アラクネの腹~一時的な優勢
シャドウ霧葉の襲撃により、アジトである洞窟から脱出せざるをえなくなった山賊団。重傷を負わされたメンバーを置き去りにして行われたそれは悪夢の始まりであった。
「このっ、てめぇ!ふざけんじゃねぇぞ!!」
通路に男の怒鳴り声が響く。
それに対し暗がりを走るモノは威圧されたかのように引き下がっていった。
「けっ、腰抜けが!いつでも相手になっで!?」
そして男の姿が消える。
「ふざけんじゃねぇぞ!!卑怯者が、正々堂々とっ!?やめっ、やめてくれっ!ヒギッ!?」
その声は山賊たちの頭上で響き。やがて片足をえぐられ、恐怖と苦痛で表情を歪めたヒトが通路に落ちてくる。半ば切断されかけた脚からは大量の血が流れ続け。
そいつが助からないのは誰が見ても明らかであった。
「こいつはもうダメだ。捨てていくしかねぇ。とどめはいるか?」
だからグムスはボスとして非情な決断を下す。このまま苦しんで死ぬ。あるいは暗がりから山賊団を狙うバケモノに弄ばれるくらいなら楽にしてやったほうがいい。
「お頭ぁ・・・・・」
その考えを理解したのだろう。くやしそうに顔を歪めてから短く頷き。
「なっ!!」「ばっ!?」「・・・・・!!!?」
そして絶望に落とされた。
男の無事な片足が逃げてきた洞窟の奥を向いて。次の瞬間にその方向へと見えないナニカに引っぱられていった。
何が起こっているか理解できない。何が起きているかリカイしたくない。
そんな山賊たちに応えるかのように血の臭いが漂ってくる。続いてグムスは死の気配を死霊術士の能力で感じ取った。
同時に脱出を開始した直後から続く、蟲が走る擦過音が再開され洞窟の通路に鳴り響く。
嫌がらせの不快な音。最初そう言って嘲笑した男はすでにおらず。
誰かのつばを飲み込む音が大きく響いた。
『繰邪巣』そう名付けた自らの結界術式に魔力を流しながら、霧葉は洞窟の最深部でため息を飲み込んでいた。
「これは使えないわね」
『繰邪巣』この術式は端的に言えば敵の領域を侵食する結界術式である。竜爪獣の蜘蛛を複数使役することで、敵の建物や陣地を改造し霧葉のモノとする。
例えばこの山賊アジトなら灯明を消したり配置を換えて惑わす。地属性の魔術で通路を隆起・陥没させて山賊が撤退する移動速度を遅らせ、あわよくば転倒をねらう。さらに敵のトラップを改造して利用したり。
糸でワイヤートラップを急造しネメシスアラクネの攻撃しやすい状況を作るなどだ。
それにより霧葉は離れた場所から山賊たちを追い詰めつつある。
先ほども天井に吊り上げた賊の脚を糸を伝わせた竜爪獣に攻撃させ。糸の罠が設置された場所に落としてから、再度暗がりにひきづりこんでとどめをさした。
「凶悪山賊たちを地獄に落とすのは楽しいんだけど」
一応山賊を圧倒しているかのような戦況ではある。だがこの優勢は今回だけのものに過ぎない。
土石の入り混じったこの洞窟という地形が無ければ得られないものだと霧葉は結論づける。
人間相手ならともかく大地に近しい邪妖、地中でも活動するモンスターには通じない。霧葉より強い魔力を持つ地属性の魔術師には通用しない。
そもそも山賊たちが戦力を洞窟奥に集中させたことにより。そこにたどりつくまでの通り道を改造し放題だったというのが、今回の勝因だ。
次の任務も同様と考えるのは楽観的すぎる。
「そして何より味方を巻き込むリスクが高すぎる」
自分ごときの腕前で単独行動など自殺行為に等しい。
実際、格下の実力しか無いはずだった山賊ボスの斧で突風を起こされた時には危機に瀕した。
そういう時に霧葉一人で撤退するならいいだろう。
しかし一刻を争うアジトの自爆や重傷者の移送など。シャドウ以外と組んだパーティーで退却する際に脚を遅らせるなど霧葉一人の失態ですまない。
