番外編 祝福の使者④
「…………そうですか、それは何よりです。念のため、使節団の監視も怠らぬように」
報告を聞き終えたトゥレンは、部下にそう告げると大きく溜息を吐き出した。
結果として、モラヴ使節との対面はつつがなく終了した。――主役が婚約者を抱えて入場という珍事さえ除けば。
それも、麻袋でも運搬するかのような雑な抱え方で、誰が見ても仲睦まじい恋人とは思えない。
そのはずなのだが、なぜか使節の男はいたく感じ入っていた。
「実に仲のよろしいお二人で、まことに感動いたしました! 聖女様の加護も得られて、貴国はますます繁栄なさることでしょう。大変おめでたく存じます!」
帰り際、明るい声で朗らかにそう告げてくる使節に、トゥレンは疑問を感じた。その後、面会時の主君の行状を聞いて椅子から転げ落ちそうになったのだが。
—―やはり、自分も同席すべきであった。
他の政務が滞っていたこともあり、ただの対面ならと主君に任せたのが誤りだった。
その後悔がよぎったが、今さら遅すぎる。
「無事に終わったものを、まだ納得していないのか」
溜息を連続で吐き出す補佐官に、レックスは呆れたような視線を投げた。
「当然のことです! 今回無事に終わったのは奇跡なのですよ!」
「おまえのような信心のない男が奇跡などと口にするとはな」
お互い様だと言いかけて、トゥレンは何とか不敬な言葉を飲み込んだ。
彼はこの主君に命を預ける覚悟で尽くしてはいるが、時折こうした軽口か本気かわからない言葉を投げられることに辟易していたのである。
「ねえ、もう終わったんじゃないの? 用が済んだなら帰ってもいい?」
これ以上付き合わされたくないとばかりに尋ねてくるのは、アウレリアだった。
こちらはレックスの比ではなく、状況が全く読めていない。
トゥレンはさらに深い溜息を吐き出した。
彼としても聖女の奔放なふるまいから早く解放されたい。できるだけ手短に用を済ますべきだろう。
「……その前に一つだけ。あの使節と対面された際、不自然なところはありませんでしたか? 神の瞳で疑わしく見えるような」
聖女に利用価値があるとすれば、称号以外は「全てを見抜く」瞳だけ。
トゥレンとしては、その力を使って最後にどうしても確認しておきたかったのである。
「別に……嘘はついてなかったと思うよ。だから本当にお祝いに来たんじゃないの?」
その言葉に、トゥレンはがっくりと肩を落とした。
(――実に仲のよろしいお二人で、まことに感動いたしました!)
(――大変おめでたく存じます!)
あれは口先だけで適当に褒めているわけではなく、本心だというのか。
トゥレンは、もはや何が何だかわからなくなっていた。
主君も聖女も退室し、一人になった執務室で、彼はすっかりぬるくなったカミツレ茶をすする。
軽く息をつくと、再び使節の残した言葉が脳裏に甦った。
(――聖女様の加護も得られて、貴国はますます繁栄なさることでしょう)
神の奇跡も、聖女の加護も、彼は何一つ信じていない。
そんなものがあれば、この国はただ一人の女によってこうも乱されるはずもないだろう。
彼が聖女に対し、常に懐疑的な目を向けてしまうのは、単に礼儀知らずだからというだけでなく、神話を体現した存在そのものだからかもしれなかった。
それでも、人は信仰をやめられない。
神などいないと叫べば己が排斥されてしまう。
だからこそ、光を宿し、人の心を集める聖女がこの国には必要なのだ。
(――本当にお祝いに来たんじゃないの?)
聖女の純真すぎる言葉が皮肉にも真実だったのだろうか。
国同士の力関係、腹の探り合い、黒幕の存在――常に裏を読み続ける彼には見えないまぶしい光。
今だけはその輝きに身を任せても良いのかもしれない。
疲労のあまり、彼はつい柄にもなくそんなことを思った。
果たしてこれは外交の成功と言えたのか!?
ひとまずは無事に終わったようで何よりですね。
さて、次回更新は明日9/24(木)となります。これ以降、通常更新は毎週木曜日の20時過ぎ頃とさせていただきますので、よろしくお願いいたします。




