アラクネ竜爪獣
ウェアルを半ば連行しつつ発光足跡の痕跡を消していく義姉の桐恵。
怜悧な細目の容姿を持つ彼女は現在、頭痛に悩まされていた。
『どうして、何でウェアルが糾弾されないといけないのよ!』
その原因は桐恵の血を分けた姉の霧葉にある。裏の世界で生きるシャドウともあろうものが術を秘匿する重要性を理解していない。それどころか肉親の情にほだされ裁定を甘くしろと言うありさま。
あげく秘匿会話の術式『フォトンワード』でその主張をたった今現在も繰り返し続けている。
霧葉が姉でアレを使う術者でなければ実力行使で黙らせているところだ。いくら主君の聖賢様が大らかでシャドウたちが表の世界で生きることを望んでいるとはいえ。
『こら、桐恵。何、だんまりを決め込んでいるのよ。お姉ちゃんに返事をしなさい。
そしてウェアル君を解放しなさい!』
『少し黙っていてください姉上。聖賢様はともかく姫長が今回のことを知ったら三人とも処刑されかねません』
大事を成すには段階や入念な準備というものが必要だ。霧葉のようにお館様の言葉を額面通りに受け止め欲望全開の一歩手前で振る舞うことを表の世界で生きるとは言わない。
だから家族の中で出世頭である桐恵が霧葉の手綱を取る必要がある。
『そうかなあ。いくら何でも落城したばかりのどさくさに若者を単独で放浪させるなんて無理があるでしょうに』
この世は理不尽にあふれており、神秘は容易に常識を覆す。
だが組織として危険、コスト計算を行ってから利益を求めるのは必須事項だ。その鉄則を考えるとあの時期に若手シャドウを野に放つなど非常識にもほどがある。
『だからと言って不要な情報の流出を許すわけにはいきません』
『大丈夫だと思うけど。情報戦で各勢力が結集したところで結末は同じだと思うけどなあ』
既に詰んでおり勝敗は決している。それは聡いシャドウなら薄々、察していることだった。
そうでなければ悪徳都市をああもたやすく陥落させられないだろう。必ず何らかの仕掛けがある。
『だからと言ってアトナイヴ家がそれにすりつぶされるのを許すわけにはいきません』
『ウソばっかり。桐恵ちゃんが気にしているのは弟君だ・・・』
くだらない戯れ言を垂れ流す霧葉とのフォトンワードを打ち切る。そうして桐恵は家族の中で最も遅い足を全力で酷使するはめになった。
大事な家族との雑談を霧葉は終了する。たまにこうやって気分転換もできなくては日の差す領域に出てきた意味があるのか。
そんなことを考えつつも霧葉は思考を冷たいものに切り替えていく。
「ん~、あの連中はなんでここにやってきたのかな~」
悪徳の都。それは単なる盗賊の寄り合いではない。利益を追い求める大組織だ。そのため都市の近郊にある村は食糧を供給する大事な倉庫である。
組織に属する山賊はもちろんのこと。組織と敵対して殺されたくない強盗が略奪を行うはずがない。
そもそも自分の食料庫を破壊しては飢えを招き新たな畑・倉庫を調達する必要がある。そんな倉は輸送距離が今より遠い不便なものになるだろう。
「まあ、ここで推測を重ねても仕方ないか。聞いてみればわかるよね」
そうつぶやいて霧葉は自らの魔力を高める。同時に触媒となる爪を手早く地面に並べた。
『ドラゴンクロー、アラクネクロー!アラクネレター!!』
言霊に応じ触媒の爪が変化していく。それは身体を亜竜の爪で構成されている竜爪獣。ただし仮初めの生物を形作っていない。蜘蛛のレリーフが刻まれた石が八個精製される。
「それじゃあお願いするね。『いったいどうなっているのか教えてください』、と」
その石に霧葉は暗号文を記す。続けてさらに魔力を蜘蛛石に注ぐとそれらは地面に沈んでいき。
「行けっ」
霧葉の意思に従って地中の八方へと駆けた。
数刻後
「ふ~ん。やっぱりそういうことか」
霧葉は伝令を務めた竜爪獣の妖石から情報を得ていた。ウァーテル近郊にある村を掌握すべく配置された小隊のシャドウ。
その指揮官と連絡を取った霧葉は他の村にも山賊が探りを入れている。ウェアルのような若手シャドウが戦闘を行っていることを把握した。
「自分たちの台所を荒らすことはない」
だが他人の台所に放火すれば〈兵糧攻め〉という作戦になる。ウァーテルの混乱する隙を狙う勢力。
もしくは組織内の権力争いで村の食料生産量が一時的に下がるのを望む連中という可能性もある。
しかし今回の山賊連中は多すぎた。この規模からすると、現在ウァーテルを支配しているイリス様たちが食料調達に苦労する程度ではすまない。
それどころか飢えて死ぬくらいなら「食料をくれる者に何でも協力しよう」と追いつめられた住民たちは考えるだろう。自作自演もいいところだ。
しかし日常を奪われたまっとうな人間に「それを見破り誇りを賭けて戦え」などと言うのは死の宣告も同然だろう。
それを可能とする規模の山賊共がウァーテルの周辺に展開している。企ての確信を得るまでそんな奴らを野放しにする気は霧葉に欠片もなかった。
「だったらモンスターと同じ扱いでいいよね」
モンスターと同じ扱い。霧葉にとってそれは〈人間に駆逐されるあわれな獣〉という意味ではない。
同じ思考をする〈怪物から無惨に捕食されてもいい〉ということだった。
数刻後。霧葉はあたりをつけた古い砦の様子を窺っていた。
平野、街道の制圧を目的としそこでの戦いに主眼とする騎士。彼らは山賊討伐でその姿を追い求め準備を行う。その結果少し目端のきく山賊だと騎士たちの動きを察知して逃亡することも少なくない。
しかしシャドウは違う。山野での戦闘を主とするシャドウにとって地図さえあればアジトにできる場所をしぼることなど造作もない。都市ウァーテルを攻略する時点で周辺地図は作成されている。
そして様々な竜爪獣を使役できる霧葉は地図の細部を熟知していた。
「だからって最初の一発目で当たりが出るなんてね」
これも日頃の行いが良いせいだろう。あるいは家族の幸運を吸い上げているためか。
そんなことを考えながら霧葉は竜爪獣に魔力と殺意をこめていった。
『ドラゴンネイル、ドラゴンネメシス!ネメシスアラクネ!!』
呪力の込められた言の葉によって四本の竜爪が融合し一匹の鬼蜘蛛へと変化していく。八割がた完成というところでさらに呪符を投擲。
大きさは人間の大人ほどもあり体毛はない。ウェアルの操っていた竜爪獣をそのまま大きくしたようなソレはネメシスアラクネと呼びかけられていた。だがアラクネとは決定的に違うことが二つ。
一つはヒト型の上半身が生えていないこと。
一つは手足となる八脚にそれぞれ竜爪を模した刃が生えていることだ。
「行きなさい、ネメシスアラクネ。行って賊共を殲滅しなさい」
「・・・・・ッ」
霧葉の指示にネメシスアラクネは短い呼気で応える。だがその短いやり取りで意思による操作・同調を可能とするほど霧葉の技量は錬磨されていた。義弟にプレゼントした練習用の竜爪獣とは全く別物の怪物が動き出す。
その全身からは霧葉と同じ魔力と殺気が陽炎のようにゆらめいていた。




