第二十二章 深淵の復活
「どうしたのですか?そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないよ!本大陸が、トーラント共和国がバングラス帝国に落とされた!そして、深淵が復活してしまった!」
「え?」
テネレッツァは、もう何が何だか分からなくなってきていた。
(さっきから、情報量が多すぎるよ!)
そういえば、今日は朝から、本大陸の方の天気がとても不安定そうだった。
まさか、これの前ぶれだったの?
「テネレッツァ様、どうかされましたか?」
その様子を見かねたのか、エルが心配そうな表情でテネレッツァに聞いてきた。
そこで、テネレッツァはティグニスとオーロラ、エルに今日あったことをすべて話すことにした。
「そうでしたか。それで、あの時、無意識にあの姿になっていたのですね」
エルも納得していたようだった。
ただ、あの時、というのをテネレッツァは分かっていなかった。
「それよりも気がかりなのはトーラント共和国が落とされたのと、深淵がついに復活したことですね」
「一体、どうやってそんなにも早く深淵を復活させたのでしょう」
ティグニスは疑問の表情を浮かべていた
「本当にそうですね。あれは精霊石がないとこんなにも早く復活させることはできないはずですが」
「「あっ」」
「どうかいたしました?」
テネレッツァとエルはその一言に心当たりがあった。というか、それしか考えられなかった。
「あの時、精霊石を投げた相手が魔族だったのですね」
「どういたしましょう。今から、本大陸に戻られますか?」
「いいえ、明日行われる祈りの儀だけは務めさせていただきます」
テネレッツァは意外に思っていた。
エルが、自分の意見をここまで主張することはそうそうあることではないから
「エルって変わったよね。ほんとに」
「私は変わったつもりはないのですが」
ご飯を食べ終わった後、エルはそのまま明日の準備をするために、ティグニスと出かけてしまった。
ちなみに、祈りの儀はあんなことがあったので、早めにすることにしたらしい。
「私一人じゃん。どうしようかな」
テネレッツァは特段やることもなかったのでお散歩することにした。
暖かい日差しと心地よい風を受けながら歩くこと二時間、見覚えのある場所に着いた。
「エルが、自分のことを話してくれた場所だよね」
街を眺めながらゆったりとしていく。
「ここは、こんなにも綺麗なのに、本大陸では醜い争いが始まっているのかな」
物思いに更けていると、街の方が騒がしくなってきた。
「あんなことがあったというのに、元気だねこの街は」
テネレッツァも、街の方へ行こうとしたとき、とてつもない違和感を覚えた。
(か、体が、動かない。それに声も出ない)
「ヴィゴーレの忠告、覚えているかい?」
(忠告?)
いくつか心当たりはあるがどれか分からなかった。
「人を思いやりすぎて自分の命を無駄にすることが無いように、ね」
それだけ言うと、体が動くようになった。
急いで振り向くが誰も居ない。
「あの声は…母さん、なの、かな」
ただ、吹き抜ける風が妙に心地よかった。
「エル、祈りの儀ってなにをするの?」
お散歩から帰ってきたテネレッツァは明日の準備をしているエルに聞いてみた。
「気になりますか?」
「気になります。すごく気になります」
「恥ずかしいので、言いたくないです」
「じゃあ、オーロラ様に聞いちゃおっと」
「ちょっと!待ってください!」
テネレッツァは、そそくさとオーロラのところに行ってしまった。
「はあ、「あれ」本当にするんですか…」
エルは恥ずかしくなりながら明日の服を仕立てていた。
「オーロラ様、いますか?」
「はいはい。どうしたの?」
テネレッツァは、オーロラのところへ行き、本当に聞いていた。
「祈りの儀って何をするのですか?」
「それはねー。踊るのよ」
「踊る?何を?」
「この国、というかこの大地に伝わる「精霊の舞」を」
「へー。それって私も見ていいの?」
「もちろん!だってみんなの前で踊るのだから」
果たして、エルにできるのかな。と思いながら、部屋に戻っていくテネレッツァであった。
