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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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幕間 灰色の記憶

 ヴァルクレウス王国の先代王妃は実に美しい銀髪の持ち主だった。

 黄金ほどではなくとも、目にもまばゆい白銀色はセラ教の信徒たちにはたいそう珍重される。

 それゆえ、生まれてくる世継ぎにも期待が高まっていた。


 だが、国王夫妻はなかなか子に恵まれず、ようやく誕生した第一王子アレクシスの姿に人々はやや失望した。

 灰色の髪と瞳――輝きを伴っていれば白銀色として持てはやされていただろうが、それはどう見てもつやのない、すすけた燃え殻の灰としか言いようのない色であった。


 ——なぜ、あれほどの白銀を受け継がなかったのか。


 多くの者が、口には出さずとも落胆した。人の意見に流されやすい父王も、それにならうかのように嫡男と距離を取るようになった。


 「灰色の王子」——その呼び名は、神の祝福から遠いことを示す蔑称だったのである。




「アレクシス殿下、王妃様への面会はご遠慮ください」


 今より十六年前、当時十歳のレックスは王妃の侍女にそう告げられた。


「なぜ母上にお会いできない?」


 幼い眉間に皺を寄せて王子が問うと、侍女は首を振った。


「王妃様はお体の具合がたいそう悪いのでございます」

「具合が悪いから見舞いをするのではないのか?」

「ええ、ですので、お体に障りがないよう、どなたとも面会させてはならぬと侍医から申しつけられております」


 侍女たちは王妃の私室を出入りしているではないかと王子は思ったが、それ以上食い下がっても無駄だと察し、黙って引き下がった。

 人の噂にうとい彼でも、さすがに耳には入っていた。


 ——灰色は不吉な色。


 唯一の王子でありながら、父王には遠ざけられ、病床の母妃にも会わせてもらえないのは、この不祥の色のせいだった。あのような不吉な子を重病の王妃に会わせて悪化でもしたらどうすると――そうささやかれていることも、幼い彼は次第に知るようになっていた。


 そんな中、彼にとっては突然の知らせが舞い込んだ。

 父王が新たな妃を迎えたのである。

 敗戦国からの貢ぎ物として輿こし入れした、当時十七歳の少女――その名をベルダと言った。


 白金色の髪、淡い琥珀色の瞳。

 神の祝福を受けた色と、まるで彫像のような美貌。

 その麗しさに、伝説の聖女のごときと王宮中が沸き立ち、王は新たに迎えた若い王妃に耽溺たんできした。病の床から起き上がれない第一王妃のことは、誰も口にしなくなった。


 ——あれほど正妃の白銀をたたえていたはずなのに。


 より「神に近い」とされる色を持った王妃が現れれば、皆すぐさま鞍替えする。


 ——神性とは何なのだ。


 生まれ持っただけの色が、なぜそれほどの意味を持つのか。

 どれだけ考えても、レックスには理解できなかった。


 それに、何より第二王妃ベルダの琥珀色の瞳に、神性よりも得体の知れない薄気味悪さを感じ取っていた。


 冷たいというだけではない。

 まるで獲物を狙う猛禽もうきん類のような爪とくちばしを、聖なる色に隠し持っているように見えたのである。それは、セラ教における神の使い――黄金鳥とは似ても似つかぬ獰猛どうもうさを感じさせた。


「アレクシス殿下、どうぞ仲良くしてくださいね」


 それが初めて会ったベルダの放った一言だった。

 謁見の間で、王の隣に座り、頭上から艶然と微笑みかける十七歳の第二王妃。


 本来ならばそこは正妃の座る椅子である。だが、王はとがめるどころか喜んでベルダを常にはべらせた。

 ベルダの最初の挨拶に、レックスは返事をしなかった。ベルダもまた王子の答えなど期待していなかった。


 そして翌年、ベルダは王女ルシアを出産した。王位継承権のない女児、しかも神性のない黒髪黒眼だったことで人々は落胆したが、ベルダはまだ若く健康だったため、次子以降への期待が高まった。

