第七章 鉄の軍団③
主君と聖女が同時に戦場へ向かう。これはトゥレンが最も避けたい事態であった。
だが、今さら彼の力では抗えない。となれば、できる限りの対策を取るしかなかった。
そのために、彼は最も使いたくない手段を選ばざるを得なかったのである。
「補佐官殿! お呼びっすか!?」
いきなり半端な言葉遣いを浴びせられて脱力しかけながら、トゥレンは表情を消して答える。
「テオ、あなたも聞いているでしょう。殿下に加え、アウレリア殿も蛮族との交戦地に向かうことになりました。すなわち護衛のあなたも現地に同行します」
トゥレンの言葉に、テオは誇らしげに堂々と胸を張った。
「はい! 大丈夫っす! 聖女様は俺たちがちゃんと守ります!」
「当然のことです。今回あなたを呼んだのはそれだけが理由ではありません」
そう言うと、トゥレンは懐から出したものをテオに手渡した。
銀色の小さなそれを、テオは不思議そうに見つめる。
「……? これは何なんすか?」
それは銀製の笛であった。複数の穴で音色を奏でる楽器ではなく、吹けば一種類の音だけが鳴る連絡用で、首から下げる紐が結ばれていた。
「あなたにはまだ話していませんでしたが、アウレリア殿の周囲にはあなた方三名の専属護衛の他、複数の特殊兵が常に周囲を固めています」
上官の急な情報の開示に、テオは大いに驚愕した。
「え!? まじっすか!? 全然気づかなかったっす!」
護衛兵が周囲の気配に全く気づかないのも困りものではあるが、トゥレンはそこには触れなかった。
「この笛を吹くと潜んでいる部隊が一斉に『処理』を行います。アウレリア殿だけでなく、殿下の危急の際には自分の力で戦おうとせず、この笛を使いなさい」
「なるほど! これは凄い重要任務っすね! 俺の笛で殿下をお救いできるなんて!」
テオは丸い目をさらに大きく見開いて感動していた。神にも等しい殿下を、もしかしたら自分が守れるかもしれない――その事実は彼の現実感を完全に失わせていた。
明らかに地に足のついていなそうなフワフワの頭を覚ますべく、トゥレンは冷たい声で注意を促す。
「いいですか、テオ。気をつけるのは敵だけではありません。特にユリウスの動向から目を離さぬように」
「ユリウスさん? 何でです?」
急に出された名前にテオは首を傾げる。彼にとって、ユリウスは剣の強いかっこいい元騎士でしかなかったのである。だが、トゥレンは全く異なる評価を下していた。
「あの男はもともと西の騎士でした。彼にとって殿下は故国を滅ぼした仇敵になるのです。普段は従順で背く気配は見えませんが、戦場での混乱に乗じていつ牙を剥くかわかりません。そうなった時にあなたの剣では止められないでしょう?」
「た、確かに! 俺じゃユリウスさんには敵わないっす! だから笛の出番ってわけなんすね!?」
テオは慌てて手の中の笛を強く握りしめる。今にも吹きそうな勢いにトゥレンは嫌な予感がして、この粗忽な新任護衛兵に釘を刺した。
「とはいえ、この笛はあくまで最悪の事態が起きた場合の最終手段です。いいですか、テオ。決して軽々しく吹いてはいけませんよ。特にアウレリア殿には気づかれないようになさい」
「大丈夫っす! 任せてください!」
テオは元気に返事をして自分の胸を叩いた。
その明るい笑顔が、トゥレンの不安を余計に掻き立てる。
もともとテオを聖女護衛に抜擢したのは、才能や成長性を見込んでのことではない。
実年齢以上に幼く見える童顔であること――ただそれだけの理由であった。
アウレリアたちの監視役にはすでに信頼厚いイアスが選ばれていたが、そのイアスが警戒されては業務に支障を来たす。そのため、童顔で聖女に警戒されにくく、元気で注意を引きやすいテオが配置されたのである。剣の腕はバルナスが判断して基準を満たせばそれでよい。
こうしてテオは陽動役とされたのだが、当の本人は当然知らない。自分の頑張りがついに認められたとしか彼は認識していなかった。
実際、緊急用の笛も今まではイアス一人に持たせていた。今回新たにテオにも配備したのは、戦場という不確定な場所でイアスが対応できない時の最後の防壁としてなのである。だが。
(――本当にテオに持たせても良かっただろうか)
一抹どころではない不安がトゥレンを襲う。それでも今さら撤回はできない。
こうして不安と胃痛にさいなまれながら、彼はレックス率いる精鋭部隊の出陣を見送ったのだった。
テオ、まさかの顔採用(童顔)でした!
本人は知らない方が幸せですね。




