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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第八章 神の瞳⑤

 レックス麾下きか精鋭兵は先行して王都に帰還し、傷病者やアウレリアたち非戦闘員は後からそれに続くこととなった。往路はユリウスの馬に同乗しての強行軍だったアウレリアも、復路はミリアとともに馬車に揺られて比較的余裕のある行程だった。


 そして、その後発隊の中には捕虜の護送車も含まれている。

 グト族の捕虜ロドルグは族長ローデリックに対する人質ではあるが、同時にヴァルクレウスの留学生という名目でもあるため、すでに拘束は解かれている。それでも万が一にも聖女に危害を加えられないよう、別の荷馬車で雑に運ばれていた。


「何で荷馬車でちんたら運ばれてるんだよ。馬くらい貸してくれればいいのに」


 夕食の時間になり、荷馬車から下ろされたロドルグはそう不平を漏らした。

 グト族の乗馬技術はセルディア人よりはるかに高い。王国軍兵士も充分鍛えられてはいるが、グト族の場合、多くの男子は幼少時から馬上で育つのである。


 だからこそ逃亡されぬよう馬車で護送されているのだが、まだそうした裏事情を理解できないロドルグは、単に馬から引き離されていることに不満を抱いていた。

 ロドルグの大声は野営中の面々にもよく響き、聖女周辺にまで届いた。


「ねえ、あの子も一緒にごはんに呼べないかな」


 ふとアウレリアが口にした思いつきに、ユリウスは難色を示した。


「アウレリア様、さすがにそれは危険です」

「でも、あの子は留学生なんでしょう?」

「しかし……」


 留学生などという呼び名は表向きに過ぎない。無論、教育は行われるだろうが、それは異民族を教化して将来的に内部から支配するための布石なのだ。その前に価値なしと判断されれば即時に切り捨てられるだろう。


 そんな危うい立場で、またセルディア人から見れば野蛮そのものの異民族を、ユリウスとしてはできるだけ主に近づけたくはなかった。

 だが、アウレリアは黄金の瞳をまっすぐに向けて告げる。


「本当は捕虜というなら私も同じでしょう? 似た者同士仲良くなれるかもしれないじゃない」


 そう言われては反論のしようもない。王国軍側の立場としてイアスも特に制止しなかったため、ロドルグは聖女のささやかな晩餐に加わることとなった。


 しかし、せっかく呼ばれたにも関わらず、ロドルグは不満をあらわにした。

 見知らぬ少女と同席させられたからではない。食べ慣れないパンが口に合わなかったのである。


「セルディア人ってこんなまずいもん普段から食ってるのか? ぼそぼそして口の中乾くんだけど」

「な……っ」


 その発言はユリウスの矜持きょうじを密かに傷つけた。何しろ彼は西王国で食べたどのパンより、東王国の地下牢で出された粗末なパンに感動したのだから。それを正面からまずいと断言されては、心中穏やかではいられなかった。


「はあ? 何だよ、偉そうに」


 ロドルグの態度を子供のわがままと見なして、珍しくテオが苛立った。食事の雰囲気が悪くなる前に、ミリアが彼らを仲裁する。


「遊牧民ならパンは普段食べないんじゃないの。肉にしてあげたら?」

「しょうがねえな、贅沢な奴め」


 そう言いながらもテオは備蓄の干し肉を引っ張り出し、チーズに巻いて串刺しにし、焚火に炙り始めた。

 干し肉もチーズも串焼きも、一つ一つはロドルグにとって見慣れた光景である。だが、これらを組み合わせるのは初遭遇だったため、彼は食い入るように見つめていた。

 硬い干し肉は炙られて脂が染み出し、中のチーズはゆるく溶け始め、表面からは香ばしい匂いを放つ。


「ほら、食えよ。俺たちだって毎日は食えないんだからな」


 テオに差し出された干し肉巻きチーズの串焼きをロドルグは恐る恐る受け取り、一口頬張(ほおば)る。

 そして、彼は驚くほどあっさり落ちた。


 穀物は食べ慣れなくとも、肉やチーズは馴染みが深い。しかも王国で流通する牛乳チーズは遊牧民が基本とする山羊乳チーズとは風味があまりに異なり、そのまろやかさはロドルグの脳を殴りつけるほどの衝撃を与えたのだ。

 うまいうまいを連発し、お代わりを要求するロドルグをテオは叱り飛ばす。


「だからそんなに食えねえって言ってるだろ! 図々しい!」

「ケチ臭えな、減るもんじゃあるまいし!」

「いや、減るに決まってんだろ!?」


 それはもはや歳の近い兄弟喧嘩の様相だった。もともと八人の弟妹の世話に明け暮れてきた長男のテオは、年下の扱いには慣れている。粗忽者でもやけに世話焼き気質なのはそのためだった。


 兄弟の言い合いなどというありふれた光景すら今まで見たことのないアウレリアは、楽しげに彼らを眺めていた。彼女もまた以前テオから教わった、炙りチーズを乗せたパンをゆっくり味わっている。


 往路の強行軍でも戦場の天幕でもゆっくり食事を摂る暇などなかったため、彼女たちはようやく穏やかな時間を過ごせていたのである。


 初めての戦場で人間の殺戮を目にした恐怖や衝撃は、完全に消え失せたわけではない。だが、こうしてまた日常的な風景が戻ったことにより、アウレリアもまた落ち着きを取り戻していた。


 テオたちの疑似兄弟喧嘩を微笑ましく眺めながら、アウレリアは不意に立ち上がりその場を抜けようとした。


「アウレリア様、どちらへ行かれますか?」


 当然のこと、彼女の挙動にはユリウスが逐一反応する。


「捕虜ならもう一人いたでしょう? あの人にも温かいごはんを分けようかと思って」


 アウレリアは炙って温まったチーズパンを手にしている。馬車に乗っていただけでさほど空腹ではない自分の分を分けてやろうと彼女は思いついたのだ。

 だが、主の言葉にユリウスは賛同できなかった。


「それは……おやめになった方がよろしいかと……」

「どうして? エピオナ人ならパンは食べ慣れてるんじゃないの?」


 問題は食文化ではないのだが、ユリウスは答えをためらっていた。それを引き継ぐように、ミリアが横から口を出す。


「食べ物はエピオナもセルディアも大して変わらないけどね。ただ、あんまり情けをかけない方がいいんじゃないの」

「別に……情けってわけじゃないよ」


 ミリアにたしなめられて、アウレリアはしょんぼりした顔をする。本来は彼女のために制止しているのだが、そんな情けない顔をされては、ついミリアもほだされてしまった。


「まあ、本人のやりたいようにやらせてあげたらいいんじゃない? 護衛がついてれば危険もないだろうし」

「お、おい……」


 せっかく主を止めてくれると思ったのに裏切られ、ユリウスはミリアに反論しようとする。だが、


「うん、ありがとう、二人とも」


 何の疑いもない笑顔を向けられてはユリウスも折れるしかなかった。

 結果、ロドルグのことはテオに任せ、護衛兼監視役のイアスを含めた四人でぞろぞろとエピオナ人捕虜の元へ向かうこととなったのである。

ロドルグ、当初は予定にいないキャラでしたが、だいぶ目立ってきましたね。

テオとは相性が良さそうです。

ロドルグ、現在14歳。テオは18歳です。

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