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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第七章 鉄の軍団⑨

「王子たるもの、常に人から見られていると思いなさい」


 それが前王妃、すなわちレックスの実母の教えであった。

 国王と前王妃の間にはなかなか子供ができず、ようやく生まれた唯一の王子に対し、後継者として厳しく育てようとするのは当然の成り行きとも言えた。


 生真面目で実直な王子は、母の教えを忠実に守った。正直なところ、母の言う「常に」はあくまで人のいる空間という前提のはずだったが、王子は文字通り常時、すなわち寝ている間でさえ人前にいる時と同様に構えて暮らすようになった。


 しかも王子が十一歳の年に母妃が崩御したため、その教えは遺言として彼の精神に深く刻まれてしまったのである。


(――王子たるもの、常に気を緩めてはなりませんよ)


 優しい声音の厳しい教えが今も脳裏に蘇る。


(――いいですか、アレクシス)


 今はもう、彼の名を親しげに呼ぶ者すらいない。病に倒れた父王とはもう十五年も顔を合わせていないのだ。


(――……ス)


 また、誰かが名を呼んでいる。


(――レックス)


 誰だ? なぜその名で呼ぶ?


(――安心して寝てていいよ……レックス)


 安心とは何だ? 寝ている時でも誰かが見ているというのに?

 しかも、呼びかけとともに温かな手が彼の手を包み込む。


 ――なぜ触れる?


 視線を向けただけで誰もが恐れかしこまり、側近の家臣でさえ決して触れる距離まで近づこうとはしてこなかった。王子たるものそれが当然のことと思い、今日まで来ていたはずなのに。

 それなのに、なぜか今度は額にまで柔らかな指先の感触が伝わってくる。


「――えいっ」


 謎の気合の声とともに、彼は眉間の皮膚が無理やり伸ばされる感覚を受け、ついに目を覚ました。




「……何をしている?」


 レックスは目覚めるなり、自身の眉間をこねくり回す少女の手を掴んだ。


「あ、起きたんだ」


 悪びれもせず、目覚めた王子の顔を真正面から覗き込んでくる少女に、彼はいっそう眉間の皺を深める。


「起きたから訊いている」


 明らかに不機嫌そうな問いに、少女は少しばかり困ったような顔をした。


「あ、えーと……眉間の皺がずいぶん寄ってたから、伸ばして戻そうかと思って」


 少女の言動は意味不明だった。

 眉間の皺を物理的に伸ばして戻すなどという珍妙な文化が西王国には存在したのか?

 それともこれが聖女の作法なのか?

 理由は全く理解できなかったが、彼はひとまず事実を告げた。


「戻す必要はない。元からだ」

「そ、そう……」


 彼女はばつが悪そうにそう言うと、皺を伸ばしていた右手を引っ込めようとした。だが、レックスの力強い手に掴まれ、びくともしない。


「……ねえ、手を離してくれる?」


 困惑する少女に、彼は真顔で尋ねる。


「ならばなぜおまえから触れた?」


 眠っている間の感触が間違いでないのなら、意識のない彼の手を握り、名を呼んでいたのはこの少女に違いない。自ら触れてきたくせに、今度は離れようとする。その意味を彼はわかりかねていた。


「そ、それは……昔、私がそうやって看病された時に安心して眠れたから……」


 しどろもどろの返答の中身は、ますます彼の疑問を増やした。


「看病とはそういうものなのか?」

「し、知らないわよ! 私だって他に看病されたことなんてないんだもの」


 どうやらこれは東西王国の文化差ではなかったらしい。そこだけは何とか理解して、彼は短く返した。


「そうか」


 それだけ言うと、レックスは頭の重さを払い落とすように首を振り、寝床から体を半分起こした。


「ちょっと、何で起きようとしてるのよ!?」

「目が覚めたら起きるのは当然だろう」


 聖女の驚きなど気にも留めず、彼は全身の倦怠感すら無視してさらに起き上がろうとする。

 いつもであれば素早くできるはずの動作も、今は鉛を背負ったかのような重さで緩慢になる。

 その様子を見て、隣でバルナスの治療をしていた赤毛の医師がついに呆れた声を上げた。


「あのねえ、いくら王子様でも病人には変わりないんだから、ちゃんと寝ててもらわないと困るんですよ」

「病人だと?」


 何の病気にもかかっていない健康体のはずなのに病人扱いをされ、レックスは憮然とする。

 だが、医師の娘はそんな彼の矜持きょうじなど無視して冷たく断じた。


「そう、過労で高熱出して倒れたら立派な病人ですよ。今は敵も攻めてきてないみたいですし、とりあえず寝ててください」


 その言葉を受け、なぜか隣の聖女が使命感を燃やす。


「ほら、ミリアの言うこと聞いて」


 意気込んでそう告げると、少女はもう一度寝かしつけようと彼の肩を掴んで押し返した。普段の彼であればその程度で小揺るぎもしないはずが、高熱で弱った体で、しかも半端に崩れた体勢だったこともあり、あっさりと寝床に戻される。


 こうして王国軍総司令アレクシス王子は、女性の手により寝床に押し倒されるという初めての経験を果たしたのだった。

アレクシス殿下が押し倒されたところで第七章は終了となります。

戦争はまだ全然終わっておりませんが、次回から第八章が始まります。

本来は一つの章に収めるつもりが全然入らなかったので分割しました。


この先が気になる、ちょっとでも面白いと思われましたら、是非☆やブクマなどで応援いただけますと嬉しいです。

第八章もよろしくお願いいたします。



【追記】

裏話的なエッセイとして「黄金のアウレリア」制作ノート(https://ncode.syosetu.com/n8159mg/)を公開しておりますので、ご興味ありましたらこちらもご覧ください。

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