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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第八章 神の瞳⑨

 戦後処理がある程度片付いてから、トゥレンはようやくエピオナ人捕虜の元を訪れた。


「ずいぶんと俺の処刑に手間取っているようだな」


 薄暗く狭い部屋で、その男はトゥレンに薄い笑みを向けた。それは結局死ぬこともできない自分に向けた嘲笑だったかもしれない。彼は真実を暴かれて以降、少ないながらも食事を摂り、与えられたわずかな余命を無為に過ごしていたのだ。その行為に何の意味もないと知りながらも。


「こちらも忙しい身ですからね。一介の復讐者のためにそうそう時間は割けませんよ」


 トゥレンはそんな男の境遇に同情などしない。冷たく断じられ、男は逆に疑問を抱いた。


「知っていることはすべて話したはずだ。まだ生かしておくのは見せしめにでもするつもりか」

「文明国の人間はそのような野蛮なことをいたしません。古の叡智を受け継ぐあなたも充分わかっているはずでしょう」


 エピオナは自治区とはいえ、公的にはヴァルクレウス王国の臣民である。

 そのため、この男の罪状は自国を転覆せんとした国家反逆の罪、異民族を扇動して国境を侵させた外患誘致の罪、そして王族かつ総司令の命を狙った暗殺未遂の罪を網羅もうらしている。どれだけ温情をかけようとも刑死を免れない重罪犯なのだ。


 本来ならば、これほどの大罪は再発を防ぐためにも公開処刑が筋である。しかし、恐怖による支配は必ず反動が来る――そのことを人類の歴史からよく知っているトゥレンは、できるだけ見せしめを避けていた。


「ならば何が狙いだ」

「あなたがグト族と引き合わせた東方商人の名前を。それと、調合した薬と陽動に使用した発火剤の製法についても教えていただければ幸いです」


 慇懃いんぎんな言いようだが、それはもはや強制に他ならない。

 彼はさらに、とどめとなる一言を放つ。


「――本当の敵を討つ絶好の機会ですよ」


 トゥレンは男の耳元でそうささやいた。

 返答は聞かず、彼はそのまま部屋を後にする。ただ、白い絹布だけを残して。




 翌朝、エピオナ人捕虜は遺体となって発見された。

 裂いて紐状にした白布をはりから吊るし、首をくくって自ら命を絶ったのである。

 残りの布には、噛んだ指先の血文字で東方商人の名と、独自に生成された薬物と発火武器の製法が記されていた。

 すべての処理を終えたトゥレンは兵に命じ、縊死いしした遺体を兵営からやや離れた共同墓地に埋葬させた。




 強い南風に吹かれながら、ミリアはまだ土の新しいその塚の前にたたずんでいた。

 風が彼女の燃えるような赤毛と、手にした弔いのヒナゲシの花を静かに揺らす。


「……また、救えなかった」


 彼女の小さなつぶやきは、風に搔き消されて散ってゆく。


 街の人も、父も、この男も。

 彼女は誰一人救えなかった。

 どれだけ知識を蓄え、研鑽けんさんを積もうとも、抗えない力の前に彼女はただ無力だった。


 無論、彼女もわかっていた。この男の罪状は刑死以外にありえないと。むしろ王国軍が自害を認めたのは最大の温情なのだと。


 男の部屋に残されていた白絹は、東方では貴人に自決を勧める際に用いられる符牒であった。その風習をトゥレンはもちろん、東方文化に明るいあの男も当然知っていた。だからこそ、その意味を理解し、彼はその夜に自ら命を絶ったのである。


 そして、ただ一人立ち尽くすミリアの姿を、アウレリアは離れた自室の窓から見つめていた。

 みだりに出歩くなと釘を刺されたからだけではない。彼女のそばに行ったとしても、かけられる言葉を持ち合わせていなかったのだ。

 遠くからでも、鋭敏な彼女の瞳はミリアのかすかな肩の震えも、頬をつたう雫も視認してしまう。


 ――神の瞳はすべてを見抜く。


 だが、そうあがめられおそれられても、実際には単なる人為の力でしかない。

 アウレリアの瞳が特別なのは、天与の異能によるものではなく、ただ人より視力が優れているだけなのだ。


 人は本音を隠したり誤魔化したりしようとすると、表情や体に微妙な揺れが起きる。

 視線のずれ、頬の引きり、全身の強張こわばり――そうした微細な変化を彼女の瞳は見逃さない。そして生来の感受性の高さも相まって、彼女は人の嘘を「見抜く」のではなく「感じる」ことができるのだ。


 本来、こうした勘の良い人間は低確率でもある程度存在する。だが、くしくもそれが「黄金の瞳」に発現してしまったことにより、神の力と信じられてしまったのである。


 それが神の意思と言うのなら、確かにそうなのかもしれない。

 伝説の聖女が、黄金の瞳に神のごとき力を携えて地上に降臨したのだから――


(――その眼を向けないでくれ)


 男が遺した言葉がアウレリアの脳裏によぎる。

 思えば、彼が自分を聖女として扱わなかった初めての相手かもしれなかった。


 眼を拒絶されたのは、いつものように神の瞳を畏れられたせいだと思ったが、そうではなかった。彼は自分の娘に面影を重ね合わせていただけだったのだ。

 神の奇跡の聖女ではなく、ただの人間の少女として。


「私は……見ることしかできない……」


 神の力などない。

 奇跡など起こせない。


 ただの人間だからこそ、誰一人救えない。

 たとえ心の揺れが見えたとしても、癒すことも、その命運を変えることもできない。


 その無力感を胸に抱きながら、彼女は黄金の瞳を閉じて、失われた命を静かにいたんだ。

第八章はここで終了です。

「神の瞳」——それは超能力などではなく、単に動体視力と勘の良さだけという事実が明かされました。

この物語は魔法も奇跡も異能もありません。

人間の力だけで切り開かなければならない物語も、ようやく全体の半ば。

この先が気になる、ちょっとでも面白いと思われましたら、是非☆などで応援いただけますと嬉しいです。


次回、締めくくりとなる幕間をもって第二部「黄金の雛鳥」は完了です。

本編に連なる重要な回ですので、是非ともご覧ください。

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