第9話:近代兵装と、迫り来る鉄の爪
第9話:近代兵装と、迫り来る鉄の爪
辺境都市ヴォルフスブルクの郊外に切り拓かれた広大な演習場には、朝から腹の底に響くような轟音が鳴り響いていた。
「撃てぇッ!!」
アレンの鋭い号令とともに、横一列に並んだ五十名の兵士が一斉に「鉄の筒」の引き金を引く。
ダァァァンッ!! という耳を劈くような爆音と、白煙が視界を覆う。百メートル先の分厚い鋼鉄の的が、まるで紙屑のようにボコボコに凹み、無数の穴が空いた。
「よし、次! 第二列、前へ! 第一列は再装填!」
無駄のない動きで兵士たちが入れ替わり、次弾の装填を行う。
彼らが手にしているのは、剣でも弓でもない。アレンが『異界の造物召喚』で呼び出した現代の軍事学書と化学書を基に、この街の鍛冶屋と魔法使いの技術を総動員して作り上げた新兵器——『施条銃』であった。
魔物から抽出した硝石、鉱山から掘り出した硫黄、そして木炭を完璧な比率で配合した「黒色火薬」を用い、鉛の弾丸を音速で撃ち出す悪魔の杖。
「す、すげぇ……。俺たちみたいな魔力のない平民でも、王都のエリート魔術師以上の火力を連発できるなんて……!」
「弾を込めて引き金を引くだけだ。剣の修業に何年もかけるのが馬鹿らしくなるぜ」
兵士たちは、自分たちの手に握られた暴力的なまでの威力に震えながらも、その顔には確かな自信と高揚感がみなぎっていた。
彼らは元々、王都の緊縮財政のせいで仕事を失った荒くれ者や、まともな装備も与えられず魔物の餌にされかけていた貧しい平民たちだ。
「おいお前ら! 威力にビビってんじゃねぇ! 銃身をしっかり押さえろ、反動で肩が外れるぞ!」
アレンが厳しい檄を飛ばす。
『現代戦術』における銃火器の強みは、個人の武の才能に依存しないことだ。徹底した反復訓練による「一斉射撃」と「弾幕の維持」こそが、旧態依然とした突撃戦術を粉砕する最大の鍵となる。
「……見事なものだな。たった数週間で、ただの烏合の衆を世界最強の『近代歩兵連隊』に仕上げるとは」
演習場の後方から、満足げな声が響いた。
上質なコートを羽織ったヴィクトルが、分厚い帳簿を小脇に抱えて視察に訪れていた。
「おう、天才サマ。視察のお出ましってやつか?」
「出資者として、商品(軍隊)の完成度を確認するのは当然の義務だ。弾薬の消費量は想定以上だが、予算の心配は一切いらんぞ。領地債は依然として好調で、青樽の輸出による利益も爆発的に伸びている。兵士たちへの特別手当と、最高の肉と酒も既に手配済みだ」
ヴィクトルが鷹揚に頷くと、兵士たちから「おおおおッ!」と割れんばかりの歓声が上がった。
戦争において、士気とはすなわち「経済力」である。
王都の軍が「愛国心」という名のタダ働きを強要され、薄い粥ですすり泣いているのに対し、ヴォルフスブルクの兵士たちは莫大な給与を約束され、毎日腹一杯の肉を食っている。その上、手には魔物すら一撃で粉砕する絶対的な武器があるのだ。彼らの士気は限界突破し、もはや誰を相手にしても負ける気がしていなかった。
「アレン。実戦投入の判断はどうだ?」
「完璧だ」
アレンは自信満々に笑い、愛用の銃を肩に担いだ。
「横隊による一斉射撃と、三兵戦術の基礎は叩き込んだ。王都の騎士団だろうが、隣国の大軍だろうが、この五十人の弾幕の前に出れば、一歩も近づく前に全員挽肉になる。……防衛戦の準備は、完全に整ったぜ」
「重畳。これで我々は、誰にも首根っこを掴まれない真の独立領地となる。侯爵がどのような嫌がらせをしてこようと、もはや恐れるに足ら——」
その時だった。
演習場の入り口から、土煙を上げて一騎の早馬が猛烈な勢いで駆け込んで来た。
「だ、代官殿!! 報告、急報であります!!」
馬から転げ落ちるように飛び降りたのは、国境沿いの警戒任務に就いていた斥候の兵士だった。その顔は蒼白に染まり、息も絶え絶えに叫んだ。
「ひ、東の国境に……軍影が! 旗印は『双頭の鷲』! 隣国ゼムリャ国軍、その精鋭である『鉄の爪』部隊、およそ三千の大軍です!!」
「……なんだと?」
ヴィクトルのモノクルの奥で、鋭い光が閃いた。
隣国からのクレームは想定内だった。しかし、事前の最後通牒も宣戦布告もなく、いきなり精鋭三千の軍事侵攻という行動は、常軌を逸している。
「国境を無断で越えれば、王国全土への侵略行為だ。いかにゼムリャとはいえ、王都の近衛騎士団と防衛軍を敵に回すような愚行を……」
ヴィクトルはそこで言葉を区切り、舌打ちをした。
瞬時に、あの焦燥しきっていたラングナー子爵の顔と、王都の財務派閥の「狂気」の可能性に思い当たったのだ。
「……まさか。あの腐れ侯爵ども、自らの保身のために王国を売り飛ばし、隣国の軍隊を『合法的に』引き入れたというのか……!」
「おいおい、自国の領地に他国の軍隊をけしかけるなんて、悪党としても底辺すぎるだろ」
アレンが吐き捨てるように言った。
しかし、迫り来る三千の大軍は紛れもない現実だ。目的は明確。このヴォルフスブルクの青樽施設を破壊し、ヴィクトルたちを抹殺し、技術を奪い去ること。
「敵の距離は!?」
「す、すでに国境を突破! 本街まで、半日の距離に迫っております!!」
圧倒的な数の暴力が、目と鼻の先に迫っている。
しかし、アレンの顔にも、ヴィクトルの顔にも、絶望の色は微塵もなかった。
「……アレン。相手は隣国最強の『鉄の爪』三千だ。対する我々は、お前が育てた五十の兵。やれるか?」
ヴィクトルの問いに、アレンは獰猛な笑みを浮かべて銃のボルトを引き、チャキッ! と澄んだ金属音を響かせた。
「馬鹿言うな。五十人じゃねぇ、五十『挺』だ」
アレンは振り返り、整列する兵士たちに向けて声を張り上げた。
「野郎ども! 聞いたか! 初陣の相手は隣国のエリート気取り三千人だそうだ! 俺たちがこの数週間で作り上げた『現代の科学』ってやつの恐ろしさを、あの時代遅れの連中の脳天に叩き込んでやろうぜ!!」
「「「オオオオオオォォォォォッ!!!」」」
三千の大軍の接近という絶望的な報告に対して、五十の兵士たちが返したのは、恐怖の悲鳴ではなく、狂暴なまでの戦意と歓声だった。
経済で国を乗っ取り、科学で軍事を覆す。
辺境領主とガラクタ召喚士による、王国史上最も凄惨で、最も一方的な防衛戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。