 王宮内の意識が完全に第二王妃へと移る中、レックスの母である正妃はひっそりと息を引き取った。


 正妃の葬儀に国王は参列しなかった。

 王もまた病に倒れたのである。

 喪主は十一歳のアレクシス王子が務め、その裏で第二王妃ベルダが正妃の座に就いた。


「これからは私を母と呼んでくださいね」


 玉座に一人で座る正妃は第一王子にそう告げた。

 実母を失った王子にとって、ただ一人の王妃ベルダは継母となる。父は病床にあり、異母妹のルシアは離宮でひそやかに育てられ、レックスが会える家族はこのベルダしかいない。

 だが、彼はこの王妃を母と呼ぶ気は起きなかった。ベルダもまた求めてなどいなかった。




 ベルダが正妃の座に就いてから、レックスの側仕えの人員が大いに減らされた。

 表向きは歳費の見直しという名目ではあったが、継子ままこの冷遇に切り替えたのは誰の目にも明らかだった。


 そんな中、事件は起こった。

 ある朝、起床した王子の元に目覚めの水が差し出された。

 それ自体はいつもと変わらぬ風景。だが、水差しから注ぎ、杯を差し出す女の手が小刻みに震えていた。


「……どうかしたのか」


 寝起きでもさすがに異変に気づいたレックスが尋ねると、女は突如叫んだ。


「――申し訳ございません、アレクシス殿下!」


 天に向かって叫んだ直後、女は杯の水を一気にあおり――そして、血を吐いて床に倒れ伏した。

 レックスが止める暇もなかった。彼の目の前で女は激しく痙攣けいれんし、目を見開いたまま動きを止めた。


 後日、数少ない侍従から伝えられた報告によると、女の娘がベルダの娘ルシアの傅育ふいく係の一人に任命されていたということだった。無論、母親の連座としてその娘もすでに処刑済みであった。


 女はアレクシス王子の暗殺をはかり、王子自らが手討ちにしたと公式記録に残された。事実と異なる部分について、王子は自ら正すことはしなかった。ただ、彼はその後、周囲から側仕えの女を遠ざけるようになっただけである。


 暗殺未遂犯とされた女は、アレクシス王子の乳母であった。




 生き残るためには味方を作らねばならない。――それも、王宮の外に。

 そのことを痛感したレックスは、しばしば城下へ出るようになった。ベルダによって従者が減らされたことで、かえって自由に行動できるようになっていたのも幸いした。


 王宮の人間はレックスへの関心が薄く、警備も緩かったのである。本来ならまだ少年の王子が城下町を徘徊はいかいするなど全力で止めるべきだが、逆に賊にでも襲われた方がベルダにとっては好都合であった。


 今より十三年前――当時十三歳のレックスは、たまたまその噂を耳にした。


 王都ヴァルディスの郊外に、奇妙な子供がいる。

 神童とも呼ばれるほどの頭脳を持ちながら、危険な発言で私塾を破門にされたのだと。

 ずいぶんと変わった噂に興味を引かれ、レックスはその「神童」に会いに行った。


「何のご用でしょうか?」


 同い年と聞いていたその少年は、瘦せこけた顔に不機嫌そうな表情を浮かべてそう尋ねてきた。無論、王子の身分は伏せていたため、どこかの金持ちの息子がからかいに来たとでも思ったのかもしれなかった。


