第27話:鉄鋼の檻、白金の飛翔
第27話:鉄鋼の檻、白金の飛翔
尼崎G2・ボートレース甲子園、予選最終日。
昨日、音響の罠を空中旋回で打ち破った乾健児の前に、ついに兵庫の絶対的守護神、**武蔵 剛**が立ちふさがった。
武蔵は、乾が空中へ逃げた「共振」を力技でねじ伏せるべく、愛機『アイアン・フォートレス』に禁断の重量調整を施していた。
「乾、昨日のような曲芸は二度と通じない。この尼崎の淡水を、俺の『鉄鋼』でコンクリート以上に硬く固めてやる」
武蔵の背負う属性出力は、前回の激突を上回る19,000。それは龍平の暗黒に匹敵する、圧倒的な質量攻撃の予感だった。
「尼崎G2・予選最終日……全艇、起動!!」
スタートの号笛。乾はトップタイミングで飛び出す。しかし、隣の3号艇から、視界が歪むほどの重圧が放たれた。
属性変質――『鉄鋼の鎮魂歌』。
武蔵が放つ重厚なマブイが、尼崎の淡水分子を強引に結合させ、水面を物理的な「鉄板」へと変質させていく。共振で跳ねる余裕すら与えない。乾の『銀鱗・泥龍』は、水面に叩きつけられるような衝撃を受け、カウルが悲鳴を上げた。
「……っ、ハル! 水面が動かない! 舵が、石に刺さったみたいだ!」
「おじさん、まずいよ……。武蔵さんは自分のマブイを杭にして、尼崎の底に打ち込んでる。僕の風でも、この『固定』は動かせない!」
第1マーク。武蔵は、乾を外側のコンクリート壁へと追い詰め、逃げ場のない「プレス」を仕掛ける。
「鉄鋼」の波動が、乾の白金を物理的に押し潰し、機艇のプロペラ回転を強引に停止させようとする。
「……ぐ、ああああああっ!!」
乾の右腕に、かつての異常振動症を超える負荷がかかる。白金の紋様が赤黒く変色し、蒸気肺の熱い血の味が喉にせり上がる。
武蔵の『アイアン・フォートレス』が、乾のサイドに接触。金属が削れる凄まじい火花が尼崎の夜空を染めた。
「どうした乾! 17,000の輝きは、鉄の重さに屈したか!!」
「……健児! 諦めないで! 『鉄』だって、熱があれば溶けるはずよ!」
後方から、翼の『紅蓮・アビス』が全出力で「マグマ」を放射する。しかし、武蔵の鉄鋼は翼の熱さえも「硬度」に変えて吸収してしまう。
だが、乾は冷静だった。
(……溶かすんじゃねえ。……『馴染む』んだ)
乾は、17,000の白金を、針のように鋭く研ぐのではなく、多摩川の泥のように、尼崎の淡水のように、限りなく「液体」に近い状態へと変容させた。
今岡校長の言葉が脳裏をよぎる。「泥を金に変えるのではない。泥の中に、金の輝きを見つけろ」。
新奥義――『白金・水龍幻』!!
乾の機艇から「硬さ」が消えた。武蔵の鉄鋼のプレスを受けた瞬間、乾のボートは物理的な衝突を無視し、水のようにしなって武蔵の機体の「隙間」を通り抜けた。
「……なっ!? 鉄の間を……流れただと!?」
ゴールライン。
1位、乾。2位、武蔵。3位、翼。
鉄鋼の檻を「流体」となって脱出した乾は、そのまま最短コースを滑り切り、尼崎の頂点へと一歩近づいた。
ピットに戻った武蔵は、ひしゃげた自分の機艇の側面を見つめ、静かに拳を下ろした。
「……負けだ。俺の鉄は、お前の『しなやかさ』に届かなかった。……乾、この甲子園、お前が獲れ。尼崎の風がお前を選んだんだ」
乾は、震えの止まった右腕で、しっかりと武蔵の手を握り返した。
「……あんたの鉄の重さがあったから、俺は『柔らかさ』を覚えられた。感謝するぜ、武蔵さん」
尼崎の夜空には、勝利の女神が微笑むように、穏やかな月が浮かんでいた。
ついに次は、準優勝戦。
全国から集まった猛者たちの頂点を決める、本当の戦いが幕を開ける。