(母上、創聖女様、そしてテンペンシア連邦国のみんな、元気にしてるかな)
「急げ!城門を閉じよ!」
兵士たちが、慌ただしくしている。
ここは、ルミエール教国。
今まさに、バングラス帝国と謎の軍団に侵攻されている最中である。
「なぜ、こんなにも早くトーラント共和国が落ちたのか不思議でしたが、これで合点がいきました」
あれだけの力を持った軍勢が来れば、我が国も長くは持たないでしょう。
「姉上。どういたしますか?」
「アルノマリア。あなたは朱夏様と共に、逃げなさい、ここは私が食い止めます」
「な、無茶です!あの大軍は姉上一人では止められません!」
「それでも、この国の創聖女としての責務を全うしなければなりません」
「ですが…」
「お黙りなさい!!」
アルノマリアはびくっと体を震わせた。
それほどまでに、今のイリアはいつもと雰囲気が違うのだ。
「いいですか!よく聞きなさい!あなたは生き延びねばならない。もう朱夏様と共に、鬼竜国エクセドラ
の跡地まで逃げるように言ってあります。だから…」
アルノマリアはイリアの顔を見てはっとした。
今のイリアは泣いているのだ。必死に涙をこらえているがそれでも、少しずつ流れている。
「だから、生き延びて。絶対に死なないで」
その瞬間、アルノマリアのお腹にものすごい衝撃が走った。
「ごめんね。アルノマリア」
殴って気絶させたのは、ヴェントだった。
「妹を、頼みました」
「そっちこそ、生きてね」
ヴェントは気絶したアルノマリアを抱え、その場から去っていった。
「兵士の準備はできていますか?」
「はっ!総勢2万。準備はできています」
「では、最初で最後の攻城戦を始めましょう」
(もはや、勝つことはできないでしょう。だけど負けはしない。この世を救って下さる勇気ある者が現れ
るまで!)
眼前に広がるのは、黒と濃い青が混ざり合った、謎の魔物たちとそれを従えているであろうバングラス帝
国の軍である。
「はやく来てくださいね。マイルーナ、いやテネレッツァ様」
祈りの儀を行う日となった。
王城の周りの舞台には大勢の観客がいまかいまかと待ちわびている。
「うわあ、あんな大勢の前で舞うなんて聞いていませんよ」
「まあまあ、今さら言ってもしょうがないし頑張ってきなさい。あ、後テネレッツァもどこかで見てると思うから」
最後の余計な一言で、エルはちょっとキレそうになった。
「いいましたね?」
「さあねぇ。私しーらない」
白々しく控室を出ていき、残ったのはエルだけだった。
始めるために、舞服に着替える。
「こんな豪華にしなくてもいいのに」
ぶつぶつ文句を垂れながら、エルは着替えていく。
そして、
「テネレッツァ様も見ていることですし、最高の舞を、エルフと私たち一族に伝わる舞を見せてあげまし
ょう」
誰も居ないはずの舞台の真ん中にいきなり竜巻が巻き起こり、消えたと思ったらそこには舞服を着た、見
た人すべたが惚れ惚れするような美しい姿のエルが立っていた。
「きれい」
すこし、離れていたところから見ていたテネレッツァも思わずそんな言葉を漏らす。
そして、舞は始まった。
この大地に伝わる形式的な舞。それでも、いつもとは違う見ごたえがあるらしく、観客は皆夢中になっていた。
踊り終わったと思ったら、エルは静かにゆったりと話し始めた。
「では、最後にある人に捧げる舞を舞いたいと思います。これは、私たち一族に伝わる舞。梅東風の舞」
先ほどとは全く違う、優雅で美しくそれでいて、なんだか少し寂しさと切なさを感じるこの世に二つとな
い舞だった。
「ある人って、もしかして、ヴィゴーレとミリアフィーア?」
エルが舞を舞っているとき、あたりには風が少しだけ、でもずっと吹いていた。
「舞を舞いながら、魔法を発動し続けるってすごいですね。しかも、みんなが気づくか気づかないかのぎりぎりを攻める魔法精度の高さ」
「そうだな、オーロラ。私たちはとんでもない精霊様と出会うことが出来たのかもしれないな」
舞が終わったとき、周りからはものすごい歓声が巻き起こった。
「エル!お疲れ様!」