「なぜ私塾を破門にされた?」


 突然、不躾ぶしつけな質問を投じられ、少年はさらに嫌そうな顔をした。


「……聖別の儀など国を荒廃させる根源だと意見したからですよ」


 聖別の儀は新生児の髪と瞳の色を確認し、教会で名前とともに登録する制度である。この儀式により、国民はすべて色の神性度合によって優劣をつけられる。


 その行き過ぎた色彩管理が現在の国の疲弊を生んでいる――まだ十三歳の少年がそう提唱したところで、小さな私塾では危険分子として排除するしかなかったのである。


 その話を聞き終えた時、レックスは少年をまっすぐに見下ろした。

 濃茶色の髪と瞳、貧相な体に疲れたような顔。とても神性からは程遠いその子供は、しかし明らかに他人とは違う色を内包していた。

 そのことを短い会話で感じ取り、レックスはこう口にした。


「おまえ、成人したら王宮で働く気はないか」

「は? いったい、何を……」


 少年はその言葉に戸惑った。見ず知らずの、身分の高そうな少年から突然そんな勧誘を受けて驚かない者などいない。たとえ神童であろうとそれは変わらなかった。

 だが、レックスは相手の動揺など構わず、さらに告げた。


「その気になればいつでも来い。王子離宮で俺の名を出せば通るはずだ」


 アレクシス・レオニス・ヴァルクレウス――この国でただ一人冠するその名を残し、彼は返事も聞かずに立ち去った。




 それより三年の月日が経ち、十六の成人を迎えたレックスは、父王の代理として王国軍総司令職を拝命した。表面上は輝かしい肩書ではあったが、その意図をレックス本人が誰よりも理解していた。


(――よほど俺に死んでもらいたいらしい)


 離宮の私室で任命書を握り潰しながら、レックスはかすかに苦笑を浮かべた。

 その書面は国王の名のもとに宰相府より発行されていたが、当然のことベルダの指示によるものだった。


 ちょうど一年前、レックスの成人に先立ってベルダは王妃から皇后に「昇格」していた。前代未聞の女教皇位を授けられ、王妃との兼務で皇后を自ら名乗ったのである。その皇后により、レックスの立太子の儀式は阻まれている。この先もベルダが健在な限り、永遠に実行されることはないだろう。


 その上で、王国軍総司令任命。

 これは何か失態があればさらなる冷遇が待っており、あわよくば交戦中に戦死でもすることが望まれていたのである。


(――ずいぶんとあからさまなことだ)


 王が病に倒れたため、ベルダは第二子を産むことができずにいた。このままではいくら立太子を阻んでも、最終的にはレックスが玉座を継いでしまう。それを防ぐために、こうして王子を死地へ向かわせようとしているのであった。


 本来、王族が前線に立つ必要などない。だが、この状況下でレックスが自ら戦地へ向かうであろうことも、ベルダ側には読まれていたのである。


 だが、それでもレックスは行かねばならなかった。彼がこの閉塞した灰色の日々を打開するには、自らその手で道を切り開く必要がある。だが。


 ――あまりにも、足りない。


 未来をつかみ取るためには、己の二本の腕だけではあまりにも不足していた。

 それでも、もはや止まることは許されない。彼が就任披露のために軍団の駐屯地へ向かおうと一歩を踏み出したその時、不意に来訪者の知らせが届けられた。


 聞き覚えのない名に眉をひそめたが、そのまま通させて謁見者の顔を見やり、レックスは灰色の瞳を見開いた。


「――本当に来たのか」


 忘れていたわけではなかった。だが同時に、実際に来るとも思ってはいなかった。

 三年前、気まぐれのように城下を訪ね、自ら招いたあの少年。

 背だけは伸びたが、そのせいでより貧相になった体に、相変わらず疲れたような顔。それでも、その眼の奥には、以前にも増して理知と情念の炎が静かに燃えていた。


「そう仰せになったのではございませんでしたか」


 王族相手にも物怖ものおじせず、彼は憮然とした表情でそう返した。

 三年の時を越え、契約は履行された。ならばこの先は、主君が道を指し示す番である。


「そうか。ではともに来い、トゥレン」


 初めてその名を口にすると、家臣に下った男は静かに頭を垂れた。

 この日、アレクシス王子は灰色に包まれた離宮を発ち、二度とここへ戻ることはなかった。





第二部「黄金の雛鳥」—完—

これにて第二部は終了となります。

次回より第三部が始まりますが、それに合わせて更新日を若干変更いたします。

これまでの毎週火・金曜日から、火曜日不定期+毎週金曜更新となります。

更新情報についてはX(旧Twitter)や近況報告にてお知らせする予定です。

お待ちいただいている皆様には申し訳ございませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。

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