【第九章総集編】鴉の手記⑨
舞台はレックスたちと敵対する皇后ベルダおよびヘリオス王子陣営。
監禁部屋から脱出し、ベルダの保護下に入ったヘリオスだったが、その後の成果は芳しくなかった。ベルダの娘ルシア王女と会うことすらできず、将来の王父となる計画に暗雲が立ち始めていたのである。
ベルダは白金色の髪、淡い琥珀色の瞳。その色と美貌により、アウレリアが発見されるまでは「伝説の聖女のよう」と言われるほどであった。一方のルシアは黒髪に黒眼、さらには平坦な顔立ちと、まるで母と似ていなかった。
自身の容貌を気にして、髪や瞳の色を変えると言われる危険な薬を使ったため、ルシアの顔は爛れ、片目は光を失ってしまったのである。
そうしていっそう醜くなった顔を隠すため、ルシアは白い仮面をかぶり、天蓋に覆われた寝台の奥に引きこもって誰にも姿を見せなくなっていた。
だが、ヘリオスはその状況を逆手に取る。何度接近を試みても失敗したがへこたれず、彼は黒髪の鬘をかぶって侍女に化け、ルシアの傷を癒すという名目で、ついに直接触れることに成功したのである。
一方、ベルダもままならぬ現状に焦りを感じていた。
娘のルシアが婚姻できるのは早くとも成人する来年以降。だというのに、それまで女を遠ざけていたはずのレックスが聖女を婚約者として迎え入れたのである。
先にレックス陣営に「黄金の子」でも誕生したら、いくらレックスの立太子を阻止しても、もはや劣勢は覆せない。
エピオナを焼き討ちさせたり、蛮族を誘導して国境を侵させたりと、これまでもベルダは裏で暗躍していた。その先鋒の手駒が、聖騎士団長のヴァノである。
だが、このヴァノもベルダを信奉して十六年となる今、次第に信仰に揺らぎが生じ始めていた。ベルダは皇后に即位してから十一年間、その美貌を御簾やヴェールや扇子で覆い隠し、彼は一度も拝めていないのである。
まさか、加齢により容貌が衰えているのではないか――そんな不敬な疑念が浮かび上がった、まさにその時。まるで天の啓示のように、彼は生ける神に出会った。
それは、ルシアに会うために女装していたヘリオスである。彼が黒髪の鬘を脱ぎ去り、金色の髪を露わにした瞬間、ヴァノは神を乗り換えた。
神の寵児に忠誠を誓い、この世の奇跡に彼は涙を流しながら何度も感謝を捧げた。
敵陣営が混乱と困惑を極めていることなどつゆ知らぬレックス陣営では、アウレリアに対しヘリオスに関する聞き取り調査が行われていた。
アウレリアは改めて自身が何も見えていなかったことに気づき、再びヘリオスに会って今度こそ真実を見極めたいと願うのだった。




