第17話:迎撃の銃陣と、空から来る慢心
第17話:迎撃の銃陣と、空から来る慢心
リュウキア州都の郊外、かつてはアーメリア軍の勝手な演習によって荒れ果てていた海岸沿いの荒野は今、すさまじい熱気と火薬の匂いに包まれていた。
「撃てェッ!! 狙いは上だ! 弾をケチるな、空を鉛で埋め尽くせ!!」
アレンの怒号が飛び交う中、海岸線に横一列に並んだ六つの奇妙な鉄の塊が、一斉に火を吹いた。
それは、複数の銃身を束ねた巨大な据え置き型の重火器——アレンの『現代科学』の知識とヴォルフスブルクの工業力が生み出した悪魔の兵器、『手回し式多銃身機関砲』であった。
ガガガガガガガガガガガガッ!!!
クランクを回すことで次々と給弾され、六つの銃口から絶え間なく吐き出される鉛の弾幕。
上空に放たれた標的用の魔力バルーン数十個が、瞬く間にハチの巣にされ、ポンポンと小気味良い音を立てて破裂していく。魔法による対空射撃とは次元が違う、文字通りの『弾の雨』であった。
「す、すげえ……! なんだこの連射速度は!?」
「これなら、あの忌々しいアーメリアの空飛ぶトカゲ(ワイバーン)共だって、近寄る前に挽肉にできるぞ!」
機関砲を操作していたリュウキアの警備隊員たちが、信じられないほどの威力に歓声を上げた。
訓練に参加しているのは、ヴォルフスブルクから連れてきた精鋭五十名だけではない。長年アーメリア軍の横暴に苦しめられ、怒りを溜め込んでいたリュウキアの若者たち数百名が、自ら志願してアレンの厳しい軍事教練に加わっていたのだ。
彼らの手には最新式のボルトアクションライフルが握られ、海岸には頑丈な土嚢と対空陣地が次々と構築されている。
「上出来だ。いいかお前ら、飛竜の装甲がいくら硬かろうが、羽の被膜や目は防ぎきれねぇ。この機関砲で弾幕を張って動きを止め、ライフルの一斉射撃で撃ち落とす。これが『現代の防空戦術』だ」
アレンが汗を拭いながら笑うと、島民の兵士たちから「オオオォォッ!!」と割れんばかりの雄叫びが上がった。彼らの目にもはや恐怖はない。自分たちの故郷を、自分たちの手で守り抜くという確かな力と希望が宿っていた。
その猛烈な訓練の様子を、少し離れた天幕の中からヴィクトルが静かに見守っていた。
彼の手には、王都のオズワルド丞相から届いたばかりの密書が握られている。
「……なるほど。王都のダドリー国防卿をはじめとする『防衛利権』の寄生虫どもは、丞相の手によって完全に一掃されたか」
ヴィクトルは密書をランプの火で燃やし、モノクルの奥で冷たく笑った。
「あの老獪な丞相め、我々の起こした騒ぎを口実に、王都の膿を出し切ったわけだ。これで後顧の憂いは完全に消え去った。我々は王都からの横槍や『同盟国への配慮』を一切気にすることなく、目前のアーメリア軍を心ゆくまで蹂躙できる」
ヴィクトルの傍らには、リュウキアのインフラ整備と弾薬の調達のために運び込まれた『ヴォルフスブルク領地債』の山が積まれている。経済的な兵站は完璧だ。どれだけ弾を撃ち尽くそうが、一瞬で補充できる圧倒的な『供給能力』が彼らにはあった。
* * *
一方その頃。
リュウキアの中心にそびえるアーメリア軍の巨大な駐屯基地、その最奥にある司令室では、最高司令官であるマクラーレン将軍が、極上のワイングラスを揺らしながら鼻で笑っていた。
「……王都のオズワルド丞相が、我々の身柄引き渡し要求を突っぱねただと? 傑作だな。あの老いぼれめ、ボケが回ったか」
「将軍閣下。本国の大使からの報告によれば、王都の親アーメリア派はことごとく粛清されたとのことです。彼らは本気で、あの辺境の二人組を庇うつもりのようです」
副官の報告を聞いても、マクラーレン将軍の尊大な態度は微塵も崩れなかった。
「ふん。小国の政治家どもが、少しばかり反抗期を迎えただけのこと。我々アーメリアが結んで『やった』同盟国地位協定による絶対的な治外法権と、我が軍の圧倒的な軍事力を前にすれば、すぐに現実を思い知って土下座することになる」
「し、しかし閣下。あの二人は、東のゼムリャ軍三千をたった五十人で殲滅したという未確認情報が……」
「馬鹿馬鹿しい!」
将軍はワイングラスをドンッと机に叩きつけた。
「ゼムリャの旧式軍隊が弱すぎただけだ! どうせ魔法陣の罠か何かにでもかかって自滅したのだろう。たかが辺境の田舎領主とガラクタ魔法使いの二人に、我が世界最強のアーメリア軍が遅れをとるはずがない!」
傲慢。それがこの数十年、他国の領土でやりたい放題にふんぞり返ってきた彼らの骨の髄まで染み込んだ病理だった。法が自分たちを守り、空を支配する飛竜がすべてを解決してくれると盲信しているのだ。
「いいだろう。王都が引き渡さないと言うのなら、我々が直接出向いて身柄を確保してやる。治外法権の力でな。……第一、第二飛竜大隊、計百騎を出撃させよ!」
「はっ! 目標は?」
「奴らが海岸でガラクタを並べてお遊戯会をしている演習場だ。上空から一方的に火球を浴びせ、あの生意気な領主と小童を丸焦げにして引きずり出してこい。現地のネズミ共ごと、我が軍の『空の恐怖』を魂に刻み込んでやるのだ!」
* * *
ギュルアアアアアアアッ!!!
リュウキアの青空を黒く塗り潰すように、百騎の飛竜が基地から飛び立った。
巨大な翼が風を切り裂き、編隊を組んで真っ直ぐにアレンたちのいる海岸陣地へと殺到してくる。空を制する絶対的な力。地上の人間など、ただの一撃で消し炭にできると信じ切っている驕れる魔獣の群れ。
「アレン隊長! 敵の飛竜部隊、接近してきます! その数、およそ百!」
「おう。随分と気前よくマトを用意してくれたじゃねぇか」
観測兵の叫びに、アレンは被っていた帽子を深く被り直し、ニヤリと凶悪な牙を剥いて笑った。
土嚢の陰に並べられた六門のガトリングガン。そして数百のライフルが、一斉に上空の黒い影へと狙いを定める。
「空を飛んでりゃ無敵だと思ってやがる、あの時代遅れのバカ鳥どもに教えてやろうぜ。……今の時代の『空の支配者』は、重力に逆らう魔物じゃねぇ。俺たちの科学が放つ、音速の『鉛』だってことをな!」
治外法権という見えない盾と、飛竜という時代遅れの矛。
それを圧倒的な『物理法則の暴力』で粉砕する防空戦が、今、南の島の美しい空を舞台に始まろうとしていた。




