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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第三部

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番外編 祝福の使者②

「え? 婚約者のふりって、今までもしてたでしょう?」


 開口一番の聖女の言葉に、トゥレンは暴れ出しそうになる気持ちをぐっと抑えた。


「……これまで特にそれらしい行動はなかったかと思いますが」


 トゥレンはかろうじて返答を絞り出した。アウレリアとレックスの二人は婚約者と言ったところで、私室も遠く離れており、滅多に顔を合わせることもない。


 公式行事どころか実態は捕虜である以上、聖女は限られた狭い区域にとどめ置かれ、毎日軽い散歩と食事と昼寝くらいしかすることがないのである。現状、ただの穀つぶしとしか言いようがなかった。


「でも、前にレックスのお母さんに会えって言われて会いに行ったじゃない!」


 アウレリアが不満げに反論すると、トゥレンよりも先に隣のレックスが口を挟んだ。


「あれは母ではない」


 皇后は公的には継母ではあるが、実態は国を蝕む毒婦にして政敵である。親子扱いされるなど、普段無口なレックスでも看過できなかった。

 そして、またしても余計なことを口走る聖女に胃痛を悪化させながら、トゥレンは仲裁に入る。


「その件はもう結構です。それより、今回は異国の使者を出迎えねばなりません。決して失礼のないよう、アウレリア殿におかれましては重々お気をつけ――」

「もう、わかってるわよ! そこまでくどくど言わなくたって、お客様に挨拶くらいできるから!」

「…………いえ、その必要はございません」


 トゥレンは胃の辺りをさすりながら聖女を制する。


「使節の出迎えとねぎらいは殿下が行われます。アウレリア殿はその隣で何も言わずに座っていただければ結構です」

「え? お祝いしてもらっても黙ってるの? その方が失礼なんじゃないの?」

「時と場合によります。今回は同席だけしていただければ問題ございません」


 実際には婚約者からも一言あってしかるべきだが、トゥレンは何も期待していない。下手に余計な台本を覚えさせれば、現場で何が起きるかわからないのだ。ならば多少不自然でも無言で通してもらった方が、まだ胃痛の度合いが低く済むはずだった。


「まあ、わかったけど……でも、それならこの人の方が失礼なんじゃないの? いっつも不機嫌そうな顔して、私よりよっぽど失礼じゃない」


 納得できないとばかりに、アウレリアはレックスを指差す。その挙動全てが本来は処罰ものだと、彼女は当然知らない。そしてその事実を痛いほど知っているトゥレンとユリウスは、同時に顔を青ざめさせた。


「アウレリア様、それ以上は……」


 見るに見かねて、それまで黙って控えていたユリウスが制止しようとする。だが、いきなり執務室に呼び出され、失礼を連呼されたアウレリアの不満はとうてい収まらなかった。


「ねえ、ユリウスもそう思うでしょう!?」

「いえ、私は――」


 ここで同意したら首と胴が離される。その恐怖にユリウスは言葉を詰まらせた。


「とにかく、今は使節を待たせております。アウレリア殿は早くご準備をお済ませください」


 これ以上、この婚約者たちを同席させてはならない。そう判断したトゥレンにより会話は打ち切られ、アウレリアは不承不承ながらも正装に着替えることとなったのである。





 着替えと言っても相変わらず侍女を置かない兵営内で、手伝えるのはミリアしかいない。

 まだ不満そうに頬を膨らませるアウレリアをなだめながら、ミリアは以前よりも慣れた手つきで聖女を仕立て上げていく。


「何だか前よりずいぶん立派な衣装になったわね」


 白絹の衣を聖女にまとわせながら、ミリアは思わず溜息を洩らした。

 以前に皇后と面会した際には仕立てが間に合わず、急ごしらえの仮礼装だった。しかし、同じ手抜かりが二度とないようにと、トゥレンの指示により正式な衣装がすでに用意されていたのである。


 エピオナの追悼儀礼は屋外用の身軽な仕様だったが、今回のような謁見時の盛装は布地もふんだんに使われ、体全体をゆったり包み込んでいる。そして、胸元には聖女の証である黄金鳥の刺繍が映える。

 まさに大聖堂の祭壇画に描かれるような見事な装いであった。


「聖女の服ってこんなにいっぱいあるんだ……」


 アウレリアは困惑したように、自身に着せられた服をしげしげと覗き込む。

 聖女離宮で暮らしていた頃は、聖女用の衣装といっても身軽な日常用の軽装だった。公式行事に出たことのない彼女は、ごくまれに王族との謁見が行われる時以外はほとんど礼装を身につけたことがないのである。


「それで、大丈夫なの? 外交使節と謁見だなんて」

「別に……ただ黙って座ってろって言われてるし、問題ないんじゃないの?」


 アウレリアの不満はまだ消えそうにない。彼女としては、お祝いをしてもらったらきちんとお礼を言うのが当たり前なのである。それなのに黙っていろと言われたことがいまだに納得できていなかった。


 いつも不機嫌そうで感じの悪いレックスよりも、自分の方がお礼くらい言えるのに――その気持ちがまだくすぶっていたのである。


「まあ、相手も本気でおめでたいと思って来てるわけじゃないだろうしね。あんたが誠実にお礼する必要もないんじゃないの?」

「え……そうなの?」


 アウレリアは驚きに目を見開いた。祝賀使節というからには、純粋に祝いを述べに来たのだろうと彼女は素直に考えていたのである。


「その辺はあの失礼な人たちが考えてるんだろうしさ。あんたはその綺麗な格好で使節のおじさんを驚かせてきなさいよ」


 そう軽く言い放ち、ミリアはアウレリアの背を軽く叩いた。

 上等な白絹と金糸をふんだんに使った豪華な衣装は、天から遣わされた聖女のごとく、彼女をまばゆく仕立て上げていた。

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