とも言える異様な熱気と混乱に包まれていた。
「ふざけるな! 昨日まで銅貨五枚だった王国の小麦が、なんで銀貨一枚に値上がりしてるんだ!」
「『青樽』の燃料もだ! これじゃあ工場の魔導炉を動かせない! おかげでうちの工場は今日から一時休業だぞ!」
「パンも肉も、何もかもが高すぎる! これじゃあ生活できない!」
市場のあちこちで、空っぽの陳列棚を前にした市民たちが怒号を上げている。
大通りには「マクダニエル辞任しろ!」「俺たちの仕事を奪うな!」と書かれたプラカードを掲げた数万人のデモ隊が押し寄せ、警備隊と小競り合いを起こしていた。
すべては、ドナルド・マクダニエル大統領が発動した『王国製品に対する二百パーセントの緊急輸入関税』が原因だった。
自国の産業を守るという威勢の良い名目で始まったこの政策は、完全に裏目に出た。なぜなら、アーメリアは長年、安価で高品質な王国の農産物や、アレンが開発した『青樽(代替燃料)』に依存しきっており、それを急に国内生産で補うだけの**『供給能力』を持っていなかった**からだ。
関税とは、輸出する国が払う罰金ではない。輸入する自国の企業が払い、最終的には商品価格に上乗せされて**『自国の消費者が払う税金』**である。
結果として、アーメリア国内には未曾有の物価高騰が直撃し、国民の生活は一瞬にして火の車となったのである。
* * *
「……どういうことだ。誰か私にわかるように説明しろ!!」
白亜の公邸の執務室で、マクダニエル大統領は顔を真っ赤にして机を蹴り上げていた。
彼の目の前に置かれているのは、王国からの降伏文書などではない。アーメリアの国内メディアが一斉に報じた、最新の『大統領支持率』のグラフだった。
「し、支持率……15パーセント……だと? 建国以来の過去最低記録を更新しただと!? なぜだ! 私はアーメリア・ファーストを掲げ、強気な関税で王国を懲らしめてやったのだぞ! なぜ国民は私を称賛しない!」
「だ、大統領……」
側近の経済顧問が、胃をさすりながら震える声で答えた。
「関税の分、国内の物価が三倍に跳ね上がってしまったからです。我が国の国民は今、高すぎて燃料も食糧も買えず、凍えながら飢えています。しかも、王国からの安い部品が届かなくなったため、我が国の製造業も次々と操業停止に……」
「馬鹿な! なぜ王国は関税分を値引きして売ってこないんだ! 輸出できなければ、奴らだって在庫を抱えて国が干上がるはずだろうが!」
大統領の悲痛な叫びに対し、側近はさらに絶望的な報告を口にした。
「それが……王国からの輸出船は、関税が発表された翌日から、一隻残らず我が国の港から姿を消しました。彼らは我が国への輸出を『完全に停止』したのです。……そして、王国は今、未曾有の好景気に沸いているそうです」
「な……なんだと?」
* * *
大統領が理解不能な現実に頭を抱えていた頃。
当のヴァルデンシュタイン王国、王都シュトゥルムの大通りは、まるで毎日が建国祭であるかのような賑わいを見せていた。
「へい、青樽三つ追加な! どんどん持ってけ!」
「新鮮な野菜と肉も山盛りだ! 輸出に回すはずだった極上品が、こんなに安く買えるなんてな!」
「消費税もないから、給料がそのまま全部買い物に使えるわ! さあ、今日はご馳走よ!」
広場に立つヴィクトルとアレンは、両手に紙袋を抱えて笑い合う市民たちの姿を、満足げに見渡していた。
「おいヴィクトル。アーメリアへの輸出が止まって、倉庫に在庫が溢れるかと思ったが……むしろ生産が追いつかないくらい国内で売れまくってるぜ。どうなってんだ?」
アレンが屋台で買った串焼きをかじりながら尋ねると、ヴィクトルは優雅に扇子を広げた。
「簡単なマクロ経済の理屈だよ、アレン。私が『消費税を完全に廃止した』ことを忘れたのか?」
「あ? いや、覚えてるが」
「消費税がゼロになったことで、国民の実質的な可処分所得は大幅に跳ね上がった。つまり、国民が物を買う力……**『巨大な国内需要(内需)』**が一気に生まれたのだ。アーメリアに輸出するはずだったエネルギーや食糧は、すべて豊かになった我が国の国民が、国内で喜んで買い消費している。外国の市場など、もはや我々には必要ないのだ」
ヴィクトルは扇子で、熱気に満ちた王都の街並みを指し示した。
「マクダニエル大統領の『アーメリア・ファースト』は、他国を排除して自国だけが利益を得ようとする、ただの我儘でしかない。自国の供給能力を育てることを怠り、関税という障壁を作れば、最終的に苦しむのは自国の消費者だ」
ヴィクトルのモノクルの奥で、冷徹な知性が光る。
「対して我々の『自国第一』は違う。我々は国内の需要を満たし、国民の生活を豊かにすることを最優先とした。国民を護るために税を下げ、投資を行い、自給自足できる強靭な経済圏を創り上げた。これこそが、他国に依存しない真の独立……『グランド・デザイン』の完成形だ」
「なるほどな」
アレンは串焼きの串をゴミ箱に放り投げ、ニヤリと笑った。
「嫌がらせで関税を上げた覇権国家の大統領サマは、自分の首を絞めて支持率どん底。一方、嫌がらせを受けた俺たちは、内需爆発でウハウハの黄金郷ってわけだ。こりゃあ、どんな魔法よりもタチの悪い『ざまぁ』だな」
「ええ。無知と傲慢に対する、最も残酷な経済的鉄槌です」
世界を巻き込む戦火と経済制裁の嵐の中。
他国の顔色を窺うことをやめ、徹底的に自国民を護り抜くことを選んだヴァルデンシュタイン王国は、かつての没落が嘘のように、世界で最も豊かで強靭な国家へと変貌を遂げていた。
遠く海を隔てた覇権国家からの断末魔のような悲鳴をBGMに、ヴィクトルとアレンは次なる国造りの青写真へと、力強く歩みを進めるのであった。




