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黄金のアウレリア ーセルディア王国記ー  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第七章 鉄の軍団①

 レックスたちとの同盟を結んですぐ、アウレリアが真っ先にしたのはマクシムの安否確認だった。


「マクシム? 誰だ、それは」


 だが、尋ねた相手が悪かった。当然のこと、名前だけ言われてもレックスが知るはずもない。


「まさか殺したんじゃないでしょうね?」

「だから誰だと言っている」


 このまま二人で会話をさせても永遠に交わらない。それどころか、結んだばかりの同盟が破綻してしまう。その危機を恐れたユリウスとトゥレンの間で情報交換を行った結果、マクシムは行方不明になっていることが判明した。


 旧西王宮廷臣で処刑されたのはヘリオスを擁立しようとした王弟派のみ。その処刑者の名簿にも、身柄を拘束された他の官吏たちの名簿にもマクシムの名はなかったのである。


「自分が捕まることであなた方の足枷にならぬよう、先回りして逃亡したのではありませんか?」


 トゥレンはそう推測を述べた。


 ひとまず生きているらしいとわかっただけでもアウレリアは安堵した。別れ際の台詞から、もはや討死したものと思っていたのだから。

 会いたい気持ちは当然あるが、今はそれを求める時ではない。何より実の息子のユリウスが口にしない以上、自分が騒ぎ立てるべきではない。アウレリアもその程度の分別ふんべつはわきまえていた。


 だが、時折ふと唯一父親のように接してくれたあの優しい眼差しを思い出す。そんな寂しさや恋しさが余計に印象を結びつけたのかもしれない。

 彼女は第一軍団長バルナスと初めて顔を合わせた時、どこかマクシムに似ていると感じたのだった。


 バルナスは東西セルディア史上初めて平民から将軍まで上り詰めた男である。

 十年前、レックスが総司令に就任した時にはすでに充分すぎるほどの戦功がありながら、隊長格止まりであった。そこから実績を評価した上で将軍まで引き上げたのがレックスだったのである。


 当然ながらバルナスの忠誠心は厚くなり、その影響は下の兵士たちにも波及する。特に平民出身の兵にとっては、将軍職も夢ではないという希望の星となった。


「バルナス将軍は俺たちの憧れなんすよ!」


 エピオナからの帰還後、談話室でふとバルナスについてアウレリアが尋ねたところ、テオは拳を握りしめて力説した。

 今のところ特に行事の予定もなく、必然的に暇となったテオはもはや完全に聖女の話し相手となっていた。ほとんどは一方的にテオがまくし立てているのだが。


 ユリウスとしてはもう少し護衛任務を理解した兵と交代してほしかったのだが、結局あのまま人事異動は行われなかった。その結果、テオのおしゃべりをアウレリアが楽しそうに聞き、イアスが黙って放置し、ユリウスだけが気を揉むという状況が出来上がってしまったのだった。


「聖女殿のところはずいぶんと賑やかですな」

「わあ! バルナス将軍!」


 本人の登場に、テオは文字通り飛び上がって驚いた。


「バルナス将軍はテオたちの憧れなんだって」


 一方、アウレリアは和やかに微笑んで返す。


「ほう、それはありがたい」


 バルナスもまた愛娘まなむすめを見るような表情を聖女に向ける。


 二人は同盟締結直後に顔合わせをしたが、会話を交わす機会はほとんどなかった。それでも実際に娘を持つバルナスの父性がマクシムに似た雰囲気を感じさせるのか、アウレリアはすぐに打ち解けた。皮肉なことに、仮の婚約者であるレックスよりもよほど仲良さげなのである。

 そのバルナスは、聖女のすぐ後ろに控える護衛の姿を認めて声をかけてきた。


「おぬしがユリウスか。なかなかの剣の使い手だそうだな」

「いえ……とんでもございません」


 自分が話しかけられるとは思っていなかったユリウスの返答は硬い。それをたしなめるようにテオが横から口を出してくる。


「やだなあ、ユリウスさん。そんな遠慮しなくても」


 余計なことを言うなとユリウスは目で訴えたが、テオには伝わらなかった。

 そしてバルナスは再びユリウスに対して言葉を続ける。


「実を言うとセラーナ攻略時に聖女殿の捜索隊を率いていたのは私だったのだ。もしあの時出くわしていたら、おぬしと手合わせできただろうな」


 それを聞いた瞬間、ユリウスは心臓を掴まれたような感覚に、思わず首をすくめた。

 バルナスの強さは剣を抜かずとも立ち居振る舞いからすでに感じ取っている。もしあの時遭遇していたら、ユリウスの首は今頃胴体の上には乗っていなかっただろう。それがわかるからこそ、バルナスの冗談めいた発言が背筋に大量の冷や汗を噴き出させるのだ。


