第16話(閑話):歪な防衛利権と、丞相の鉄槌
第16話(閑話):歪な防衛利権と、丞相の鉄槌
王城シュトゥルムの『星の間』は、かつてないほどの怒号と喧騒に包まれていた。
「到底、看過できる事態ではない!! 我がアーメリア軍の誇り高き兵士たちを暴行し、あまつさえ憲兵隊に銃を向けるなど! これは明確な『同盟国地位協定』の違反であり、我が国への重大なテロ行為である!」
円卓の端で顔を真っ赤にして唾を飛ばしているのは、覇権国家アーメリアから派遣された駐在特命大使、サリヴァンであった。
彼は机をバンバンと叩きながら、上座に座るオズワルド丞相に向けて強硬な要求を突きつけている。
「犯人は、貴国がヴォルフスブルクの自治を認めたヴィクトル・フォン・エルンストと、その私兵だとか! 直ちに彼らの自治権を剥奪し、身柄を拘束して我が国の軍事法廷へ引き渡しなさい! さもなくば、南方に展開する飛竜部隊を王都へ引き揚げ、貴国との安全保障条約を即刻破棄する!!」
「あ、相分かっておりますサリヴァン大使! どうか、どうかご温便に……!」
大使の恫喝に対し、すり手をして顔面蒼白になっているのは、王国の軍事を束ねる『国防卿』ダドリー伯爵と、彼に連なる親アーメリア派の貴族たちだった。
「じょ、丞相閣下! 大使の仰る通りです! 直ちに近衛騎士団をリュウキアへ派遣し、あの愚かな反逆者二人を捕縛すべきです! もしアーメリアに見捨てられ、抑止力たる飛竜部隊を失えば、我が国は他国の脅威に晒され滅亡してしまいますぞ!」
「そうだ! 今すぐ『同盟国支援特別維持費(思いやり予算)』の追加増額を決定し、アーメリアの怒りを鎮めるのだ!」
国を代表する重臣たちが、自国民を守るどころか、他国の顔色を窺い、さらなる税金の搾取を提案する。そのあまりにも醜悪な光景を前に、オズワルド丞相はゆっくりと立ち上がり、冷ややかな視線で国防卿を見下ろした。
「……ダドリー国防卿。貴様は本当に『国が滅ぶこと』を恐れておるのか?」
「へ? そ、それは当然で——」
「違うな。貴様が恐れているのは、アーメリア軍が撤退することで、リュウキアの『ヘノーコ湾』で進めている新基地建設工事が頓挫することだろう」
オズワルドの静かな、しかし氷のように冷たい一言に、ダドリー国防卿の表情がピクリと引きつった。サリヴァン大使も怪訝な顔で眉をひそめる。
「な、何を仰いますか丞相閣下。あの基地は国の防衛のために……」
「白々しい。ヴィクトルが教えてくれた『マクロ経済の真理』に照らし合わせれば、貴様ら国防派閥がなぜこれほどまでにアーメリアに媚びへつらい、異常なまでの『思いやり予算』を計上してきたのか、そのカラクリなど赤子の手をひねるほどに明白だ」
オズワルドは、ダドリーの目の前に分厚い帳簿の束を叩きつけた。
「我が国は毎年、莫大な税金をアーメリア軍の駐留費として計上している。だが、その金の大半はアーメリア本国へ送金されているわけではない。その金は、アーメリア軍の施設を建設し、維持するという名目で、貴様ら国防派閥と癒着した『国内の土建商会』や『魔導設備ギルド』へと流し込まれているのだ。そしてそのギルドには、退役した国防軍の将校たちがこぞって高給で天下りをしている」
「あ……」
ダドリーの喉から、間の抜けた音が漏れた。
「『同盟国のため』『防衛のため』と言えば、国民はどんな理不尽な増税にも耐える。そうして搾り取った血税を、他国の基地を作るという大義名分で身内の企業にバラマキ、巨額のキックバックを受け取る。……これこそが、貴様ら国防派閥と親アーメリア派が作り上げた、永久に尽きることのない『防衛利権』という名の寄生構造だ!」
丞相の怒声が、星の間に雷鳴のように響き渡った。
「ヘノーコ湾の地盤がどれほど軟弱であろうと、貴様らにとっては好都合なのだ。工事が終わらなければ、永遠に予算を注ぎ込み、中抜きを続けることができるのだからな。貴様らは国を守っているのではない。他国の軍隊をダシに使って、国民の富を私物化しているだけの国賊だ!」
「ち、違っ……私は、国の未来を……ッ!」
「ええい、見苦しい! 近衛兵! ダドリー国防卿ならびに、この帳簿に名の記載がある国防派閥の幹部を全員捕縛せよ! 汚職と背任の容疑で、徹底的に財産を洗い出せ!」
控えていた近衛騎士たちが一斉に踏み込み、顔面蒼白でへたり込むダドリーたちを容赦なく縛り上げ、引きずり出していった。
かつての財務派閥に続き、王都を蝕んでいたもう一つの巨大な癌細胞が、完全に切除された瞬間であった。
その圧倒的な粛清劇を目の当たりにしたサリヴァン大使は、一瞬たじろいだものの、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「な、何の内輪揉めを見せている! 防衛利権がどうであろうと、我が国には関係のないことだ! 協定違反の事実は消えんぞ! 貴国は我がアーメリアを敵に回す覚悟があるのか!」
オズワルド丞相は、すっかり静かになった星の間で、大使に向かって真っ直ぐに言い放った。
「サリヴァン大使。我が国は今後、貴国への『同盟国支援特別維持費』を全額凍結する」
「なっ……なんだと!?」
「自国の供給能力(防衛力)を放棄し、他国に金を払って守ってもらうなど、独立国家として最大の恥辱であるとようやく気づいたのだ。……エルンストとクロムウェルの身柄を引き渡す気も毛頭ない。彼らはリュウキアに蔓延る『不平等な治外法権』に対し、当然の正当防衛を行ったに過ぎん」
丞相は、ヴィクトルたちに見せられた『近代兵器』の圧倒的な火力を思い出し、不敵な笑みを浮かべた。
「貴国の飛竜部隊を引き揚げたければ、ご勝手にどうぞ。我が国は今後、自らの力で国境を守る。……だが、もし貴国がヴィクトルたちを力で排除しようと軍を動かすのであれば、忠告しておこう」
丞相のモノクルが一瞬、鋭く光を反射した。
「彼らを侮れば、東のゼムリャ軍三千がたった五十人に一瞬で消し炭にされたのと同じ運命を辿ることになるぞ。……大使殿。自国の『飛竜』がただの『的』に変わる前に、大人しく兵を退くことだな」
「き、き、貴様ら……後悔するぞ! 絶対にだッ!!」
サリヴァン大使は屈辱に顔を歪め、捨て台詞を吐いて足早に星の間から立ち去った。
王都はついに、最強の覇権国家に対して事実上の独立宣言(宣戦布告)を突きつけた。
長きにわたる売国と搾取の時代が終わりを告げる中、舞台は再び、決戦の地リュウキアへと戻る。
激怒したアーメリア軍が全力で牙を剥く時、ヴィクトルとアレンの用意した『現代の暴力』が、いよいよその真価を発揮するのである。




