表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/62

第八章 神の瞳⑦

 無事に帰還した主君を出迎えたトゥレンは、歓喜や安堵とは程遠い顔色をしていた。


 ――また、子供だと?


 乾いた土のような色の顔で、彼は遠い目をした。

 北方蛮族との国境攻防戦について、すでにおおよその報告は受けている。受けてはいるが、彼の心は完全には受け止め切れていなかった。


 王国軍が連れ帰った捕虜は二名。

 そのうち一名は、今回の蛮族襲撃を実質的に主導していたエピオナ人で、この対応を自分が行うことはトゥレン本人も当然と理解していた。


 そしてもう一名は、グト族の長の息子。これもまた、文化を解さない蛮族を抑制するために人質を取るのは最善手と言えよう。そのことに関して彼は主君の判断力を信頼している。だが、問題はその処遇だった。


 レックス本人は先に精鋭兵とともに王都へ戻り、後から傷病者や非戦闘員、そして捕虜が遅れて到着した。その際、蛮族の少年の世話をなぜか聖女たち一行が行っていたのである。

 そして最も面倒を見る役目が回ってきたのが、よりによってテオだった。


「あっ、おい! そっちは駄目だってば!」


 バタバタとうるさい足音を鳴らして駐屯地内の回廊を駆ける一人の少年を、テオはとがめた。


「何だよ、別に馬を見るくらいいいだろ?」


 悪童同士のふざけ合いのような口調で、悪びれもせずそう返すのはロドルグだった。

 軍内でもすばしっこいはずのテオよりも俊足で、さらに自制もないせいで、追いかけっこをする両者の差はさらに開いていく。


 王都まで連行されてきたロドルグは、ひとまず兵営内の一室に置かれることになった。とはいえ蛮族の世話など前例がなく、体制も整っていない。そこで比較的手が空いており、歳も近く、護送中にやたら懐かれたテオがひとまず世話役に当てられたのだった。


 だが、遊牧民のロドルグは屋内生活に一瞬で飽きてしまい、せめて厩舎へ馬を見に行こうと堂々と飛び出してきたのである。


「……いったい何の騒ぎですか」


 回廊の中央に立ち、疲れた顔でトゥレンはそう尋ねた。先に突っ込んできたロドルグは身軽にひらりと衝突を交わし、棒立ちしているトゥレンの背後に回ってテオを牽制する。

 鋭い視線を刺してくる上官に、テオは緊迫感のない謝罪を口にした。


「あ、補佐官殿! すいません、こいつが勝手に入り込んじゃって」

「…………なぜ捕虜が自由に歩き回っているのです?」


 名目上は王国の留学生という扱いだが、本来は敵将の息子という正真正銘の捕虜である。政治的に重要な駒だったヘリオスほど厳重に監禁する必要はなくとも、回廊を兵士と追いかけっこして走り回る自由を与えた覚えはない。


「はあ? こんな狭いところに閉じ込めておいて自由なわけねえだろ? ちょっと馬を見に行くくらいで文句言いやがって。だいたいあんた誰だよ、おっさん」

「お、おっさん……!?」


 トゥレンは想定外の暴言を投げつけられて硬直した。老成し、さらに見た目も疲労で老け込んで見えるとはいえ、彼はまだ二十六歳である。しかも王子直属の補佐官を面と向かって罵倒する人間など今まで存在しないため、彼は人生で初めておっさん呼ばわりされたのだった。


「お、おい、やべえって! ちゃんと謝っとけ! この人が補佐官殿だぞ!」


 いくら粗忽者のテオでも、さすがにこれはまずいと焦った。だが、ロドルグには見た目の貧相な相手を怖がるという発想がない。


「補佐官? あー、あの嫌味男って奴か?」

「あっ、馬鹿!」


 それは護送中の雑談で、ミリアがトゥレンのことをそう評していた受け売りである。テオも聞きながら笑っていたが、まさかそばで聞いていただけの少年が本人に言うとは予想していなかった。

 テオが恐る恐るトゥレンを見上げると、もはや人の感情を読み取ることすらできないほど顔色が消失していた。


「……テオ、これはどういうことですか」


 魂の底まで凍てつくような声で尋ねられ、テオは文字通り飛び上がって必死に謝った。


「すいません! すいません! ちょっとこいつ締めてきますんで! じゃあ!」


 テオはそう叫ぶと、先に逃げたロドルグを追って自分も全速力で駆け出した。貧弱な補佐官が走って追うことは不可能なため、彼は唯一の逃亡手段を使ったのだ。

 すぐさま遠ざかっていく二人の少年を見送りながら、トゥレンは盛大な溜息をついた。


(――あれを本当に教育するのか?)


