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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第六章 沈黙の叡智③

 数日かけて到着したエピオナは、ミリアの父親を捜しに来た日と同じように、煤《すす》と瓦礫と焦土に覆われていた。ただあの時とは違い、焼け跡の周辺一面に赤いヒナゲシの花がまるで残り火のように揺れている。


 彼らの目的は犠牲者の埋葬だったが、その作業に入るのをミリアが一時的に止めた。遺体を片付ける前に彼女は真相解明のための現場検証をしなければならないのだ。


「焼け跡の調査?」


 何も知らないアウレリアは驚いたが、ミリアにとって必要なことだろうとそれ以上は聞かなかった。ミリアもアウレリアに詳しく説明するつもりはなく、代わりに隣のユリウスに話しかけた。


「確認作業をするのに、ユリウスに一緒に来てもらいたいんだけど」

「え、俺?」

「あんたならいろいろわかるでしょ」


 ユリウスは戦場の後処理作業の経験があり、現場の様子から分析するには欠かせない要員である。実際、前に来た時も彼は遺体の状況から違和感を口にしていた。戦場経験だけなら東軍の兵士たちの方が豊富だが、ミリアとしては見知らぬ兵よりユリウスの方が信頼できたのである。


「いや、でも……」


 ユリウスはその依頼に戸惑った。彼としてはできる限りアウレリアから離れたくない。だが、


「ユリウス、私は大丈夫だから行ってきて。ミリアをお願いね」


 主本人からそう言われては、もはや拒むことはできない。それに、以前とは状況が全く違う。あの時は東軍に追われ、隠れながら行動し、主を守れるのはユリウス一人しかいなかった。しかし今は表向きとはいえ大勢の兵士が聖女を守る役目を持ち、専属の護衛もすでに付けられている。彼が一人で聖女護衛に固執するべき状況ではなかった。


「……わかりました。アウレリア様もどうかお気をつけて」


 渋い表情でユリウスがそう告げると、主の代わりになぜかテオが自信満々に胸を張った。


「聖女様は俺たちが守るから大丈夫っすよ!」


 だから余計に心配なんだと言いたい気持ちをこらえながら、ユリウスはミリアとともに焼け跡へと向かった。




「本当はアウレリアと離れたくなかったでしょ」


 調査開始と同時に図星を差され、ユリウスは憮然とした。


「……アウレリア様から頼まれたからな」

「ちょっと前だったら、あの子もあんたと離れたがらなかっただろうにね」


 その言葉に内心で頷きつつ、ユリウスは少しだけ寂しさも感じていた。離宮での長い幽閉時代、王都を脱してからの逃亡期間、アウレリアは常にユリウスのそばから離れようとしなかった。


 だが、今は違う。単に他の護衛が増えたからだけではない。彼女はミリアが故郷焼失の理由を知りたがる気持ちを尊重し、そのために最も信頼できる人間を付けて送り出したのだ。そのことが痛いほどわかるからこそ、彼は主の意思を汲《く》み、こうして調査のお供をしているのだ。


「まあ、もう一人の護衛の方は慣れてそうだから大丈夫だとは思うけどな」


 ユリウスの懸念はアウレリアの心情だけではなく、あの新任護衛の資質にもあった。


 何しろテオは要人警護の素人丸出しなのだ。常に護衛対象ばかり見て周囲への注意がほとんどないばかりか、無闇に話しかけるなど論外である。

 その代わり、イアスはテオの分まで常に周囲を警戒していた。あれは護衛任務に慣れた者の動きだろう。おそらくは未熟なテオのお目付け役、そして同時に自分たちの監視役も兼ねているはずだと彼はミリアに告げた。


「監視って、私も?」

「当然だろう。俺たちの動きは常に見張られていると思った方がいい。今も少し離れたところから別の監視役が見ているぞ」


 ユリウスに言われてミリアは周囲を見回したが、それらしい人影はわからなかった。ただの民間人に過ぎない彼女に、気配を殺して潜む監視兵の位置を見破ることなどできるはずもない。


「はは、さすがあの嫌味男、抜かりないね」


 ミリアは思わず苦笑を漏らした。こんな手の込んだことをする人間は一人しか思い当たらない。


「何の話だ?」

「いや、何でもない」


 不思議そうに問うユリウスに首を振り、ミリアはそれ以上語らなかった。


 そのまま二人は瓦礫をよけて歩きながら、灰燼にまみれた中央の大通りを進む。

 大通りの起点となる位置、そこには街の中心地である広場と神殿があった。――つい先日までは。


 ミリアは神殿跡地の周囲に散らばる瓦礫を注意深く観察する。太い円筒形の柱、石造りの屋根瓦は、その特徴から神殿のものだとすぐにわかる。だが、それらの損傷具合が他の建物に比べてあまりに激しかった。


