第38話 疑惑の来訪
「……では、リオさんの質問にお答えしましょう」
俺の懇願が届き、リギスティアさんの協力を取り付けた後。今度は彼女が話す番だ。
「まず、予想されるドラヴィド国の行動についてですが……確かにドラヴィド国内ではまだ戦争の機運は高まっていません。軍備の拡張も行われていないようです」
「ティフォ・ベントの話と一致しますね。僕らもそのような気配は感知していません。では、誰が戦争を推し進めていると?」
ティフォ先輩がどこから話を聞いたのかは分からないが、情報は一応正しいらしい。であれば――
「現在のエレメント公国とドラヴィド国の対立……これには、極東が関わっていると思われます」
「なっ!?」
「極東……!?」
声をあげたのはヒナとセレナだ。イレアは声も出さずに驚いている。そして、リギステイアさん以外の目が俺とヒナに集まった。
俺はというと、あまり驚きは無い。ティフォ先輩が以前に極東が関わっている可能性を示唆していたからだ。母さんが関係しているとは思いたくないが……楽観はもう捨てた。
「お兄ぃ、お母さんは……」
「ヒナ、今は考えるな。俺だって……いや、後にしよう。リギスティアさん。その話は本当なんですか?」
「まだ可能性という段階です。ですが、それ以外の要因は考えられないかと。国家を動かせるほどの力を持つのは、同じ国家だけです」
学長は、母さん――極東軍と繋がりがある。戦争を起こす事で双方にメリットがあるなら、他家の意向を無視してでも推し進めるだろう。
「そもそも、ドラヴィド国の軍備は戦争の頃から変わらずに保たれています。何かの強い働きかけがあれば、すぐにでも戦争に向かう事が可能なのです。邪霊の大群をドラヴィドの軍と勘違いして問い合わせた時に対応が遅かったのは、向こうもそれを利用して開戦するか決めかねていたのかと。要するに、我々と同じ状況であったと考えられます」
「つまり極東の手がドラヴィドにまで伸びていると? あの国との関係も考えなければいけませんね。外交を担う僕らが察知できなかったのが悔やまれますが……」
そこで再びオクタールさんの目がこちらを向く。
「リオ君、ヒナ君。君達を疑うつもりは毛頭無いですが、何か知っている事があれば話して欲しい。もしかしたら君達の母君を裏切る真似になるかもしれないけど……戦争に加担している母より、我々を助けてくれると助かるよ」
「いえ、戦争に関しては何も。ですが……俺達がエレメント公国に来たのは母の指示です。そして、俺が大精霊と対話するように言ったのも。これが戦争と直接関係があるかは分かりませんが……」
「そ、そうです! わたしもお母さんからは何も聞いていません!」
疑われていないようで少しほっとした。だがヒナは不安なようだ。大精霊と直接対話していない彼女は、母さんへの疑念を俺ほどは持っていなかったからだろう。
「ええ。貴方達二人の信用はウンディーノ家が保証しましょう。ですが、もし母君から何か伝聞があれば必ず報告するように。いいですね?」
「はい。お願いします」
リギスティアさんの鶴の一声でこの場は収められた。
二重スパイ、なんて単語がふと脳裏を過ったが……すぐに頭から追いやった。
話は一旦区切りとなり、場所を移動することになった。オクタールさんに着いて行った先は、様々な器具や資料がある手狭な部屋。研究室と言ってもいいかもしれない。そんな部屋の中央には一体の邪霊の残骸がある。手足のある人型の邪霊――俺達が以前戦ったものだ。
「この特殊な邪霊はウンディーノ家からの委託で我々が解析をしました。大軍で存在したという話から、仮に『レギオン』と呼ぶ事にしたのですが……これをご覧下さい」
研究者らしき老人が指すのは、邪霊の腕に取り付けられた筒状の武器。途中で折れているが、俺の頬を掠めたあの武器に間違いない。
「奥には火薬と弾を装填する機構があったと見られます。この武器は、銃という氷河の時代以前に使われていたものですね」
「銃、ですか。そんなものを邪霊が使うなんて不思議ですね?」
「母に昔聞きましたが、極東では研究されていたらしいですけど……あまり実用的ではないですからね」
ソージア先生が疑問に思うように、銃なんてものはあまりにも不便な武器だ。火薬と弾を詰める暇があれば精霊術を一回多く使える。しかも距離と手元のブレで命中率も下がる。だが、俺達が戦った時にはそんなレベルのものでは無かった。
「内部の機構はまだ解析中ですが、我々の今の技術では再現ができませんでした。霊道具でもありません。邪霊が古代技術の産物という事実を裏付けるものになると結論付けました」