 いくら文化が違うとはいえ、あそこまで野生動物並みの粗雑な子供をどう育てればよいと言うのか。暗い未来にトゥレンはもはや絶望を感じた。


 主君の狙いは彼も当然理解している。というより、実際には以前よりトゥレン自ら考案していた策の一部でもあるのだ。

 異民族から要人の子弟を人質を取り、まだ幼いうちに文明国の常識を叩き込んで教化すれば、長じて親の跡目を継いだ際には何かと利用しやすくなる、と。


 それをレックスはこのたびの戦後処理に採用した。今はまだ大陸の未来という畑の土を耕す段階なのだが、実際に現物を目にしたトゥレンは、その土がまともに文化の水を吸収するとは思えなかった。


 しかも主君はトゥレンになら実現可能だと信じて疑っていない。その重圧がいっそう彼の胃壁を削り取るのである。

 そして、トゥレンの胃痛の種はこの捕虜対応だけではない。



「あ! レックス、いた!」


 回廊に再び大きな声が響いた。今度の声の主は蛮族の捕虜ではなく、亡国の実質的な捕虜の少女であった。


「……何の用だ」


 呼び止められたのは執務室からちょうど出てきたレックスである。不機嫌そうにそう返す彼に、アウレリアは頬を膨らませる。


「何でテオがあの子の世話役なのよ? テオが抜けるとその分ユリウスの負担が増えるでしょう!?」


 アウレリアは自身の不自由さだけなら飲み込むが、ユリウスやミリアに対する不利益は我慢できない。

 実際、逃亡を防ぐため、いまだにユリウスとアウレリアは二人だけにされることがない。それゆえに監視として必ずイアスかテオが付けられているのだが、テオが別任務に回ってしまうとユリウスの自由が制限されてしまう。


 イアスかテオ一人ではユリウスを抑えきれないと判断されているため、特に今のようにレックスと対面する時は、あえてユリウスは私室にとどめ置かれているのである。


「人員の変更ならトゥレンに言え」


 しかしレックスは聖女護衛の勤務体制になど全く興味がない。実際にはあの状況下で他に適任がおらず、なりゆきで歳の近いテオが捕虜の世話役になってしまったのだが、彼自身にそれを是正する気などなかった。

 彼は聖女の訴えを軽くあしらい、折しもちょうど回廊にいたトゥレンに丸投げした。


「え? あ、本当だ、いた! ってレックス、どこ行くのよ!」


 アウレリアが背後にいたトゥレンに気を取られているうちに、レックスは面倒事を避けるかのように無言でその場を後にする。


「もういいわ。トゥレン、聞いてたんでしょう? テオを私の護衛に戻してくれる? レックスに言っても全然聞いてくれなくて」


 アウレリアは流れるように不満をぶつけてきたが、トゥレンとしてはそれどころではなかった。


「その件はともかく…………なぜ殿下を呼び捨てにされているのですか」


 トゥレンにとって最も大事なのは、聖女の苦情よりも主君の威厳である。聖女が堂々と通称で呼ぶだけでも胃痛がしていたのに、さらに「王子」の呼称まで外れてしまった。実に由々しき事態である。


「え? あ、そういえばそうね。でも別に本人から何も言われてないけど?」


 一方、アウレリアは完全に無意識だった。もともと彼女は他人と接することが極端に少なく、さらに敬称で呼ぶという習慣も身についていない。ぎりぎり「レックス王子」と呼んでいたのが、看病で名を呼んでいるうちに呼び捨てが固定してしまったのである。


 しかもレックス本人がそのことを全く気にせずお咎めなしのため、誰もそれを制止できていないのである。その事実にとてつもない頭痛と胃痛を感じながら、トゥレンは何とか声を絞り出した。


「…………ひとまず部屋にお戻りください。人員配置については対処いたしますが、アウレリア殿におかれましてはみだりに外を出歩かれませんよう」

「そんなことわかってるわよ!」


 またいつもの嫌味な台詞にいきり立ち、アウレリアは肩をいからせて部屋へと戻る。

 その後ろから黙ってついていく部下に、トゥレンは苦い声で指示を告げた。


「イアス、後で私のところへ来なさい」


 その後、トゥレンの胃痛はさらに悪化した。

十代半ばの少年から見れば、アラサー男はおっさんです。

残念でもなく当然の事実。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