テネレッツァは思わず飛び出し、エルに抱き着いた。
「もう、あとで構ってあげますから。最後の儀を行わせてください」
「あ、ごめん」
すーっとテネレッツァは舞台の端の方までいき興味津々でエルを見つめていた
「さあ、最後の祈りです」
頭上に、巨大な魔法陣が描かれる。
「な、なんだあれは!」
「まさか。精霊様が?」
もはや、観客も理解が追い付いていなかった。
(これから、想像も絶する戦いが始まるかもしれない。そんなテネレッツァ様の力に少しでもなれるのな
ら)
「ベラリアと獣人族に幸福のあらんことを!儀式魔法!ベアティトゥード・フェリキタス(幸福の祈り
風の舞)!」
祝福を祈る風と、大きな花火が打ち上げられた。
「ありがとう、エルいやエルバフィーア」
テネレッツァは嬉し涙が流れてしまう。
「エルがこんなにも頑張ってくれたんだ。私も頑張らないとね」
涙を拭い、エルのところへ走っていった。
祈りの儀が終わり、テネレッツァ達は、王城に帰って来ていた。
「お疲れ様でした。上級精霊様。この後はやはり、行かれるのですか?」
「ええ、ここでの務めも終わりましたし。本大陸へ向かいます」
「では、本日はゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
エルも疲れがたまっているのか二つ返事で了承した。
その日の夜、寝室にて
テネレッツァは一人ベランダから外を眺めていた。
「眠れないのですか?テネレッツァ様」
エルがいつの間にか後ろにいたことにテネレッツァはびっくりしていた。
「寝てたんじゃないの?」
「テネレッツァ様こそ、明日は出発なのに寝ないのですか?」
「少し考え事をしてたの。フルーガルにも勝てなかった私が本大陸に行って、どうにか出来るのかな、っ
て」
テネレッツァは手のひらに魔法陣を浮かべ、エルに見せた。
「私の戦い方は、ほぼ近接戦闘。弓とプーラ・エルドゥーラもあるけど、あれは戦争向きじゃない」
すっと魔法陣を消し、また外を眺める。
ベラリア王国の夜は昼とは打って変わってとても静かだった。
ただ、道を照らす明かりが星のように瞬いているだけ。
「テネレッツァ様は、とてつもない才能を秘めている。あなたとクロノア女王陛下が初めて会った日、騎
士団長が思っていたことです」
テネレッツァは、不思議そうに頭を傾げている。
「エル、心が読めるの?」
その一言に、エルはしまった、といった顔をしている。
「時々、です。ふと、他人の心の声が聞こえるのです」
テネレッツァはなにも言わなかった。
エルは、その沈黙がとても恐ろしかった。
それもそのはずで、誰が人の心を読める人を身近に置くのだろうか。いいや、誰もおきたがらない。
だからこそ、何を言われるか恐ろしかった。
(何を言われても、これは口を滑らしてしまった私の責任。どんなことを言われようとも、謹んで受ける
のみ)
「どうしたの?そんなに暗い顔をして。私は別に気にしないよ?だって、心が読めてもそれを口にしなけ
ればいいじゃない」
エルは、はっとした。
まさか、そんな言葉が帰ってくるとは思いもよらなかったのだ。
「だって、エルはエルでしょ?心が読めようとも私には関係ない。そのままのエルがいればそれでいいん
だもの。だからね…」
テネレッツァは私の方へ向き直り、そして微笑みながら、言った。
「エルは、変わろうとしなくていい。そんなこと、気にしなくていい。私にとってのエルであれば、私は
それでいいのだから」
エル頬に一筋の涙が流れる。
「ああ、私はなんて幸せ者なんでしょう。テネレッツァ様にこのようなことを言って頂けるなんて」
エルは、テネレッツの前まで行き、膝をついて頭を下げた。
「どこまでもついていきます。テネレッツァ様いや、主様」
「やめてよ、主様なんて」
テネレッツァは笑いながら、エルに顔を上げるように促す。
「ずっと一緒にいようね!エル」
「はい!テネレッツァ様」
二人はその後、少し話をしながら、二人で床についた。
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