第3章・第20話:聖地の火種と、救国のグランドデザイン
第3章・第20話:聖地の火種と、救国のグランドデザイン
王国が南方の『属国化』から脱却し、真の独立へと歩み始めた矢先、今度は世界の西側から「経済の死神」が這い寄ってきた。
王都シュトゥルムの王城。オズワルド丞相の執務室には、ヴィクトルとアレンの姿があった。
窓の外では、ようやく『青樽』で活気を取り戻したはずの民衆が、再び商店の前で長い列を作っている。今回の原因は国内の腐敗ではない。海の向こう、**『ホルムズ大海峡』**の完全封鎖だった。
「事態は深刻だ、ヴィクトル。西の聖地国家『イスラン』の指導者が、隣国『イラニアン』への聖戦を宣言した。海峡には魔導機雷が撒かれ、王国が輸入に頼る魔石の供給は完全に途絶えた。燃料価格は先週の三倍に跳ね上がっている」
オズワルド丞相は苦渋の表情で、西方の戦乱を記した地図を広げた。
「あの戦いは根が深い。イスランの首相は、自身の汚職疑惑による投獄を免れるために国民の目を外へ向けようと戦火を煽っている節がある。同盟国アーメリアもまた、国内の人種対立を『共通の敵』を作ることで抑え込もうと、イスランに巨額の軍事支援を続けておる。一方のイラニアンも、独自の宗教的思惑から海峡を人質に取った。……世界が狂い始めている」
ヴィクトルは冷徹な眼差しで地図を一瞥し、モノクルの位置を直した。
「……各国の指導者が、己の保身や内政の失策を隠すために『戦争』という名の公共事業を行っているわけですか。救いようがありませんね。ですが丞相、我々が憂うべきは他国の泥沼ではありません。『この狂乱から、いかにして王国の民を守り抜くか』。それだけです」
「具体策はあるのか? 燃料高騰はもはや、一領地の供給能力で補えるレベルを超えつつある」
ヴィクトルは待っていましたとばかりに、アレンが召喚した『現代マクロ経済学』の叡智を詰め込んだ一通の提言書を机に叩きつけた。
「外部の火を消しに行こうとするから失敗するのです。他国の戦争が物価を押し上げるなら、我々は**『国内のコスト』を強制的に引き下げ、国民の購買力を守る**まで」
ヴィクトルは、三つの「鉄槌」を提示した。
1. 『消費税(付加価値税)』の完全廃止
「まず、国民の生活を直接締め上げている『消費税』を即刻廃止します。これは消費という美徳に対する罰金です。物価が上がっている今こそ、税というコストをゼロにすることで、国民の手元に現金を残し、実質的な所得を支える。財源は必要ありません。我々の供給能力を担保に、新たな国債を発行すれば済む話です」
2. 大企業への『輸出還付金』の大幅減額
「現在、王都の巨大商会は『輸出に消費税がかからない』という建前を悪用し、実質的な補助金として巨額の還付金を受け取っています。国民から絞り取った税金が、大企業の利益に化けている。これを大幅に減額し、浮いたリソースを国内のエネルギー自給と中小産業の支援へ振り向けます。これはアーメリアの資本と結びついた既得権益への宣戦布告でもあります」
3. アーメリアへの『巨額投資』の中止と国内回帰
「さらに、これまで『外交上の配慮』という名目で行ってきた、アーメリアの国債やインフラへの巨額投資をすべて引き揚げます。他国の繁栄のために貢ぐ余裕など今の王国にはない。その資金をすべて、アレンが提唱する『新エネルギー網』の全国展開に投じます」
「……っ! それを実行すれば、再びアーメリアが黙ってはおらんぞ。彼らの経済にも甚大な打撃を与えることになる」
オズワルド丞相の問いに、背後で腕を組んでいたアレンがニヤリと不敵に笑った。
「黙ってねぇなら、力ずくで黙らせるまでだぜ、爺さん。リュウキアで飛竜部隊がハチの巣にされたのを、連中はもう忘れたのか? 俺たちの新しい武器は、もう空だけじゃねぇ。海も陸も、俺たちの科学の射程圏内だ」
ヴィクトルが静かに、しかし力強く続けた。
「丞相。他国の顔色を窺って、自国民を飢えさせるのが政治ではありません。世界が燃えているのなら、我々はその熱を遮断し、内側を豊かに育てる壁となるべきだ。『国民の生活を第一に。そのためには、世界の常識すら敵に回す』。その覚悟があるなら、私はこの王国の全経済を、史上最強の繁栄へと導いて見せましょう」
オズワルド丞相はヴィクトルの提言書を凝視し、やがて、震える手で自身の印章を掴んだ。
「……面白い。バルテルスを斬り、アーメリアの治外法権を砕いたお前たちだ。この狂った世界の歪みすら、その『知識』と『暴力』で正してみせろ」
ドンッ! と重厚な音を立てて、救国の指令書に国璽が押された。
『消費税廃止』
『大企業利権の解体』
『自国第一の投資断行』
現実の日本ですら成し得なかった、禁断の経済政策。
世界を巻き込む戦火の中、ヴィクトルとアレンによる「外部に依存しない真の独立国家」への大博打が、今、始まった。




