番外編 祝福の使者①
届けられた一通の書簡が、またもや補佐官の胃痛を促進させた。
「この時期に祝賀の使節ですか? しかもモラヴ王国から?」
トゥレンは書面の流麗な文字を見つめながら、主君並みに眉間の皺を深く刻んだ。
すでに杯の中のカミツレ茶は空になっている。四杯目を注ぎながら、彼は思案をめぐらせた。
彼の手元に広げられているのは、友好国からの外交文書。本来ならばそれは国王のいるヴァルディス王宮に届けられるものである。実際、一度は王宮に届いたのだが、そのままこの拠点へ持ち込まれてきた。
なぜならば、それはアレクシス王子の婚約祝いの文書だったからである。
現在、政敵の牙城である王宮に聖女を置くわけにはいかない以上、王子の手元にとどめておく表向きの理由が必要となる。そのため、公式には聖女アウレリアはアレクシス王子の婚約者候補であると発表するしかなかった。結果として、周辺国からの祝いの使節が、書簡と貢ぎ物を持ってこの駐屯地に押しかけてきてしまったのである。
「何を悩んでいる? 一言礼を言って帰せば良いだろう」
「そういうわけにはまいりません……」
面倒そうなレックスの言葉に、トゥレンは思わず頭を抱えた。
祝賀使節の送り主は、モラヴ王国。ヴァルクレウス王国の北西に隣接する小国である。東西セルディアが版図を広げていく中で、何とか生き延びている数少ない国の一つだが、ほとんどヴァルクレウスの属国に近い。直接の害意はそこまで警戒する必要はないだろうが、問題はその立ち位置である。
モラヴの南方に接するのは旧ラディア王国領。十六年前にヴァルクレウスによって滅ぼされたその国は、皇后ベルダの故郷であった。
「あの女が裏で糸を引いていると?」
レックスはいつも以上に不機嫌そうな表情でそう尋ねた。
「その可能性を考慮する必要はあるかと」
モラヴだけならば放置しても大した問題はない。今はヴァルクレウスのご機嫌を取るのに必死な小国なのだ。だが、その両国と接していたラディアはモラヴともともと親交が深かった。ラディア派の残党が皇后の手下となって動いていないとは言い切れないのである。
それに何より、この使節は一度王宮に赴いている。その際、皇后側から何らかの密命を受けているのではと警戒するのは当然のことだった。
「だからと言って追い返すわけにもいかんだろう。それに、この軍団の中で事を起こすとも思えんがな」
心配性の補佐官に、レックスはややうんざりしたような視線を向ける。
彼にしてみれば、ひ弱そうな文官の使節が襲いかかってきても斬り捨てればよいのだから、何の問題もないのである。むしろその方が国ごと滅ぼす口実にもなる程度に考えていた。
「追い返すなど、もってのほかです。王宮側に口を挟む余地を与えるわけにはまいりません。問題はそこではなく――これが婚約祝いということです」
「婚約はただの口実だろう」
「そういう問題ではございません! 婚約祝いの使節の謁見ということは、婚約者も同席しなければならないのです!」
トゥレンは悲痛な叫び声を上げた。
婚約を祝いに来た使節に、たとえ口実だろうと公的に発表してしまった婚約者を同席させないわけにはいかない。つまり、あのろくな王族教育も受けていない非礼の塊の聖女を外交の場に出さねばならないのである。
礼儀を最も重んじるトゥレンにとって、悪夢としか言いようがなかった。
だが、王族として最上位にあるはずの第一王子は、この案件にまったく興味なさげだった。
「ならば呼べばいいだろう。何か問題があるのか」
問題しかない――その言葉をトゥレンは飲み込んだ。
言ったところで事態を回避できるわけではない。ならば粛々と進めるしかないのである。
最後に飲み干したカミツレ茶は、ひどく苦い味がした。
回想編の「幕間」シリーズとは異なる、現在の時間軸における幕間劇を「番外編」とさせていただいております。
相変わらずのトゥレンの胃痛から始まった番外編、しばらくお楽しみください。




