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黄金のアウレリア ―セルディア王国記―  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第六章 沈黙の叡智⑥

 兵士たちは作業をやめ、昼の休憩を取り始めた。

 土木作業で体を動かしていた兵とは違い、ただ立っていただけで元気の有り余っているテオは、昼食の前に再び剣の手合わせをユリウスに持ち掛けてきた。

 断りたくても主からはっきりと期待の目を向けられては、それもできない。


(――こうなったら、できるだけ早く済ますしかない)


 そう決意し、ユリウスは仕方なく応じることになった。


 聖女用の天幕の裏、瓦礫もなく開けた場所でユリウスとテオは剣を構えて向かい合う。

 元は同じセルディア式の剣術も、東西に分かれて三百年も経てば型も異なる。集団戦法を叩き込まれ、刺突に近い型を取るテオに対し、ユリウスは下半身に重心を置いて受ける態勢を取る。

 そのまま微動だにしないユリウスに、テオは剣を強く握りしめて突進した。


「え……?」


 カラカラと地面を転がる剣の音を聞きながら、テオは硬直していた。

 数瞬前までは確かに(つか)を握っていた手のひらが、今は痺れて空になっている。

 挑みかかった攻撃をかわされ、瞬きする間もなく弾かれたのだと彼が気づいたのはその後だった。


「へえ、やるじゃんユリウス」


 感心するミリアの隣で、アウレリアは寂しそうな顔をする。


「もう終わっちゃったの……?」


 これからユリウスの剣技が見られるとわくわくしていたのに、何の動きも認識できないうちに終わってしまったのだ。


「す、すごいっす! ユリウスさん! めちゃくちゃ強いじゃないっすか!」


 テオは興奮してユリウスに抱きつきかねない勢いだった。無論、そうならないようにユリウスはそっと身を引いてかわす。


「俺、もう一度見たいっす! あ、イアスさん! イアスさんもユリウスさんと手合わせしてみてくださいよ!」


 テオはイアスまで巻き込もうとしたが、当のイアスは無言のまま首を振る。これ以上は勘弁してくれと願っていたユリウスは、心の底から安堵した。


 テオは決して弱いわけではない。未熟な部分はあれど、一定の技量がなければ聖女の護衛に選ばれることはない。実際、同年代の兵士の中でテオの武術は上位に入り、それゆえ年の近いユリウスに対抗心に近いものを持っていたのである。ユリウスの方が年齢も元の身分も高いとしても、実戦を経験している自分の方が、実質内勤だった護衛騎士より実力は勝るのではないかと。

 だが実際に剣を交わして、それが夢想に過ぎないことを彼は思い知らされたのだった。




 夕方近くになり、埋葬作業は終了した。

 あれだけ大量の遺体処理を、兵士たちは慣れた手つきで一日の内に済ませてしまったのである。


 その動きをずっと見守っていたアウレリアとミリアは、すぐそばの街道を行き交う多くの馬車や旅人を幾度も見かけた。

 街は消えても街道は残る。もともと古代より栄えた都市である以上、交易上主要な街道が通っているのは当然のことだった。


「ああ……そういうことね」


 ミリアは一人、冷たくつぶやく。

 彼女はすべて察したのだ。

 この埋葬があえて街道沿い、人目につきやすい場所で行われ、共同墓地もすぐ見える場所に設置されたということに。


 エピオナ焼失は聖騎士団の暴走によるものだが、目撃者もすべて焼かれているため、誰も糾弾(きゅうだん)することができない。生き残った者も自分の身の安全のために抗議の声が上げられない。


 それをわかった上で聖騎士団も、その背後にいる皇后派も沈黙を貫いており、犯人を公にできない以上、王子も王国軍も表立って非難することができない。だからこそ彼らは静かな喧伝(けんでん)を行ったのだ。


 一夜にして滅びた古都の犠牲者を埋葬し、弔ったのは王国ではなく王国軍、すなわち第一王子アレクシスであるということを。あえて街道沿いから丸見えにすることで、その噂は交易路を通って大陸中に広まるだろう。それを見越しての大掛かりな作業だったのだ。


 墓はエピオナの住人も聖騎士団の兵士も区別のない共同墓地。

 自宅跡地で見つかったミリアの父だけでも個人の墓を建てないかと尋ねられた時、彼女は首を振った。

「街のみんなと一緒に眠らせてあげたいから」と。


 こうして交易街道脇に共同墓地は完成し、その総仕上げとして、ここまで埋葬作業に立ち会った黄金の聖女の祈りが捧げられる。


 皮肉にもこれがアウレリアにとって最初の公式行事であった。彼女は成人するまで離宮に隠され、成人と同時に国が滅びたため、一度も公の場に出る機会がなかったのである。

 それが今、泥だらけの兵士たち以外に観衆もなく、儀礼を執り行う聖職者もいない場所で、彼女は初めて聖女として立った。


 簡易的に設置された祭壇の前に、アウレリアは聖女の正装で進み出る。

 皇后への対面時には仕立てが間に合わなかった礼装――白絹に黄金鳥の刺繍を胸に、彼女は天への祈りを捧げる。


 手にするのは白い薔薇。西では白百合が主に使われたが、東では国花の白薔薇が用いられる。

 どれだけ社会から隔絶して育てられても、聖女の儀礼教育だけは丁寧に教え込まれた彼女は、優雅に、自然な動きで、祭壇前で舞うように祈った。


 一通りの手順を終えると、不意に彼女は祭壇から下がり、儀式を見守っていたミリアの手を取った。


「ミリアも来て」


 耳元でそう告げると、彼女はそのままミリアの手を引いて、赤い花を持たせた。

 それは焼け跡の周辺を取り囲むように咲いていたヒナゲシだった。埋葬を見守っている間に、アウレリアはひっそり一輪だけ摘んできていたのである。

 それを祭壇に捧げるように促すアウレリアに、ミリアは困惑したように告げた。


「何してんのよ、弔いは聖女の仕事でしょ」

「うん、でも私はエピオナ語はわからないから。ミリアはエピオナ語で祈ってくれる?」


 そう言われては拒むことなどできない。小さく頷くと、ミリアは白薔薇の隣に赤いヒナゲシを捧げ、古代より伝わる弔いの歌を唱え始めた。


 ――安らかに眠りたまえ。

 ――神の花よ、魂を讃えたまえ。


 神の花――それこそが、天地創造の際に神の血を受けて咲いたとされる赤いヒナゲシ。アウレリアは知る由もなかったが、エピオナでヒナゲシは生と死を象徴し、弔いに使われる花だったのである。


 兵士たちは汗と泥にまみれたまま、彼女たちの祈りを静かに聞いていた。

 彼らにとって死者を埋め、簡易的に弔うことは日常であり、いまさら特別な作業ではなかった。だが、今だけは鎮魂の儀式の重みというものをそれぞれの胸に感じ取っていた。


 死者は黙して語らない。

 彼らはセルディアとエピオナの祈りを受け、黒い土を盛られ、静かに弔われた。

 その新たな塚の上に建つ石碑には、こう刻まれていた。


 “古の叡智、ここに眠る”


 ――建立者の名は、ヴァルクレウス王国軍総司令アレクシスとあった。

ユリウス、ついに剣を抜きました!(一瞬)

テオが若干舐めプしていたこともありますが、そもそも貧しい庶民の大家族生まれで、剣を握ってから二年のテオと、幼少期から英才教育を受けて育ったユリウスとでは積み上げたスキルが違いすぎるんですよね。

そういう意味では、急速に成長しているテオも有望格ではあります。粗忽ではありますが。

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