あるいはせっかくの救援に竜爪獣が襲いかかるという笑えない喜劇も起こりうる。
「護符や術式の目印でクモ竜爪獣の誤認は防げるかもしれないけど・・・」
この物騒な世界で模倣、偽造に盗みが起こらない。そう楽観できるほど彼女はおめでたいアタマを持っていない。秘術を編み出す魔術職人と同等以上の存在ならともかく。
霧葉はせいぜいシャドウの中で少しばかり器用なだけだと自覚している。
そんな自分の自尊心のために仲間や家族を危険にさらす僅かな“可能性”も看過するわけにはいかない。
「せっかく頑張ったけど。これは失敗の例題として記録されて終わりかなぁ」
少し泣けてくる。できれば妹の桐恵のアレを矛として。自分の竜爪獣を副武装?としてシャドウの装備として広めたかったけど。
「よし!切り替えよう。繰邪巣の計画は失敗を報告して。聖賢の御方様の裁可を仰いで私にできることは終わり!」
山賊アジトで一人きりの独り言するのも終わり。
ため息を飲み込みながら霧葉は後片付けを始める。そうしてさらなる魔力を霊糸に送りこんだ。
アジトに使っていた洞窟。そこはこんなに長かっただろうか。
グムスはそんなとりとめの無いことを考えていた。
「なんでっ、なんでこんなとこに罠がっ!!」「やってやる、やってやっ!?」
改造され“元”は自分たちの拠点だった洞窟。
そこでは異形のクモどもが猛威をふるい、次々とグムスの部下たちを狩っていく。その連携にモンスター退治もこなしてきた荒くれ者が次々と屠られていく。
蜘蛛の脚に爪牙を生やした異形アラクネの群れ。その攻撃力が高いことは予想していた。
すり抜けざまに人間様の足を切り裂き。体当たりをすれば爪脚を突き立て防具を穿つ。
転倒した者の上をソレが駆ければメッタ刺しの死体が残った。
「ッ!?ヒッ、ヒィーー」「ばっ、おまっ!」「ふざけるなっ、冗談じゃねぇぞっ!」
糸も厄介だろう。普通の蜘蛛のように粘着糸は“今”のところ放っていない。
ただ投げ縄のように動きを封じ。ロープのように天井に張り巡らした足場を移動し。
“単なる”クモ怪物のように引っ張り。
そして山賊の《連環》を作るだけだ。二匹の蜘蛛が二人の山賊にそれぞれ糸を巻き付ける。そうしてクモ側の糸を結んで切り離し。両端に山賊をつなげた連環の糸ができあがる。
「クソがっ。てめぇのヘマに巻き込むな!!」「ッ!!」「やめっ!?」
その後に始まるのは血みどろの惨劇だ。連環の両端に挟まれたメンバーは暗がりで糸が絡まり。
動作が制限されればもはやクモ怪物たちの迎撃どころではない。それどころか糸の拘束から逃れようと周りを巻き込み同士討ちを始める愚か者までいるありさま。
二度と洞窟をアジトにしない。蜘蛛のモンスターと戦いたくない。
そう考えるのはグムスだけではないだろう。
そんな不毛なことを考えていた逃亡もようやく一段落する。
「ここだ。ここからなら脱出できる」
そう言って脇道にそれたグムスの後ろを囮の捨て駒たちが通り過ぎていく。
それを尻目にグムスは行き止まりの壁に偽装した、扉を開ける仕掛けを作動させた。
「悪く思うなよ。てめぇらと一緒じゃあのクモ女から逃げられねぇんだ」
全滅するくらいならグムスだけでも逃げて報復を狙ったほうがいい。それにこの悪辣な蜘蛛の情報は高く売れるだろう。何としても対策を立てて再戦での勝利をもぎ取る。
それが闇ギルドで上を目指す者の為すべきことだ。
「ん?」
そんなグムスの眼前で開きかけた扉の動きが遅くなっていく。滑る音に引きずる擦過音が加わり。
やがて扉は完全に止まった。
「こいつは・・・!?」
マズイと思う間もなく両の膝裏に激痛が走る。そうしてグムスの視界は暗転した。