「分かりました。引き続き解析をお願いします」
リギスティアさんがそう言うと、研究者は部屋を出て行った。
「ソージア、あの時の状況を説明なさい」
「はい。私達が交戦したのはおよそ百を超える大群の一部でした。倒した六体の全てが恐らく同じものを備えていました。連射はできないようですが、精霊術の気配も無く攻撃できるのは知らない者にとって脅威だと考えます。対策としては一般的な発火物への対応と同じ、冷却等の精霊術で問題ありません。一体ずつの強さは特筆すべき点はありませんが、多数で連携をとる様子が見られました」
「宜しい。オクタール殿、ノーミオ家と学園への通達はヴィオテラを通して私の方からしましょう。国境外へ出る民間人への対応は任せます」
「分かりました、当主へ伝えます。セレナ、後は頼みますよ」
頷くオクタールさんは使用人に何かを伝え、部屋を出て行った。相変わらず忙しい人だ。
「イレア」
「はい、お婆様」
「討伐隊を代表して、学園内への周知には貴女も協力しなさい。今の貴女には、私がいない場でウンディーノ家を代表する義務があります。いいですね?」
「はい!」
威勢よく返事をするイレアと向き合ったリギスティアさんと目が合う。イレアを頼みます、とアイコンタクトで言われた気がした。俺もできるだけサポートしよう。
各々のやる事は決まり、今日は解散となった。俺達も寮に帰ろうとした時、リギスティアさんが話しかけてきた。
「リオさん、ヒナさん。お二人は夏季休暇は寮で過ごすおつもりで?」
「はい。まだ予定も特に立てていないので」
「そうでしたら、当家の屋敷に滞在なさっては? 夏のうちに何度か呼ぶつもりですし、学園での用事が特に無ければいかかがでしょうか?」
「えっ、いいの?」
真っ先に反応したのはヒナだ。同室の子が帰省するせいでヒマだとしきりに言っていたな。俺としてもその申し出はありがたい。
「ええ、貴方達はウンディーノ家の一員なのですから当然ですよ。本当は狭い寮に住まわせておくのも心苦しいくらいですが、正式な発表まではヴィオテラの元に居た方がよいので仕方ないのです。それで、どうします? 今日からでも用意はできますよ」
「はい、お願いします。荷物があるので今日は寮に帰りますけど、明日までに支度をしておきます」
「分かりました。明日の昼に迎えを寄越しましょう」
「あ、わたしはたまに放送委員の当番があるんですけど、送り迎えもお願いできますか?」
「ええ、構いませんよ。それと、イレアも休暇の間は本邸で過ごさせます。あの娘のこともよろしくお願いしますね」
それではまた明日、と言ってやや悪戯っぽく微笑んだ彼女は去って行った。そうか、イレアもか……広義で言えば、ひとつ屋根の下ってやつなのか?
「ドキドキひと夏の同棲生活! だね、お兄ぃ」
「なんでやねん」
考えがバレたのか、はたまた同じ思考回路なのか。軽くツッコミを入れた。
こうして俺達の夏休みが始まった。
■□■□
寮に戻った俺達。ヒナは早々に荷物を纏めて俺の部屋に来ていた。
「飯、どうする?」
「んー、いいや」
ベッドの上で膝を抱えるヒナはやや上の空だ。
しばらく無言の時間が過ぎ、ようやく彼女は口を開いた。
「お母さんさ、最後まで自分からは軍人だって言わなかったよね」
やはり母さんの事が気にかかるようだ。
「そうだな。俺もはっきりと聞いたのは学長からだよ」
「でもずっと隠してた訳じゃなかったかな。わたしが気付いたのはこっちに来る半年くらい前だったっけ」
「ああ、俺も多分それくらいだな……そうか、俺達が公国に行くのが決まった時期か? 俺が高校の推薦蹴ったのってその時期だし」
「あー、そうだね。もうバレてもいいって思ったのかな」
何かを答える訳でもない会話が続く。膨らむのは母さんへの疑念だけだ。
「たぶんね、ううん、絶対お母さんには目的があると思うんだよ。わたし達に何かをさせようっていう」
「……まあ、実際やったからな。大精霊との対話なんて言われなきゃやろうとは思わなかったし」
「でもさ、」
ヒナは何か自分の中で納得したように顔を上げた。
「わたしとお兄ぃを留学させようって思ったのも本当だと思う。海外で学んで欲しいって理由もあったはずだよ」
「軍人としての目的とは、別って事か?」
「うん。お母さんの仕事とか目的ってのは正直もう信用できない。でもそれは軍人としてのお母さんであって……うーん、お母さんとしてのお母さんとは別っていうか……」
「いや、俺も分かるよ。母さんだって仕事としての面も親としての面もあるからな」
「うん、そう、それ。だからさ、お母さんとちゃんと話してみたいなって最近ずっと思ってるの」
