表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/62

第八章 神の瞳⑥

「何をしに来た」


 逃亡を防ぐため、手足を厳重に縛られて荷馬車に乗せられたままのエピオナ人捕虜は、訪れた少女を見るなり投げやりにそう口にした。


「何って、ごはんを持ってきただけだよ」

「食事ならすでにある。持って帰れ」


 男のすぐ横には、粗末なパンが転がっている。わずかに齧った形跡はあるが、ほとんどは手付かずだった。


「全然食べてないじゃない。それじゃお腹減っちゃうわよ。ほら、まだあったかいうちに食べなよ」


 アウレリアはまだほんのり温かいパンを自分の手でちぎり、男の口に無理やり押し込もうとする。


「おい、待て、どういうつもりだ」


 なぜか従軍している謎の少女が捕虜の口にパンをねじ込もうとするなど聞いたことがない。大いに困惑し、男はその場にいた他の人間に視線で助けを求めた。

 だが、ミリアはそれを冷たくあしらう。


「あんたがごねて食べないと、この子は意地でもここから動かないよ。帰ってほしいならさっさと食べることね」

「……いったい、何なんだ」


 こうなったら腹をくくるしかない。仕方なく男は口を開き、聖女の手でちぎったパンを食べさせてもらうことになってしまった。


 その様子を黙って見てはいたが、ユリウスの表情は極めて険しかった。万が一にも聖女の指をかじろうものなら、すぐにも剣を抜きそうな気配を漂わせていた。


 聖女も捕虜もそんな危険な空気に気づかぬまま、食事は無事に終了した。

 ひとまず満足して一行が帰ろうとしたところで、男はミリアに向かってぽつりとつぶやいた。


「その赤毛は見覚えがある。医者の娘ではなかったか」


 ミリアの鮮やかな赤毛は遠くからでもよく目立つ。同じ街の住人であれば見知っていてもおかしくはない。ふと何気なく思い出しただけだっただろうが、その言葉はミリアの足を止めさせた。


 同じエピオナ人と言っても見知らぬ他人だった男が、その一言で急に身近な存在だったことを実感されられてしまったのだ。


「……あんたは医者じゃないはずだよね。医者仲間にそんな顔は見た記憶がない。その割にはずいぶん薬に詳しいんじゃない?」


 なるべく平静に努めながら、ミリアはそう聞き返した。相手は赤毛の娘に見覚えがあっても、ミリアの方はこの男の顔を知らない。エピオナ医師は横同士の繋がりが強く、関係者なら必ずどこかで会っているはずなのだ。


「親父が医者だったからな。俺は継がなかったが」

「ふうん、だいぶ変わり者だね」


 この時代、親の跡目を継ぐのは誰もが当然と思って生きている。ミリアも父の背を見て育ち、自分が医師になることを幼少期から疑いもしなかった。この男も同じように幼少期から医術や薬学を叩き込まれてきたはずだ。それでもあえて別の道を選ぶのはよほどの変人と言えた。


「俺は人を治すより物を造る方が向いていた。それに、物は手間暇をかければ完成するが、人はどれだけ手をかけても治せない時は治せないからな」


 男は目を伏せ、灯火の薄明かりに照らされた己の手をじっと見つめる。


「だが、すべて無駄だった。家も、神殿も、港も、橋も、何を造ろうとすべて灰になった。結局俺はどんな道を選んでも同じだったんだ」


 どちらの道を選んでも、結果的に街も人も丸ごと消えてなくなった。彼にとっては喪失の未来しか用意されていなかったのだ。その絶望こそが彼を復讐へと走らせたのだろう。

 その場の誰もがかける言葉を失っていた。――ただ一人、アウレリアを除いては。


「……同じじゃないよ」


 そう言うと、アウレリアはまっすぐに視線を彼に向ける。


「ミリアみたいに、生き残ってるエピオナ人はまだ他にもいる。その人たちを保護するように約束してもらったの。だから、あなたの知恵や技術もちゃんと残せるはずだよ」


 黄金の瞳が男を射貫く。

 その力強い視線を浴びて、彼は弱々しい声を押し出した。


「……その眼を向けないでくれ」


 その言葉に、アウレリアは体を強張こわばらせた。


 ――神の瞳をみだりに向けてはならない。


 彼女は幼い頃からそうしつけられてきた。身近なマクシムやユリウスはおびえず接してくれたが、義理の家族である王家の人間は目隠しで彼女の視線を封じた。


 今もまた、自分の瞳でこの男を怯えさせてしまったかと彼女は身構えたのだが、彼の反応は予想とは違っていた。


「あんたの眼を見ていると娘を思い出す」

「え……?」


 男が怯えたのは「神の瞳」ではなかった。神よりも強い記憶が彼の心を乱していたのだ。


「……あんたと同じ年頃の娘がいたんだ。俺に会わせたい人がいると言って、恋人を紹介するはずだった日にみんな燃えてしまったがな」


 男は自嘲気味にそうつぶやく。もはや彼の暗い瞳はアウレリアの姿を映していなかった。


「あんたの眼は、俺が人だった頃を思い出させる。頼むからもう帰ってくれ」


 それが、会話の終わりを告げる合図だった。

うっかり捕虜が聖女の指をかじってしまった場合、捕虜の首は落ちていたかもしれませんね。

もう少し殺気を隠しなさい、ユリウスくん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