「こんなに激しく燃えた跡は見たことがないな……」


 ユリウスもまたその現場の様子を見て思わずうなる。彼はこれまで火災現場の後処理も経験しているが、ここまで建材が無惨に飛び散ったような痕跡には遭遇したことがなかったのである。


「この神殿は医薬院が併設されてたんだよ」

「医薬院?」

「そう。病院と研究所、薬剤貯蔵庫の総合施設。つまりね、ここは大量の『燃える水』が保管されてたんだ」


 ミリアの説明を聞きながら周囲を注意深く見回していると、ユリウスは瓦礫に押し潰された遺体を複数発見した。

 人数は目視のみではわからない。それは数の多さだけではなく、ほとんどの遺体の手足や体の一部が吹き飛んでいたからである。


 とうてい人間の力でここまで引きちぎれるはずがない。これは爆発炎上した際の衝撃による損傷に違いなかった。

 さらに点々と飛び散った黒焦げの人体を目で追っていくと、道端に倒れ伏す大柄な遺体が目に入る。


「聖騎士団……」


 ユリウスは小さくつぶやいた。以前に見た時と同じように、この神殿跡地周辺にも兵士らしい装備の遺体が見つかった。これこそが、放火犯とされる聖騎士団の所属兵なのだろう。


「特に近年は東の教会から改宗の訓示が何度も来ててね。誰もまともに聞いてなかったけど、それに業を煮やして直接燃やしに来たんだろうね」


 エピオナはその技術力の有用性から長年自治が認められていた。そのため教会も表立って改宗の「命令」は行えず、「訓示」止まりであった。だからこそエピオナの人々はそれを真に受けなかったのだ。


「王国軍が国を空けた隙に、聖騎士団が攻め込んできたってわけか……」


 今の彼らはヴァルクレウス王国内が二つの勢力に割れていることを知っている。それゆえに、この謎の兵士の死体が転がっている理由にもおおよその想像がつく。


 聖騎士団の目的は恐らく宗教弾圧。だからこそ真っ先に神殿を焼こうとして、大量の酒精に引火して彼ら自身も焼け死ぬはめになったのだろう。焼け焦げた街の中心で、二人は暗鬱な思いとともにそう結論づけようとしていた。


「神殿が標的だったってわけか」


 神の信徒たる兵が、他者の神を焼き滅ぼうとする。何と愚かで浅ましい行為だろうとユリウスは嘆息する。そろそろ調査を終えて戻るよう彼が促そうとしたその時、ミリアは不意に動きを止めてつぶやいた。


「……違う」

「え?」


 急なことに戸惑うユリウスに、ミリア自身も驚きながら告げた。


「そうじゃない。この焼け具合……全部、念入りに病院が襲われてる」


 街全体が焼け落ちたとはいえ、損傷具合には明らかな差異が見られた。特に激しく燃えた跡がある箇所を洗い出すと、たいていが病院関係なのである。


「病院には『燃える水』があるから、そのせいで引火したんじゃないのか?」

「そうだとしても、弾圧目的なら病院より宗教施設が優先されるはずでしょ。なのに、他の祠(ほこら)や神殿はいくつか焼け残ってて、小さくても診療所はしっかり焼かれてるのは理屈に合わない」

「どういうことだ?」


 ユリウスには皆目見当がつかない。そもそもこの焼き討ちの理屈が、彼の知る軍事行動からは大きく逸脱しすぎていた。


「宗教弾圧じゃない……狙いは医者だった……?」


 思索をめぐらすようにつぶやくと、ミリアは急に思いついたように、瓦礫の中に転がる遺体へ駆け寄った。


 炭化した体を崩さないよう慎重に向きを変え、彼女はその胸部を確認する。

 そこには、どれだけ焼けようともはっきりと刀傷痕が残っていた。

 病院跡地周辺にだけ大量に残る斬殺死体。それらから導き出される答えは一つしかなかった。


「やっぱり……火じゃなくて直接斬られて殺されてるのは、ほとんどが医者だよ」

「何だって!?」


 ミリアの判定に、ユリウスは驚愕の声を上げた。

まさかの現場検証だけで1話終わってしまいました。

犯人の目的は何だったのでしょう。

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