ヒナは、偉い子だ。母さんという唯一の親を信用できなくなり、ついに今日疑念が決壊してしまった。それでもちゃんと考えようとしてるんだ。大精霊と対話してもティフォ先輩の話を聞いても、無意識に考えないようにしていた俺とは大違いだな。
「お兄ぃ。今度、極東に帰ろ? お母さんと話がしたい」
「俺もそうしたいけど……夏休みの間にってのは今更無理だな。でもその後は授業も始まっちゃうし、俺達はもうウンディーノ家の一員だ。やるべき事もある。時間がとれるのは早くても次の夏かな? 冬に山を越えるのは無理だしさ」
公国から極東までは片道一か月近くかかる。往復で二か月となると、今から準備をして行ったら夏休みの終わりをとっくに過ぎてしまうだろう。それに、急には無理だ。
「だよねー……ありがと、お兄ぃ」
「いや、これは俺達の問題だからな。もし帰るなら二人一緒だ。リギスティアさんとかミゲルさんにも相談してみよう」
「うんうん。おじさんなら何か教えてくれるかな? また会えたら聞こうよ」
「まあ軍の機密とかなら無理かもだけどな。夏休み中にもう一回会ってみようか」
色々と計画を立てるのも、どちらかの腹が鳴って中断になった。二人で夕食を食べ、少し暑いのも気にせず久しぶりに同じベッドで寝ることになった。ヒナもなんとなく寂しさを感じたのだろう。あれこれと他愛もない話をして、ようやく眠りについたのだった。
翌朝。しばらく寮を離れる事を寮母に伝えに行こうと管理人室に向かうと、ちょうど部屋を出た寮母に鉢合わせた。
「あら、ミヅカさん達! ちょうど良かった!」
「おはようございます、スビさん。俺達もしばらく寮を空けることになったんですけど……何かあったんですか?」
「ええ、今あなた達を呼ぼうと思っていたところよ。間に合って良かったわ」
荷物を背負った俺達を見てすぐにでも発つのかと勘違いしたのだろうか。挨拶ついでにロビーに先に荷物を置きに来ただけなのだが、用があるなら丁度いい。
「それで用というのは? まだ時間はあるので大丈夫ですよ」
「まあ、よかったわ。学長が二人をお呼びよ。お客さんですって」
「お客さん? ウンディーノ家の人かな」
「いや、今から行くからそれは無いな。もし急用でも学長を通したりはしないと思うし……」
耳打ちするヒナに答える。一体誰だろうか?
「ごめんなさいね、詳しくは聞いていないものだから。ともかく学長室に向かってちょうだい」
「はい、ありがとうございます。一階に荷物を置いてっていいですか?」
「もちろんよ。それじゃあまた夏休み明けにね」
「うん。ばいばーい」
ヒナが軽く手を振って寮を後にする。俺達はそのままの足で教員棟へと向かった。
「失礼します、ミヅカ・リオです」
「ミヅカ・ヒナです」
軽くノックすると、入れと学長の声がした。久しぶりに聞いたな。
「失礼します。スビさんから学長に呼ばれていると聞きました」
「おう、よく来たなお前ら。急で悪かったな」
重厚な椅子に寛ぐ学長は、やや上機嫌だ。何があったのだろうか?
「いえ、昼までは時間があるので大丈夫です。それより俺達に客とは?」
「来てのお楽しみだ。だが驚くぞ? なにぶん連絡も無しに急だったもんで、私も驚いたくらいだ」
「驚くって……お兄ぃ、心当たりは?」
「いや――まさかな」
遠くから、と言ってもエレメント公国内の遠い場所には知り合いなどいない。とすれば国外。ドラヴィド国か極東になるのだが……連絡も無く人が来るような事は普通は無いはずだ。ティフォ先輩……は、あり得ないな。でもそれ以外となると。
「それで、どちらに? もう来てるから俺達を呼んだんですよね」
「ああ、ちょっと入れ違いになっちまったな。すぐ戻るって言っていたから待ってろ」
そう言って学長はまた上機嫌に机の上の資料を捲りだした。名前を出さないのはサプライズのつもりなのか。俺とヒナは顔を見合わせ、ソファに座って待つことになった。
「お、来たか」
待つこと数分。学長室の外から、コツコツと足音が聞こえた。
「入れ。二人はもういるぞ」
ノックも待たずに学長はそう言った。足音が止まり、扉が開かれる。
「さあ、久しぶりの再会だ」
部屋に入ったのは、やや小柄な人影。長い黒髪を後ろで一本に括った、隙の無い武人のような立ち居振舞いの女性。
「――久しぶりね。二人とも、元気だった?」
そして何よりも目を引く、地面を抉りそうなほど長い、腰に佩いた大太刀。それを苦も無く携えた歩みで彼女は部屋に入った。
「母さん……!」
「お母さん!」
彼女の名は、ミヅカ・シオン。
来客とは、極東にいるはずの俺達の母だった。




