第八章 神の瞳①
毒矢を受けてから十日目にして、バルナスはようやく目を覚ました。
その事実を最も喜んだのはセリオだったろう。
敬愛する上官が無事に意識を取り戻したというだけでなく、総司令と筆頭将軍の二人が同時に倒れ、全ての重責が彼の肩にかかっていたのである。その重荷からいくらか解放されただけでも彼にとってはこの上ない朗報であった。
先に目覚めていたレックスも含め、首脳陣による軍議が医療用天幕内にてようやく実施された。
「何と……敵がエピオナの生き残りだったとは……」
目覚めたとはいえまだ起き上がれないバルナスは、寝床に臥したまま副官の報告を聞いていた。
「ほとんどの敵兵は蛮族でしたが、技術的な指導を行っていたのがエピオナ人だったようです」
あの捕虜が敵の参謀役だったのか、蛮族たちはあれ以来動きがおとなしくなっている。無論、警戒は続けているが、今はこうして本陣で軍議を交わす余裕も生まれていた。
その中でセリオはまず手短に蛮族軍が急に文明的な攻撃をしてきた理由をバルナスに説明したのだった。
「この毒も、エピオナの医術だったということか……」
バルナスは包帯を厚く巻かれた自身の腕を見やりながら、苦々しくつぶやいた。
「いえ、それが……」
上官の述懐に対し、セリオは言い淀みながらミリアの方に視線を向けた。彼の意図を察し、ミリアは簡潔に説明する。
「その毒はこの辺で採れるものじゃないよ。恐らく異国から渡ってきた希少な毒鉱物だね」
軍人に細かな毒成分の解説をしてもあまり意味がない。少なくともエピオナ由来の毒ではないことだけを告げると、バルナスは怪訝な顔をした。
「なぜそのような毒が使われたのだ?」
「それは本人に訊いてみるしかないんじゃないの」
実際、ミリアにもなぜ東方からの希少な毒物が使われたのか見当がつかなかった。戦場に散らばる矢を拾い集めて調べたわけではないが、さすがにバルナスを襲った一本のみに塗られていたわけではないだろう。戦で使うならそれなりの量を調達しなければならない。
となれば、蛮族が東方との交易を結んでいたということになる。今まで未開の蛮人と侮ってきた敵が、密かに遠方からの知識を取り入れ、急激に文明を成長させる――これは王国軍にとって実に由々しき事態であった。
「訊こうにも捕虜が口を割りません。それどころか水すら口にしようとせず、これでは何も聞き出せぬまま餓死してしまいます」
そう告げるセリオの表情は疲れきっていた。現状を打開する唯一の手掛かりなのに、その相手はもはや死にかけている。それも本人の固い意志によって。
捕虜は特に負傷はしていないものの、飲食を自ら絶たれては意味がない。今のところは無理やり口をこじ開けて水を与えているが、それも時間の問題である。完全に衰弱しきる前に何とか情報を聞き出すよりなかった。
「医師殿になら同郷のよしみで話すのではないか?」
バルナスの提案に、ミリアは首を傾げた。
「さあ、どうかな。私はあの人と別に顔見知りでもないし、むしろ敵に寝返った裏切者と思われてるかもしれないけど」
ミリアは自嘲気味にそう答えた。彼女自身、東王国軍に所属しているのは本人の意思ではない。なりゆきで彼らに協力しているだけなのだが、あの憎悪に燃えた捕虜からすればただの裏切者にしか見えないだろう。
だが、事情を知らないバルナスは彼女の言葉を聞き咎めた。
「裏切者?」
「もちろん、今ここにいる私のことだよ。あの人は街を焼いたヴァルクレウス人すべてを憎んでいるからね」
その言葉にレックスの表情が一瞬こわばるのを、アウレリアの黄金の瞳は見逃さなかった。
彼が昏倒する決定打こそ、あの捕虜が放ったヴァルクレウス人すべてを同一の仇とみなした台詞だったのだ。その記憶が彼の内部をまた揺さぶっているのは明らかだった。
だが、アウレリアの他は誰もかすかな異変に気づかぬまま、レックスは普段通りの合理的な命令を下した。
「……捕虜が生きているうちにできる限り情報を聞き出せ」
そう命じられれば、従軍の身であるミリアに拒否はできない。
「まあ、やれるだけやってみますよ」
あまり敬意の感じられない台詞で彼女がそう応じると、アウレリアが突如、口を挟んだ。
「待って、ミリアが行くなら私も行く!」
彼女の申し出に、ミリアは苦笑を浮かべた。
「心配しなくていいよ、アウレリア。相手は拘束されてるんなら、危険はないだろうし」
そう宥められても、アウレリアは首を振って食い下がった。
「そうじゃなくて、私も力になりたいの。だって、その人が何か話しても嘘をつくかもしれないんでしょう? だったら私がそばにいる。嘘をついてないか、この目で確かめるよ」
アウレリアの言葉に、その場にいた者はみな驚きの表情を見せた。
神の瞳は全てを見抜く――その伝承は誰もが知っているはずなのに、捕虜の尋問に利用しようなどと考えもしなかったのだ。
それは、神話の言い伝えを現実の戦に持ち込むなどという発想を、まともなセルディア文化で育った者ほど持ちえなかったからかもしれない。皮肉なことに、離宮で人の世から隔離されて育った聖女だからこそ、その用途を訴えることができたのである。
「おまえにできるのか」
レックスの言葉にアウレリアは下唇を噛みしめる。
確実にできるなどという保証はない。それでも、ここで自分ができることはそれしかないと思うからこそ、彼女は退くわけにはいかなかった。
「できるかわからないけど……やって損はないでしょう?」
聖女の決意に、総司令は短く応じた。
「好きにしろ」
こうして黄金の聖女立会いのもと、捕虜の尋問が行われることとなったのである。
第八章、始まりました。
当初は第七章と併せて一つの章で「神の瞳」になる予定だったのですが、分割せざるを得ない長さになってしまいました。
作中序盤から繰り返されてきた「神の瞳」とは何なのか。それがようやく明かされる章となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
また、裏話的なエッセイとして「黄金のアウレリア」制作ノート(https://ncode.syosetu.com/n8159mg/)を公開しておりますので、ご興味ありましたらこちらもご覧ください。