 背丈はレックスより少し低いが大柄で、分厚い胸板と限界まで鍛え上げられた鋼の肉体。上腕の太さもユリウスよりはるかに上回る。一太刀受けたら態勢を崩され、二撃目で首を落とされる様子がたやすく想像できた。


 アウレリアを連れて王宮を脱出する際、マクシムは息子に「決して東軍兵とは交戦するな」と言い聞かせており、その意味が今改めてユリウスにもよくわかった。マクシムはバルナスの技量も聖女捜索に配置されることも当然予測していないが、その任務を受ける隊に精鋭を充てる可能性は充分考慮に入れていたのだ。


 そのバルナスに、ユリウスは個体として認識されてしまった。思い当たる節は当然、あのエピオナでのテオとの手合わせしか考えられない。

 ユリウスは自分が極めて危うい立場にあることを理解している。アウレリアがレックスに持ちかけた条件のお陰でこうして引き続き聖女護衛の立場を保ってはいるが、軍属どころか正式な身分すらない。俸給もなく、ただ生かされているに過ぎない身の上なのだ。


 ユリウス本人に政治的な価値はない。いつ上部の判断で消されてもおかしくない。そのことを痛いほどわかっているからこそ、彼はできるだけ武勇を誇らず、目立たぬように振る舞ってきた。それがもはや何の意味も成さなくなっていた。


(――いったい、なぜ)


 いくら不穏な西の元騎士と見なされているにしても、何も筆頭将軍たるバルナスの耳にまでそんな情報を入れる必要があるだろうかとユリウスはいぶかしんだ。


「ユリウスさん、バルナス将軍に褒められるなんてさすがっすね!」


 何も考えていないテオは呑気にそう称賛する。もっときっちり締めておくべきだったかと、彼はやや物騒な考えを抱いた。

 ユリウス以外は和やかに談笑していると、突如談話室の扉が荒々しく開かれた。


「バルナス将軍! 大変です!」


 駆けつけた兵士が息を切らせながら、開口一番そう叫ぶ。そのただならぬ様子に、室内の男たちは瞬時に表情を引き締めた。


「蛮族どもがダナオス川を渡って侵攻中です!」

「ダナオスを? ヴィディア砦はどうしている?」


 バルナスの問いに、兵士は悲愴の色を浮かべた。


「それが――このたびはヴィディア付近ではなく、ダナオス中流域を渡河しての侵攻だそうです!」

「何だと!?」


 その一言で、バルナスはこれが通常の侵攻とは異なることを察した。

 ダナオス川はヴァルクレウス王国の北限。平原を流れるその大河が蛮族の住まう一帯との境界となっていた。これまでに幾度も蛮族が国境を侵すことはあったが、その地点は常に川幅の狭いヴィディア周辺流域であり、だからこそ砦が置かれているのである。


 しかし、今回の侵攻では中流域――すなわち広大な大河を渡河してきたということになる。セルディア地域より文明で劣るはずの蛮族がそのような行動を取るのは明らかに異常事態であった。


「すぐに騎兵のみ準備をさせろ。ただちに出陣する」


 バルナスの即断に兵士は目を見開く。


「将軍自らが!?」

「この時期に妙な動きをしておるようだからな。嫌な予感がする」


 あまりにも唐突な蛮族の変化。何か裏で起きている兆しのようにバルナスには感じられたのである。

 娘を見る父親の表情から大軍を指揮する将の顔に様変わりし、バルナスはアウレリアを振り返った。


「それでは聖女殿、失礼する」


 そう告げて一礼すると彼は足早に退出する。


「気を付けてね」


 武運を祈るという言葉を知らない聖女の、精一杯の心配と激励を受けて、第一軍団長バルナスは王都ヴァルディスから慌ただしく出陣した。

第一章で戦記詐欺をかましておいてから、しばらくずっと描写のなかった戦争がいよいよ始まります。

今回は蛮族討伐編。

第一章に比べるとだいぶ長めになりますが、どうぞお付き合いください。

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ローマと蛮族は、やはり切っても切れない関係……
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