第21話:黄金の終焉と、民衆の夜明け
第21話:黄金の終焉と、民衆の夜明け
王都シュトゥルムの中央広場。そこに設置された巨大な魔導拡声器から、ヴィクトルの冷徹かつ力強い声が王国全土へと響き渡った。
「——本日この瞬間をもって、ヴァルデンシュタイン王国における全ての『消費税』を廃止する。並びに、大企業への不当な『輸出還付金』を全廃し、他国への巨額投資を凍結。その全てを、国民の生活と国内産業の再生へ投じることを宣言する!」
一瞬の静寂。そして、地を揺るがすような怒涛の歓声が沸き起こった。
「消費税が……ゼロ!? 夢じゃねえのか!」
「これで、パンも、薬も、今日から安くなるんだな! 助かった……本当に助かったぞ!」
市場では、商いたちが即座に値札を書き換え始めた。これまで価格の10%を機械的に上乗せし、消費を冷え込ませていた「罰金」が消えたのだ。
買い物客たちは、手元に残った金貨の重みを噛み締め、何ヶ月も我慢していた肉や新しい衣類を次々と買い求めていく。停滞していた経済の血液が、心臓部から末端へと猛烈な勢いで流れ始めた。
* * *
一方、王都の一等地にある『王国大商会』の総本部。
そこには、これまで国民の血税を「還付金」という名目で吸い上げてきた腐敗した商会長たちが、泡を食って集まっていた。
「ば、馬鹿な! 還付金が廃止だと!? あれは我々が輸出で外貨を稼ぐための『正当な報酬』のはずだ!」
「これを失えば、我々の今期の利益は半分以下になる! 丞相は何を考えているんだ!」
贅肉のついた首を振るわせ、高級な葉巻を床に叩きつける商会長たち。彼らは知らなかった。自分たちが「輸出の奨励」という美名の下に受け取っていた金が、実は国内で苦しむ平民たちがパン一つ買うたびに支払わされた汗と涙の結晶であったことを。
「——騒がしいな。自分たちの財布に穴が空いた程度で、国が滅ぶような騒ぎ方をするものじゃない」
執務室の扉を蹴り開け、アレンが肩にライフルを担いで入ってきた。その後ろからは、冷徹な笑みを浮かべたヴィクトルが歩み寄る。
「ヴィ、ヴィクトル殿! これは一体どういう嫌がらせだ! 我々大商会を敵に回して、この国の経済が持つと思っているのか!」
「経済、ですか」
ヴィクトルはモノクルの奥で、憐れむような視線を商会長に向けた。
「国民を貧困に叩き落とし、その搾りかすを還付金として受け取ることで肥大化した貴様らの利益など、経済学的には『癌細胞』と同義だ。貴様らがアーメリアの資本と結びつき、国内の供給能力を破壊してまで私腹を肥やしたツケを、今ここで払ってもらう。……アレン」
「おう。お前らの蔵に眠ってる、還付金の不正受給の証拠……全部押さえさせてもらったぜ。今頃、お前らの店には近衛兵が踏み込んでる頃だ」
「な……っ!? ま、待て! 話せばわかる!」
「話は終わりだ。これからは還付金ではなく、囚人服を『還付』してやろう。一生地下牢で、国民の痛みを計算して過ごすがいい」
絶望に顔を歪める商会長たちが、次々と近衛兵に引きずり出されていく。王都を蝕んでいた「経済の吸血鬼」たちが一掃された瞬間だった。
* * *
しかし、真の嵐は海の向こうからやってきた。
同盟国アーメリアの駐在大使、サリヴァンが、かつてないほどの激憤をもって謁見の間に乱入してきたのだ。
「オズワルド丞相!! これは我がアーメリアに対する明確な経済テロだ!!」
サリヴァンは震える手で、投資停止の通達書を突きつけた。
「我が国の国債やインフラ事業への投資を停止し、資金を引き揚げるとは何事だ! 我が国の市場は大混乱に陥っている! 貴国のような小国が、覇権国家の経済に泥を塗って、ただで済むと思っているのか!」
「……サリヴァン大使」
上座に座るオズワルド丞相は、驚くほど冷静に、むしろ楽しげに大使を見据えた。
「我が国は、自国の民を救うために自国の金を使うことを決めた。それだけの話だ。貴国の繁栄のために、我が国民が凍える必要など、どこにもない。……不満があるなら、どうぞ、その自慢の軍事力で我々を脅してみるがいい」
「な……っ!? なめるなよ! 我が国の艦隊を動かせば——」
「——動かせるなら、やってみな」
アレンが、大使の背後から影のように現れ、耳元で囁いた。
「海峡を封鎖してるイスランやイラニアンを放置して、俺たちに喧嘩を売る余裕があるのか? あんたらの国、今じゃ人種対立とインフレで、内側からボロボロだろ? 俺たちの『投資』が止まっただけで、あんたらの株価は紙屑同然だ」
「……ぐぬっ……!」
サリヴァン大使は顔を真っ青にして絶句した。
軍事力のみならず、今や王国は「資金の引き揚げ」という経済的な武器でも、アーメリアの急所を的確に突き刺していた。
「さようなら、サリヴァン大使。これからは『思いやり』ではなく、『等価交換』の外交を始めようじゃないか」
ヴィクトルの冷徹な宣告と共に、大使は屈辱に震えながら謁見の間を後にした。
* * *
その夜、王都の至る所で祝宴の篝火が焚かれた。
消費税がなくなり、物価が下がり、国民の顔には久方ぶりの希望が満ち溢れている。
「ヴィクトル。これ、本当に上手くいくのか? 世界中を敵に回したようなもんだぜ」
屋上で夜風に吹かれながら、アレンが酒瓶を傾けた。
「敵に回したのではない。我々が『ルール』を書き換えたのだよ、アレン。他国への隷属を断ち切り、自国の供給能力を信じる。それが真の独立だ」
ヴィクトルは、明るく光る街の灯りを見つめながら、静かに微笑んだ。
「消費税廃止というたった一つの決断が、どれほど多くの命を救うか……それを世界に見せつけてやろう。我々の『無双』は、まだ始まったばかりなのだから」
経済の不条理を粉砕し、覇権国家の鼻柱を折った二人の反逆者。
彼らの手によって、王国は今、歴史上かつてない「黄金時代」へと足を踏み出そうとしていた。




