討伐の後で
ウェアルによって山賊のほとんどが討ち取られた翌日。
「ここまでくれば、もう大丈夫だろう」
山賊団の頭だったガトード。彼は今まで積み上げたほとんどのものを失っていた。
ゴロツキたちを飴と鞭で躾けてようやく使えるようになった山賊団。奴らを駆使して集めた武器、財宝は一夜どころかわずか数時間で失われた。これでは山賊団を復活させるのに一からやりなおさなければならない。
「だがオレにはこれがある」
そうつぶやいてガトードは装着したガントレットをなでた。配下に刺青を刻み契約する。
そうすることで使い魔や訓練した兵士のようにゴロツキたちを操ることを可能とする魔道具。
使い方のコツは覚えたから今度はもっと早く山賊どもをまとめられるだろう。その時はああいう正義の味方気取りのガキを仕留める準備もしなければならない。少しばかり腕の立つ駒ではだめだ。
魔術や毒で自称勇者を仕留める算段をつけなければ。
そんなことを考えていたガトードの首筋に悪寒が走った。
「ッ!?」
「おっと。よく避けたな」
とっさに頭を傾けてナニかを避ける。その横を蹴り足がかすめていった。
「すごいな。山賊の頭だけあって勘が働いたといったところか」
聞き覚えのある涼しげな声。その響きにガトードの押さえつけてていた怒りが再燃しかける。
同時にガトードの視界が反転し上昇していく。
「なっ!?」
「ギウッ」
それと入れ違うように忌々しい小型モンスターが姿を現す。その後方から太い糸がのびガトードの片足に絡みついていた。
「まあ小ずるい賊の動きではこんなものか」
その口調は意図的にかわさせて罠に追い込んだようだ。もっともガトードにそれを確認している暇はない。
逆さづりにされたあげく駒となる部下もいない。命の危機に瀕している状況でそんな情報はどうでもいい。そう考えつつも彼はボスとしての経験から得意げな若僧の心理を読み取る。
「貴様・・・何者だっ!どうやって俺様を追ってきた!!」
「フン・・・・・」
山賊団を壊滅したばかりかボスのガトードをここまでおいつめたクソガキ。邪道な戦闘方法からこいつは明らかに裏の住人だ。だがまだ若い。
全ての手の内をベラベラとしゃべることはないだろう。だがこうしてガトードを追い詰めた手段を自慢したい。尋ねれば冥土の土産にそれを話すぐらいはしそうだった。
それを知れば今度こそやり直せる。
「それは・・・」
「!?」
若僧が口を開きかけたところで再びガトードの見る風景が反転する。
その視界には首のない逆さ吊りにされた自分の身体が映っていた。
「なっ!?」
竜爪獣のスルードと協力して逆さ吊りにして捕らえた山賊団の頭。その首だけが落ちるのを目の当たりにしてウェアルは一瞬硬直する。
だが驚愕をふりはらいそこから距離を置こうとした瞬間。見覚えのあるシャドウが姿を現した。
「桐恵義姉さん!?」
「ひさしぶりねウェアル」
数日ぶりの家族との再会。だがそこに親愛や郷愁の情はない。
冷たい視線は姉弟の会話を明確に拒絶している。そもそもウェアルが捕らえていた山賊の首をはねたのは間違いなく桐恵だ。
家族とはいえ断りもなく他者の捕虜に手を出すのはルール違反どころか異常行動だ。
むしろ変装したナニかが山賊ボスの口封じを行ったと疑ってもいい状況である。
そんなウェアルの眼前で義姉の姿が唐突にぶれる。
「なっ!?」
「相変わらず緊張感に欠けるわね。飛矢として放たれたのにいつまで下級シャドウでいるつもりなのかしら」
驚くウェアルの首筋に繊手の五指がクチバシのように尖らされてつきつけられた。
その手刀より鋭い独特の構えを彼は身をもって知っている。目の前の義姉が間違いなく桐恵本人であることを否が応にも確信させられた。
「貴方には二つの選択肢がある。
一つはこのまま無知の知を活かして私に状況を委ねること
一つは好奇心と意地を混同して真実を知り状況をかき回すこと」
どちらを選ぶか桐恵の怜悧な瞳が問いかけてくる。文脈からすれば[未熟者は引っ込んでいろ]と圧力をかけていると解釈するべきだ。
だが本気で沈黙・依願を望むなら問いかけをする以前に姿を表さずに事態の収拾を恵義姉さんは行っているだろう。これはウェアルに与えられた挽回のチャンスなのだ。
ならば自分の返す返答は一つしかない。
「義姉上。オレに挽回の機会をくれ!」
「愚弟のウェアル。私が〈貴方〉と呼んでいるときに〈オレ〉と名乗れるとはすいぶんと偉くなったわね」
その後、時間が惜しいので密度の高い【説教】をされた。
山賊ボスのアトを追わされることがないよう礼儀と力関係と時間は大事なんだと刻み込まれた。
「ウァーテルの拠点に戻る前に後始末をしなければならない」
そう言った桐恵は山賊頭が逃走に使った経路を逆戻りしていく。その道筋にはところどころに光る足跡があった。
名付けられていない術式。聖賢の主が行使される『発光・目印』の魔術をアレンジして下級シャドウたちが使っている小手先の手品だ。
山賊の逃走経路に付与術式をかけた砂をまいておく。それを踏んだ賊は靴底についたマジックサンドの効果によって足跡を定期的に発光させて歩く。
追跡者のウェアルに対して目印をつけながら歩くはめになるというわけだ。もちろん逃走する山賊に気取られては不都合だから足跡の発光は最小限で粒状のものにしている。
「義姉上、これが私の犯した過ちなのですか?」
「そう。許可なくお館様の魔術を流用したこと。コレがもたらす不利益・危険を考えられなかったこと。何より一族に破滅をもたらす種をまいたことが貴方たちの罪よ」
最初の流用は聖賢の担い手たる主様なら気にしないと思う。だが後述の二つは問答無用で処刑されてもおかしくない罪状だ。下手をすれば家族にまで累がおよぶ恐れすらある。
「この仕掛けは貴方達の魔術能力でも編み出されるもの。ならば賊や害悪連中でも真似できる。
その連中が獲物・犠牲者を追跡するのに使い始めたらどうなるかしら」
山中を走りながら淡く光る足跡の痕跡を消す。それなりに汗をかく作業をしているにもかかわらずウェアルの顔から血の気が引いていく。
大恩ある主君の威光を傷をつけたあげく、賊の跳梁を許す可能性を作るなど重罪の表現すら生ぬるい。謀反を起こしたと糾弾されてもおかしくない罪だ。
忠誠心のあつい桐恵たち義姉からすれば失態ではすまないだろう。
そんな風に考えるウェアルは山賊団がいた砦に戻ってきた。昨夜、奴らを壊滅させた達成感など微塵もなく。こんなことなら安全策をとって山賊になど見過ごせばよかったという後悔がウェアルに押し寄せてきた。
「それではここの後始末をしましょう」
だからウェアルは気付かなかった。桐恵の視線と正確な現状についてを。




