第22話(閑話):怒れる覇権国家と、関税の鉄槌
第22話(閑話):怒れる覇権国家と、関税の鉄槌
海洋大国アーメリア。その中枢である「白亜の公邸」の執務室は、地響きのような怒鳴り声に揺れていた。
「ふざけるな! あの東の小国の連中、自分が誰のおかげで飯を食えていると思っているんだ!」
執務室の巨大な椅子にどっかと座り、金髪の髪を逆立てて激昂しているのは、アーメリア合衆国の最高指導者、ドナルド・マクダニエル大統領だった。
彼はアッシュブロンドの眉を吊り上げ、山のように積まれた経済報告書を乱暴に床へ払い落とした。
「マクダニエル大統領、落ち着いてください。ヴァルデンシュタイン王国が我が国への投資を停止し、資金を引き揚げたことで、我が国の株式市場は戦後最大の下落を記録しました。さらには、彼らが消費税を廃止したことで、我が国の製品が王国市場で価格競争力を完全に失いつつあります」
側近が冷や汗を流しながら報告を続けるが、大統領の怒りは火に油を注ぐばかりだ。
「落ち着いていられるか! 我が国はアーメリアだぞ! 世界最強の飛竜部隊と、世界最大の経済圏を持つ、選ばれた民だ。あんな泥臭い辺境の国に『投資を止める』などと言わせておいて、我が国のプライドが保てるか! 彼らは我が国の労働者から仕事を奪い、我が国の繁栄を盗んでいるのだ!」
マクダニエルは、ハンバーガーを掴むような手つきで空中に大きな円を描いた。
「いいか、私は国民に約束した。『アーメリアを再び最強にする』とな。あの王国が勝手な振る舞いをするなら、相応の報いを受けてもらわねばならん。……そうだ。あの忌々しい『青樽』や、王国から入ってくる全ての農産物、工芸品に、今すぐ**『二百パーセントの緊急輸入関税』**を課せ!」
「に、二百パーセント!? それはもはや貿易ではなく、宣戦布告です! 国際貿易ギルドが黙っていません!」
「ギルドがなんだ! 私は大統領だぞ! 奴らが我が国に物を売りたければ、法外な入場料を払えと言っているんだ。これは嫌がらせではない、正当な『アーメリア・ファースト』の交渉術だ。奴らの経済を干上がらせ、再び泣きついてくるまで徹底的に叩きのめせ!」
マクダニエルは、金色のペンを握りしめ、特大の文字で関税引き上げの指令書にサインを書き殴った。
「ヴィクトルと言ったか、あの鼻持ちならない眼鏡のガキ……。自分だけが経済を知っているようなツラをしやがって。いいか、経済とは『力』だ。大きい方が勝ち、小さい方が従う。それがこの世界の唯一のルールだということを、たっぷりと分からせてやる」
* * *
一方、その報告はすぐさま王都のヴィクトルのもとへも届けられた。
「……二百パーセントの関税、ですか。想像通り、品のない対応ですね」
ヴィクトルは報告書を一瞥し、紅茶のカップを静かに置いた。隣ではアレンが、アーメリアから輸入されたばかりの高級肉(といっても関税でこれから値上がりするもの)を豪快に頬張っている。
「おいヴィクトル。二百パーセントってことは、俺たちが王都で売ってる青樽が、アーメリアじゃ三倍の値段になるってことか? 誰も買わなくなるんじゃねぇのか?」
「表面上の数字だけを見ればそうでしょうね。マクダニエル大統領は、これで我が国の輸出産業が壊滅し、我々が降参して投資を再開すると踏んでいる。……ですが、彼は致命的な勘違いをしています」
ヴィクトルは、アーメリアの地図を広げ、その「脆さ」を指先でなぞった。
「アーメリアは長年、安価な王国の資源や製品に依存することで、国内の物価を安定させてきた。そこに二百パーセントの関税をかければどうなるか? 困るのは我々ではなく、**『明日から生活用品が三倍の値段になるアーメリアの国民』**です。彼は自国の国民の首を絞めることで、我々を脅せると本気で信じている。救いようのない経済の素人だ」
「……つまり、ざまぁの準備ができてるってことか?」
アレンがニヤリと笑う。ヴィクトルもまた、冷徹な捕食者のような笑みを浮かべた。
「ええ。彼が『関税』という名の紙礫を投げつけてくるなら、我々は**『供給の停止』と『通貨の格下げ』**という名の隕石を落としてあげましょう。アーメリアという巨像が、自らの重みで崩れ落ちる瞬間が見ものです」
覇権国家の傲慢な指導者が放った「嫌がらせ」という名の火種。
それが自らの国を焼き尽くす大炎上へと変わるまで、ヴィクトルとアレンの冷徹なカウントダウンが始まっていた。




